エピソード1 今日も演じる
「俺は今日も"陰キャを演じている"。」
教室の扉を静かに閉めて、気配を殺すように席へ向かう。
一番後ろの窓側。陰キャの定位置。
目立たず、喋らず、静かに本を読む。
僕が一年ほど研究してきた“ラブコメ陰キャ主人公の挙動”を完全コピーした行動だ。
本当の俺は別に暗いわけじゃない。
勉強も本気を出せば学年トップクラス。
運動もそこそこ。
──でも、俺が憧れたのは“リア充主人公”じゃなかった。
気づけばヒロインに好かれてる、控えめで誠実な陰キャ主人公。
彼らが生きている“静かな世界”に、僕はずっと憧れていた。
だから、俺は陰キャを演じる。
その理由は、誰にも言っていない。
「おっはよー!ゆーと今日も相変わらず暗いねー」
後ろの席に座る幼馴染、清宮結希が、ハイテンションなまま俺を覗き込んだ。
彼女は俺が陰キャ生活を始めた理由を知らない。
「暗い顔って……別に普通だよ」
「そー? まぁいつも通りって言えばいつも通りだけど……」
結希は眉を寄せながらも、姿勢を前に傾けて僕の顔を覗く。
何か言いたいことでもありそうな目だ。
彼女の中で“俺が急に陰キャになった理由”は謎のままなのだ。
俺は本のページをめくるふりをしてかわす。
陰キャ主人公ムーブ的には“説明しない・目を合わせない”が正解。
「……まあ、悠翔が元気ならいいけど」
そう言って結希は前に向き直った──が、ほんの少しだけ頬が赤かった。
最近、結希が俺を見るときの表情が、微妙に変わった気がする。
その時、教室の入り口で足音が止まった。
淡いクリーム色のカーディガン。
黒髪を後ろでまとめた落ち着いた雰囲気。
姿勢の良さだけで“育ちの良さ”がわかる。
一年生の文学お嬢様、西園寺三奈美。
図書委員で、成績は学年1位。
静かで控えめな、文字通り“お嬢様”。
三奈美は教室をひと通り見渡し──
なぜか、僕のところで視線を止めた。
「…………あ」
漏れた声は小さかったが、確かに僕に向けられたものだった。
その瞳が、一瞬だけ大きく揺れる。
すぐに視線をそらし、静かに歩いていったが……
僕には見えた。頬のわずかな赤みが。
どうかしたんだろうか。別に俺は何もしてないと思うのだが…
「……ゆーと、やっぱり今日なんか違うって」
前の席から、結希が小さく呟いた。
「え?そうなのか?」
「うん、絶対いつものゆーととイメージ違ってる」
いやいやいや。
俺はずっと同じ見た目、同じメガネ、同じ前髪だ。
どこが違うというのか。
答えが分からないまま、チャイムが鳴る。
周りの視線が、昨日よりほんの少しだけ僕に集まっている気がした。
陰キャ主人公ムーブを頑張っていたつもりが──
なぜか“逆方向の効果”を生み始めている。
この日を境に、俺の陰キャ生活は
想像の十倍の“勘違い”と“好意”を引き寄せることになる。
当の本人である俺は、それにまだ気づいていなかった。
どうもワンワンです。今回の作品が小説家になろうでも僕の人生でも初めての作品です。投稿を続けながらどんどん成長していけたらなと思います。今後ともよろしくお願いします。




