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6. 第二王子ギルベルト

 どうやら、『もういいかな』って気分は、意外と無敵であるらしい。


 見つかったら見つかったで、「フィフィアーナ殿下に脅されました」とでも言えばいいだろう、と堂々と城内を闊歩していたら、なんの障害もなく、ギルベルト殿下の私室があるという東塔に到着した。


 階段を上り三階にたどり着くと、奥から二番目の部屋の前に、衛兵が二名、背筋を伸ばして立っているのが見えた。

 やはり王子さまの部屋は、半地下のあの部屋とは違って、まともな衛兵が守っているようだ。


 多少は演技をしなければ、とそろそろと足を進めると、衛兵二人は鋭く視線を向けてきた。さすがだ。

 私は少し頭を低くしながら歩き、衛兵の前に立ち止まると、おどおどと口を開いた。


「あ、あの、ギルベルト殿下に呼ばれたのですが……」


 恐る恐るそう告げると、衛兵は「ああ……」と呆れたように声を漏らした。


「言っておくけど、俺たちはなんにもできないからな」

「あ……はい」


 つまり、中で私が助けを求めてもなにもしませんよ、ということか。だから今、覚悟を決めるか、逃げるかしろ、ということなのだろう。

 フィフィアーナ殿下の言を信じるなら、『本当は、そんなことをする人じゃない』ということなので、当然、そこから動かずにいると、衛兵はため息をついて、身を翻してドアをノックする。


「なに?」


 高いような低いような、中性的な声が部屋の中から聞こえた。


「殿下、ご来客です」

「どなたかな?」

「侍女の方です」

「ああ」


 それでわかったらしく、「どうぞ」と声が返ってきた。

 衛兵が扉を開けると、執務机を前に腰かけていた、ギルベルト殿下と思われる人物が顔を上げる。

 私はさりげなく左腕を上げて、胸元に手を置いた。これでブレスレットが見えるだろう。


「僕が呼んだんだ。君たちは下がっていいよ」

「はっ」


 衛兵は一礼すると部屋の外に出ていき、扉を閉める。室内には、侍女も侍従も控えていない。たまたまいないのだろうか。それとも人をあまり近くに置きたくない人なのだろうか。とにかくこれで部屋の中は二人きりになった。


 ギルベルト殿下をまじまじと見つめる。間違いなくフィフィアーナ殿下と同じ血が流れている、と確信できる風貌の人だった。


 後ろでひとつにまとめられた癖のない艶やかな髪は、キラキラと輝く金色。大きな瞳は翠玉色。鼻筋は通っていて、陶器のような肌は白くて、どこか女性的にも思える。


 兄妹揃って人並外れた美形とは、神さまはやっぱり不公平だ、なんてことを思う。

 ただギルベルト殿下は仏頂面な妹とは違って、にこやかな笑みを浮かべていた。いや、もしかしたらフィフィアーナ殿下も、兄の前では素敵な笑顔を見せているのかもしれない。それはそれでイラつく。


 ギルベルト殿下は椅子から立ち上がって、こちらに歩を進めてきた。


「やあ。今回も上手くいったようだね」

「はい、お兄さま」


 私は声が震えないように気をつけながら、そう答えた。

 本来ならば、ここで種明かしをしてもいい。だが私は、中身がフィフィアーナ殿下のふりを続ける。

 あの王女は信用ならない。なにせ、すでに騙されたわけだし。

 どこまで通用するかはわからないが、とにかく話を引き延ばして情報を得よう。くだらない世間話でもなんでもいい。とにかく話をしなければ。


 殿下は、執務机の前に設置されている来客用のソファに腰を下ろすと、向かいの席を手のひらで指した。


「フィフィ、さあ座って。といっても、今回も大した情報はなくてね」

「まあ、そうですか」


 そう当たり障りなく答えながらソファに腰かける。

 なるべく王女らしく楚々としなくちゃ、と浅く腰掛け、背筋を伸ばし、膝の上で手を組み、膝頭を合わせて斜めに足を下ろす。


 あまり喋りたくはない。だから相槌を打ち続けたい。ギルベルト殿下が勝手にどんどん話す人ならいいけど、と心の中で祈りながら、口元に弧を描く。


 すると、目の前の王子はその形のよい眉を顰めた。


「うん?」


 小さくそうつぶやくと口元に軽く開いた手を当て、こちらを見つめながら、しばらくなにごとかを思案している様子を見せた。


 あれ。まさか。もう?

 心中はまったく穏やかではないが、穏やかな笑みを崩さないようにと表情筋を引き締める。


 だが、殿下は尖った声を発した。


「君、誰?」


 射るような鋭い視線を受けて、わずかに身体が震えた。というか、この程度の震えで収まったのは奇跡だ。なるべく淑やかに、と考えていたのが功を奏したのかもしれない。


「誰って……。嫌ですわ、フィフィアーナです、お兄さま」


 バレた、とあっさり認めたくはない。もしかしたら、いつもこんなふうに確認している可能性もある。もうダメだ、と確信するまでは粘ろう。


 フィフィアーナ殿下の口調ってどうだったっけ、と冷や汗をかく。なにしろ私は、彼女とほとんど言葉を交わしていないのだ。まるで浮かんでこない。

 でも王侯貴族って、こんな感じだと思う。たぶん。これでも私も一応、男爵令嬢だし。


「いやあ、それは無理があると思うな」


 しかし残念ながらギルベルト殿下は、苦笑交じりにそう返してくる。


「きっと、その姿の通り、フィフィの侍女だよね。なぜフィフィが来ないんだ? それで、どうして君はなりすましているの? 君、フィフィになにかした? 返答如何では、こちらにも考えがあるよ」


 穏やかな笑みを浮かべているのに、目がまったく笑っていない。ちら、と確認してみると、帯剣はしていないようだが、執務机に剣が立てかけてある。少なくとも私がそれを奪う前に、彼が先に手にすることはできるだろう。

 背筋が凍る。汗が背中を伝うのを感じる。彼の笑顔には妙な迫力がある。さすがは王族、といったところか。


 これはこのまま足掻くとロクなことにならない、と直感的に理解した。


 もうダメだ。バレた。早々にバレた。

 なにせ兄妹。いつかはバレるとは思っていた。でも、ここまですぐに見破られるとは。

 たぶん誤魔化してもどうにもならない。悪あがきをすると、むしろ心証を悪くする可能性がある。

 こうなったら覚悟を決めるしかない。


 私はひとつ、息を吐くと、彼の翠玉色の瞳を見据える。


「私はエルゼ・ボルクと申します。フィフィアーナ殿下に、身体を奪われかけた女です」


 さっくりとそう告げると、ギルベルト殿下は何度か目を瞬かせたあと、忍び笑いを漏らした。

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