表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/36

2. 鏡の中の私

 魔道具である銀製のブレスレットを身に着け、私は毎日、その半地下の部屋に通った。

 牢屋のようだと感じたその部屋は、王女が住まうところとしては物足りないかもしれない。しかし私に与えられた私室よりも立派な部屋だった。


 大きなベッド、そのベッドの脇にはサイドテーブル。壁に掛けられた振り子時計、大きな鏡。誰も訪ねてこないはずなのに、ソファセットまである。私が住みたいくらいだ。


 そして仕事自体は、大したものではなかった。彼女に三度の食事を運び、身体の清拭を行い、お召し変えを手伝って、髪を梳かして身なりを整え、部屋を綺麗に掃除する。それくらいだ。

 意外なことに、会話をするなと言い含められているのは幸いだった。相手をしなくてもいいのだから、楽なものだ。


 挨拶くらいはしてもいいが王女の発言に返事をするな、という厳命には首を捻るしかないが、だからといってあの場で、「なぜですか」と訊き返せるわけもなかった。王城の侍女を取りまとめる侍女頭。つまりシュルツさんの言葉は王族の意向と考えていい。私はひたすら、「かしこまりました」と返すしかできなかったのだ。


 推測することはある。きっと、極悪非道な性格の王女と言葉を交わして、取り込まれることを恐れているのだろう。洗脳されるとでも心配しているのかもしれない。


 しかし王女は、その見た目からして、まったく害があるようには見えなかった。


 私がゆっくりとその柔らかな御髪を梳いていると、すこし首をこちらに回して、おどおどと小さな声で話しかけてくる。


「ね、ねえ……。おしゃべりしましょう?」


 上目遣いで、媚びるような声を発する。

 今までもこうして、何人もの使用人に話しかけてきたのだろう。そして誰も返事をしなかったのだろう。もちろん私もそうしている。それは仕事のうちだ。何度かそうして話しかけられたが、私は頑として口を開かなかった。


 だが、きゅっと口元を引き結んでいないと、うっかり返事をしてしまいそうになる。

 何度もお世話をしているうち、疑念が湧いてきたからだ。


 悪いのは、閉じ込められている王女か。それとも、閉じ込めた何者かか。


 表向きは、王女が悪いことになっている。極悪非道な性格だからと。

 でも、言葉を交わさずとも何度も接していると、侍女頭から言われたことが真実なのかどうか、わからなくなってくる。


 そもそも、極悪非道だと聞かされていても、王女がなにか悪事を働いたのを見たわけでもない。具体的な悪事も、知らされていない。

 つまり、罪もない王女が、なんらかの陰謀に巻き込まれて、監禁されている可能性があるのだ。


 何度も話しかけているうち諦めたのか、黙々と作業をする私を見つめるだけになった王女は、ベッドの上に座り込んで、俯いていることが多かった。


「お母さま……」


 そして王女は、置かれていたうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、肩を震わせて鼻をすするのだ。


 そのたびに、ものすごい罪悪感が私を襲ってくるようになった。

 私が閉じ込めたわけでも、結界を張ったわけでも、もちろんいじめたわけでもないのに。


 だが彼女は、五年前に亡くなった側室であった母親はもちろん、国王である父に会うこともなく、誰とも言葉を交わさず、小さくなって震えるしかできないのだ。そして私は薄情にも、声をかけることもなく眺めるだけなのだ。


 ふと、少しくらいいいのではないか、とそんな気になった。もし言われたとおりに極悪非道だったとしても、十一歳なら矯正も可能かもしれない。心を尽くせば、きっと返してくれる。

 だって罪もない少女なのだとしたら、あまりにも可哀想だ。


 私は部屋の外を守っている衛兵たちが、結界の強固さに甘えて仕事をサボりがちなのを知っている。そして今日は、最たる不真面目な兵が、欠伸をしながら扉から離れたところで座りこんでいたことも。


 ごくりと唾を飲み込む。大丈夫、バレやしない。少しくらい、大丈夫。仮に本当に極悪非道であったとしても、私がしっかり気を持てばいいだけの話。


「あ、あの、殿下……」


 念のため距離を取りつつ、おずおずと話しかけると、王女はパッと嬉しそうに華やぐ顔を上げた。その瞳はわずかに潤んでいるように見えた。


「今、わたくしに話しかけてくれたの?」

「は、はい。失礼ながら」

「そう、ありがとう」


 王女はニヤリと片方の口の端を上げ、落ち着いた声でそう礼を述べた。


 えっ、と身を引いた瞬間に、私の視界は奪われる。一瞬のうちに完全な白があたりを覆い尽くし、あまりの眩しさに反射的に目を閉じた。


「なっ」


 今、なにが起こったのか。訳がわからない。私の思考はまったく追いついていない。

 それでも瞼の外側の白が去ったことがわかると、慌てて目を開ける。


「え……」


 驚くべきことに、目の前にいるはずの王女は、そこにいなかった。

 代わりに背筋を伸ばしてベッドの脇に立っていたのは、間違いなく、栗色の髪と瞳を持つ、私自身だった。


「え?」


 これはいったい、なんなのか。もしかすると、大きな鏡がそこにあるのか。だが私の姿は私の動きとは連動せずに、自分の姿を見下ろしている。


「は?」


 呆けた声が自分の口から出てくる。視界はなぜか、いつもよりも低い。

 唖然とする私には構わず、私の姿をしている何者かは口元に弧を描くと、満足そうな声を出した。


「よし、成功ね」


 なにが?


 ふと、壁に掛けられた鏡が視界に入った。こわごわとそちらを振り向く。

 驚愕の表情を浮かべて鏡に映っているのは、姿を消したフィフィアーナ殿下だった。


 頬に手を当てると、鏡の中の王女も頬に手を当てた。


「な……なに……これ」


 状況を鑑みるに、鏡に映るフィフィアーナ殿下の中身は私で、そこにいる私の中身は……フィフィアーナ殿下、ということでいいのだろう。


 信じられないが、信じるしかない。

 私と王女の中身は、入れ替わったのだ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 2025/9/10 第12回ネット小説大賞小説賞入賞作、書籍発売! ★

双葉社さま告知ページ ↓ 
『年上陛下の不器用な寵愛 ~政略結婚なのに、私を大事にしすぎです!~』
i1011040/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ