幸せの定義をしましょうか。
「“幸せに鈍くなっている”…?」
尚樹は意味が飲み込めないといった様子で、一音一音ゆっくりと繰り返した。
「そう!これが君の存在する弊害なのさ!!」
「ふむ…つまり、どういうことなのか、もう少し詳しくお聞きしても良いですか?」
「良いでしょう!これを聞けば君だって納得するはずだよ!君が殺される理由!」
「あり得ませんからとっととお話しください」
「うーん、まあ例外はたくさんあるよ。所詮どう感じるかなんて人によるものだし、一律な基準とか無いに等しいもん。でも、ある程度の目安というか、傾向とかいうのは調べてる人もいてさー掲示板とかで話されてたりするわけ!」
「え…神様スレとかたててんの何それやだー!神様なのに!ネット廃人!」
「君たちと一緒にしないでよ!健全なる神様の情報交流ツールだよ!!!」
「健全じゃねうおやめて暴力反対!!」
またもや言い争いを始める二人に若干頭をかかえながら、青年は割り込んだ。その顔には、彼にとってくだらないとも思えることに付き合わされ続けた結果、深い眉間のシワが刻まれている。話の軌道をもとに戻す作業にもいい加減嫌気が差したようで、尚樹が察する暇も無くそのひきつった口から言葉がながれだした。
「二人とも…まともに話を進める気はあるんですか?小学生の方がまだ聞き分けよく話し合いが出来ますよ。その低能で極小な脳味噌でも黙って話を聞き必要な情報を提示するくらいのことは出来るのではないですか?まさか出来ないというのではないでしょうね?…ああ、いえ、そうでしたあなたたちに何か期待するというのはまったく愚かしいことでした気になさらないでください。生まれたてのヒヨコより物覚えの悪いお二人に何か理解させようという私の方が間違っているのですから。申し訳ありませんね、私もせめてレベルを同じ程度に下げてさしあげたいのですが、あまりに能力に差がありすぎるものですから、あなたたちに合わせることが出来ないのですよ。せめてこの謝罪くらいはまあ同じ言語なのですから、理解していただきたいものですがね」
燐音は最初、彼が話している間目を閉じていた。やがてゆっくりと瞼を開け、青年を見やる。
「…、殺す!!!!!!!!死ね!!!というか死ね!!!!!もう許さん!許さん!許さないからね!!!!」
「落ち着いて!!!気持ちはすごくわかるけどやめて!!ちょ、包丁危ない!人殺しダメ絶対!!…え、待って待って刃先こっち向いてない?やめてほんと死んじゃうから!ストップ!マジでっ…うわ、まっ、うおおおおおおお!!!!」
「まあそれでね、幸せにする方法とかそれなりに決まってる簡単な手段があるの。例えばー、宝くじ当てるとか、そんな大きいのじゃなきゃ、好きな子の隣の席になるとかかな!」
「そうですね、その辺は納得です。一般人なら誰でも喜ぶでしょうね」
「…俺は無視なわけだね?体をはって争いを終わらせたこの俺の被害は?」
恨めしそうにこちらを見つめる尚樹に、彼らは頓着することなく話を続ける。
「好きなおかずがお弁当に入ってるとか、テストでヤマはってたところが出たー!も、小さいけど幸せの種だよ。こういうのは人によって感じかたが違うから、私たちは出来るだけ、些細なことでもいっぱい幸せに感じてくれそうな人に狙いをつけるわけ」
「脳内が一年中春、のような方に、偶然を装った幸運を与えるわけですね。よくわかりますよ、そういうお目出度い脳内の方は。誰とは言いませんが。」
「へー、羨ましいなぁそんなやつ。俺は繊細だからなあ。」
「で、私は今までそーゆう小さい幸せをちょいちょい起こしてたの。報酬は少ないとはいえ一番楽だし。お手軽だし」
「ちゃんと働けよ」
「楽して儲けたい!」
「これ自業自得としか思えない」
「そんな感じでも、余暇でパーっとポーカーに遣うくらいは何とかなってたんだよ。それが、最近急に儲けが少なくなってね。私が楽しく遊べるだけの報酬が無くなっちゃって。」
困っちゃったんだ~、なんでーっ?って思って、と述べる目の前の少女を見て二人が思ったことは同じだった。
「こいつただのダメ人間じゃね…?」
「まさにダメ人間の鏡のようですね」
「それで、ちょっと原因を調べることにしたんだけどさ、そしたらなんだか町内では有名なオトコノコがいるってのを知ってね」
「それがコイツってわけかぁー」
尚樹は動けないのをいいことに、青年の頭を軽くこづいた。あとの報復はそれはそれは凄まじかったとのことだが、詳細については誰も黙して語らなかった。
「うんうん、しかもその彼が、とてつもなく優秀でまさに天才!しかも、容姿端麗、眉目秀麗、スポーツ万能とくれば、神様である私にはピンときたね!」
シュバ、と効果音をつけながら青年を指差し、燐音は言いはなった。
「あ、仕事うまく行かないの、絶対コイツのせいだ!!!ってね!」
若き学生たちの沈黙の意味は、推して知るべしである。




