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1. 第三王女フィフィアーナ

 落ちぶれた男爵家の生まれである私は先日、王城に侍女として採用された。そのときは、こんな私が素晴らしい仕事にありつけた、と光栄に思ったものである。


 小さな旅行鞄ひとつに荷物を詰め込んで登城した私は、まずは侍女頭の執務室に案内された。


 職場が王城になったはいいのだが、私は王族などという雲の上の人たちのことは存在をなんとなく知っている程度で、顔かたちですら把握していない。ただただ尊ぶべき方々なのだ、というくらいの理解だ。いくら貴族の一員とはいえ、落ちぶれ男爵の娘の認識としては、そんなものだろう。


 だから、侍女とは名ばかりで、きっと実際は下働きのようなことをするのではないか、と考えていた。

 陰謀に巻き込まれて、捨て駒にされる……なんてことは、さすがにないはずだし。


「あなたが、エルゼ・ボルクですね」


 執務机についていた年配の侍女頭は、私の身の上が書かれているであろう書類に目を落として、冷めた声で確認してきた。


「さようでございます」

「私は侍女頭をしております、ヨハンナ・シュルツです」


 そう自己紹介をしたシュルツさんは、黒髪をきちんと後ろにまとめ上げた細身の女性で、切れ長の目で鋭くこちらを見ている。なんというか、強そうではないのに、怖い。


「さて早速ですが」

「はい」

「エルゼ、あなたには第三王女殿下の側仕えを任じます」


 一瞬、息が止まった。


「つ、謹んで拝命します」


 なんとかそう返すと、シュルツさんは満足そうに頷いた。


「よろしい」


 本当に、王族の侍女として働くとは。私にそんな大任が務まるのだろうか、と不安しかない。過去、侯爵家や伯爵家に仕えたことはあるが、王女だなんて。


 確かに、先日まで働いていた伯爵家のお嬢さまには褒められていた。


『エルゼは、ちょうどいいのよね。栗色の髪と瞳で色合いが地味だし。身体も太すぎず、細すぎず、普通だし。身長も高くもなく低くもなくて、なんていうの? 存在感が薄いのよね。そういう人って、侍女として側に置くにはすっごくいいのよ』


 まあ、これを褒め言葉と捉えるかどうかは微妙だろう。でも、褒められたとでも思わないとやっていられない。とにかく私は侍女としては、使える人間なのだ。


 その私のことを気に入ってくれたお嬢さまが嫁ぐことになって、他の部署には空きがないということで次の仕事を紹介されて、ここにやってきた、というのが事の次第である。


 私ももう二十歳。実は私でも、結婚してお相手の家に入る、なんてことを考えていた時期もあったのだが、残念なことにそうはならなかった。今思い出しても悲しくなってくる。二、三発、ぶん殴ってやればよかったのだろうか。


 ぐるぐるとそんなことを考えていると、シュルツさんはふいに椅子から立ち上がってこちらに近寄ってくると、そっと耳打ちした。


「第三王女殿下について、説明します。これから話すことは、他言無用です」

「は、はい」


 いけない、考えごとをしている場合じゃなかった、と内緒話に集中すると、とんでもない話が耳に飛び込んできた。


「殿下は齢十一にして、極悪非道な性格と強大な魔力、という最低最悪の組み合わせをその身に宿しております」


 なんですって?

 驚いてシュルツさんを見返すと、彼女は冷ややかな目をこちらに向けた。


「ですので、心するように。わかりましたね、エルゼ」


 なるほど、光栄だと喜んでばかりもいられない。どうやら非常にやっかいな少女のお世話をすることになったらしい。


「かしこまりました」


 この場で、やっぱり辞めます、なんて言える勇気は私にはなかった。


 その後、用意された私室に案内され、荷物を置くと、そのまま第三王女殿下の部屋に促される。

 その道すがら、シュルツさんは私に説明を続けた。

 第三王女殿下は、王城の半地下にある部屋で生活をしている、ということだった。


「部屋には魔術師の名門、オズマンド侯爵家の優秀な魔術師たちの手による、強固な結界が張られております」

「結界、ですか」

「一年ほど前から、殿下はその結界の中に閉じこもっておられます」


 その場合、閉じこもっている、のではなく、閉じこめている、のではないのか。


「どなたであっても面会は許されていませんから、誰も通さないように」

「承知しました」


 私の考える王女さまの生活とはほど遠い。どう考えても、監禁だ。


「それから、これを身に着けなさい」


 歩きながら手渡されたのは、銀製のブレスレットだった。なにやら緻密な幾何学模様が刻まれていた。


「それがあれば、結界を通り抜けられます」


 私はおとなしくブレスレットを受け取ると、左手首に着ける。

 もう、嫌な予感でいっぱいだ。ひんやりとしたブレスレットの感触が、なおさら不吉な予感を増幅させる。


 なんとなくわかってきた。やっかいだからこそ、平民ではなく、いろいろとしがらみがあって身動きが取れない貴族で、かつ面倒なことを引き受けそうな落ちぶれた者、かつ王女と同性である私が採用されたのだ。

 上手い話には裏があるものだ、と得心がいった。納得納得。


「それから、重要な注意事項があります。これは大事なことなので、忘れないように」

「なんでしょうか」


 なにを言われるのかと戦々恐々としている私に、シュルツさんは口を開いた。


「王女殿下と会話してはいけません」


 侍女頭のその指示が、いまひとつ頭の中に入ってこなくて、私は首を傾げる。


「会話しない?」

「挨拶くらいはしてもいいでしょう。王族相手に黙ったままのほうがやりにくいでしょうし、はずみでなにか発言することもありえます。でも、くれぐれも、王女殿下が発した言葉に返事をしないように。一言たりとも」

「かしこまりました……」


 もう、訳がわからない。


 そうしてたどり着いたその部屋の扉の鍵を、側に控えていた衛兵が開ける。扉が開いたかと思ったら、また新たな扉があった。二重扉。

 その二番目の扉の鍵穴に衛兵が鍵を差し込むのを見ながら思う。


 牢屋みたいだ。


 元々、罪人を閉じ込めておくための部屋があって、そこに入れられたとしか思えない。

 しかも中には結界があるというのだから、この上なく厳重な守りだ。

 不信感が湧き上がってくるのは仕方ないと思う。


「では頼みましたよ」


 シュルツさんは私を扉の前に残して、さっさと立ち去っていった。やっかいごとはごめんだ、とでも言いたいのか、振り返りもせずに廊下の向こうに消える。侍女頭なんだから面通しくらいはするものではないのか、と不満に思ったがどうしようもない。一人でなんとかするしかないようだ。


 仕方なく私は、扉をノックしてから開けると、視界の隅に映った誰かに向かって、栗色の髪のつむじを見せるように深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私は今日から王女殿下のお世話を仰せつかりました、エルゼ・ボルクと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そう口上を述べたあと顔を上げ、意外に広い部屋の中央にある、一人掛けのソファにゆったりと腰かける、美しい少女を眺める。


 半地下で、明かり取りの小さな窓しかない場所でも、彼女の豊かに波打つ金髪は目に眩しいほどに輝いていた。透けるような白い肌、翠玉色の大きな瞳、紅く色づく小さな唇。

 ニコリともしないその表情を見て、観賞用に飾り立てられた陶器製の人形みたいだ、と思った。


 第三王女、フィフィアーナ殿下。

 このときから、彼女が私の主人になったのである。

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