ほら吹き地蔵 第十七夜 船出
【1】
ここ数日、私の寝室の中をキツネが行ったり来たりしている。
おかげで自慢のジュウタンは泥だらけだ。
なによりも、キツネ臭くて耐え難い。
「勝手なものですなあ。このジュウタンは、すでに、あなたの汚物まみれなのに。『自分の中から出たモノは臭くない』とでも言うんですか。」
生意気にも、このキツネは人間の言葉で話しかけてくるのだ。うるさい。ほっといてくれ。
そもそも、なんでキツネなんだ。
私は、ちゃんと仏さまに帰依してきた。毎日のお祈りも、月のお参りも欠かさなかった。
汚物まみれの孤独死は、自分で選んだ道だから不服は無いが、キツネはないだろう、キツネは。
お迎えって、こんな雑なものだったのか。
「まあ、私の事はセレモニーの準備係なんだと思ってください。まず、あなたの心の準備が必要なんですよ。
時間がないから手短かに言いますが、あなた、今みたいに心がグシャグシャなまま死にたいですか?」
しょうがないだろう。私は欲ばりで、怒りっぽくて、おまけに、立場の弱い人間を見下さないと生きるのがツラくてツラくて、居ても立ってもいられなくなる人間なんだから。
今さら誰かに「助けて」とは言えないよ。
わたしゃ101匹目の迷える子羊なんだよ。
誰も探しにゃ来ないんだよ。
「ほら、そうやって強がって、自分の本音にフタをする。その調子で、一体いつまで逃げ回る積もりですか。『仏さまの手の平よりも広い逃げ場所がある』とでも言うんですか。
良く言えば、あなたは忍耐力が強すぎるんですよ。死ぬ時ぐらい、泣きわめいたら、どうですか。『見苦しく死んじゃいけない』なんて、お経のどこに書いてありましたか?」
そりゃあ、今の私は三つの執着心の間を堂々巡りだよ。
第一は、この部屋に残した、わずかばかりの財産と、人に見られたくない家財(特に電子データ)への執着心(または羞恥心)。
第二は、ズバリ「死にたくない。」
「今さら虫のいい言い分だ」と分かっちゃいるが、それでもホンネ、「死にたくない。」
第三は、アホらしいとは思うが「死んだら、どうなる?」。
やっぱり「死んだらゴミになる」とは思いたくないのだ。
もちろん、最後の審判の、六道輪廻の、極楽往生のと言った理屈は、もう頭に入らない。そんな余裕はない。目の前の執着心に振り回されるので手一杯なのだ。
死生学の本に静かに向き合うタイミングは逃した。これも、もちろん、私の知的怠惰のせいなのだが。
以上、三点とも、誰を怨む筋合いでもない。
「じゃあ、運命を呪ったら、どうですか」と、キツネが私の考えの中に勝手に割り込んで来た。
こいつ、読心術と憑依術まで心得ているらしい。
私はキツネに言ってやった。
「運命なんてない。ご縁あるのみ。縁には良いも悪いもない」が、み仏の教えじゃなかったのか?
「オット、こいつはイッポン取られましたね。引っ掛けの積もりだったんだけど、俗流の運命論が通じないとは手強いね、アンタ。」
キツネは「さよなら」も言わずに退散した。
【2】
自分で水を飲めなくなったら、アッと言う間に衰弱が進んだ。我慢もあと少しだ。
金の事は、もうどうでもいい。
タンス預金は誰にも発見されず、産廃処理場に直行するかもしれないが、もう十分、楽しんだから「元」は取った。
ズラリと並んだ紙幣の光沢を眺めるのは私の唯一の心の安らぎだったし、「もしも押し込み強盗に包丁を突きつけられて『金を出せ』と脅されたら、何と言ってゴマカしてやろうかな」と考えるのは、なかなかスリルがあって良い気晴らしになった。
「盗難保険もかけられない、タンスの底に現ナマがザックザク」と言うのが、私のシャングリラであり、ザナドゥであり、西陽しか当たらないボロ・アパートの宝島だったんだ。
パソコンのパスワードを、あらかじめ解除しておいて良かった。
ある日、ふと気が付いたからだ。「孤独死を待っているだけの老人に、のぞき見のリスクはない」と。
そもそもパスワードの強制解除は技術的にはともかく、法的なハードルが高い。
私もそれで貴重な時間を泥棒された事があるから、他人に同じ思いを味わわせたくなかった。
私にしては珍しく、公徳心を発揮したのだ。
口座は銀行が勝手に凍結するだろうから、カードも、会費の引き落としが必要なWebアカウントも、口座凍結に気付いた運営がサクッと始末するだろう。
飽くまでも商売なんだから、「どうしようもありません」と言う事はないはずだ。
FXもオークションも、たまたま興味を失くして手仕舞いしていたのはラッキーだった。
もしも建て玉を残していたら、下手すりゃウン千万単位の裁判沙汰だ。
その場合、誰が泣く事になるのか知らんが。
そういや、逆に振り込んで来るのもあったな。
アフィリエイトは承継を認めなかったはずだが、宙に浮いたハシタ金は、どうなるんだろう。
まあ、どうでもいいが。
SNSの書込みは恥さらしだが、気にしていたらキリがない。
20年以上も昔に商用サイトに書き込んだゴミ・カキコが、エゴサーチすると、今でも、けっこうヒットするからウンザリだ。
そのサイトは、もうとっくの昔に閉鎖されているのにだ。
パソコンのハードディスクには、恥ずかしい物は残していない(はずだ)。外部に移した(はずだ)。
問題のフラッシュメモリは五、六本ある。問題のあるヤツも、無いヤツも含めてだ。
あれを、いちいち開けてみるヒマ人がいるのかな。
MOやフロッピーディスクの分は、もう知らん。
何やらコソコソ隠した覚えはあるが、いつ何をどうしたか、細かい記憶は失せた。
そもそも外付けのドライブが無い。
いや、このアパートのどこかにはあるんだろうが、次にそれらを発見するのは、この部屋に入った特殊清掃業者だ。
まあ、これら(恥)データを、最悪、人に見られようが、ネットに流出しようが、要は「兎平亀作は偽善者でした。身持ちが悪いゲスでした」と世に知られるまでの事だ。
何を怖れる事がある。不身持なんて、私が犯して来た罪の中では軽い方だ。
隠すのは恥ずかしいからじゃない。責任逃れしたいだけだ。「逃げ切れば勝ちだ」と思っているから隠し通して来たのだ。
そもそも孤独死した老人の痴態・醜態なんて、誰も気にも留めまい。炎上すらしまい。
思いもかけない所で旧悪が露見したお相手さんには、もしかしたらご迷惑がかかるかもしれん。
この場をお借りして、あらかじめ、ごめんなさい。
ここまで物事を気にしなくなるなんて、ちょっと意外だった。
悟った訳じゃない。悟達した訳じゃない。プライドを無くしただけだ。
プライドなんて、心が弱ったら、一瞬で砕け散るものなんだなあ。
この珍奇な世界に出現して、わずか80年か、そこいらで消滅してしまう幻を、私は「この世で一番大事なもの」、「一番きれいなもの」と確信し、後生大事に、ここまで抱えて来たのか。
そのプライドも、ガラスの写真乾板を岩に叩きつけたみたいに、キラキラ輝くだけの、ただのシリカの破片になってしまった。
いや、そもそもプライドって、何だ?
見栄や世間体や恥や外聞の事を、ご大層に言い替えてただけじゃないのか。バカらしい。
つくづく思うが、金は私のトロフィー。
SNSは勇者のアバター。
メモリの中身は私の恥部のアルバム。
まあ、そんな所だろう。
もう、どうなってもいい。
死ねば全部、山奥の限界集落に不法投棄された冷凍庫の中の霜みたいに溶けてなくなる。
「死にたくない」とも、もう思っていない。
もう登り(いや、降りか)のエスカレーターに乗っているのだから。
何もしなくても、何も考えなくても、エスカレーターは前に進んでいるんだから。
ちなみに、このエスカレーターは真っ黒だ。
聞いていたのと違うよ。最後にあの世に向かって歩く道は真っ白じゃなかったのか。
これも、どうでもいいが。
こうなると、誰が来るのか楽しみだな。
私が生きてる内にやって来るのは、少なくとも生きてる人間じゃない。
このアパートの家主も市役所も警察も、私が死にかけてるなんて夢にも思うまいから。
両隣は空き部屋だから、異臭に気付くには少々時間がかかるはずだから。
【3】
「さあ、お楽しみのお迎えですよ。」
またもキツネがヒョイと顔を出した。
それから、えらく、にぎやかな事になった。
仏さまの行列が、空から降りて来たのだ。
にぎやかな音楽と、うるさいぐらいのライトアップ。
もっと質素でも良かったんだがな。
「なに言ってるんですか。お迎えは、ちょっと大げさにやるくらいで、ちょうどいいんです。み仏が生きてる人間に加える最大の制裁は『ひとり寂しく死にました』だって、知らないあなたじゃないでしょ。
今日は『兎平亀作メモリアルデー』なんですよ。さあ、踊りましょう、歌いましょう。」
準備係と言ってたけど、同じキツネが葬式の司会もやるのか。いや、これじゃ宴会部長だ。
やがて遠く近く、色んな音楽が混ざり合って聞こえて来た。
生きていれば、ただの不協和音、騒音としか思えなかったろうが、今は一つ一つの楽の音がハッキリ別のものとして聞こえて来る。
定番の「蛍の光」、
これまた葬式の定番、バーバー「弦楽のためのアダージョ」、
モーツァルト「レクイエム」より「涙の日」。
「湿っぽいな」と思っていたら、ポップス系の音も徐々に聞こえて来た。
海援隊「贈る言葉」、
RCサクセション「ヒッピーに捧ぐ」、
ボブ・ディラン「天国への扉/ Knockin' on Heaven's Door」、
U2「One Tree Hill」、
ザ・ビートルズ「The Long And Winding Road」、
そして、ザ・ローリングストーンズ「無情の世界/ You Can't Always Get What You Want」。
「あと、もうひと押し!」と念じたら、遂に出た、ペレス・プラード「マンボNo.5」。
そう、これだよ、これこれ。
これでマンボキングの向こうを張った「世界一にぎやかな葬式」だ。こう言うのが欲しかったんだよ。
「どうやら潮がいっぱいに満ちましたね。今が船出の時ですよ。引き潮に乗って、勢いを付けて次の港に行くんです。」
キツネが、そう言うのと同時に、レーザービームが私を捉えた。
糸のようなものが、私を空中にたぐり寄せた。
体の痛みは消えた。もちろん心の痛みも。
最後の最後になって、誰かから、こんなに大事にして貰えるなんて、思ってもいなかった。
長生きはしてみる、いや一度は死んでみるもんだな。
金のかからない、私の「脳内葬式」だがな。
キツネのぼやきが、なぜか耳に届いた。
「まったく、この人と来たら。ご来迎の時くらい、素直に喜びゃいいのにな。
妙な自省心があるから、階段を一段、ポンと降りる事もできやしないんだ。
これだから文学青年崩れは困るよ。」
【参考文献】
萩原栄幸『 「デジタル遺品」が危ない 』、ポプラ社、2015年




