17. 舞踏会にて
そんな私たちを不審そうに眺めながら、侍従が目の前の扉を開く。「どういう組み合わせ?」と思っているに違いない。
「第二王子殿下、ギルベルトさま、並びにボルク男爵家ご令嬢、エルゼさまのお成りです」
すでに大広間に入場していた人が、いっせいにこちらに振り向く。思わず右手に力がこもる。
「大丈夫」
小さな声をかけられ、ホッと身体の力が抜けた。
そうだ。今こそ、『もういいかな』の精神を思い出すべきである。
「まあ、ギルベルト殿下のお相手が……」
「ボルク男爵家? あそこは、少し前に醜聞が……」
「もしやあれが姉のほう……? へえ……」
「殿下もお戯れが過ぎますなあ……」
そこかしこでボソボソと口さがなく語られる悪態は、本来ならば耳をふさいで逃げ出したいものだが、『もういいかな』精神を思い出した私は無敵である。
ついでに言うと、隣にいるのはなんと王子なのだ。気も大きくなるというものだ。少なくとも、あからさまに侮辱されたり危害を加えられることはないだろう。安心安心。
「ご機嫌麗しく、ギルベルト殿下」
「やあ、侯爵。久しいね」
「今宵は、お美しいご令嬢を連れておられますな」
「ああ、いつものパートナーがいないからね、無理を言って相手をしてもらっているんだ。お手柔らかに頼むよ」
「いえいえ、まさかそんな」
探りを入れてくる人も多々いるが、ギルベルト殿下はさらりと受け答えして、これ以上は訊くなと言外に圧をかけ、追及を上手く避けていた。これが場慣れしているということか。頼りになる。
そんなふうに過ごしていると、今日の主役である第一王子、リヒャルト殿下が壇上で挨拶を始めた。
遠目なのでその表情まではよくわからないが、確かに柔らかな喋り方で、現時点ではフィフィアーナ殿下たちが評するように、温厚な人物のように感じられた。
挨拶を終えると、リヒャルト殿下は空中に手をかざした。すると、どこかに用意されていたのだろう、薔薇の花びらがいっせいに大広間の空を舞い始めた。わあ、とそこかしこで歓声が上がる。
「なんて素敵な演出でしょう」
「よく風を制御されておりますな。花びらだけが美しく舞っている」
「さすがはリヒャルト殿下」
私も思わず、舞う花びらをうっとりと見つめる。本当に綺麗だ。
リヒャルト殿下はフィフィアーナ殿下ほどではなくとも、魔力量はあるという話だったが、それは間違いないようだ。
「あとでリヒャルト兄上にも挨拶するからね、そのときによく観察して欲しい。三人とも出席しているから、順番に回るよ」
ぼそりと耳元で囁かれ、小さく頷いた。
その言葉通り、皆が歓談を始めた中、人ごみを縫って移動して、まずは第三王子のシュテファン殿下の元にたどり着いた。
茶色の短髪に、あどけなさの残る新緑色の瞳。もしかして王子たちには美形しかいないのか、と思える容姿だった。
「やあ、シュテファン。楽しんでいるかい?」
「ギルベルト兄上」
シュテファン殿下は、ギルベルト殿下の顔を見ると、パッと表情を輝かせた。
「楽しんでいるというか……。大人の人ばかりなので、僕はリヒャルト兄上にお祝いを伝えたら、部屋に帰ろうと思っています」
第三王子は、恥ずかしそうにモジモジと指先を弄んでいる。子どもらしい表情と声で、少なくとも好感度は上がった。
「エスコート役は、母君ではないのかな?」
ギルベルト殿下がそう尋ねると、困ったように眉尻を下げ、後方を振り返った。
「お母さまは、後見人の方々とお話し中です」
シュテファン殿下の視線を追って見てみれば、元伯爵令嬢らしからぬ、どこか疲れた様子の貴婦人がいた。
後見人に囲まれ、第三妃だというのに、おどおどした様子でペコペコと頭を下げている。
「あれは、抜けられなさそうだね」
ギルベルト殿下がそう感想を述べると、シュテファン殿下は苦笑を浮かべる。
「お母さまは、気にしすぎなところがおありですから」
「優しすぎるんだよ」
「そう言ってもらえると」
弟君は、兄の慰めを聞いて、頬を緩めた。
じゃあまた、とその場を離れる。ギルベルト殿下は私にボソボソと訊いてきた。
「さて、どう評価する?」
「シュテファン殿下ですか? お可愛らしい方ですね。それに、お優しそうです。でもけっこうしっかりしている方のようにお見受けしました」
「僕もそうだと思うよ。じゃあ、その母親は?」
「思うに、八方美人ではないかと」
私の返答に、ギルベルト殿下は目を瞠った。
「へえ、すごいね。そこまでわかった?」
「あ、やっぱりそうなんですか」
気にしすぎ、優しすぎ、それらは褒め言葉のようで、そうではない。
自分の息子である幼い王子が一人でいたというのに、彼女は後見人である貴族と話をしていた。しかも自分が話すのではなく、聞き役に徹していたように見えた。
要は、断れないのだ。自分から話を打ち切ることすらできない人かもしれない。
「少なくとも、お二人とも、陰謀を企むような人間には見えませんでしたね」
「僕も同意見だ」
ギルベルト殿下は小さく頷く。
「ちなみに、シュテファン殿下の魔力量は」
「雷魔法を扱うけど、静電気に近い。知らなければ魔法だと気付かないかもね」
「かろうじて発現するってことですか」
「そうだね」
「本当に静電気……ということは」
「ちゃんと教会で魔力があることは確認されているよ」
そこまで魔力量がないということは、どう策を弄しても、継承順位一位になるのは難しいのではないだろうか。
うーん、と考え込んでいたそのとき、次の曲が流れ始めた。
『13. 容疑者 その2』に、王子王女たちの年齢を追加しました。
よろしければご確認くださいませ。
書き忘れてました、すみません……。




