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第二話 学校もここまで

 登校中に誰かが声を掛けて来た。振り向くと顔見知りの女子だった。


「ああ、お早う田口さん。でも俺に近付かない方がいいよ。肩に生えてる胞子(のう)が破裂しそうだから。感染させたくない」


「今更でしょ、山谷クン。わたしの顔や頭に生えてるキノコが目に入らないの」


「俺は七種類。きみは?」


「あまり変わらないわね。六種くらい。でも昨晩背中に生えてきたのが新種かも知れないから、そうだったらキミと一緒ね」


 世界が様変わりして結構経った。カビや苔に感染してバタバタと皆倒れていった。倒れたらそのまま苗床に為るしか無く、ハッキリ言って人類には手に負えなかった。

 最初の頃はワクチンだの、防疫戦争だの、駆除名目の焼き討ちだの、汚染されていない国への移民だの色々あったけど、最近ではもうめっきり大人しい。


 ヒトの数そのものが激減して、本当に減って、争う元気すら無くなってしまっていたからだ。

 最初に闘っていたヒトたちは、本当は円盤をどうにかしたかっただろうに。それがいつの間にか人間同士の争いになってしまったのは、どーゆーコトなんだろう。


 まぁ、円盤には何をどうしようと傷一つ付けられないんだケドね。


 核爆弾を何発ぶつけても平気の平左だったらしい。そんなん、いったいどうしろと。


「感染すると色々と意欲がなくなるらしいね。食欲とか、睡眠とか。競争して他よりも上に行こう、とか。欲っていうのは結局生きる為の燃料だ、って何処かで誰かが言ってた」


「欲の無くなったヒトが制服着て学校に通う?わたしに告白とかする?」


「後者はかく、前者はどうなのかな。タダの習慣、今までがそうだったから何となくやってる。惰性ってヤツ?」


「勉学を惰性で片付けるな。席に着け、授業を始めるぞ」


 教室のドアを開けた途端、あの現国教師が教卓を前にして座り込んでいた。


「お早うございます、センセイ。お元気そうで何よりです」


「嫌みか。文字通り教壇に根が生えて、身動き出来んオレのドコが元気だ」


 チラリと現国教師の足元を見れば、その両足は樹木の根の様にゴツゴツと枝分かれして、教壇にガッツリと喰い込んでいた。


 昨日よりも根が成長している。この状態でよく自我が保てるな。俺の両親なんて、頭からペンペン草が生えた時点で意識不明。次の朝には跡形も無く菌床と成り果てていたっていうのに。


「全員揃ったな。それでは教科書の一七四ページを開け」


「ホームルームはいいんですか」


「この学校に詰めていた教師も今やオレ一人。そして生徒はおまえ達二人だけ。相談事なら何時でも乗ってやるが、学校からの連絡事項が必要だと思うか?」


「体裁も大事かな~と思いまして」


「ウダウダやってる時間が惜しい」


「え……まさか、ソレって……」


「皆まで聞くな」


 現国教師はニヤリと笑っただけだった。




「教える内容がかたよって申し訳ないと思っている」


 窓の外はもう大きく陽が傾いていた。


「しょせんオレは文系だ。理系の教科は上っ面しか分からん。英語や歴史は何とか為るが、数学や物理は門外漢だ」


「センセイ、もう目が見えてないんじゃないですか?」


「分かるか。今朝の時点で既に文字が霞んで見えづらかった」


 いまこの教師が教卓の上で広げて居る歴史読本は逆さだった。そして声と思しき方向に顔を向けるのだが、目と目が合わないまま会話を続けるのだ。


「こんな世相で国語なんて学んで何の意味があるのか、と思っているだろう。だが大事なのは文法云々(うんぬん)なんかじゃあない。磨くのは相手の真意を読み取り、察する能力だ」


 いまや盲目となった教師は語り続けた。


 本を書いた筆者であれ、ものを語る相手であれ、文字や言葉にはそれを使う相手の意図が込められている。文字や言葉になっていない部分、それをキチンと拾い上げられるようになれ。

 どんな価値観を持ち、どんなコトを伝えようとしているのかを。


「どの教科でも同じだ。何故その文章が書かれているのか、何故その言葉が語られているのか。その数字が出て来る背景は何なのか。それらを考察出来ようになれ。

 学校の勉学というのは、見えないものを気付かせるために在る」


「まるで一端の教師のようです」


「舐めてんのか、山谷」


 台詞はぞんざいだったが声や顔は笑っていた。


「今日の授業はコレで終了。明日から学校は休校だ。しばらく来なくて良いぞ。教える教師が居なければ、学校の意味なんてないからな」


「先生……」


「田口、山谷と付き合ってんのか」


「告白されたダケです」


「そうか。まぁ、折角居残れたんだ。仲良くやってくれ。教師のオレが言うのもなんだが」


 深呼吸一つ分の間を置いて、俺と彼女は立ち上がると「先生さようなら」と頭を下げた。


「ああ、ふたりとも元気でな」


「また明日」


 田口さんの一言に俺は驚いて振り向いて、現国教師も一瞬声に詰っていた。


 小さな苦笑が聞こえる。


「またな」


 返事は短かったが、センセイの顔は妙に晴れやかだった。




 次の日の朝、田口さんと一緒に教室に来てみると、教壇の上には人型の菌床が在るダケだった。顔の辺りが微笑んでいるように見えるのは俺の気のせいだろうか。

 少なくとも苦しんだ訳じゃ無いのだと、そう思いたい。


 彼女は道端で摘んだ名前も知らない花を持って居て、俺もまた道端で拾った栄養ドリンクの瓶を教壇の脇に置き、花を刺して彼女と一緒に手を合せた。


「コレで学校に来る意味もなくなっちゃったな」


「そうね。先生、なんでこんなに長持ちしたのかしら」


「ソレを言うなら俺ときみもそうじゃん」


「やりたいことが在ったから?」


「俺の父さんや母さんや弟や、クラスの連中もやりたいことはいっぱい在ったと思うよ」


「そうよね、何でなんだろ」


「何でなんだろな。それに、俺たちもいつまで保つか分からないし」


「だったら今の内にやりたいコト、全部やっておこうかな」


「やりたいこと?」


取敢とりあえず、付き合ってみるってのはどう?」


「え、いいの?」


「良いわよ。そのつもりだったんでしょ。ソレともふざけてた?」


「いやいや本気だよ。ちょっと返事が唐突で驚いたダケだよ」


 こうして俺と彼女は、顔見知りの居なくなった世界で付き合うことになった。




 二人でアチコチを彷徨うろついてみた。


 キノコだのカビだの苔だの菌床だの、そんなモノに埋もれた街並みは見慣れていたけれど、二人一緒に歩くとまた別の世界みたいに見えた。

 鳥だの犬だの猫だのをアチコチで見かけた。鳥は分かるけれど飼い主がいなくなって犬猫もまた野生に返っていた。


 どーして感染するのが人間ダケなんだろうな、とも思うけれど、空に浮いている円盤が侵略者だとしたら(っていうか、間違いなくそうなんだけれど)人間が一番邪魔って考えるのは当然かも知れない。


 ヒトが居なくなってもしばらく発電所は動いて居たみたいで、ネット環境とか電話とかも何故かしばらく使えていた。

 流石にテレビは早々にやらなくなったけれど、通信やコンピュータ関係は自動で何かが設定されていたのかも知れない。


 気まぐれに電話やネットを使って見たけれど、AIでの返答や自動音声が流れるダケで、人間と思しき反応はナッシング。

 それでも半年くらいは保ったかな。もう最近はダメダメだ。流石に電気が止まったらどうにも為らない。お陰で俺たちは随分と暇を持て余すようになった。


 まぁ夜とかに為れば、若い者特有のリビドー何某なにがしかが炸裂して、二人で色々試したりはしていたんだけど。どーせ誰も見咎みとがめるヒトなんて居ないから、ホント、好き勝手にやっていた。

 でもそれでも、退屈ってヤツはドコにでも潜んで居るものなんだ。


「遠出してみない」


 彼女の提案で町を出てみることにした。町内会で使っていた軽トラックを無断借用。運転は時たま乗って遊んでいたからどうって事ない。オートマだから実に簡単だった。

 予備のガソリンと水と携帯食料、小さな発電機や細々としたキャンプ用品を積んで出発。


 消耗品は都度に現地調達。大きなお店は荒らされていたけれど、一般家庭は無事なのが多かった。

 まぁ、人型の菌床は大抵ソコに在ったから、みんな自分の家で最後の時をむかえたみたいだ。なので「調達」する時にはちょびっと罪悪感がある。


「有効利用させていただきますね」


 俺と彼女はそう言って手を合せるコトにしている。


 本屋でパクった地図は割と役に立ったけど、行けども行けども似たような風景ばっかり。どこもかしこも俺たちの住んでいた街と同じで、カビとかキノコとか苔とかにおおくされて、生きて居るヒトなんて誰一人居なかった。

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