第2話 賭けに呑まれる人々
また回される。
今日も回される。
異世界カジノに時間の感覚なんてない。ただ、音と光と人間の欲望だけが満ちている。
ガチャーン、キュルキュル、ヒュイーン――
体の奥にまで機械音が染み込む。
気持ち悪い。でも抗いきれない、どこか心地よい。
台の隣が空いた。新しい亡者が座り、レバーを引く。
私の中で何かが削られ、沈んでいく。この絶望の連鎖に、私も溶けていくのだろうか――
「ったくよぉ……ここにいる連中はみんな“堕ち人”。現世でドブみたいな人生送って、挙げ句の果てに台にされて――」
カジノのマネージャーが、独り言をぼやきながら、私の前でタブレットをいじっている。
「だけど、たまにいるんだよ。“堕ち人”じゃ済まねぇ奴。“カルマシンカー”って呼ばれてる化け物さ……」
客の肩の落とし方に、かつての自分が重なる気がした。でも、もう私はここから出られない
マネージャーは、どこかうれしそうに台のデータをチェックしている。
私は返事もできない。ただ、彼の声が胸の奥で何度も反響している。
ふいに、マネージャーがタブレットをぐいっとこちらに向けてきた。
「なあNo.52、俺たち底辺の星、見てみろよ。お前が勝てば、向こうの世界でも縁者が幸せになっていくらしいぜ。俺だって期待してんだ」
画面には、制服姿の少女――いや、娘。その下に「給付型奨学金合格、おめでとう」の文字。
でも一瞬で切り替わる。「俺も一発逆転してえな……って違うか」
客たちがざわめく。
「52号、今日も出してるぞ」「あの台、ヤバいんじゃねぇの」「あれ、名前つけようぜ――ミツコ777でどうだ」
「いやいや、“カルマシンカー”だろ。あの化け物感は只者じゃねぇ」
マネージャーが小声で「これで俺も、次の昇進コース入ったか?」とニヤリ。
期待されても、私はただの機械。反応ひとつできない虚しさが、静かに胸を満たす
カジノマスターが、台の陰でこっそり呟く。
「いいか、No.52。俺らみたいな下っ端は、所詮3強の“コマ”だ。それにゴッドは何を考えてるか、誰にも分かりゃしない。ま、地獄ってのは、偉い奴らが好き放題するって相場が決まってんのさ……!」
この世界の頂点は、“3強”――
マルチバカラクイーン、ザ・カジノ・スロットキング、カルトルーレット・カリスマ
カジノ社会の全ては、彼ら3人の“地獄の覇権争い”で動いている。
そのさらに上には、
「ゴッド」と呼ばれる存在がいるらしいが……
神は滅多に姿を見せず、地獄の営みを遠くから静観しているだけだという。
異世界に来たばかりの美津子には、
まだ“この地獄社会の狂騒”がどこまで続くか、想像もつかなかった。
私は今日もただ回される。
でも、何かが少しだけ変わった気がした。
誰かの絶望が、静かに私の中に沈んでいく。
「進化の“塚”が足りねぇなぁ……もっと回してやれよ、客ども」
マネージャーの声が遠くで響く。
「No.52、俺たち下克上の伝説になろうぜ――地獄のバディってやつさ!」