14. 容疑者 その3
「わたくしにだけなら、まだいいのよ。でもギルベルトお兄さまにも、いつも嫌なことを言うんだから。『王家にふさわしくない』とか、『もし王城を追い出されたら、行くところに当てはあるのかしら? 今から探しておいたほうがよくてよ』とか、『あら今日も妹をエスコート? ご令嬢方も、避けたほうがいいとよくわかっていらっしゃるのねえ』とか!」
シャルロッテ殿下の口調を真似ているのか、少し高い声でベラベラと気どった感じで語っている。確かに少々、癪に障る喋り方だ。そしてその内容も気になる。
「もしかして、お二人を王城から追い出そうとしていらっしゃるんですか」
「そうなのよ! 失礼しちゃうわ!」
プンプンと頬を膨らませて、まだまだ気が済まないとばかりに言い募る。
「自分の母親のほうが身分が高いからか、わたくしたちを弟妹と認めたくないみたいなの」
なるほど。見事なまでに、選民意識が高い方のようだ。
同じ王の子であるギルベルト殿下やフィフィアーナ殿下にもその態度なら、私など虫ほどの価値もないのだろう。近寄らないようにしないと。
「性格があまりよろしくないのは理解しました。でもそれが、容疑者とする根拠にはならないかと」
性格が悪ければ容疑者にするべきだ、なんて道理はないだろう。
「少なくとも、動機はあるわよ」
「どんな?」
「シャルロッテはね、リヒャルトお兄さまを崇拝しているのよね」
「崇拝」
「同腹の兄妹でずっと一緒にいたからか、シャルロッテは他の王族にはつっけんどんだけど、リヒャルトお兄さまの言うことならなんでも聞くの」
「へえ……」
「次代の王は、リヒャルトお兄さまこそ相応しい、っていうことを、何回も話していたし。『リヒャルトお兄さまが、初代の尊き血を最も濃く受け継いでいるのよ』って」
「じゃあ自分も同じじゃないですか」
「『お兄さまのほうが先に産まれたから』って言っていたわ」
「そのへんは、きっちりしているんですね」
「きっちりというより、単純に、リヒャルトお兄さまを持ち上げたいだけなんじゃないの」
しかしそれは確かに、これ以上ない動機かもしれない。崇拝者であるならば、リヒャルト殿下の前に立ちふさがる障害を、完全になくそうと考えてもおかしくはない。
「ゲルトルーデお姉さまが亡くなったときなんて、喜んでいたそうよ」
「え……」
耳を疑うような情報だ。
それはいくらなんでも、人の心がなさすぎではないか。『性悪』と称されても仕方ない。
「それ、本当なんですか」
「さあ。わたくしはまだ生まれていなかったから見ていないのよ。でもそういう話を聞いたことがあるわ」
ということは、噂でしかないのか。さすがに妹の死を喜ぶ人間が王女だなんて、信じたくはない。
「でも元々、シャルロッテはゲルトルーデお姉さまにも冷たく当たっていたそうだし、きっと噂だけじゃないわよ。シャルロッテなら、本当に喜んでいたとしても驚かないわ。ゲルトルーデお姉さまは、王太子になってもおかしくないお立場だったから、邪魔に思っていたのかも」
「だとしたら、酷い話ですね……」
「だからわたくしは、シャルロッテじゃないかと思うのよね。なにがなんでもリヒャルトお兄さまを王太子にしたくて、少しでも可能性が出てきたわたくしを、追い落とそうとしているのよ!」
とはいえ、フィフィアーナ殿下のこの熱の入りようは、論理的に考えたものではない気がする。
「シャルロッテ殿下が嫌いだから、犯人に仕立てようとしてませんか?」
「だって性悪だもの! ああ、思い出すだけでイライラするわ!」
顔を真っ赤にして、そう主張してきた。黙っていれば、何時間でも喋り続けるような気がする。
埒が明かないので、話を変えることにした。
「あとは、第三王子のシュテファン殿下ですが、どうです?」
私がそう水を向けると、本題を思い出したようで、殿下はふっと身体の力を抜くと口を開いた。
「シュテファンは、おとなしくて素直で可愛い子よ。王太子位を狙うようには見えないわ。それに、まだ幼いし」
「幼いって、フィフィアーナ殿下と、ひとつしか違わないじゃないですか」
「十歳と十一歳は、全然違うのよ?」
やはり、そんなこともわからないの? という視線を向けられる。
まあ、あの年ごろは、一年がとても大きくはあるのだろうが、私からすれば大した違いはない。
「年齢も下だし、仮にフィフィアーナ殿下が王位に近付いたとしても、遠ざかったとしても、特に変わりはないように思いますね」
ただ、ギルベルト殿下が以前言ったように、『自分が見下していた者に』『すべてにおいて負けたくない』と考える人なら、その限りではない。
「そうね。だからシュテファンってことはないと思うんだけど」
その返答から、フィフィアーナ殿下は、シュテファン殿下がそう考える人間ではないと感じているのがわかった。
「となると、フィフィアーナ殿下としては、最有力候補はシャルロッテ殿下なんですね」
「そうよ。あら、わたくしとしては、って、エルゼは違うの?」
「私はまだなんとも……」
これだけの情報で、なにかを決めつけるわけにはいかない。
するとフィフィアーナ殿下は肩をすくめた。
「使えないわねえ」
「急いては事を仕損じますよ」
選民意識が高いシャルロッテ殿下のことをさんざん性悪だと罵っていたが、フィフィアーナ殿下だって似たようなものでしょう、というのはわずかな慈悲をもって、口にするのはやめた。




