太陽の光にのってきた犬
太陽の光がまぶしい暖かい日でした。
ママが犬の晃ちゃんと散歩をしていると車の下から子犬の鳴き声がします。
「かわいそうに、だれかが捨てたのね」ママは晃ちゃんに言いました。
とおりかかった人が「四匹もいるよ」と教えてくれました。
ママはちょっと考えて、帰るときに車の下から出てくる子犬がいたら、
その子をつれて帰ろうと決めました。
公園を一周してママと晃ちゃんは車にもどってきました。
「おいで、おいで、でておいで」
すると車の下から、黒い子犬がでてきました。
よく見ると顔と背中が黒くて、足とお腹はまっしろです。
背中に帯をまいたような白いもようがありました。
子犬はママを見上げて「つれていって」と言いました。
ママは晃ちゃんに「どうする?」と聞きました。
「いっしょに帰ろう」晃ちゃんは子犬に言いました。
ママは、パパとユミちゃんと子犬の名前を考えます。
ユミちゃんはママの子供です。
いろいろと考えて、領ちゃんという名前に決めました。
領ちゃんは捨てられたので怖がりです。
眠ってもすぐに起きてしまいます。
晃ちゃんがすやすや寝ているのを見て、領ちゃんも安心して眠ります。
領ちゃんは新しいお家が気にいりました。。
みんながとても優しくしてくれます。
みんな大好きだけど、ママのことが一番好きです。本当のママみたいです。
領ちゃんは「ママ」という言葉を一番におぼえました。
ママは毎日、おいしいご飯を作ります。
時間をかけて、晃ちゃんと領ちゃんにもおいしいご飯を作ります。
ふたりともママの作るご飯が大好き! お肉も野菜もいっぱいです。
領ちゃんはつぎに「ご飯」という言葉をおぼえました。
領ちゃんはお散歩が大好きです。まいにちママと散歩します。
色とりどりのお花がかおり、鳥のさえずりが聞こえます。
「おはよう!」
領ちゃんはみんなにあいさつをしました。
領ちゃんは一番まえを歩くのが好きです。
晃ちゃんにぬかれると、「負けるもんか」と追いかけます。
晃ちゃんはお兄ちゃんなので「しょうがないな」とゆずってあげます。
領ちゃんは晃ちゃんが大好きです。歩いていても「遊んで、遊んで」とせがみます。
晃ちゃんはめんどくさいけど「しょうがないな」と遊んであげます。
領ちゃんは「お散歩」という言葉もおぼえました。
ある日、領ちゃんと晃ちゃんはいつものように散歩に行きました。
今日はパパもいっしょです。
すると、向こうから灰色の大きな犬がやってきました。子供が綱を引いています。
領ちゃんは、「こんにちは」としっぽをふって言いました。
ところが灰色の犬は子供をふりきって、とつぜん領ちゃんを襲いました。
晃ちゃんは領ちゃんを助けにいきます。
ママも必死で犬を追いはらいます。
しかし大きな犬にはかないません。
灰色の犬は小さな領ちゃんにかみつきました。
「痛いよ」領ちゃんは泣いています。
「助けて」ママも大きな声をだして泣いています。
パパが灰色の犬をねじふせて、犬はやっと領ちゃんをはなしました。
とても怖かった領ちゃんは、晃ちゃん以外の犬が大嫌いになりました。
領ちゃんがママの家にきて二年がすぎました。たくさん言葉もおぼえました。
午前中ママは洗濯をします。天気のよい日は外にほします。
ママが「お洗濯にいくよ」と声をかけると領ちゃんはしっぽをふってついて行きます。
「ゴミ出しにいくよ」すると、やっぱりしっぽをふってついていきます。
ママは領ちゃんがついてくるのが楽しみです。
まいにちママは大急がし。みんなを駅に送ります。
スーパーに買いものに行きます。銀行に行きます。そして英語の勉強もしています。
ママはなんども家をでたり入ったりします。
領ちゃんはママがおでかけするのが嫌いです。おいていかれるのが嫌いです。
ママをにらんでムッとします。お見送りは、もちろんしません。
おそくなると、ママはあわてて帰ってきます。
領ちゃんはママの足音がわかるので、パタパタ音がすると心がうきうきします。
いつもドアの前でおすわりをしてママの帰りを待っています。
ママはドアをあけると、「ただいま」と言って領ちゃんたちを抱きしめます。
やっぱり領ちゃんはママが一番大好きです。
ママが部屋へ入ると、家の中がめちゃくちゃです。
領ちゃんたちのベッドの綿が、あたりいちめんに雪のように広がっています。
「だあれ、これをやったの?」
領ちゃんは、「知らないよ」とそっぽを向きます。
ママにはすぐに領ちゃんがやったとわかりました。
ママはやれやれと、綿を集めて二人のベッドを直します。
次の日パパがビデオカメラをセットして、ママとおでかけをしました。
帰ってきたら、やっぱり部屋はめちゃくちゃです。
領ちゃんがベッドをくわえてまわったり、かかえて蹴ったりしているようすが、
ビデオにばっちり映っていました。
「やっぱり犯人は領ちゃんね」
ママは領ちゃんに言いました。
領ちゃんはそれでもしらんぷり。
いたずらっ子の領ちゃんも、やっぱりママは大好きです。
ママは領ちゃんをふしぎな犬だと思っています。
いままでの犬とはちがいます。領ちゃんのような犬ははじめてです。
ママが服をきがえるだけで散歩に行くのがわかります。大喜びでジャンプします。
「お散歩いく?」とママが聞くと、領ちゃんは「行きたいよ!」と答えます。
「お返事は?」というと「はい」と返事をします。
領ちゃんはママが大好きなので、ママの言葉がわかります。
このごろ、ママは遠くまで散歩に行きます。
公園をぬけ、高速道路のしたを歩いて、駅をとおり、つぎの公園を一周します。
そして最後に商店街をぬけて住宅地を歩きます。
公園にはたくさんの犬がいます。
小さいころに灰色の犬にかまれたので、領ちゃんは犬が大嫌い。
他の犬を見つけると、大きな声で「あっちへいってよ」と吠えるので、
ママはこまってしまいます。
ママは他の犬とあわないように、なるべく犬のいない草むらを歩きます。
ときどきネコが飛びだして、領ちゃんはあわててママのうしろにかくれます。
領ちゃんはとてもおくびょうなのです。大きな音も嫌いです。
橋の上を電車がとおると、全速力で走ってにげます。
ママの家は三階です。階段の上でママが足をふいてくれます。
領ちゃんは一番にお家に入りたいけど、弟なので晃ちゃんが先です。
領ちゃんはじっと待っています。
家につくと領ちゃんも晃ちゃんもくたくたです。
夜になるとパパとユミちゃんが帰ってきます。
パパはお酒が大好きです。まいばんワインを飲みます。
領ちゃんに甘いパパはママに見つからないように、
肉をこっそりテーブルの下に落とします。
すると領ちゃんも、ママに見つからないように、肉をいそいで食べてしまいます。
パパはグラスに入ったお酒を領ちゃんにかがせます。
領ちゃんはお酒が嫌いです。いやな顔をして逃げだします。
お酒は嫌いだけど、ワインのコルクは大好きです。
パパがワインをあけるのが、領ちゃんはとっても楽しみ。
パパにもらったコルクをいつまでもかんで遊びます。
あきたらコルクをくわえてひみつの場所にかくすのです。
領ちゃんはパパも大好きです。
夕食が終わると、ママはやっとゆっくりできます。
ママはテレビを見ながらうとうと、うとうと。
領ちゃんも晃ちゃんも、ママの近くでうとうと、うとうと。
そしてママと領ちゃんの長い一日は終わります。
*********
領ちゃんが家にきて十二年がたちました。
晃ちゃんは十八歳になり、すっかりおじいさんです。
領ちゃんはいくつになっても赤ちゃんみたいにすわります。
いくつになっても赤ちゃんみたいにあまえます。
年をとって領ちゃんは首がこるようになりました。
さわってみると、こぶみたいに固くてコリコリしています。
ママは領ちゃんの首をもんであげました。
首をもんでもらう領ちゃんは、目をほそめて気持ちよさそうな顔をします。
ママが手をとめると、ママの膝をトントンして「やめないでよ」とお願いします。
領ちゃんは首をもんでもらうのが、大好きになりました。
マッサージが大好きになった領ちゃんは、お願いすることをおぼえました。
人の手が首にふれるところに、領ちゃんはうしろ向きですわります。
そして、トントン、トントン膝をたたいて、「もんでもんで」と、お願いをします。
上目づかいでお願いされると、ママもパパもユミちゃんも、断ることができません。
領ちゃんばっかりやってもらって、パパはちょっぴり文句を言います。
それでも領ちゃんは気にしません。
パパに「おしまい」と言われると、ママのところで「やってやって」と、
トントン膝をたたきます。
ある日ママは「もう終わり、おしまい」と言いました。
領ちゃんはそれでもトントンしました。
そこでママは領ちゃんに、「あまえて」と言ってみました。
すると領ちゃんは、膝まくらをするように頭をママの膝にのせて、
ママに「あまえて」見せました。
「あまえて」をする領ちゃんは赤ちゃんみたいにかわいくて、
ママは心はなごみます。お礼に首をもんであげました。
領ちゃんは「あまえて」をすると、ママが喜んでくれることを知りました。
領ちゃんはだっこされるのが嫌いです。
だっこされると唸ります。大好きなママでも唸ります。
領ちゃんは屋上にトイレに行きます。
ある日、となりのビルがなくなりました。
急に領ちゃんはとても高いところにいるような気がしました。
下を見ると怖くて足がすくみます。
領ちゃんは屋上に行けなくなりました。
屋上にあがれないのでトイレに行けません。
ママは心配になりました。
そこで、ママが領ちゃんをだっこして、トイレにつれて行くことにしました。
領ちゃんはそれでもだっこされるのが嫌いです。
ママが領ちゃんをだっこして屋上に行こうとすると、やっぱり「ウー」と唸ります。
ママは「何で、ウーって言うの?」としかりました。
領ちゃんはシュンとした顔で「ごめんなさい」とあやまります。
ママに用事があるときは、ユミちゃんがお散歩に行きます。
領ちゃんはUターンも嫌いです。
来た道をもどろうとすると、足をふんばって抵抗します。
しかたがないのでユミちゃんは大きくまわってごまかします。
領ちゃんは気にいらないと、イヤイヤをします。
ひっくりかえって背中を地面にこすりつけ、「イヤだ、イヤだ」と腰をふります。
ユミちゃんは遠くまでお散歩に行かないので、領ちゃんは少し不満です。
ユミちゃんが家に入ろうとすると、イヤイヤをして「帰りたくない」と、
だだをこねます。
晃ちゃんも、領ちゃんも雑種です。
あまり似ている犬を見かけません。二人ともちょっとユニークです。
だからお散歩をしていると、ときどき写真をとられます。
最初はちょっと気分がいいけど、あまり長いとあきちゃいます。
そういうときも、やっぱり「イヤイヤ」です。
領ちゃんはある日おなかが痛くなりました。
とてもぐあいが悪いので丸くなって寝ています。
ママは領ちゃんのようすに気がつきました。
お腹をさわると泣いて痛がります。どんどん元気がなくなります。
ママはとても心配になりました。
次の日ママはユミちゃんと、領ちゃんを病院につれて行きました。
病院は嫌いな犬でいっぱいです。
領ちゃんは怖くてたまりません。ぶるぶる震えがとまりません。
先生が優しくさすっただけで、領ちゃんは痛くて飛びあがります。
急に領ちゃんが吠えたので、先生もびっくりして飛びあがります。
領ちゃんは入院することになりました。
腎臓が悪いと言われました。腎臓は命にかかわります。
ママもユミちゃんも心配です。心配して眠れません。
領ちゃんが家にいないのははじめてです。家がとてもしずかです。
領ちゃんも淋しくて眠れません。ひとりぼっちになったのははじめてです。
どうしてお家に帰れないのかわかりません。
大きな声で「ママ、ママ」とさけびます。
先生が優しくしてくれても、領ちゃんはママじゃないとダメです。
「お家にかえしてよう、ママにあいたいよう」
領ちゃんは朝までワンワン泣きました。
次の日ママとユミちゃんが、領ちゃんをむかえにきました。
領ちゃんはカウボーイのように首に赤いバンダナをまいてもらって、
元気に出てきました。
バンダナは領ちゃんにとてもよくにあっています。
領ちゃんはママを見つけると飛びつきました。
嬉しくて心がおどります。
ママとユミちゃんはホッとしました。
領ちゃんもお家に帰れてホッとしました。
領ちゃんは特別なご飯を食べることになりました。
お肉はもう食べられません。
ママは腎臓によい食事を研究しました。
ママは散歩のときに領ちゃんが元気かチェックします。
いつものようにおしっこがでているか、チェックします。
疲れやすくないかもチェックします。
領ちゃんはすっかり元気です。大いに散歩を楽しみます。
ママは安心しました。でも油断はできません。
春になってアメリカのお姉ちゃんが帰ってきました。お姉ちゃんもママのこどもです。
領ちゃんは赤ちゃんのときに、ちょっとだけお姉ちゃんに会ったことがあります。
なんとなくだけどおぼえています。
お姉ちゃんはママと同じ匂いで落ちつきます。
お姉ちゃんはご飯を食べているときに、領ちゃんがテーブルにくるのを嫌がります。
お姉ちゃんは領ちゃんがテーブルに近づくと「あっちにやってよ」と言いました。
するとママは「ベッドに行きなさい」と領ちゃんを叱ります。
領ちゃんは、ちょっとだけお姉ちゃんが嫌いになりました。
ママとお姉ちゃんは領ちゃんたちをつれて車で伊東に行きました。
伊東は領ちゃんがママとはじめてあったところです。
領ちゃんは「伊東」という言葉もわかります。
「伊東」と聞くと、わくわくしてはしゃぎたくなります。
領ちゃんも晃ちゃんも景色が見たくて、運転席のあいだから顔を出したいけれど、
運転席のあいだはせまいので二人いっしょには立てません。
ほとんど領ちゃんが占領します。
伊東は梅がきれいです。みんなで林の中を歩きます。
空が広く空気がすんでいて、領ちゃんの心は弾みます。
ママも笑っています。お姉ちゃんも笑っています。
領ちゃんは歩きながらお姉ちゃんの顔を見つめます。
ふたりは少しなかよくなりました。
東京に帰ってしばらくすると、桜が咲きました。
ママとお姉ちゃんとお花見です。
領ちゃんは赤い水玉、晃ちゃんは赤いチェックのバンダナをまき、
おしゃれをして隅田川の桜まつりに行きました。
領ちゃんたちは人気者です。みんなに写真をとられます。
ママもお姉ちゃんも領ちゃんたちが自慢です。
満開の桜がママと領ちゃんの心をときめかせました。
*********
お姉ちゃんがアメリカにもどり、夏になりました。
大変です。ママが肩の骨をおりました。
放しがいの犬が、領ちゃんに向かって走ってきたのです。
ママはいそいで逃げて転んでしまいました。
救急車がきてママはそのまま入院し、手術することになりました。
領ちゃんはママのことが心配です。ママがいないことしかわかりません。
夜になっても朝になっても、ママは帰ってきません。
もういちどママに会えるかどうかもわかりません。
領ちゃんは元気がなくなりました。
心配してパパとユミちゃんが、領ちゃんをママの病院につれて行きました。
領ちゃんが車で待っていると、ママがおりてきました。
領ちゃんはママを見つけてワンワン鳴きました。
ママも領ちゃんを見て泣きそうになりました。
領ちゃんは安心して、お家でママを待っていようと思いました。
一ヶ月たちママが帰ってきました。領ちゃんも、晃ちゃんもごきげんです。
ママが「ママ好き?」と聞きます。領ちゃんは「大好き」と吠えます。
ママはまだ左手が使えません。散歩には行けないので、パパが仕事の前に行きます。
領ちゃんはママが帰ってきただけで幸せです。
ママの後をくっついて歩きます。
ママも領ちゃんといっしょにいられて幸せです。
ママは一匹ずつつれて散歩に行けるようになりました。
領ちゃんはママの顔を見て散歩に行こうとさいそくします。
ママが知らん顔をすると、ジャンプをしてねだります。
ママが思うだけで、領ちゃんにはなぜか伝わります。
ママはとてもふしぎです。ママが考えていることは何でもわかってしまいます。
秋がきました。お姉ちゃんがまた帰ってきました。
お姉ちゃんがいるので、散歩にみんなでいっしょに行けるようになりました。
公園の葉っぱが赤や黄色になって、夕焼けみたいにきれいです。
お姉ちゃんはいっぱい写真をとります。
領ちゃんはどんどん先に行きたいけど、お姉ちゃんを待っています。
みんなと散歩ができて領ちゃんは幸せです。
ママもだいぶ元気になりました。
夕ご飯はにぎやかです。家族全員がそろいます。
領ちゃんがお姉ちゃんのとなりにすわっても、お姉ちゃんは前みたいに嫌がりません。
食事が終わると「トントン」をしてみんなに首をもんでもらいます。
「甘えて」をすると、みんながとても喜びます。領ちゃんはそれがうれしいです。
ママが「ママ好き?」と聞きます。領ちゃんは「大好き」と答えます。
ママは領ちゃんを見ているだけで心が満たされます。
お姉ちゃんが「お姉ちゃん好き?」と聞きます。
でも領ちゃんはお返事をしません。するとみんなが笑います。
とても幸せな時間でした。
お姉ちゃんがアメリカへ帰って少し淋しくなりました。
寒い中、パパは朝早くお散歩につれて行ってくれます。
夜になると領ちゃんはパパの部屋に入ります。
ほんとうは入っちゃいけないんだけど、鼻で押せばドアが開くことを知っています。
パパは「こらっ」と言って怒るけど、本当は嬉しいってことも知っています。
大晦日の日、ママとパパは田舎に行きました。
領ちゃんたちはユミちゃんとお留守番です。
二日にママたちが帰ってきて、三日に伊東に行くことにしました。
領ちゃんは伊東が大好きなのでママがいないのも我慢します。
ママとパパは「待っててね」と言っておでかけしました。
ママがいなくてさみしいけど、ユミちゃんといっしょにテレビを見るので平気です。
領ちゃんはユミちゃんも大好きです。ユミちゃんと一時間もお散歩しました。
明日はママが帰ってきます。心がうきうきします。
みんな伊東に行くのを楽しみにして、べつべつにお正月を過ごします。
ママの帰ってくる日です。領ちゃんはいつもどおりです。
ユミちゃんは「あとでお散歩に行こうね」と言っておでかけしました。
夕方になってユミちゃんはおそくなったと、いそいでお家に帰ってきました。
きょうは領ちゃんが玄関にでてきません。
変だと思ってへやに入ると領ちゃんがたおれています。
もう、ほとんど息をしていません。
ユミちゃんは領ちゃんの名前をなんども呼びました。
すると領ちゃんはかすかにしっぽをふりました。
領ちゃんはユミちゃんのことがなんとなくわかりました。
ユミちゃんはあわてて病院に領ちゃんをつれて行きます。
あわててママにも電話をします。
ママはパパとすぐにもどってくることにしました。
ママは天にむかってお祈りします。
「どうか、神さま。領ちゃんを助けて下さい」
領ちゃんが病院に着いたとき、心臓はとまりかけていました。
先生は領ちゃんに電気ショックをします。
ユミちゃんは涙がとまりません。
電気ショックで心臓が動きました。
先生は心臓マッサージをして助けようと必死です。
ママは新幹線にのりました。心の中で領ちゃんの名前を呼びます。
「いやよ、いやよ。領ちゃん、お願い死なないで」
領ちゃんはママが呼んでいるのがわかりました。
必死に生きようとがんばります。でも領ちゃんは知っていました。
もう伊東に行けないことを。ママと散歩にも行けないことを。
それでもママが来るまでがんばろうと思いました。
先生はユミちゃんに「助かっても、意識がないだろう」と言いました。
ユミちゃんはどうしていいかわかりません。
新幹線はトンネルの中で電話がつうじません。
領ちゃんはママにとても会いたかったけれど、
大好きなママがずっと悲しい思いをするのはいやでした。
寝たきりの姿も、苦しがっている姿も見せたくありませんでした。
領ちゃんが最後に「ごめんね」と言うと、ポロッと目から涙がながれました。
領ちゃんの脈はどんどん弱くなり、そして心臓が止まりました。
ユミちゃんはもっと早く帰ればよかったと、自分を責めました。
ママはトンネルを抜けて領ちゃんが天国に行ったことを知りました。
パパも電車の中で泣きました。
ママが家についた時、星になって領ちゃんは空からお家を見てました。
きれいな箱にはいった領ちゃんのからだは暖かく、眠っているみたいです。
お花をありったけ買ってきて、ママは箱をお花でいっぱいにしました。
領ちゃんはお花が大好きなので、それを見てうれしくなりました。
みんな涙がとまりません。
晃ちゃんも領ちゃんから離れません。
あまりにとつぜんで、みんなの心が壊れそうです。
領ちゃんは「泣かないで」とさけびます。でももう声は聞こえません。
ママが「お洗濯いくよ」と言っても領ちゃんはいません。
ゴミ出しにもついてきません。
晃ちゃんはママが悲しそうなので、領ちゃんの代わりにだまってお洗濯についていきます。
ママは晃ちゃんの優しさに救われます。
ママはだんだんと気持ちが落ちついてきて、領ちゃんとの出逢いを思いだします。
いつも領ちゃんはみんなの真ん中にいました。
おどけた領ちゃんを見ると、みんな元気になりました。
出逢った日の太陽のように暖かく、みんなの心に灯をともしてくれました。
領ちゃんは、太陽の光にのってきて星へ帰ったのだなと、ママは思います。
「領ちゃんはママに拾われて幸せだったかな?」ママは空に問いかけます。
領ちゃんはママに向かってお返事をしました。
「ママ大好き!」という領ちゃんの声が、ママには聞こえたように思いました。