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ひねくれ侍女が王女に身体を貸したら、王子との恋が始まりました  作者: 新道 梨果子


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15. 王子の提案

 その次の報告会のときに、私はギルベルト殿下にフィフィアーナ殿下との話し合いについて、報告してみることにした。


 今までと同じように、衛兵に渋い顔をされながら部屋に入り、ソファに向かい合って腰かけると、さっそく口を開く。


「……というわけでフィフィアーナ殿下は、シャルロッテ殿下が怪しいと思っているようなんですが」

「あの子は元々、シャルロッテ姉上犯人説を推しているからね」


 ギルベルト殿下は、特になにか感じる様子もなく、苦笑交じりにそう返してきた。


「シャルロッテ姉上とフィフィは、本当に仲が悪いよ。お互い反目し合ってる」

「じゃあ、シャルロッテ殿下が怪しいんじゃないですか」

「だから、重点的に調べてはいるよ」


 一応、疑ってはいるのか。


「といっても、シャルロッテ姉上はリヒャルト兄上が王になることを望んでいる。だから、彼女もリヒャルト兄上と同じように、波風を立てる必要はない気がするんだけどなあ」


 腕を組んで、斜め上を見て、思案している様子を見せてくる。


「じゃあそもそも、『王位継承権争い』ではないのでは?」


 王位を基準に考えるから、わけがわからなくなっている可能性もある。先入観に囚われて、まったく見当違いな推測をしているのではないだろうか。


「ふうん。どういうことか、教えてもらえるかい?」


 ギルベルト殿下は楽しそうに目を細め、こちらに身を乗り出してきた。これは、元々その可能性もあると思っていましたよ、という感じか。


「いろいろ考えられるとは思いますが」

「うん」

「一例としては、単純に、フィフィアーナ殿下が気に入らないから、視界に入らないように誘導した人がいる、とか」

「それから?」

「実はイーディオルス王家に反逆しようとしている勢力がいて、戦闘となった場合の武力を削ごうとしている、とか」

「なるほどねえ」


 私の考えに、うんうん、と頷いている。

 それから顔を上げ、こちらに真剣な眼差しを向けてきた。あまり見たことがない表情で、自然と背筋が伸びる。


「それも一応、考えてはみたんだけどね。可能性は、もちろんあるよ。でも、反逆のほうは今のところ、貴族たちの動向を見ると、ちょっと考えにくいかな。それから、フィフィのことを嫌う人間のほうは、もちろんいなくはないけれど、貴族中に噂を蔓延させて王族まで動かせる人間は、そうはいない」

「そう……ですか」

「姉上なら、ありえるかもしれないが」


 この意見が採用されたとしても、やはり疑われるのはシャルロッテ殿下なのか。


 いずれにせよ、私の考えは突破口にはなりそうになかった。肩を落としていると、労るような声をかけられる。


「意見は嬉しいよ。これからも、なにか思いついたら僕に言って欲しい。確かに未だ解決できていないということは、僕たちが重大な見落としをしている可能性もあるからね。第三者の意見は貴重だ。それもあって、エルゼの協力の申し出を受けたんだし」


 そんな思惑もあって、私の話を受けたのか。知らなかった。

 とにかく、馬鹿馬鹿しい、と一笑に付されなくてよかった、と胸を撫でおろす。


「どちらにしろ、シャルロッテ殿下は怪しいんですね」

「シャルロッテ姉上を重点的に調べていると言ったよね。彼女は確かに僕たちを嫌っていて、動機も十分。でも調べてみると、少し首を傾げてしまう。根は善良なのではないかと思うから」

「というのは?」

「彼女の私財は、福祉活動に流れることが多い。ずっと昔から」

「それは……素晴らしいですね」

「だろう?」


 その活動からは、『性悪』だとは思えない。もちろん、性悪だが外面だけをよくしようという可能性もある。


 だが、内面がいくら『性悪』でも、外面だけでも福祉に貢献しようとする人は、十分に称讃に値するのではないだろうか。


「養護院への慰問なんかも、積極的に行っている。国民人気は高いよ。最近はフィフィのこともあって城内がバタついているから慰問になかなか出かけられなくて、よく『早く落ち着いて欲しい』ってボヤいてるそうだよ」


 実はその目の前の人が、選民意識の非常に高い人なのだと、きっと国民の誰も気付いていないのだろう。

 それでもやはり、行動に移せるのは素晴らしいことだ。


「そんなに素晴らしいシャルロッテ殿下に嫌味を言われてしまうんですね」

「そうなんだよね」


 ははは、と小さく笑いながら返される。憤慨していたフィフィアーナ殿下とは、ずいぶんな違いだ。


「嫌じゃないんですか」

「そうだね、嫌といえば嫌だけど。でも、いちいち気にしていられないし、『また言ってるなあ』って流すに限るよ」


 苦笑を浮かべて、そう説明してくる。


 しかしこれはシャルロッテ殿下からすれば、よけいにイラつく対応ではないだろうか。むしろ、正々堂々いがみ合っているフィフィアーナ殿下のほうが、付き合いやすいと思っている気がする。


 これはきっと毛嫌いされているだろうな、なんてマジマジと殿下を見つめてしまった。


 そんなことよりとにかく、シャルロッテ殿下が性悪ではないとすると、王子たちの中に、フィフィアーナ殿下を貶めようと企てている有力な容疑者がいなくなる。

 これは、王子たちではなく、その周りの人間のしわざなんだろうか。


 いや、あと一人、いる。


 私が考え込んでいると、前から声がやってきた。


「ずいぶん、真剣に考えてくれているんだね?」

「ああ……はい」


 視線を上げると、綺麗な顔をした人が、穏やかな表情でこちらを見つめている。

 まさかこの人なんだろうか。『善良』なシャルロッテ殿下に嫌われている人。いや、でも。


「ますますわからなくなってきた、と思って」

「そう」

「だって、フィフィアーナ殿下は、リヒャルト殿下もシュテファン殿下も、違うのではないかと主張しています。ギルベルト殿下は、加えてシャルロッテ殿下も容疑者から外そうとしています。私は王子さま方の人となりまではわかりませんから、そういう感覚はギルベルト殿下方の感じることを優先すべきだとは思うんですが……でも」


 そもそも、フィフィアーナ殿下も、ギルベルト殿下も、信じるに値する人間なんだろうか。


「だんだん、なにが真実なのかわからなくなってきました」


 すると、ギルベルト殿下は、うーん、と考え込んだあと、ポン、と手を叩いた。


「じゃあ、王族たちを、自分の目で見てみるといい」


 思いも寄らぬ提案に、小さく首を傾げる。

 私の目で? 王族たちを?


「どうやって? 私では、他の王族方に拝謁する機会すらありません」

「おあつらえ向きに、来月、第一王子の誕生祝賀会として、舞踏会が開催されるよ」


 殿下は、とんでもないことを口にし始めた。


「侍女として……ということです……よね? でもシュルツさんが差配すると思うので、私の意思では」

「侍女としてじゃないよ。僕と一緒に」

「……まさか、舞踏会に来賓として出席しろと?」

「その通り」


 ギルベルト殿下はしらじらしく、パチパチと拍手をする。正解でも嬉しくない。


「いや、無理です。舞踏会なんて。しかも王族主催なんて、私では浮きまくりです」


 ブンブンと手を顔の前で振ってみせる。だが彼は、不思議そうに瞬きを繰り返した。


「でもエルゼは、男爵家の令嬢だろう? 舞踏会には何度も出席しているんじゃない?」

「没落しかけた男爵家の人間は、舞踏会なんて招待されないんですよ」

「まったく?」

「それは……たまにはありましたけど……」

「じゃあ問題ないね」


 にっこりと笑って返される。悪魔の微笑みに見えてきた。

 私が返事に窮していると、追撃される。


「『なんなりとお申し付けください』、って言ったよね?」


 確かに言った。初めてこの部屋に来たときに。


「言いました。今でももちろんそのつもりです。でも、できることとできないことがあります。一介の侍女が第一王子殿下の誕生会に出席だなんて、許されませんよ」

「僕がパートナーとして望んでいるんだから、いいんだよ」

「私の上司であるシュルツさんには、なんて言うんですか。侍女頭なんですから、当然、そんな催しには彼女も顔を出します。内緒になんてできません。だから先に許可をもらわないと。それに彼女は第一王女の乳母で、容疑者の一人なんですよね。変ですよ、シュルツさんには私たちは面識がないってことになっているはずですし」


 必死になって訴えてみる。しかしギルベルト殿下は飄々と返してきた。


「そのあたりは、上手く言っておくよ」

「無理だと思いますけど」

「任せておいて」


 そう言って、自分の胸を叩く。

 そんな安請け合いをされても……と私はため息をついた。

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