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ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


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35. 秘密の理由

 そんな日々を過ごしているうち、ギルベルト殿下に呼びだされた。


 あれからもう二月過ぎている。

 そしてその間に、国王陛下は第一王子のリヒャルト殿下を王太子にすると指名したそうだと、城内のあちこちで噂されているのを聞いた。近々、発表もされるのだろう。


 当然、ギルベルト殿下も私に構っている暇などないだろうと考えていたし、もう二度と会えなくても仕方ないと思ってもいた。


 それなのに、突然の呼び出しだ。いったいなんなんだろう。


 彼の部屋に向かうと、衛兵たちが私を温かい目で見てきたので、いたたまれなくなる。

 彼らは私がギルベルト殿下の本命だと、今でも固く信じているのだろう。いつ、それは真っ赤な嘘だと知ることになるのだろうか。それともこのままこの部屋を訪れないようになれば、いつの間にか別れてしまったということにして納得するのだろうか。


「失礼します」

「やあ、エルゼ。久しぶりだね。元気そうでよかった」


 入室すると、ギルベルト殿下はにこやかに私を出迎えてくれた。その顔を見ると胸がいっぱいになって、口の端が持ち上がりそうになったが、なんとか口元を引き結んで一礼する。


「お呼びと聞きましたが」

「わざわざありがとう」

「いえ。なんでございましょう」


 私がそう硬い声で返事をすると、彼はなぜか眉尻を下げた。


「説明するって、約束したから」

「そういえば、そうでしたね」


 促されるまま、ソファに腰かける。

 部屋の中を見回すと、他には誰もいなかった。


「フィフィアーナ殿下はどちらに? ギルベルト殿下と一緒に生活しているのかと思っておりましたが」


 私の疑問に、ギルベルト殿下はひとつ頷いて答えた。


「フィフィは今は、オズマンド家に滞在しているよ。魔力を抑制する魔道具開発に協力しているんだ。フィフィの魔力量を抑えられるかどうかの実験が必要だから」

「ああ、なるほど」


 微量な魔力の人間相手では、実験にならない。フィフィアーナ殿下くらいの魔力量があって初めて、効果があるかどうか判別できるのだろう。


 そこで、ふと思い出す。シュルツさんから、機会があれば訊いてみてと言われていたのだった。もう二度と来ないかもしれないから、今、訊かなければ。


「ひとつ質問があるのですが、よろしいですか」

「なんだい?」

「今回の件、シュルツさんが陰ながら協力していたそうですが、ご存じでしたか」


 私がそう問うと、ギルベルト殿下は胸の前でポンと手を合わせた。


「ああ、そうじゃないかと思っていたんだけど、やっぱり」


 本当だ。シュルツさんが言った通りだった。


「気付いておられたんですか」

「確信はなかったよ。もしかしたら、程度かな。いろいろと予想外にスルスルと進むこともあったから、ヨハンナが障害を取り除いてくれているのかも、って」


 また、内緒にされていたことがあるのが判明した。


「教えておいてくだされば、ビクビクすることもなかったのに」


 私の声は、尖ってしまっている。それがわかったのか、ギルベルト殿下は慌てて弁解を始めた。


「だから、確信はなかったんだ。ほとんど最後まで、黒幕はシャルロッテ姉上じゃないかと思っていたし、姉上の乳母だったヨハンナを、どこまで信じていいかわからないだろう?」

「それは……そうですよね」


 そう言われると確かに。


「言いがかりでした、申し訳ありません」

「いや、そう思うのも仕方ないよね」


 私の謝罪の言葉に、ギルベルト殿下は柔らかな声で答える。落ち着いた様子だ。


 それに引き換え私はダメだ、全然冷静に考えられていない。直前までシャルロッテ殿下を疑っていたことは知っていたはずなのに。感情が先に出て、理性的に思考を動かせてない。


 なぜだろう、と思う。でも本当は、わかっている。

 また裏切られるのが怖くて、先に自分で予防線を張っているのだ。


 本来なら、裏切るも裏切られるもない。彼は王子で、私はしがない男爵家の娘だ。ギルベルト殿下は、私を好きに利用してもいい立場の人なのだ。


 でも、一緒に過ごした時間が、私に分不相応な期待を抱かせてしまっている。

 もしかしたら、私を大切に思ってくれているのかも、と。なんて図々しいんだろう。希望的観測にもほどがある。


 今まで通り、今まで通り、と自分に何度も言い聞かせながら、私は口を開いた。


「ところで、説明していただけるとのことですが」

「僕の魔力のことだよね」


 苦笑いを浮かべて、そう返答したので、私は頷いて返す。


「はい。なぜ隠しているんですか」

「それはね、ちょっと口にするのが申し訳ないくらいなんだけど」

「はい」

「……面倒そうだから」


 ぼそりとつぶやかれた端的な言葉に、返事をすることもできなくて、しばらくじっとギルベルト殿下を見つめてしまった。

 彼はちょっと照れくさそうに、頭の後ろを掻いている。いや、照れるところではないだろう。


「まさか、王さまになるのが?」

「もちろん以前言ったように、魔力量が多いからって王太子にはなれないと思っていたよ。でも、確率は跳ね上がる。兄上と姉上がどう行動していくかもわからないし、安全策は取るべきだと思って隠すことにしたんだ。エルゼだって言っていただろう。面倒そうだって」

「言いましたが」

「あと、自分で言うのもなんだが、壊滅的に向いていない。頂点に立つことが」

「ああ」


 確かに、国王になって君臨するような性分ではない気がする。それもそうだ、と何度も首を前に倒した。

 すると彼は眉間に皺を寄せた。


「ちょっとは否定してくれない?」

「え? でも自分でも思っているんですよね」

「そうなんだけど」


 しかし気に入らないのか、少し口を尖らせている。そして付け加えた。


「それから、命の危険もあるし」


 どう考えても、そっちのほうが重要だと思う。それを先に言って欲しかった。


「やっぱり疎ましいだろうからね、魔力量で継承順位の上位に躍り出る者は」

「フィフィアーナ殿下の例もありますしね」

「だからフィフィにも隠しておくように言っていたんだけど。ついうっかり、魔術の時間に発動させてしまったらしい」

「うっかり」


 ギルベルト殿下はがっくりと肩を落とす。


「うっかりなんだよね……。フィフィが言うには、シャルロッテ……いやこの場合はゲルトルーデかな。煽られて頭に血が上って、制御できなくなったそうだよ。ゲルトルーデとしては、王子たちの魔力を確認したかったから、わざと煽ったんだろうね」


 やっぱりあの王女は、もう一度監禁するべきだと思う。


「あっ、これか!」

「な、なんですか」


 ふいに大声を上げたギルベルト殿下に驚いて、身を引く。ギルベルト殿下のほうは、私に身を乗り出して続けた。


「で、そのとき、シャルロッテ姉上は軽い火傷をしたんだよね。それが、『弑しようとした』になったのかも」

「ああ、それ、シュルツさんも言っていました」

「あ、そうなんだ。教えてもらえたらよかったなあ。最初から共闘できていれば、もっと早く解決できたのかもしれないね」

「そうかもしれませんね」


 とはいえ、右も左もわからない状況になっていたのだから、仕方ない一面もあるのだろう。


「説明は、これくらいで大丈夫?」


 恐る恐る、という感じでギルベルト殿下が訊いてくる。そんなに怖がられるほど怒っただろうか。


「はい。でも」

「でも?」

「……私は共闘していたんですから、隠しごとはしないでいて欲しかった……とは思います」


 信じていたのに裏切られた気分になったことは確かだ。けれど、私はこんな不満をぶつけてもいい立場ではないのに。どうして言わずにはいられないんだろう。嫌になる。


「うん、ごめん」


 しかし彼は殊勝にも、素直に謝罪の言葉を口にする。多少、しょぼくれているようにも見えた。


「ただ、エルゼが知ったところで、いいことはなにもないと思ったから」

「……そうですか?」

「それでなくとも危険に巻き込んでいるのに、フィフィのこと以外の情報を耳に入れるのもどうかと思って。なにかあったとき、『脅されていました』が通用しなくなる。誰も知らない僕の魔力量を知っているとなると、中心人物扱いになるかも、と。それに、僕はあんなに大きな魔法を発動することになるだなんて、思ってもみなかったんだ。一生使うつもりはなかったし」

「なるほど」


 両腕を広げながら必死な様子で熱弁するので、今度こそ、噓はないのだろう。それに理由が私のことを思ってのことだし、それは素直に嬉しい。現金ではあるが、心の中にあったわだかまりがあっさりと溶けていく。


「ありがとうございます。私の身の安全を思ってくださったことは理解しました」

「そう言ってもらえると」


 そして彼は安堵の息を吐いた。

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