第一話 胞子が舞ったら
誰も居なくなった。
本当に居なくなっちゃった。
誰も彼も、ヤツもアイツも、あの子もその子も。
ソレこそ見知ったヒトたちみんなゴッソリ。
どうやら人類は絶滅しちゃったらしい。
らしい、っていうのはあくまで俺の主観で、ホントに本当、完全無欠に絶滅したのかって問われると「判んない」としか返事のしようが無かった。
何しろ俺が分かるのは俺の周囲だけで、世界中をくまなく見て回った訳じゃないからだ。
だから俺の周囲、知る事が出来る範疇で「人類」って生き物は見なくなった、というのが正しいんだろうな。
え、オマエがこうやって話しているんだから、絶滅って言うのも正しくないだろうって?
いやぁ、俺を人類って言うのはどうなんだろ。確かに見かけがソックリなのは間違いないんだケドね。
まぁ、最初から順を追って話していくよ。時間なんて腐るほど在るんだしさ。
始まりは唐突。空からデッカイ円盤がやって来た。
ホントにデカかった。後から知った話だけれど、直径で一〇㎞を越えていたらしい。
平たく言えばUFO。最近ではUAP(未確認空中現象)っていうらしい。でも言い方なんてどうでも良かった。人類以外の科学で出来上った乗り物がやって来たことに間違いはなかったからだ。
世界中の政治家先生やそれ以外のアレコレ色々な人たちも大慌て。事前に知ることが出来なかったから尚更だ。目で見るどころかレーダーとかにも反応しなかったらしい。
そして気付いたら頭の上に浮かんで居たって訳だ。
夜道を一人で歩いて居て、気付いたら真後ろに幽霊がいた、みたいな感じかな。
いやちょっと違うか。
その時は俺も他のみんなと同じく、びっくら仰天して空を見上げて固まって居た。ぽかんと口を開けて呆けていたから、丸きり阿呆みたいだったろう。
でも不安になる必要はない。だって俺以外のみんなも同じように、ぽかんと口を開けて呆けていたからだ。
当時の俺はまだ高校生で、ちょうど現国の授業中だった。
教壇に立っていた教師も窓際にやって来て同じように口開けて呆けていたから、俺たちと同じ気持ちだったに違いない。
だが十ほども数えたころだろうか。我に返って「さあ、席に戻れ。授業の続きだ」と宣ったのには驚いた。
「スマホはしまえ。いまは授業中だ。空のアレは休憩時間になってから調べろ。俺はおまえ達に勉強を教えるのが役目だし、おまえ達は学ぶのが役目だ。ヒトは死ぬまで学ぶ権利がある。ソレを放棄するな。そして時間は有限だぞ」
先生、言ってることはご立派だけど、この状況でその台詞が出ちゃうの?
空のUFOもアレだけど、むしろこの状態でソレを口にする先生にビックリだよ。
豪胆っちゅうか、ブレないっちゅうか。我が道を行くというか。
あるいはみんながみんな、危機感ってヤツが麻痺していたのかも知れなかった。
それはモチロン、俺も合わせて。
ドコから来たのか知らないけれど、地球にやって来た円盤は一枚じゃなくって、人口密集地に覆い被さる様に何枚も何枚も降りてきた。
そして空中から何かを大量に、ふよふよとバラ蒔き始めた。そう、ふよふよと。空飛ぶウミウシっていうかクラゲっていうか、軟体動物的な生き物だ。
最初はソレが円盤に乗ってやって来た宇宙人だろうって話で、色んなヒトたちが色んな手段でコミュニケーションを取ろうと頑張った。
当然、円盤本体の方にも抜かりなくだ。
言葉はモチロン通じないだろうけれど、絵とかボディランゲージだったら何とか出来るんじゃないか。
発光信号やモールス信号的なものはどうだろう。
目で相手を見るんじゃなくて、音とか匂いとか触覚とか、あるいは電波とか、ヒトが知らない別種の感覚器官で相手を確かめて居るのかも知れない。
様々なヒトたちが様々な手段でチャレンジしてみたんだけど、全然ダメ。けんもほろろも無くってまったく相手にされなかった。
人間をガン無視。まるでソコに居ないかのように振る舞い、街や道路や家の周囲や、そこかしこをただゴソゴソと這い回るダケなのである。
コレはいったい、どう対処すればいいのだ?
特に何かをする訳じゃない。ただ降りてきたってダケ。団体様いらっしゃい的な観光客の集団と見えなくもなかった。
ヒトに危害を及ぼすわけでもないし、邪魔だと追っ払えば素直に退いてくれる。人間の食べ物を食い荒らす訳でもないし、インフラを壊す訳でもない。
みな途方に暮れ、やがてそーゆーものなのだ、宇宙には我々の理解の外にある謎が満ち満ちて居るのだ的な諦めのもと、徐々に気にしなくなっていった。
まぁ、空に浮かんで微動だにしない円盤は普通にヒコーキの邪魔だし、日照権的なモロモロが無い訳では無いんだけれど。
そして学者先生たちは円盤や降りてきたモノに終始夢中だったみたいだ。
コレは侵略なんだ、油断させてパクっと食いつこうとしてるのだ、的なネット論調もあったけれども、おおむね苦笑されて終わっていた。
やがてソレが段々と笑い話にならなくなって行ったのは、世界のアチコチで珍妙な植物が生え始めてからのことだった。
ソレは明らかに地球上の植物じゃあなかった。
色んな形で色んな色合いの植物なんだけれども、何奴もコイツも普通じゃない。何せどれもが、ビルの高さに匹敵する位にまで育つのだ。
「皆さんは木とか草とか呼んでますが、明らかに被子植物や裸子植物ではありません。太古の地球で、植物が海から地上に進出してきた頃の苔や藻菌類の繁殖を思い起こさせますね」
テレビで植物学者のセンセイがそんな感じで小難しい話をしていた。
要約すれば、世界のアチコチでうじゃうじゃ生えてるコレは、カビとか苔とかの仲間らしい。さしずめ宇宙カビ、もしくは宇宙苔だな。
そして円盤から大量に蒔かれたふよふよは、例外なく宇宙カビや宇宙苔の苗床となって世界のアチコチに根を生やし、せっせとその繁殖範囲を拡大して居た。
どうやらふよふよは、タネを仕込まれ具合の良い場所を探して腰を据える、そんな感じの歩く堆肥だったらしい。
この段になってようやくみんなは、円盤がやって居るのは地球の異星化だと気付くコトに為った。
何てことはない。円盤は異星人による土壌開発のための作業船だったのである。
そして宇宙カビや宇宙苔は、徐々に地球の環境を変えるのと同時に次々に新種を作り出し、やがて人間に寄生するカビやキノコや苔を生み出した。
カビの繁殖はあっと言う間だった。モチロン、キノコや苔の方も。




