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5. 協力

「今までの人は、こうなったら呆然としているだけだったのに……」


 フィフィアーナ殿下と会話を交わすことで、発動する魔法であることは間違いない。つまり、過去にも私だけではなく、彼女と会話を試みた人がいたということだ。お気の毒に。


「今までもやってたんですか? 入れ替わり」

「……そうよ」

「バレなかったんですか」

「最初の一回が、バレたわ」

「それなのに、性懲りもなく……」


 侍女頭はその一回で、『会話をすること』が入れ替わりの魔法の発動条件だ、と知ったのだろう。


「でもそこからはバレていないはずだし」

「誰も報告しなかった、と」

「報告したら怒られるからでしょ」

「ああ」


 侍女頭のシュルツさんの顔を思い浮かべる。確かに怒ると怖そうだ。凍てつくような冷え冷えとした視線を向けられる気がする。そして言い訳も聞かずにクビにされる気がする。いや、クビになるだけならまだいい、という目に遭わされるかも。


「一回入れ替わったら、二回目にはもう辞めているし」

「まあ、あんまり気持ちのいいものではないですからね」


 非難めいた声で答えると、殿下は首をすくめて縮こまった。


「悪いと思ってるわよ……」


 本当に懺悔の気持ちがあるのかと半目で眺めると、また口を尖らせる。やっぱり、反省なんてしてなさそうだ。

 まったく、これだから高位の人間は。私たちのような下々のことなど、駒くらいにしか思っていないんじゃないだろうか。


「こうなったら仕方ないわ」


 殿下は意を決したように顔を上げると、ビシッと私を指差した。


「エルゼ、わたくしに協力しなさい」

「嫌です」

「即答しないで!」


 顔を真っ赤にしての抗議。なるほど私が感情を出すと、こういう顔になるのか。


「むしろどうして協力してもらえると思ったのか謎です」

「報酬をお兄さまから出してもらうのならどう?」

「そういうことは早く言ってください」


 臨時収入か。もういいかな、とは思ったが、それなりに財産があれば生きるのも楽しくなるのかもしれない。元手さえあれば、国を捨てて、どこか遠くに行けるかもしれないし。できれば実家にいくらか渡したあとに出国したい。


 この国は、私にとって嫌なものが溢れている。


「いかほどいただけます?」

「知らないわよ。お兄さまと交渉して」


 殿下は投げやりに言うと、プイと横を向いた。


 実際、閉じ込められている王女さまに、自由に使えるお金があるとは思えない。

 どうやらギルベルト殿下は、フィフィアーナ殿下の味方のようだし、彼女のためならば、なんとかしてくれるかもしれない。


「わかりました、交渉します」

「……本気なの?」


 自分で提案したくせに、殿下は驚いたように目を見開いてこちらに顔を向けた。


「入れ替わりの魔法なんてものを使わなくても、私が素直に協力したほうが、なにかと都合がいいのではないですか。バレるかもとビクビクする必要がありません。私も報酬をいただけるのなら、協力することにやぶさかではありませんし」

「そうなんだけど……本当にいいの?」

「はい。乗りかかった船ですし」


 その船が、沈むか無事に航行するかどうかはやってみなければわからないが、やってみる価値はあるだろう。


「どこになにをしに行けばいいんですか?」

「お兄さまの私室に、誘われた侍女のふりをして行って、情報交換するだけよ」

「わかりました。誘われたというのは、ギルベルト殿下が火遊びに誘った、という認識でいいですか」

「ほっ、本当は、そんなことをする人じゃないんだからね!」

「それはどうでもいいです」


 慌てて付け加えられる弁解に、私は冷めた声で答える。本当にどうでもいいことだ。


 というか、じゃあ今までの侍女たちは、誘われて部屋を訪れたことになっているのか。気の毒すぎる。周りに誤解されていなければいいけど。


「あとどれくらいで魔法が使えるようになりますか。そろそろじゃないですか」

「もう少しだと思う。でもそのあと、わたくしは寝るから」

「寝る? そんな無責任な」

「仕方ないでしょ。二回も連続で入れ替わったら、体力なくなるのか、すっごく眠くなるのよ」

「へえ……」


 それで、すぐに身体を返すのを嫌がったのか。


 その間に、フィフィアーナ殿下はギルベルト殿下の私室の場所を教えてくれた。東塔の三階。奥から二番目の部屋。まあ、行けばわかるだろう。


「あ、そろそろ発動できそう」


 自分の中の魔力を感じ取ったのか、フィフィアーナ殿下はなにかに気付いたようにそうつぶやくと、私のほうに向き直った。


「じゃあ、いくわよ」

「わかりました」


 発動条件が『会話をすること』であるならば返事はするべきだろう、と私は答える。


 殿下はこちらに開いた手をかざした。すると殿下と私の間に、白く輝く魔法陣がブワッと展開される。眩しくて目を細めるが、我慢しきれなくて閉じてしまう。最後まで見たかったが仕方ない。さきほどはすぐに目を閉じてしまったのでわからなかったが、こんなふうに魔法が発動するのだけはわかった。


 目を開けたときには、少し視界が高くなっていた。さきほど自分の姿を映した壁の鏡に視線を移すと、手をヒラヒラと振ってみる。

 間違いなく、私は私の姿に戻っていた。


 ホッと息を吐く。やはり他人の身体に入っていた間は、どこか落ち着かなかったから、元に戻れて安堵する。


 フィフィアーナ殿下のほうは、手に持っていたナイフを慌ててテーブルの上に戻している。そして、ふぅー、と息を吐いて胸を撫で下ろしていた。相当に怖かったようだ。


 ポンポンと身体のあちこちを叩いて、自分の身体というものを実感すると、フィフィアーナ殿下のほうに顔を向けた。


「では行ってきます」

「本当に本気なの……。豪快な性格してるわね」


 呆れたような声でそう返してくる。


「言ったじゃないですか、もういいかなって気分なんです」


 そう返事して踵を返すが、はた、と気付いてまた振り返る。


「そうだ。合言葉があるはずですよね。教えてください」


 しかし殿下は首を傾げる。


「ないわよ、そんなもの」

「でも、ギルベルト殿下だって、中身が妹かどうかわからないと困るじゃないですか」

「侍女が行けばわかるわよ」

「はっはーん、さては、また私を騙すつもりですね? 報酬も口から出まかせ、と」


 私の言葉に、殿下は肩を怒らせた。


「出まかせじゃないわ! そのブレスレットをした侍女が行けば、わかるもの! それは、この世にひとつしかないんだから!」

「ああ、なるほど」


 左腕を上げて視線を落とす。結界を抜けられる魔道具である、この銀のブレスレットをしている者が、唯一、フィフィアーナ殿下と入れ替われる人間なのか。


「では」

「ちゃんと仕事してきなさいよね」


 不服そうにそう声をかけてくるので、また足を止める。


「私は誰かを騙したりしませんよ。殿下じゃあるまいし」

「簡単に騙されるほうがマヌケなのよ」


 やられっぱなしなのが気に入らないのか、殿下はそう反撃してくる。

 もちろん私は黙ったままではいない。


「あまりにも情報量が少なかったからですよ。騙し討ちは卑怯です」

「あら、卑怯だなんて、真っ当な言葉を使うのね。情報戦って知ってる?」


 ふふんと鼻を鳴らして、胸を張る。イラッとした。

 だから言ってやった。


「とはいえ正直、私なんかの口車に乗ってペラペラ喋る人が、情報戦を制したところで、誰かを出し抜けるとは思えないんですけど。大丈夫ですか? それで王女として生きていけます? あっ、そうか。だから幽閉なんてことになってるんですね。納得しました」


 私の返答に、殿下はプルプルと震えてから、大声を上げた。


「もー! なんでこんな人が雇われたのー!」

「さあ。疑問に思うなら、侍女頭のシュルツさんに訊いてください」


 すると殿下は、また口を尖らせる。


「訊けるわけないでしょ」


 殿下にとっても彼女は怖い人なのだろうか。いくら侍女頭とはいえ、使用人の立場である人が王族に対しても威圧的なのは、どうかと思う。


「もういいわ。とにかく……眠……」


 そしてバタンとベッドの上に倒れ込む。次の瞬間には、安らかな寝息を立てていた。

 ここまでパッタリと唐突に眠くなるのか。いくら魔力が強大でも、入れ替わりの魔法とやらを使うのは大変らしい。


 私は肩の力を抜くと、今度こそ背中を向ける。


 半地下の部屋を出ると、思った通り、衛兵は壁にもたれて座り込み、うつらうつらと舟を漕いでいた。

 あれだけ騒いだのに突入してこなかったということは、ずっと眠っていたんだろう。

 これは幸いか、禍いか、難しいところだ。


 そんなことを考えながら、私は東塔に向かって足を進めた。

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