そこは玄関ではありません。
しん、と静まり返った部屋で青年は立ち尽くしていた。目の前で起こったことを信じられないという風に、窓を凝視する。先程少女―クラスメイトの檜垣燐音―が、消えた窓の向こうを。
どれくらいたったのだろう、彼は自分を取り巻く空気が変質していくのに気がついた。―いや、気づいていた。しかし、逃げ出そうにも体が凍りついてしまったように動かないのだ。汗が頬を伝って落ち、ベージュのカーペットに染みを作った。
動かない体は、感覚のみ研ぎすまされていく。敏感になった聴覚は、やがて拾いたくもなかった音を彼に伝える。
―――きし。
床を踏みしめる音に、心臓が凍りついた。叫びたいのに声もでない。喉の渇きが強烈に意識される。足音は、微かにカーペットの毛に擦れて近づいてくる。
「―――して、」
こぼれるような吐息に総毛立ちながらも、彼の耳は意思に反して囁きを懸命に拾い上げようとする。
「…どう、して、」
「どうして、」
「おいていったの」
「待ってたのに」
「ずっとずっとズットずっと待ってタのに」
「どうシて逃げたノ」
「ドウしテ」
「酷い」
「一人はイやだよ」
「待って」
「おいていかないで」
「嫌だイヤだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ」
「―あなたも、」
「イっショに居てくれなイの」
「そんなの、ダメ」
細い、白い指が、喉に食い込んだ。
「――――、逃がさない」
―というそれなんてホラーゲーム的な展開は全然まったくこれっぽちも無く、青年はバックレてきた燐音の姿を視界に捉えた瞬間反射的にカーテンをひいたのであった。
「―ちょ、ひどっ!開けてよ!!!」
「…いや、あの、ここは二階のはずですけど…。」
ホラーゲームでないといえ、ナチュラルに二階の窓に出現した暫定クラスメイトの姿には、さしもの彼も戸惑いを禁じ得ないのであった。
最近ホラーにはまっていたり。いなかったり。




