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ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


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20. 四阿で

 大広間を出て、ギルベルト殿下の誘導に従い廊下を進む。点々と設置された壁掛けの燭台の蝋燭が、私たちを導くように灯っていた。


「この先に、人目に付きづらい四阿があるんだ。そこで話そう」


 殿下は庭のほうを指差して、そう声を掛けてきた。嫌な予感がする。


「まさかとは思いますが、恋人たちがよく使う場所ではないですよね」

「エルゼはすごいね。大当たりだよ」


 にこにことした笑顔で返される。ため息が漏れた。


「そんな場所、よくご存じで」

「僕が恋人と行ったわけではないよ。ただ、そういう話を聞いただけ。それこそ、今日のような舞踏会を途中で抜けたりする人たちは多々いるから、そういう人から」

「そうですか」

「信じてなさそうだなあ」


 苦笑とともに、そう返される。


 でも、私が信じていようといまいと、どうでもいいのではなかろうか。

 今は便宜上、私を恋人のように扱っているが、他に恋人がいたところで、おかしなことはなにもない。私に対して言い訳など必要ないのだ。

 そして私も、不平不満を言える立場にない。ギルベルト殿下は私にとって、雇い主でしかないのだから。


 そんなことをぐるぐると考えながらも四阿に到着する。六角形の建物で、六本の柱の上に屋根が乗っている。辺をひとつ飛ばしにして三辺、腰あたりの高さの壁があった。


 そしてなるほど、恋人たちに人気のわけがわかった。


 回廊を通ってここまで来たが、道すがらに屋根くらいは見えても、その中までは目に入らない。四阿の周りを低木の薔薇が囲っているのだ。馨しい花の香りがあたりに満ちていて、二人だけの空間を作り出しているみたいだ。

 目の前には静かな池があり、音を吸い込んでいくのか静寂に満たされていて、水面に星空が美しく映っている。

 しかも、ここから伸びる回廊は、二本。別々にやってきて、別々に去っていくことも可能だ。


「言っておくけど、密談にも使われているんだからね? ここの回廊、足音が響くから、誰か来たらすぐにわかるって話だし」

「ああ、はい」


 なぜかまだ言い訳が続いていた。


「信じてる?」

「信じてますよ」


 どうにも納得できない様子なのでそう答えると、殿下は「まあいいか」とつぶやきながら、四阿の壁面に沿うように作りつけられたベンチのひとつに腰かけた。

 続いて私がその斜め前のベンチに座ろうとすると、ちょいちょいと手招きされる。


「恋人がその位置はおかしいでしょ」

「そうですか?」

「こっち。それにこっちのほうが、池に映る星が綺麗だよ」


 そう誘われて、まあ設定上、そのほうがいいかと移動して、殿下の左隣に腰を下ろす。

 顔を上げてみれば、目の前に池が見える。確かに間違いなく、こちらのほうが眺めがいい。


「では密談を始めましょうか」


 なんとなく落ち着かなくて、さっそくそう切り出すと、殿下は小さく頷いた。


「シャルロッテ殿下の印象ですよね」

「ああ」


 自分自身の発言が、私を急激に夢の中から現実に引き戻したような気がして、理不尽にも怒りがぶり返してきてしまう。


「念のため訊きますが」

「うん」

「下賤って、高位貴族ではない人たちのことですか」

「そうだね。特に、平民のことを指していると思うよ」

「やっぱり王族って、国民のことを下賤だと思っている方が多いんですか」


 ギルベルト殿下が言ったわけでもないのに、私の口調は非難めいてしまった。怒りもしない彼に対しても少々苛立ちを感じていたから、そのせいかもしれない。


 周りにいた貴族たちもどうか。もしかしたら心の中ではなにか思うところもあるかもしれないが、あそこまでシャルロッテ殿下が増長したのは、周りが持ち上げたからではないか。だって普通なら、口に出すのも憚る発言だ。あれを堂々と口にするのは、周りにいる人間は咎めないと確信を持っているからだ。

 いや。彼らも同意見なのか。


「下賤な血って、ずいぶんな言いようですよね。その平民たちに生かされているのに」


 ギルベルト殿下はその詰問にも、飄々として答えた。


「残念だが、ああいう考えの人間は珍しくない。選民意識というものだね。自分が王族であることを誇りに思っているんだろう。聞く耳を持っていない者に言い聞かせても、時間の無駄だよ」


 淡々とした話し方だ。きっとさきほどのシャルロッテ殿下の誹りも、『また言ってるなあ』って程度にしか思わなかったのだろう。なかなか図太い。そうでなければ、王子として生きていけなかったのかもしれないが。


「性悪、とフィフィアーナ殿下が評していたのが、よーくわかりました」

「フィフィも辛辣だよね」


 なにを言っても穏やかな表情をしたままのギルベルト殿下を見ていると、一人で憤慨しているのがおかしなことに思えてきた。


 考えてみれば、あの場はあくまでリヒャルト殿下の誕生祝賀会だった。変に騒ぎにしてはいけないはずだ。

 それに私だって、ただ唖然とするだけだった。他人を批判できる立場にはない。


 そんな理性的な考えがようやく頭を回し始めて、私は自分を落ち着かせるために、ひとつ、深呼吸をする。


「……すみません。八つ当たりしてしまいました」

「いや、そうしたくなる気持ちはわからないでもないよ。僕だって王族の一員だし、甘んじて受けよう」


 胸に手を当てて頭を下げたあと、私に向かっておどけたように片目を閉じてみせた。


 時間はかかってしまったが、私の頭も冷えてきた。そもそも私は、三人の容疑者をこの目で見るために、畏れ多くも第一王子の誕生会に参加させてもらった身なのだ。余計なことを考えてはいけない。

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