33. 手のひらの上
どうやらオズマンド家はゲルトルーデ殿下に、一族を潰してやると脅されていたらしい。あの強大な魔力を見せつけられて、歯向かうことは諦めたそうだ。
魔術師だからこそ、今のままでは対抗できない、とすぐに理解したのだという。
フィフィアーナ殿下を幽閉したほうがいいのではないかと貴族たちに囁き続けたのは、ゲルトルーデ殿下だけではなかった。オズマンド家の魔術師たちも協力させられていたのだ。
ゲルトルーデ殿下一人では浸透しなかったその囁きも、高名なオズマンド家の人間の言うことならばと、耳を傾ける者もいたのだろう。
ギルベルト殿下の『誰から聞いたのか』という地道な調査の際には、揃ってシャルロッテ殿下の名を挙げた。
自分たちが罪を被りたくないというよりは、ギルベルト殿下ならどうにかしてくれないかと藁をも掴む気持ちだったとか。
そうしている間にも、このままではいけない、と大急ぎで対抗策を練り、魔力を抑制する魔道具を開発中、とのことだった。
「とにかく、ゲルトルーデ殿下にしろ、フィフィアーナ殿下にしろ、魔力を抑制しなければ、どうにもなりませんから」
後日、侍女頭の執務室に呼ばれた私は、そんな説明をシュルツさんから聞かされていた。ギルベルト殿下から聞くより先に、シュルツさんから教えられることになるとは思っていなかった。
「あの……」
「なんです?」
淡々と話すシュルツさんを見るに、昨日今日知った話ではない気がする。
悶々とするのもなんなので、単刀直入に訊くことにした。
「いつから、シャルロッテ殿下の中身が入れ替わっていることに気付いていたんですか?」
「この私が、シャルロッテ殿下の中身が変わったことに気付かないとでも?」
いや知りませんが。
私が困惑しているのがわかったのか、彼女は小さく笑うと、素直に答えてくれた。
「たぶん、割とすぐですよ。シャルロッテ殿下の侍女をしている私の娘が、殿下の様子がおかしい、と言い出したので御前に参上したところ、これは別人と入れ替わっていると確信しました」
すごい。
「入れ替わりの魔法を使える人間がいるだなんて、にわかには信じられませんでしたが、実際に入れ替わっているのだから、そう考えるしかなかったのです」
しかし入れ替わりの魔法を使える人間は、現在のところ、二人いる。
「ではフィフィアーナ殿下を疑ったのでは?」
その疑問にも、シュルツさんはスラスラと答えた。
「フィフィアーナ殿下の魔力が強大だと判明したときには、もちろん疑いました。でも可能とはいえ、彼の方の中身がまったく変わっていないご様子でしたので、別にいると判断しました」
「よくぞそこまで……」
「当時、ちょうどシャルロッテ殿下は慰問に力を入れておられたときで、あちこち出向いておいででしたので、なかなか特定できなくて苦労したんです」
本当に苦労したのだろう、シュルツさんは安心したように力を抜いて、椅子の背もたれに身体を預けた。
「あなた方のおかげで、特定できました。ご無事で本当によかった……」
その声には、心からの安堵が滲みでていた。
小火が起きて、かつ雨が降って消火したという養護院はひとつしかなかった。ギルベルト殿下の報告を受け、調査団が養護院に向かったところ、シャルロッテ殿下が見つかったのだ。
彼女は養護院でゲルトルーデ殿下の仕事をそのまま受け持っていたらしい。養護院側でも様子がおかしいとは思っていたらしいのだが、なにせ入れ替わりの魔法なんてものを知っている人がいなかったので、気付かれなくても仕方ない。
入れ替わりの相手を殺せば、二度と入れ替わる恐れのない、器になる第一王女の身体を得られたはずだが、彼女はそうしなかった。
自分の元の身体を残しておきたかったのか。あるいは、非道になりきれなかったのか。
あのあと、結界に閉じ込められたゲルトルーデ殿下は、シャルロッテ殿下の身体を返すことに、素直に応じたらしい。
今は元の自分の身体で、あの半地下の部屋でおとなしくしているそうだ。
「おそらく、殺されかけたと話を広めようとしたのはゲルトルーデ殿下でしょうね。軽い火傷を大げさに言ったのでしょう。でもそう主張している本人が元気ですし、喧嘩ばかりしているのは周知の事実でしたから、そこまで問題視はされなかったようです。が、それが幽閉の最後の一押しになった可能性はあります」
フィフィアーナ殿下がシャルロッテ殿下と喧嘩になったときに、火魔法を発動させたのは本当らしい。そしてそのときに、フィフィアーナ殿下の強大な魔力が露呈してしまった。
早く魔力を抑制する魔道具を開発しないと、あの王女さま、感情を制御できずに誰かに害を及ぼすのではないだろうか。結界から出したのは早まったんじゃないかと思わずにはいられない。
「まあ私は、本当に殺そうとしただなんて、まったく疑っていませんでしたが」
シュルツさんが、したり顔でそんなことを言い出したので、一応、反論してみる。
「いやでも、シャルロッテ殿下を殺そうとしたって、私、シュルツさんから聞いたんですが……」
「そちらが私に探りを入れてきたので、私もあなたに探りを入れたんです」
「う」
確かに、本当に悪事を働いたのか、と訊いたときに、その話を聞いたのだった。
「あなた方が私の邪魔をするなら、こちらも対策を練らなければなりませんから」
「そう……でしたか」
「利害が一致していそうだったので、放っておいただけの話です」
「つまり、私たちがなにかしようとしていたことは……」
「もちろん気付いていましたよ。フィフィアーナ殿下とあなたと、それからギルベルト殿下が、コソコソ動いていたのは」
堂々とそう言ってのける。これは嘘ではなさそうだ。
「そもそも、フィフィアーナ殿下が幽閉されて、最初の侍女が、入れ替わりの魔法を使われたと泣きついてきましたのでね。ある程度は予想できます」
「確かに」
そうか。最初の一人がバレた、とフィフィアーナ殿下が言っていた。なぜ入れ替わろうとしたのか、というところから考えれば、予測は可能かもしれない。
「私一人の力ではできることも限られていますから、ギルベルト殿下のお力を借りたくもありました。誰が敵かはわかりませんし、表立って要請はできません。だから探り探りで動くしかなかった。手始めに不真面目な衛兵を集めたので、動いてくれるんじゃないかと。期待通りでしたね」
「で、でも、私には、決して会話しないようにって」
厳命されたのに。
「人間、するなと言われればしたくなるものでしょう? しかも、理由を曖昧に濁されれば、なおさら」
「その通りです……」
きっと大丈夫、とうっかりフィフィアーナ殿下に話しかけてしまった。なにもかも、シュルツさんの手のひらの上だったのか。恐ろしい……。どこまで意のままだったのだろう。
「私は侍女頭ですから、侍女の配置はある程度動かせますが、望む衛兵の配置にするのは大変だったんですよ?」
「はい、シュルツさんのご尽力のおかげです……」
「それから、舞踏会にも参加させました」
「それは……助かりました……」
シュルツさんの行動原理は、シャルロッテ殿下のためだった。そして私はまんまと乗せられたわけだ。
シュルツさんは頬に指を当てると、小首を傾げて続ける。
「でもギルベルト殿下は、私がしようとしていたことも、気付いておられたのではないかと思いますが」
「まさか」
「なにか打ち合わせたわけではないのでわかりませんが。機会があれば訊いてみてください。気になりますし」
「そんな機会、もうないんじゃないでしょうか」
すべて解決してしまったら、私はもう用済みだ。
「あったらでいいですよ」
シュルツさんには珍しく、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう、エルゼ。おかげで、シャルロッテ殿下が無事に戻ってきました」
本当に娘のように思っているのだろう。母親の顔をしている。
シャルロッテ殿下も思うところがあったらしく、身体を返してもらってからは、静かに過ごしているようだった。
そしてシュルツさんは、すぐに侍女頭らしく厳しい顔つきに戻る。
「次の配属先については、近日中に、また追って連絡します。それまでは自由に過ごしなさい。ああ、自由といっても連絡はつくようにしておきなさい」
「かしこまりました」
とはいっても帰る場所もないし、せいぜい街に出る程度のことしかすることがない。
おとなしく沙汰を待とう、と私は自室で過ごすことにした。




