実にちょろい、いえ、優しいことで。
空がすっかり橙色に染まる頃、皆帰ったはずの学校にはまだ残っている生徒たちがいた。勿論それは新キャラなどではない。
「あのさ、本気だってのはわかったから!ちゃんと話聞かなかったこいつも悪いけど、チャンスくれない?」
教室内では、尚樹の必死の弁明が続いていた。
「いやだよ!だってこの人絶対自分が悪いと思ってないもん!」
「当たり前でしょう。明らかに頭がおかしい人に付き合ってる暇はありません。」
しかしこの状況にあっても自分を曲げない青年によって、その努力は無駄にされていた。半泣きでこちらを睨んでくる彼女に、殺意があるとは到底感じられなかった。が、包丁は依然として中に止まったまま狙いを変えない。
ついでに言えば、さっきよりも距離が近くなっている。
尚樹は声を潜めて、正座をしている親友に抗議した。
「おい、お前状況わかってる!?今俺らピンチなんだよ?!クラスメイト殺人未遂だぜ?!」
「ええ、そしてこのままいけば未遂ではなくなりますね。」
それだけわかっているのに、何故。と言わずにはいられなかった。
「私に非はありませんからね。」
さらりとのたまう青年に、慣れてはいるつもりだったが、この時ばかりは殺意が芽生えた。俺が刺してやろうかな、と彼は思ったが、思っただけで行動に移さなかったことを称賛されるべきだろう。
「あー、えっと、ほら。まだ俺ら高校生だろ?殺人なんかで捕まるなんてバカらしいこと止めようよ、ね?」
やがて青年の説得を諦めた彼は、矛先を燐音に変えたようである。普通の相手なら少しは効果があったかもしれないのだが、返ってきたのは予想外の返事だった。
「私がそんな間抜けな計画たてると思う?ふふん、捕まるのは私じゃなくて君だから!」
「は?」
「だからね、始末した後は、ちょちょいと証拠隠滅して、ついでに偽装工作して、罪を擦り付けようと思ってたんだよ!私天才!」
「嘘でしょ?!」
片棒をかつがされるどころか、主犯に仕立てあげられようとしていたのだった。
「いや、今の警察優秀だから!そんなことしてもバレるって!だからやめてお願いします!!」
「そこは神様の腕の見せどころだね!」
「無駄に凄い力使わないで!」
というか神のすることじゃねえぇぇ、と頭を抱える尚樹を横目に、青年が口を開く。
「…わかりました、今回の件に関しては、私が寛大な心をもって耳を傾けるべきであったのでしょう。普通の人には無理でも、私は出来て当然でした。お詫びを申し上げます。」
実に回りくどく、かつ高慢ちきで嫌みたらしい、控えめにいっても喧嘩を売ってるようにしか聞こえない謝罪を耳にし、尚樹はやおら顔をあげた。遠回しにでも、彼が謝るなんて信じられなかったのだ。
ぱちりと目が合うと、青年は顔を背けた。
それツンデレって言うんだぜとか、二年目にして初デレかよ、とか、でもありがとう助かったとか、なんだかんだ言ってやっぱ俺達親友だな、とか、言いたいことは沢山あったが、それは声に出ることはなかった。というか、出す必要がなかった。
「あなたごときに殺されるだなんて、たとえ偽造工作にしても耐えられません。私のプライドにかけて。」
「ああそうだよな上げて落とすタイプだよなお前は!!」
畜生、と悔しがっていると、がしゃがしゃと品の無い音をたてて包丁が床に落ちる。
「まあ、そこまで言うんだったら、最後に機会をあげるのもやぶさかではないよ!」
満足げに鼻をならす燐音を見て、後に尚樹は、寛大さだけは神様並みだったと語ったそうだ。
そろそろ進みたいんです。




