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9. 引き返せない

 これは、思ったよりも危ない橋なのではないだろうか。今さらながら、早まったか、という後悔の念が湧いてくる。


 でもまあ人間、いつかは死ぬのだから、こういう陰謀に巻き込まれて死ぬのも、それなりに充実感を得られるかもしれない。


「それで、私はなにをしたらいいのでしょうか」

「今はまだ、情報を集めている段階だよ。残念ながら重要な事柄は、なかなか耳に入ってこなくてね。だから君……エルゼには、僕からの話をフィフィに伝えて欲しい」

「かしこまりました」


 ということは、私は単なる伝達係、というわけだ。その程度のことなら、私にもできそうな気がする。もういいか、という気分ではあるが、それでもなるべく危険からは遠ざかりたい。


「あと、フィフィをたまに外に出してあげて。ずっと閉じ込められていると、心が折れてしまうかもしれないから」

「わかりました」


 それにしても、本当になにも悪いことをしていないとして、それでも幽閉されたのは、いったいなにが理由なのだろう。


「フィフィアーナ殿下がこんなことになってしまったのは、魔力があまりにも強大で、それを恐れられたんでしょうか」

「まあ、そうなんだろうね。フィフィは王になろうとはしていないんだけど」

「え?」

「え?」


 王になろうとはしていない、という言葉の意味が頭の中で繋がらなくて、思わず首を傾げると、それを見たギルベルト殿下も同じように首を傾げた。

 少しして、「ああ」と声を漏らすと、殿下は私に説明を始める。


「普通に考えて、これは『王位継承権争い』だよ」

「そうなんですか?」


 私が問い返すと、ギルベルト殿下は人差し指を立てて、自分の口元に当てた。

 嫌な予感がする。


「実はね」

「それ、私が聞いてもいい話ですか」


 喋りだそうとする殿下の話をひったくって、制する。これ以上なにかを知ったら、本当に引き返せなくなりそうだ。


「もうすでに、引き返せないよ?」


 にっこりと笑って釘を刺されては、私は黙りこくるしかない。というか、この人、心を読む魔法でも使えるのではないだろうか。


「また、その嫌な顔」


 私の表情を見て、彼は喉の奥でくつくつと笑う。なにかが可笑しいらしいが、私はまったく面白くない。


「では聞きます。どうぞ」


 手のひらを向けてそう促すと、彼はゆっくりと口を開いた。


「今、父上は病気療養中だ」

「ああー……」


 王子の父。つまり国王。確かにこれは、言い広めていい事柄ではない。


「今すぐどうこう、という状態ではないんだ。ただ、臥せっていることが多くなって、本人も気落ちしてしまっていてね。だから水面下で、後継者争いが激化している」

「水面下なんですね」

「表立っては誰も動いていないよ。だいたい、今すぐどうこう、という話ではないのだから、動いていると知られると、国王の死を望んでいるのではないかと勘繰られる」

「確かに」

「近々、誰かを立太子させるのでは、という噂も広まっていてね。そういう状態だし、タイミング的にも、継承権争いと見て間違いないと思う」


 ずいぶん話が大きくなってきた気がする。今まで、こんな権力とは無縁な世界で生きてきたから、どうにも遠い世界の話にしか聞こえない。

 それに、よく考えると、王子であるギルベルト殿下に知られないままで幽閉に成功したのだから、それなりの権力を持つ者が黒幕だと考えたほうがいい。

 やっぱり私にとっては、遠い世界の話だった。


 今までは。


「ええと、私の認識としては、第一王子のリヒャルト殿下が次代の王になるものだと思っていたんですが」

「そうだよ。それが既定路線だ」


 ギルベルト殿下は頷いて肯定する。

 私だけじゃない。世間の人は皆、第一王子が次代の王だ、という認識のはずだ。


「王位継承順位は、なんらかの事情があれば、貴族院で会議が開かれ都度、変更される。上位にいくにはいろいろと要因はある。まずは生まれた順番だ。それから、王妃または王配に当たる者の身分。支援者の力。国民人気。いろいろあるが、もうひとつ」


 そこで話を切って、立てた人差し指を、ずいっと私のほうに出してきた。もったいぶらないで欲しい。

 渋々ながら、その先を促す。


「もうひとつ、なんですか?」

「魔力量だ」


 それを聞いて、「あっ」と声が漏れた。

 今、王家で最も強大な魔力を持つのが、フィフィアーナ殿下。


「僕たちの母親は他の妃たちに比べて、実家の力が弱い。伯爵家だが、領地はそんなに肥沃ではなくてね。しかもその母親ももう亡くなっている。だから二人揃って継承順位は下位だ。これからも、そのはずだった」


 はずだった。だが、変わってしまった。


「フィフィの魔力は桁違いだから、上位に躍り出る可能性があるといえば、ある」


 だから潰されようとしている。


「とはいっても、普通に第一王子のリヒャルトが王位を継承すると思うんだけどね。生まれた順番からいっても、母方の力からいっても、本人の能力を考えても、なーんにも問題がない。魔力だって、あるほうだと思うよ。対してフィフィは、魔力量しか強みがない。だから、王位継承権争いなんて起きるはずもないんだけど……」


 そして腕を組んで、うーん、と考え込んでみせた。


「でも、フィフィアーナ殿下は閉じ込められた」


 ギルベルト殿下は私の発言に顔を上げ、こちらをビシッと指差した。


「そう。そこがおかしい。たとえ強大な魔力を持っていたとしても、そこまで脅威に感じるかなあ、と思うんだよね。フィフィは野心に溢れる人間ではないし、この平和な時代に、魔力量を重視する必要もない」


 そう疑問を呈すると、首を捻っている。


「それなのに、フィフィを脅威に感じる何者かがいるということだ。だから、調べているんだよ。慎重に事を運ばないといけないから、遅々として進まないけどね」

「なるほど」


 しかしこの騒動が『王位継承権争い』というのなら、容疑者は王子、王女たちの中の誰かなのだろうか。今、この国にはフィフィアーナ殿下、ギルベルト殿下を含めて、五人の王の子がいる。

 つまり黒幕は、残り三人の中にいるということだろうか。


 考え込む私に、ギルベルト殿下は声を掛けてくる。


「こんな陰謀に巻き込まれたフィフィを早く解放してあげたい。可哀想だと思うだろう?」

「……問題がないのに閉じ込められたとしたなら、可哀想だと思いますけど」

「問題はないんだけどなあ」


 ギルベルト殿下は、私の返答に苦笑を浮かべる。


「まあ、信じられないのは仕方ないとして。ひとまず、僕たちを信じる、という体で進めて欲しい。大丈夫だね? 報酬は受け取ったし」

「そりゃあ、受け取ったからには、やりますよ」

「いいね。頼もしい」


 そう返してきて、口元に弧を描く。

 笑顔は柔らかいが、ここで、なんらかの脅し文句を使わないのが逆に怖い。そもそも私なんかに、国王の健康状態がよくないことを明かしたくらいだ。報酬を持って逃げたりしない、もしくは逃げてもなんとかできる、と確信を持っているのだ。


 王族の中では力がない、と言ったが、それでもしがない男爵家の娘などには遠く及ばない権力がある。

 私がやらなければならないことは伝達だけらしいし、おとなしく仕事をこなそう、と決意を新たにした。


「では、そろそろ」

「ああ」


 私がソファから立ち上がると、ギルベルト殿下はなにかに気付いたように呼び掛けてくる。


「そうだ。ひとつ、注意事項」

「なんでしょうか」

「侍女頭のヨハンナだけど」

「シュルツさん?」

「特に、彼女には見つからないように気をつけて」

「え?」


 すると、ギルベルト殿下は困ったように眉尻を下げた。


「彼女、第一王女のシャルロッテ姉上の乳母だったんだよね。シャルロッテ姉上も容疑者の一人だから、もし彼女が黒幕だったとしたら、非常にマズいから」

「わかりました」


 頷いて返したが、そんなに私に近い人にも慎重に隠れないといけないのか、面倒だなあ、と憂鬱な気分になった。

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