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ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


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28. 中に入っているのは

 ギルベルト殿下はこちらに立てた手のひらを向けて、私の意見を制してくる。


「ちょっと待って。でも実際に、姉上は『下賤』と口にしている。それはエルゼもその耳で聞いただろう?」


 揺らぐ彼に、私は告げた。


「中身が入れ替わっているとしたら?」


 ギルベルト殿下は目を瞠る。

 彼だって知っている。『入れ替わりの魔法』が存在していることを。そして、それを扱える者がいることを。

 でもそこに考えが及ばないのは、その魔法を使えるのは、唯一、自分の妹だけだと信じ込んでいるからだ。


「まさか」


 彼の喉が、ゴクリと動いた。


「入れ替わりの魔法が使える人間が、フィフィ以外にもいる……?」


 呆然とした声に、私は大きく頷く。


「だと思います」

「そんな……、いや、フィフィという例がいるから、まったくないとは言い切れないが……。あの魔力量を持つ者が他にもいるなんて、信じられない。でも、そうすると」


 考えを整理しようとしているのか、ブツブツとそうつぶやいている。

 そして、行きついた。


「今、シャルロッテ姉上の中に入っているのは、誰なんだ……?」

「それは」


 私が口を開こうとしたときだ。


「ギルベルト殿下!」


 勢いよく部屋の扉が開き、知らない男性が慌てた様子で室内に入ってきた。

 緊迫した室内の雰囲気に、別の緊張が訪れる。


「どうした?」

「申し訳ありません!」


 ガバッと頭を下げる男性に、殿下は鋭い声を返す。


「謝罪は必要ない。どうした?」


 見たことはなかったが、この男性が殿下の腹心のうちの一人なのだろう。ギルベルト殿下は無作法を咎めることなく、次の報告を促す。

 男性は、蒼白な顔色で答えた。


「シャルロッテ殿下が、ブレスレットを入手しました」

「ブレスレット?」

「それと同じものかと」


 男性の指がおずおずと、私の左手首を指差した。

 同時に舞踏会を思い出す。確か彼女はネックレスを褒められていた。


『ぜひオズマンド製のものが欲しくて』


 オズマンド。その名を他の場所でも聞かなかったか。


『部屋には魔術師の名門、オズマンド侯爵家の優秀な魔術師たちの手による、強固な結界が張られております』


 そうだ、半地下の部屋。強大な魔力を持つフィフィアーナ殿下を閉じ込められる結界を作り上げた魔術師たち。

 どう説得したのか。いくら支払ったのか。とにかくシャルロッテ殿下の姿をした何者かは、あの結界を通り抜けられるこのブレスレットを手に入れた。


 男性は冷や汗を掻きながら、心許ない声で報告を続けている。


「ここ最近、オズマンドの魔道具を購入しているところまではわかっていたのですが、報告するまでもないと思い込み……」

「言い訳はいい。急いでいる理由は」

「シャルロッテ殿下が地下に向かっています」


 それを聞くと同時にギルベルト殿下は立ち上がった。そして早足で歩きだし、執務机に立てかけてあった剣の刀身部分を鞘の上から握って取り上げる。すぐさま踵を返すと歩きながら剣を剣帯に挿して扉に向かい、バタンと大きく開けた。


「全員、ついてこい!」

「はっ!」


 さすが、あの半地下を守る衛兵たちとは違う。報告しにきた腹心も、扉の前の衛兵も、すぐさま殿下の指示に従って動き出した。


 全員、とのことだから、私もついていく。彼がそれを望んでいるかどうかは知らないが、結界を抜けられるブレスレットを持っているのは私だし、いて邪魔になることはないだろう。


 最初は早足だった彼らは、次第に駆け足になっていく。なんだなんだとすれ違う人たちがこちらを見ていたが、脇目も振らずに彼らは走る。残念ながら私はついていけなくなったけれど、目的地はわかっているので、半地下の部屋に向かった。


 私がたどり着いたときには彼らとシャルロッテ殿下は、フィフィアーナ殿下の部屋の扉の前で対峙していた。さすがというかなんというか半地下の部屋の衛兵は、シャルロッテ殿下もギルベルト殿下も、あっさりここまで通してしまったらしい。廊下の隅でおろおろとしていた。


「シャルロッテ姉上、フィフィになにかご用ですか?」


 刺激してはならないと思ったのか、ギルベルト殿下はにこやかに、穏やかな声をかけている。

 対するシャルロッテ殿下も、おっとりとした返事をした。


「まあ、ギルベルト。こんなところでどうしたの?」

「シャルロッテ姉上こそ、どうしてこんなところにいるのです」


 二人は笑顔のままで会話している。しかし空気はどこまでも張り詰めていた。ついてきた衛兵たちは、いつでも剣を抜けるように構えている。


 多勢に無勢。どう考えても、両手を上げて降参するべき場面だ。だがシャルロッテ殿下は、余裕のある笑みを崩さない。


「フィフィアーナは、わたくしの妹ですもの。面会を望んでなにがおかしいの?」

「許可も得ずに? 僕たちのフィフィへの接触は、禁じられているはずです」

「そうだったかしら」


 小首を傾げて、わざとらしくとぼけている。その態度が、逆に怖い。なにをしでかすかわからない。


「面会して、どうするんです」


 鋭い声の詰問に、やはり彼女はのんびりと返答した。


「改心するように、説得しようと思って。本来は、あなたがするべきことではなくて?」

「改心? フィフィはなにひとつ、悪いことなどしていませんよ。強いて言えば、姉上とよく喧嘩することくらいでしょうか」

「まあ、面白いことを言うのね」


 ギルベルト殿下の軽口に、コロコロと笑う。でも目は笑っていない。


 その間に私は、そっとギルベルト殿下の斜め後ろに歩み寄った。まっすぐシャルロッテ殿下のほうを見据えたまま、口を開く。


「……ギルベルト殿下、ひとつ、訊きます」

「なに?」


 彼は返事はしたが、首をこちらに動かすことはなかった。こんなときになにを訊くことがある、という苛立ちが声に滲んでいる。だが、彼の私室でしていた私の話は、まだ終わっていないのだ。


 小声で、でもしっかりと、彼の耳に届くように。


「ギルベルト殿下は、ゲルトルーデ殿下のご遺体を見ましたか?」

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