第四話 大概にしてくれるかい
世界が様変わりしてどれ位が経ったろう。
もしくは、彼女が居なくなってどれ位と言い換えても良い。
彼女自身は居なくなってしまったけれど、残してくれたタネを呑んで、俺は彼女と一つになった。
よく「男と女がひとつになった」というと、えっちぃ表現になってしまうけれど、この場合は比喩なんかじゃなくってリアルにひとつ。物理的に一つのイキモノになってしまったってコトだ。
そしてなんちゅうか、以前と根本的に違っている。生き物として。前の俺は「カビや苔やキノコの生えた人間」だったけど、今の俺は「ヒトっぽい姿のカビや苔やキノコのかたまり」真の意味での植物人間って感じだ。
あ、いや、ソレだとアレか。人間植物って言った方が正しいな。
絶えず身体のアチコチから胞子をバラ蒔いてるし、眠って居る内に俺を中心にアチコチにカビやキノコが生えてるし。数日経つとそれらが大きく育って、俺ソックリになって歩き始めるし。
しかも見たり聞いたり喋ったり、見た目はまんま俺のコピーだ。しかも俺とリアルタイムで意思疎通出来て、望む通りに仕事までしてくれるのである。
かてて加えて考えてる事まで一緒。
なんて便利。正にもう一人居る俺だった。
だもんで、分身って呼んでる。最初のうちは「俺がぽしゃってもコイツらが居るなら代替わりやってくれそうだな」って思ってたんだけど、どうやらそうじゃないっぽい。分身には胸の奥に「核」が無いから、本体の俺がツブれたらそれでジ・エンド。
何せ、分身は増える事が出来ないし、俺から養分を摂れなくなったら枯れてオシマイだと知ったからだ。
身体ダケじゃない、心の方もそう。
俺の記憶と彼女の記憶が一つになって、ふたりでやったコトは視点を変えてサラウンド再生。彼女しか知らないコトも全部俺の思い出になって、文字通り二人分の人生がぎゅうっと一つに詰っているって感じだ。
写真や動画でも似たような体験は出来るけど、ご当人の感情やその瞬間瞬間の気持ちの移り変わりとか、そういうのも全部リバイバル再生出来るから臨場感が桁違い。比べ物にならない。
そりゃあそうだ、正に自分で体験した出来事なんだから。
ホンモノの彼女が隣に居た頃のドキドキが二人分合わさって、二人分の思い出にたっぷりと浸るコトが出来る。
ありがたいって思うよ、ホントに。心の底から。
でもだからと云って、寂しさが無くなるなんてコトは在り得ないんだけどね。
完全無欠にゼロになるよりは一〇〇倍、いや一万倍はマシだけど、やっぱり彼女と一緒に生きて行きたかったなぁって思うんだ。
叶わない願いだって判っちゃ居るんだけどさ。
そして実はこの頃一つ判ったコトがある。慈悲ってヤツは神さまが持って居るんじゃない。きっと神さま以外のナニかなんだよ。
或いは、責任って言い換えてもイイかな。
神さまは責任なんかとらない。
いや、とる必要が無いって云うべきか。
でなきゃ、世界はここまで底意地悪い筈はないんだ。
まぁ、こんな世界をこんなヘンテコな具合にやらかしたのは、間違いなくあの円盤を造った誰かさんなんだけれど、それにしたって隅から隅まで滞りなく、針穴の奥まで万事計算通りって訳でもないんだろう。
ナニが言いたいのかと云うと、全部ひっくり返したんだから最後まで面倒みろ、キレイすっきりリセットしとけって話だ。
この世界で大昔からある厄介ごとまで、懇切丁寧に再生産してくれなくてもイイんだよ。面倒なんてものは少なければ少ないほどいい。それともコレが神さまの粋な計らい、伝統継承、温故知新ってヤツなんだろうか。
勘弁してくれ。
やれやれ、まったくだ。
俺が村の外れに出向くと、ヤツはいつもの様にふんぞり返ってソコに居た。
肌の色は薄らとした黄緑色。一見、背の高い全裸の美女に見える。だがそれは錯覚だ。ヤツは生粋の女性なんかじゃない。
足の付け根には見慣れたモノが在る。雄と雌との二つが一つの存在。確か雌雄同体って云うんだっけ?
衆目なんて端から無いし、衣服が無くても特に支障がないから真っ裸なんだろうが、こうして見るとちょっと目のやり場に困るかも。
まぁ俺もまた、外見も有様もヤツとソックリ同じなんだがな。
頼子ちゃんのタネを呑み込んだあの日から。
「よう、肚は決まったか大将」
「決まったか、じゃない。決めなきゃならんのはオマエの方だ。元在った境界線から退けば水場は解放する。同じ台詞を何度も言わせるな」
「四角四面な物言いばかりじゃ世界は転がらないゼ。世の中臨機応変にいかなきゃあな」
「手前勝手な都合を押し付けてるダケだろ」
俺は鼻で軽く笑ってやった。
「臨機応変って言うのなら水場は二度と決して解放しない。そして境界線も押し戻す。それで決まりだ、一件落着。じゃあな」
「ふざけんなバカ!それじゃ道理が通らねぇだろが」
「四角四面な物言いじゃ世界は転がらないんだろ?」
「オレが下手に出てりゃあ図に乗りゃあがって」
「いつオマエが下手に出たよ。境界線は三丁目の道筋挟んで向こう側まで。そう取り決めたのは何時だ。舌の根も乾かないうちにコッチ側まで範囲を拡げたのはソッチだろう。
取り決めを守れないなら水場は解放しない」
「なあ大将。オレが我慢している内に大人しく引いた方が得だぜ?痛い思いはしたくねぇだろ。この素っ頓狂な世界で折角生き残った同士じゃねぇか。お互い好きな相手を飲み込んで、朽ちない身体になれたんだ。
つまらん諍いでツブされて苗床には為りたくねぇだろ」
「……オマエは俺たちが何故この身体に成れたのか、その理由を考えたコトはあるのか」
「あん?いきなりナニわけの判らんことを言い出した」
「もう少しそのオツムを絞って考えてみろ。オマエは自分の実力で自分の勢力を拡げていると思っているが、それはとんだ勘違いだぞ。俺もオマエも『連中』の掌の上で転がされているダケだ」
オレは噛んで含めるように、ヤツへ「状況説明」をしてやった。まったく、コレで何度目になることか。
俺もオマエも、自分の想う相手を文字通り呑み込んでこの身体に為った。男女両方の特徴をもつ別の生き物。
容姿肉体、肌の色すら変わり、身体のアチコチに苔だのキノコだのを生やしたヒトに似ていてヒトじゃない別のナニか、だ。
お陰でオレも「彼女」も以前の面影くらいしか残って居ない。記憶だって二人分が入り交じっている。その影響で性格はオレが八割、彼女が二割ってところか。
オマエがどんな配分なのか知らないが、相手の人格が消えてしまっているのは同じだろう。
そして自分のねぐらから菌糸を伸ばして自分の分身を造り、周囲のキノコやカビを食して圧倒する。分身は増えすぎれば餌が足りなくなって枯れ、キノコたちは再び勢力を取り戻す。
そうやって双方、お互いの数を調整している。気付けばそんなコトが出来るように為っていた。
ニンゲンにこんなコト絶対に無理。この身体はこの世界に生きるモノとして完全に造り替えられている。偶然に出来上ったものじゃない、「連中」が意図的に役割を持たせて設えたモノだ。
でなけりゃこんな都合の良い存在が居るもんか。恐らく、俺たちに似た境遇のヤツは他にも居るに違いない。
「俺たちは連中の目論見で用意されたタダの牧羊犬だ。際限なく拡がっていくカビやキノコや苔の森を取り仕切り、無自覚な勢力争いで自滅しないように見張る見張り人だ。その俺らが諍い起こしてどうする」
「オマエの身勝手な夢物語じゃねぇか。テメエの妄想を押し付けんな。オレはオレで決めてオレの意思でやってる。オレはオレだ。操られてるワケじゃねぇ」
「自分が想う相手と一つになったとき、感じなかったか。頭の中にナニか打ち込まれて来るようなヤツ。ヴィジョンといった感じのナニかだ。これからしなければ為らないリスト、みたいなものを受け取らなかったか?」
「……」
「やはり受け取ったんだな。オマエ、敢えてそれを無視してるだろ」
俺は小さく溜息をついた。
「俺のリストにはキノコやカビの捕食に加え、水源確保のオーダーがあった。オマエのリストはなんだ。察するところ、境界線の制定、かな?」
「……下らねぇ」
「当たりか」
「見透かしたつもりか、いい気になってんじゃねよ」
「リスト無視して範囲を拡げまくって、それでどうするつもりなんだ?やがて世界中に拡げて、その後は?自分の分身がうじゃうじゃ居るダケの未来がお好みなのか?
オマエとの立場が逆で、俺の相方がそんなコトを望んだら、間違いなく引き留めるけどな。逝ったオマエの相方も似たようなこと考えるんじゃないのか」
「ヤツは逝ってねぇ!いまもオレの中に居る!」
「俺も一緒だよ。だからこそだ。好きな相手に恥をかかせるような真似をするなと言ってるんだ」
「知ったふうなコトを。テメエにオレの何が判る」
「じゃあオマエは俺の何を知っている。何を判って居る。そこら辺はお互い様だろ」
「……」
「だが察するコトぐらいは出来るぞ。伊達にこの身体で一〇年以上生きてない」
ソコで俺は一旦言葉を切った。
確かオマエは、目覚めて二年ソコソコだと言ってたな。随分長い間、繭のまま眠って居たと。
目覚めた端に拡がっていたのがこんな世界だ。しかも自分の想い人まで取り込んでしまった。憤るのは判るが自分の相方を困らせるな。
「もう一度言うぞ、境界線を戻せ。そうすれば水場は解放する」
「やかましいっ、上から目線で何様のつもりだ」
目の前のヤツが爆ぜた。
俊郎がオレを活かしてくれた。俊郎が居たからオレは生き延びれた。
俊郎が居たからオレはココに居る。オレが困った時にはいつも手助けしてくれた。
いつも相談に乗ってくれた。ヤバい時も辛い時も、何時だってだ。
だから今度はオレが俊郎を助ける番だ。ヤツの為に世界を鎮めてやらなきゃならない。
住みやすい世界に、アイツが生きて居た頃に戻してやんなきゃなんない。
「こんなふざけた世界に、こんなインチキな世界でのんべんだらりとクダを巻いて満足する、そんなキサマに指図されてたまるか!」
勢い込んで立ち上がり、腰掛けていたキノコや苔の山を蹴散らすと「後悔するぞ」と捨て台詞を残して立ち去っていった。
やれやれ、と溜息をつく。話し合う前から交渉は決裂するだろうなという予感は在った。当たって欲しくない予想だったけれど。
やっぱり俺は交渉ごとに向いていないらしい。
相変わらずの瞬間湯沸かし器っぷりに、もう一度やれやれと呟き、恐らく直ぐに実力行使に打って出るだろうという、ほぼ当確な予感があった。
まったく、なんで争いごとってのは無くならないのかねぇ。




