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4. 捨て身

 殿下はしばらく逡巡しているようだったが、少しして、やけくそのように声を上げた。


「や、やってみればいいわ! 死ぬのはそっちよ。それでいいのっ?」

「では、遠慮なく」


 私はフォークを置いて、両手でナイフの柄を握る。

 もちろんこれは脅しでしかない。本気で傷つける気も、死ぬ気もない。でも正直なところ、本当に刺してもいいかな、と投げやりな気持ちも湧いてきていた。


 裏切られてばかりの人生には、ほとほと嫌気がさしている。つい今しがた、こんな幼い女の子にも裏切られた。もうそういう運命なのかもしれない。このまま生きていたって、どうせまた誰かに裏切られるのだ。がんばったって無駄なのだ。もういろいろなことが面倒くさくなってくる。


 衝動的とはいえ、こんな気持ちになるなんて、私、けっこう疲れていたんだな、なんてことを考えた。


 しかし、仮に王女の説得に失敗したとしても、タダでは死にたくない。一泡吹かせてやらないと。

 だから私は言った。


「お恨み申し上げます」

「えっ、えっと」

「死んでも呪い続けます。お覚悟を」

「ほ、本気じゃないわよね……?」

「ああでも、そうすると、フィフィアーナ殿下のご遺体がここに残りますね。犯人は私、と判断されるでしょう。極刑は間違いないでしょうね。だとしたら、呪いはすぐに終わるってことですか。残念です。いや、殿下の死後に対しても呪えるかも。死んだらどこに行くのか知りませんが、安寧とはいかないように願います」

「いや、あの」

「なるべく痛みが続かないように、ひと思いに死ねたらいいんですが」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ」

「ではさようなら」

「まっ、待ってえー!」


 フィフィアーナ殿下はそう叫ぶと、こちらにバタバタと駆け寄ってきて、結界を抜ける。

 そして私の前に滑り込むようにしてやってくると、一歩手前で急停止した。


「と、とにかく、ナイフを放しましょう?」


 優し気な声を出して、こわごわとこちらに手を伸ばしてくる。あまり刺激してはいけないと考えたのか。

 だからといって、簡単に切り札を手放すわけはない。


「では、私の身体を返してください。今すぐに」

「う……」


 私の要望に、殿下は頷かなかった。


「あ、ダメなんですか。ではさようなら」


 ナイフを握り直すと、殿下は取り乱して大声を上げた。


「わかった! わかったから! でもすぐには無理なのよ! もう一度、魔力を溜めないと!」

「へえー……」

「必ず返すから! 本当よ!」


 必死さは伝わってくる。やはり、この身体と入れ替わったままで死なれると困るのだ。


「では魔力が戻り次第、返してください。どれくらいですか」

「体調にもよるけど……半刻はかからない。だから、ね? ちょっと行ってくるだけだから。用事を済ませたら、すぐ戻るから」

「信用できません」

「どうしてよ」

「さっき騙されたばかりです」

「そうなんだけど……」


 困ったように目を泳がせる。このまま押し問答をするのも面倒くさくなってきた。ひとまず信じることにしよう。


「じゃあ、凶器を手放しはしませんが、下ろします」


 私はナイフを握ったまま、手を下ろす。それでいくらかは安心できたのか、私の姿をしたフィフィアーナ殿下は、ほっと息を吐いた。

 きっと、投げやりになって半分本気が混じっていたのが功を奏したのだろう。ただの脅しとは思えなかったのではないか。


 それからフィフィアーナ殿下は、恨みがましい目をしてこちらを見つめてくる。


「まさか、こんなことをしでかすとは思わなかったわ」

「こっちも必死なので」

「捨て身すぎない?」

「私、あとは惰性で生きていくだけだったので。もういいかなって気分になったんです」

「『もういいかな』って……」


 眉根を寄せて、こちらをまじまじと見つめてくる。


「変な人……」


 そうつぶやくと、はーっと息を吐く。そして壁に掛けられた大きな振り子時計を振り返る。


「今ならちょうど会えそうなのに……」


 つまり、目的地があるということか。誰かに会うのだろうか。


「私の身体を使ってどこに行くつもりなんですか?」

「……教えない」


 子どもらしく、唇を尖らせて、短く返してくる。

 可愛い顔をしても、ダメなものはダメだ。というか、私の顔なので、可愛さはあんまりない。


「実は私、殿下のお世話をするにあたって、報告を義務付けられているんですが」


 ナイフを握り直しながらの私の脅し文句に、フィフィアーナ殿下は渋々ながら、答える。


「……お兄さまのところよ」

「お兄さま? どなたです?」


 王子は三人いる。王女の兄に限定すれば、二人。


「……さあね」

「なるほど」


 ナイフの先を、軽くつんつんと頬に当てる。ひっ、と声にならない声を上げ、フィフィアーナ殿下の肩は跳ねた。


「わ、わかったわよ! ギルベルトお兄さまよ!」


 ギルベルト殿下。第二王子だ。唯一の、フィフィアーナ殿下と同腹の王子。


 フィフィアーナ殿下は地団太を踏みながら、頭を抱える。


「あーもう! なんでこんなことになったのよー!」

「なんでって、人の身体を好き勝手に使おうとしたからですよ」


 冷静にそう返すと、彼女はがっくりと肩を落とした。

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