8. 王子たちの目的
約束通り、一度、身体を貸したあと、再び自分の身体でギルベルト殿下の部屋を訪れる。
部屋の前の衛兵には顔をしかめられたが、それはもう仕方ない。尻軽女と軽蔑されるしかない状況だ。
部屋に入ると促されるまま、ギルベルト殿下とソファに向かい合って座る。
「どういう経緯で協力するなんて話になったのか、フィフィに聞いたよ」
開口一番、ギルベルト殿下は渋面を作って、そう話しかけてきた。
「豪胆というかなんというか……」
そして額に手を当て、肩を落として俯く。
自分を人質にしてナイフを向けたことを言っているのだろう。
「恐縮です」
「褒めてないよ……」
ため息交じりにそう返してきてから、私の顔をじっと見つめる。
「僕たちは、誰かを傷つけてまで解決しようとは思っていないんだ。もちろんこの先、敵が出てくれば、やむなくそうしなければならないこともあるだろうが、無関係な君に犠牲を強いるつもりはない、と考えていることだけは覚えておいて」
「……はい」
「信じていない、という顔だね。まあそれも致し方ない。ひとまず信じられるように、前金だ」
殿下は胸元に手を入れて白い封筒を取り出すと、テーブルの上に置いてこちらに滑らせた。私はそれをありがたく受け取る。思っていたより重さを感じて、手が下に揺れた。
慎重に開けてみると、中には小金貨が十枚。思わず、おお、と声が漏れた。私の二ヶ月分の給金だ。
「あとは、君の姿をしたどちらかが……まあ、君自身が来ることがほとんどになるだろうが、この部屋に来るたびに小金貨二枚。これでどうかな?」
「十分です」
「では雇用契約成立、ということで」
安心したのか、ギルベルト殿下はソファに深く腰掛け直す。
「もっとたくさん用意できればよかったんだろうが、私費とはいえ、あまり動かすと調査が入るかもしれないから」
これでは足りない、とごねたらどうなるのかと考えてみたが、たぶんロクなことにならない、という結論に達した。いくら犠牲を強いるつもりはない、と今は思っていても、私が敵に回ったら、口封じされることも考えられる。王族だし、一介の侍女のことなど、そこまで大事には扱わないだろう。
強欲なのは、よくない。ほどほどに貰えればそれでいい。
「正直なところ、入れ替わりをするたびに侍女が変わるから困っていたんだ。助かるよ」
だから、胡散臭いと思いながらも、私の提案にあっさりと同意したのだ。
「足りないというのなら報酬として、君の妹の嫁ぎ先、潰そうか?」
ニヤリと口の端を上げ、そんなことを宣ってくる。
「結構です」
平淡な声でそう答えると、ギルベルト殿下は肩をすくめた。冗談のつもりかもしれないが、まったく面白くない。
いらぬことを。別に彼らの不幸は望んでいない。とにかく私は、彼らとは二度と会わないよう、無関係な場所にいたいだけなのだ。
すると、ギルベルト殿下はなにかに気付いたように、パンッと手を叩いた。
「あ、そうだ。そのお金の使い道について条件を出そう」
「条件? ……ああ」
もしかしたら、派手に使うとその出所について勘ぐられる、という心配か。しかし私はこれを貯金するつもりだ。いつか国を出るために。
すると殿下は、意外なことを言ってきた。
「すべて、自分のために使うこと」
「え? それは、そのつもりですけど……」
いったいどういうことなのかと首を捻っていると、補足があった。
「誰かにあげたりしちゃ駄目だよ。すべて、自分のために使って」
「……家族にも?」
「そう」
私の質問に、殿下は首肯する。
ということは、貰った中から実家に仕送りはできないのか。まあ、仕送りはいつも自分の給金からだから問題はない。
「それってやっぱり、私が急にお金持ちになったと知られると、怪しまれるからですか」
「うん? ……うん、そう」
少し言い淀んでから、ギルベルト殿下はそう肯定した。もしかして、他に理由があるのだろうか。
だが、いつかのために貯金するのだから、問題はないだろう。
「では、君になにをして欲しいのかを伝えよう」
どうやら本題だ。私は背筋を伸ばして耳を傾ける。あまり無理難題でなければいいけど、と心の隅で祈る。
「僕たちは、フィフィがなぜ幽閉されたのかを調べている」
「え?」
フィフィアーナ殿下は強大な魔力を持つ上に、極悪非道な性格だから閉じ込められたのではないのか。実は別の原因があるということか。
私の考えを読んだのか、ギルベルト殿下はこう問いかけてきた。
「君の目には、あの子が極悪非道な娘に見えるかい?」
「勝手に身体を奪われたので、見えますね」
「ごめんごめん。そうだった」
苦笑しながら、こちらに手のひらを立てる。
「確かに、それは酷い仕打ちだったね。申し訳ない」
そして頭を深く下げられた。王子という立場の人に謝罪されると、大変居心地が悪くて、そわそわしてしまう。
「いえ、もういいです。それで儲けられるんですから」
「そう言ってもらえると。僕はフィフィとは年が離れているからか、つい甘くなってしまうんだよね」
顔を上げたギルベルト殿下は、にこやかに笑っていた。
これはどうやら、過剰に謝って、私から『もういい』と言わせる戦略だったか。しまった、まんまと乗せられた。
「さて、詳しい説明だ」
もうこの話は終わったとばかりに、そう続ける。なんとなく釈然としないが、乗ってしまった自分が悪いので、素直に話を聞くことにする。
「フィフィは、特にこれといった罪を犯してはいないんだよ。気がついたときには、『フィフィアーナを幽閉するべきだ』という意見が、王侯貴族の上層部に浸透していた。つまり、なんらかの策略でこうなった」
「そうなるまで耳に届いていなかったんですか?」
「情けないことだが、そうなるね。僕たちは、王族の中では力のないほうだし」
「なるほど……」
勝手に予想を付け加えれば、フィフィアーナ殿下と仲の良いギルベルト殿下には知られないほうがいい、という意識もあって、蚊帳の外になってしまったのではないか。
「誰かに意図的に不安を煽られたのだとしても、幽閉したほうがいいという意見が大多数を占めてくると、もうそれは決定事項になってしまう。父上が最終的な決定を下したが、黒幕は別にいると考えている」
ギルベルト殿下は、顔から完全に笑みを消すと、私を見据えた。
「誰がフィフィを閉じ込めたのか、それを調べている。そして解消したい」