21. 救い
「ところで、『また下賤の血を王家に入れようとしている』の『また』というのは……どういう意味なんですか」
だってギルベルト殿下とフィフィアーナ殿下の母親は、貴族であったはずだ。
その疑問に、彼はすらすらと答える。
「僕たちの母親は伯爵家の令嬢ではあったんだが、伯爵家当主と平民のメイドとの子なんだよ。どうもそれが気に食わないらしい。昔から、事あるごとに責められていてね。でも最近、また酷くなってきたかな。以前は、下賤とまでは言っていなかったから」
そう説明して、これみよがしに嘆息する。本当に気にしているのかいないのか、わかりづらい。
しかしその母親の血筋が、ギルベルト殿下とフィフィアーナ殿下の王族の中での地位の低さに繋がっていることは確かなのだろう。
平民の血が混じっただけで、そんなに嫌悪感を抱くものだとは。
「下賤と思いながら、福祉活動に熱心って、なんだか変な感じです」
確かに、なにもしないよりもするほうがいいと思っていた。
でも『下賤』と堂々と口にするのを目の当たりにすると、手放しで褒める気が失せていく。
しかしギルベルト殿下は腕を組み、首を捻る。
「でもね、言っただろう? 国民人気は高いって」
「ああ、言ってましたね」
それは本性を知らないからではないのだろうか。しかし彼は異を唱える。
「本当に心から下賤と思っていたら、慰問先でも態度に出てきてしまうものなんじゃないかと思うんだよ。でもそれはない。実際、子どもたちからのお礼の手紙とかを、よく受け取っている」
「それだけ演技力が高いということでは」
「よくない気持ちって、いくら取り繕ったって、子どもたちには感じ取れてしまうものじゃないかと思うんだよね」
「じゃあ」
殿下は両の手のひらを天に向け、肩をすくめた。
「だから、僕たち兄妹が気に入らないから言ってるだけ、なんじゃないのかな」
「なる……ほど」
嫌いな人間を貶めるために、嫌いではないものに難癖をつけてまで、その血筋に対して文句を言っているのか。それはそれで、性格が悪い。
「一応、訊いておきますが、シャルロッテ殿下の魔力は?」
「彼女はリヒャルト兄上と同じく、風魔法を扱うよ。でも、兄上ほどの魔力はない。でもシュテファンほど、少なくもない」
「リヒャルト殿下のほうが魔力量があるから、王にしようとしているんでしょうか」
「そうかもね。まあでも、シャルロッテ姉上はリヒャルト兄上が大好きだから、そっちの理由だと思うけど」
兄好きは、ギルベルト殿下とフィフィアーナ殿下の共通認識らしい。ならば間違いないのだろう。
容疑者三人をこの目で見て、言葉を交わして、そして私の中では本命が固まりつつある。
シャルロッテ殿下。あまりにも怪しすぎる。
ついでに、私の中でのもう一人の容疑者についても訊いておこう。
「ちなみにギルベルト殿下は、なんの魔法を扱えるんですか」
「それ、訊く?」
困ったように苦笑いを浮かべる。
フィフィアーナ殿下と違ってまるで問題視されていないということは、大したことはない魔法のはずだから、訊かれたくないのだろう。しかし知りたい。
「好奇心で、聞きたいです」
少し身を乗り出すと、仕方ないな、というふうに彼は答えた。
「空のコップに水が出せる」
ほう。
「水魔法なんですね。ちなみに、雨を降らせたりは」
「そこまでは無理だよ」
小さく首を横に振っている。
たとえば、水も飲めなくて行き倒れたとしたら、すごく役に立つかもしれない。でも、それは国のためになる魔法なのかと問われると、疑問しかない。
まったく脅威には思われないだろう、という能力だ。
「それだけでも、魔力さえ持っていれば、それなりに大切にされるよ。とにかくイーディオルス王家としては、血を受け継ぐことが最優先の重要事項なんだ」
「初代の血を受け継いでいることの証明だから?」
「そう。だから、フィフィが危険分子と判断されても殺されることは、まずない。次世代に魔力を残すために生かされるだろうね」
フィフィアーナ殿下を助けるために動いている彼に、まったく焦った様子がないのは、そう確信しているからなのか。
だがそれは、よかったと単純に安心できるものではない気がする。
「人間扱いじゃないですね」
「その代わりに、贅沢をさせてもらってるって感じかな」
そう言って、片方の口の端を上げる。
正直なところ私の感想としては、まるで家畜のようだ、と思った。いくら数多の人に傅かれていても、ポンと高級なドレスを用意できる財力があっても、王族には王族の苦しみがあるのかもしれない、とも思う。
「でも最近は、エルゼが僕たちを人間扱いしてくれるから、救われているよ」
ギルベルト殿下はこちらに視線を向け、そんなことを口にする。
「え? 特になにか変わったことをしたつもりはありませんが」
「変わったことはしているよ。いつも嫌な顔をするし」
彼は、発した言葉にそぐわない、まるで眩しいものを見るような目をしていた。
次の発言を待ったが、ギルベルト殿下は笑みを口に浮かべたまま、私を見つめているだけだ。
「……それだけですか」
「それだけだよ」
意味がわからない。私の表情、しかも苦虫を嚙み潰したような顔を見て、どうして人間扱いされている、だなんて感想になるのか。
「変わった人……」
ポロリと口から零れ出る。それにも、彼はくつくつと喉の奥で笑った。
「そういうところだよ」
「はあ……」
「ちゃんとした感情が返ってくるのは、話していて楽しい。それは、僕にとっては貴重なんだ」
「……楽しんでいただけているようで、なによりです……?」
「うん」
頬を緩めて満足そうに頷いている。
王子として生きている彼は、私には理解の及ばない、なにか普通の人とは違うものを欲しているのだろうか。




