11. 尊き血
このイーディオルス王国は、建国当時、軍事大国だったらしい。らしいというのは、神話の時代の話なので、確かな資料は残されていないからだ。
そんな遥かな昔の話だから眉唾ものだと思うのだが、初代国王はその強大な魔力でもって、この国を周辺諸国の侵略から守り切ったということになっている。そしてその魔力は、初代のみに、神より与えられたものだということだ。
だから、初代国王直系の者は、必ず魔力を持っている。そこから長い時間を経て、他家との婚姻を繰り返したため、高位貴族の中にも魔力持ちが現れることはある。
しかし低位貴族や平民には、魔力持ちはいない。
私たち国民にとって魔力とは、初代の尊き血を受け継いでいるという証なのだ。
◇
「残念ながら、今回も収穫なしだね。わざわざ来てくれたのに……って、その、『使えないなあ』って顔、やめてくれる?」
ギルベルト殿下の部屋で、私はまたあからさまに嫌な表情をしてしまったらしい。
「これが素の表情です」
「堂々と嘘をつくんだね」
「噓じゃありません」
「それが素の表情だとしたら、侍女が務まるわけないだろう。今までの勤め先では、ちゃんとやっていたと聞いているよ」
そうだった。調べがついているんだった。
「失礼いたしました。以後、気をつけます」
「まあ、なんにも収穫がないのは問題だから、仕方ないのかもね……」
ギルベルト殿下はそう零すと、肩を落とした。
殿下は殿下で、この状況に落ち込んでいるようだ。
新たな情報がないのなら、私がこの部屋にいる意味はない。とはいえ、あまりにもすぐに部屋を出るのもおかしい。私はギルベルト殿下の火遊びのお相手ということになっているのだ。
だからついでに、フィフィアーナ殿下の幽閉解消に向けた解決策を考えてみようと思い立った。
「ギルベルト殿下は、容疑者をお三方に絞っているんですか?」
私の質問に、殿下は顔を上げた。
「お三方……。ちなみにそれが誰か、聞いてもいい?」
「第一王子のリヒャルト殿下、第一王女のシャルロッテ殿下、第三王子のシュテファン殿下です」
すんなりと答えてみせると、ギルベルト殿下は、うん、とひとつ頷く。
「まあ、そうだね。それから、それに類する者たちも加える必要がある」
そう言われるとそうか。もし王子たちにその意思がなくとも、周りが勝手に行動を起こしていることもありえるのか。となると、簡単に三人に絞るのはよくないかもしれない。先入観に囚われてしまう。
「なにが目的でこんなことをしているんでしょう」
「え? 先日も言ったけれど、上位の王位継承順位が欲しいからに決まっている」
この侍女、話を聞いていなかったのかな、と顔に書いてあった。
ちゃんと話は聞いていると主張したい。だが、『王位継承権争い』というのが、どうにもしっくりこないのだ。私が、その地位とはかけ離れているからかもしれない。
「どうしてそんなものが欲しいんですか? 王さまとか、面倒そうじゃないですか」
「まあ、面倒だろうね」
私の考えはわかったのか、ギルベルト殿下は苦笑で返してくる。
国王になって、ただ贅沢に溺れられるというのなら、その地位を欲しがるのもわからないでもない。
でも実際は、公務やら人目やら責任やら、できれば逃げ出したいものが周りに溢れるのではないか。
「でも、自分の手でこのイーディオルス王国を良くしたい、という高尚な志から来るものかもしれないよ」
「そんな清廉潔白な人、王家に存在していますか?」
私の発言に、ギルベルト殿下は眉尻を下げた。
「エルゼ……。僕を目の前にして、よくそんなことが言えるね……。もう少し、王族を信じてみてもいいと思うんだよ……」
「失礼いたしました」
軽く頭を下げて謝罪する。確かに少々、敬意に欠ける発言だった。
いけないいけない。どういうわけか、ギルベルト殿下を前にすると口が滑る。あと、表情も滑る。
ずっと身分も上の人なのに、なぜか気を抜いてしまうのだ。
初対面のときに、言い知れない迫力に委縮してしまったことを考えると、もしかしたらギルベルト殿下側が私に対して気を抜いてしまっていて、それに私が引きずられている、という形かもしれない。
「ちなみに言っておくと、今の王子たちに、もっと贅沢をしたいとか、もっと権力が欲しいとか、そんなことを考えている様子の者はいないよ。現状維持はしたいと思っているかもしれないが」
「心の中は、わかりませんよね」
「それはそうだね。だから、接したときの様子ではなく、行動……帳簿とか、あるいは裏帳簿とか、外出先とか、会談相手とか、そのあたりを調べている」
なるほど。それらを内密に確認するのは大変そうだ。それで時間が掛かっているのか。
「僕にも腹心と呼べる部下は何人かいるから頼んではいるけれど、そう簡単には出てこない気はしているんだ。徒労に終わる可能性もあるが、ついでに弱みも握れるかもしれないし、慎重にいきたい。逆に弱みを握られるのは避けたいし」
「握られそうな弱み、あるんですか」
「さあ。こちらがないと思っていても、弱みだと感じるかもしれないし、それで問題が複雑化するのもよくないから」
さすがに私にそこまで気を許してはいないらしい。適当に言葉を濁された。
「念のため確認しますが、ギルベルト殿下は継承順位は下位なんですよね」
「そうだよ。第三王子の次だ。ちなみに今のところ、フィフィが僕の次」
第三王子のシュテファン殿下よりも、ギルベルト殿下のほうがずっと歳が上なのに。となると、母方の力が弱いことがそこまで影響しているのか。だからフィフィアーナ殿下の継承順位は、王子たちの中では最下位になっている。
「それなら、弱みを握ったところで、責められることもないのでは」
「それはそうなんだけどね」
ソファに深く身を埋めると、殿下は少し天井のほうに視線を移しながら、口を開いた。
「ただね、もっと蹴落としてやりたい、すべてにおいて負けたくない、とは思うものじゃないのかな」
「ギルベルト殿下に?」
「自分が見下していた者に」
つい、ポカンと口を開けてしまった。
ということはギルベルト殿下は、他の王子たちに見下されているのか。母親が違うとはいえ、兄弟なのに。
いや、兄妹だからって仲がいいとは限らない。誰あろう、私の姉妹仲は最悪だ。
兄弟だからこそ、姉妹だからこそ、許せないことはきっとあるのだ。
「おまけに僕は、女好きの問題児だし」
「なるほど」
納得して頷くと、ギルベルト殿下は少し口を尖らせた。
「少しくらい否定して欲しいんだけど」
「え? でもそう見えるように振る舞っているんですよね。フィフィアーナ殿下が侍女の姿でここにやってこれるように」
「そうなんだけど」
どうやら釈然としないらしい。でもむしろ、『女好きの問題児』ではないのに、そう思われているということは、完全に誤魔化せているということだから、誇ってもいいくらいではなかろうか。
そういえば、フィフィアーナ殿下の演技力もなかなかだった。兄妹揃って、演技力はあるのかもしれない。
ということは、やっぱりこの二人を信じ切るのは危うい。
何度か接するうち気を抜いてしまっているが、今だって騙されている可能性もあるのだ。
それを踏まえて考えてみる。
上位の者が、下位の者に抜かれたくない、という心理からこの騒動が起きているとすれば。
ギルベルト殿下が、フィフィアーナ殿下に抜かれたくない、という感情を抱いていることもありえるのではないだろうか。
第三王子の次がギルベルト殿下で、フィフィアーナ殿下がその次。
だがフィフィアーナ殿下の王位継承順位は、魔力量により上位に上がるかもしれない。
すると王子たちの中で最も継承順位が低くなるのは、ギルベルト殿下だ。
遅々として進まない調査は、もしや、調べているという体だけで、なにもしていないからなのではないか。
もし、目の前のこの王子が黒幕だとしたら、信頼していた兄に裏切られるフィフィアーナ殿下は、さすがに可哀想だな、と思った。




