13. 容疑者 その2
そんな馬鹿なことを考えつつ、私は自分が書いた家系図を見ながら、思案する。
「あのう、フィフィアーナ殿下から見て、この方々は、どういう人間です?」
「どういうって、性格とか?」
「はい」
「そうねえ……」
それから語られた殿下の説明を、頭の中に叩き込んでいく。秘密裏に進めなければならないから、消せる石板は大丈夫としても、どこかにメモとしては残せない。自分の記憶だけが頼りだ。
まずは王子たち。子どもを産む期間があるからか、王女よりも王子のほうが、王位継承順位は上になりがちだ。
第一王子。リヒャルト殿下。現在のところ、王太子の最有力候補。最初から国王になるべく育てられたからか、争いを好まない温厚な性格。24歳。
第二王子。ギルベルト殿下。本人曰く、王位に興味なし。21歳。
第三王子。シュテファン殿下。まだ幼く、王位に名乗りを上げる素振りはない。10歳。
そして王女たち。継承権は下になりがちとはいえ、女王が選ばれることは、珍しいことではない。
第一王女。シャルロッテ殿下。第一王子と同腹。第一王子が大好き。性悪。22歳。
第二王女。ゲルトルーデ殿下。故人。生まれたときから身体が弱かったためか、水疱瘡が重症化し、六歳で死亡。生きていれば、ギルベルト殿下と同い年の21歳。
第三王女。フィフィアーナ殿下。軟禁中。11歳。
それから、王子王女たちの母親。
妃の実家の力の序列でいえば、第一王子と第一王女の妃が公爵家の娘で、一番。第三王子の妃が伯爵家で、二番。ギルベルト殿下とフィフィアーナ殿下の母親も伯爵家の娘だが、力はそう強くないので三番。
ちなみに、身罷られたゲルトルーデ殿下の母親はブレイアルドの王女であったから、もしまだ妃であったなら、外交的なことも考えて、一番上の位であっただろう。
「王子さま方の中に、継承順位がフィフィアーナ殿下よりも下の方はいらっしゃらないんですよね」
「ええ」
「つまり全員が、フィフィアーナ殿下よりも上……」
私は自分が描いた家系図を見ながら、顎に指を当てて考える。
「普通に考えて、第一王子のリヒャルト殿下が最有力候補ですよね」
「あら、どうして?」
「だって、フィフィアーナ殿下が上位に躍り出て、自分の地位を脅かすかもしれないんですから」
「でも今は平和でしょ。魔力量なんて重要視しないわよ」
「ああ、ギルベルト殿下もそう仰ってました」
「どこかの国と緊張状態だというならわかるけど」
「そういうものですか」
「魔力は武力だから」
「入れ替わりの魔法って、戦に使え……あ、相手方に使えば、優秀な密偵ができあがりますね」
ポンと手を叩きながら思いつきを口にしてみると、殿下は眉根を寄せた。地味な感じが気に入らなかったのかもしれない。
「わたくしが使える魔法は、入れ替わりだけではないわよ」
「あ、そうなんですか」
「ほとんどの王族は、ひとつしか扱えないけどね。でも魔力量が多いってことは、それだけ扱える魔法も多いってことなの。そんなことも理解できないの?」
そう言って、ふふんと鼻を鳴らす。どうしても私を馬鹿にしたいらしい。
「下位貴族は魔法とは無縁なんです。自分にとっては常識でも、他人にとっては非常識ってことがあるって、覚えたほうがいいですよ。王女として育てられたからかもしれませんが、そんなことも理解できないんですか?」
言われた言葉をそのまま返してやると、フィフィアーナ殿下はいつものように唇を尖らせた。
とはいえ、不毛な言い争いをそれ以上する気にはならなかったようで、ひとつ咳払いをすると、続けた。
「とにかく今の時代は、継承順位を決めるのに、魔力なんてそんなに重視していないわ。だから、なにもしなければそのまま、リヒャルトお兄さまが王太子になるはずなのよ。わざわざ事を起こすなんてこと、するかしら。それに……」
「それに?」
「リヒャルトお兄さまは、王太子位にこだわってはいないと思う」
妙に確信を持った口調だった。
「どうしてそう思うんですか?」
私の質問に、フィフィアーナ殿下はこちらを振り向いて答える。
「リヒャルトお兄さまって、最初に産まれた王子だったから、ものすごく厳しく教育されたの。それで、子どものころは、『王になんかなりたくない』ってよく泣いていたみたい」
確かにそれは、本人の発言ではある。けれど、容疑者から外れる根拠にはならない。
「……それ、子どものころの話ですよね」
「そうね。今では自覚も出てきたのか、頼りがいのあるお兄さまよ。きっと国王になっても、ちゃんと務めを果たされるわ」
ギルベルト殿下とは違う種類なのかもしれないが、その言葉からはフィフィアーナ殿下の、第一王子への信頼が窺えた。
「でも、今でもちょっと気弱なところ、あるわよ。人間の本質は変わらないっていうことかしら。なにがなんでも王になりたい、って思うような人じゃないと思うんだけど……」
そうして思案し始める。一応、疑ってみるべきか、と考えているのだろう。
「じゃあひとまず、リヒャルト殿下の可能性は低い、ということにしまして。次は、第一王女殿下はどうですか」
「シャルロッテ?」
リヒャルト殿下には、お兄さま、と敬称をつけていたのに、シャルロッテ殿下は呼び捨てだ。年上のシャルロッテ殿下は、シャルロッテお姉さま、と呼ぶべきではないのか。
そういえばさきほど、王子たちの性格を訊いたとき、『性悪』と評していたっけ。
思った通り、フィフィアーナ殿下は声を荒らげた。不平不満をぶちかますのを待ってました、といった具合だ。
「あの人は性悪よ! いつもギルベルトお兄さまとわたくしに嫌味を言うんだから!」
「嫌味……ですか」
ということは、危害を加えるというわけではないのか。いや、いつも嫌味を言われるのもいい気分ではないだろうが。
「その程度、って思ったんでしょう」
私の表情を読んだのか、殿下はこちらを非難めいた目で眺めてきた。
「すみません」
「認めるわねえ」
呆れたような口調で、ため息交じりに返してくる。




