第8話 月の真実
赤黒い憎悪の烈火が災いを呼ぶ。人は時としてそう自分を戒め、人を憎むまいと努力してきた。そして、その努力の甲斐あってか人の心は優しく変貌を遂げた。
しかし、憎悪の烈火はひょんなことから灯してしまう。小さな炎から大火事になるように、1度着いてしまった火が消えずに山火事になるように、1度灯された憎悪の炎は消えることは無い。
赤黒いオーラが悪魔のような形を作りその場に恐怖を与え支配する。近づく者は皆殺す。そう言っているかのような、恐怖がその空間を駆け巡る。
「カゲツ……様……?」
「……これだから嫌いなんだよ……。このクズがよぉ!!!!!!!!!!!!!!!」
カゲツの怒号が月の里全てに響き渡った。そして、その場にいたヒカリとホタルは思わず尻もちをつき失禁してしまう。
「……お前ら……良かった……。無事でいて本当に良かった……!」
カゲツはそう言って2人にゆっくり近づき抱きつく。2人は全身をふるわせ怯えながらもカゲツを抱きしめた。そして、ヒカリは恐る恐る口を開く。
「い……一体……何が……?」
「アイツは月人……旧友だよ。今はもう……違う。ただのイカレクズ野郎さ」
カゲツはそう言って手に力を込める。
「「「痛っ」」」
2人は思わずそう言った。よく見ると、カゲツが力を込めた時2人の体を強く握りしめてしまっていたようだ。少しだけあとが着いている。
「あ……ごめん」
カゲツはそう言って手を離す。そして、月を見上げて言った。
「……行かなきゃ。助けに行かなきゃ。会いに行かなきゃ。そして、殺しに行かなきゃ」
カゲツはそう言った。2人は少し驚き目を見開く。しかし、カゲツを止めることは出来なかった。
「さっきの答え。言っておくよ。俺はやっぱりお前らとは付き合えない。俺にとってお前らは大切な存在になったけど、それは特別じゃない。俺にとっての特別はリィラだけだ」
「「「あ……えと……うん」」」
2人は同時に悲しげな声でそう言った。
「俺はリィラを助けに行くよ」
「好きだから?」
「それもあるけど、呪いだからさ。俺が俺に課した呪いがあるから、俺はリィラを助ける。その後全部終わって、初めて好きだから守ってあげたいんだ」
カゲツがそう言うと、2人は少しだけ安心する。先程までの殺気が少しだけ薄れていたのだ。それに、愛から生まれる憎しみがこの世で最も恐ろしいものだ。だから、愛ゆえに助けに行くわけじゃないということに安心する。
そして、2人はにっこりと笑った。目からは涙がこぼれおちているが、にっこりと笑った。悲しさを紛らわせようと、違うことを考えるが、それでも涙は止まらない。
「……きっと……」
「ダメです」
「……」
「ダメですよ……!」
「必ず帰ってくる」
カゲツはそう言って振り返ると、覚悟を決めた目で2人を見た。2人はその目を見てホッとする。
「やるときゃやる。それが俺だ。勉強だって、ゲームだって、メリハリが大事なんだぜ。……って、まいっか」
カゲツはそう呟くと、力強く印を結んだ。そして、全身から神々しい光を放ち呪文を唱える。
「”神羅神象……天音の光に廻る神成は、み恵の椿となる。天花天界・金魂雷華・影覆う世界に海灰の歌を謳う”」
その刹那、眩い光がカゲツを覆った。そして、月に向かって1本の道が現れる。
「じゃ、行ってくるわ」
カゲツはそう言って光の道に足を乗せた。
「待ってください。歩いていくつもりですか?」
「そうだけど?」
2人はそれを聞いて言葉を失う。だが、それしかない以上止めはしなかった。
━━それから何時間歩いたことだろうか。気がつけばあたりは既に真っ暗だ。しかも、周りには何も無い。チラホラと星のようなものが見える。
「……月の光が弱まってる。てことは今月下星は昼だな」
カゲツはそんなことを呟きながら、ゆっくりと地面に足をつけた。そして、遂にカゲツは月へと到着した。
「帰ってきた。月だ」
カゲツはそう呟いてニヤリと笑う。
「廃れ果てた世界だ。良くもまぁこんな世界を作りあげたものだ。不快でしかないよ」
カゲツはそんなことを呟きながらある街を目指す。それは、カゲツが生まれた街。そして、リィラをさらったあの男が住む街。そして、月を代表する城が聳え立つ街。
「……久々にアイツにあったらなんて言うだろうか……」
カゲツはそんなことを呟きながら歩く。これまでの旅はリィラがいたため、なにか話しかければ返答が帰ってきた。しかし、今回は返ってこない。
「寂しいものだ」
そう言って黙々と歩いた。それから数十分ほど歩いてやっと街に到着した。街に着くと、そこには活気溢れる商店街があった。
「何も変わっちゃいない……ってことは無いよな。雰囲気が……違う」
カゲツはそう言って商店街の中を歩き回る。しかし、これといってなにか買うものもない。と言うより、金がない。しかも月下星ある。色んな意味で買う必要のないものばかりだ。
「……」
カゲツは無言で街を歩き回った。なにか異変でもないのか、そんな期待を胸に歩き回った。しかし、これといって何かある訳でもない。
「……はぁ、やっぱりこの世界は腐ってるよな」
カゲツがそう呟いて家に向かおうとすると、後ろに気配を感じた。直ぐにカゲツは振り返る。
「誰だ!?」
「……お、お兄……ちゃん……!?」
「っ!?」
なんとそこには少女がいた。カゲツとはちょうど10歳くらい離れているであろう少女が。
「……ミラ……なのか……?」
「そうだよ!やっぱりお兄ちゃんだよね!」
ミラと言う少女はカゲツに向かって走ってくる。そして、勢いよく飛びついた。
「おかえり!お兄ちゃん!」
ミラはそう言ってカゲツに泣きながら飛びつく。カゲツは少しだけ安心したような気分になった。
「ただいま……」
カゲツは小さな声でそう言う。
「ねぇ、なんで帰ってこなかったの?てか、逆になんで急に帰ってきたの?」
ミラはそんなことを言ってくる。しかし、カゲツは少しだけそこに違和感を感じた。
「まぁ、ちょっとさ。色々あってね」
カゲツは当たり障りのない返事を返す。
「ふーん、そうなんだ。まぁいいや!とりあえず家に行こ!」
ミラはそう言ってカゲツの手を引き家まで向かった。そして、直ぐに家に到着する、
「ほら、入ろ!ママが待ってるよ!」
「……そっか」
カゲツは微笑み扉に手をかける。
「……」
「開けないの?」
「え?あぁ……先に入っていいよ」
カゲツはそう言って扉を開けようとする。しかし、扉は固く閉ざされて開けられない。と言うより、カゲツにその扉を開ける覚悟はなかった。恐怖からなのか、それともなにか別の感情からなのか、なんにせよカゲツには開けられなかった。
「もぅ、私が開けてあげる。開け方忘れちゃったの?」
ミラはそう言って扉を開ける。そして、カゲツを中に招き入れようとする。カゲツはそんなミラを見てすぐにでもその場から逃げ出したくなった。だが、それ以上に久しぶりに親の顔を見てみたいとも思った。
「……」
カゲツはゆっくりと家の中に入る。すると、その後をミラが着いてきた。
「ママ!ただいま!ねぇ!お兄ちゃんが帰ってきたよ!」
ミラはそう言って楽しそうに笑って言った。
「「「っ!?」」」
中から驚いたのか、大きな音が鳴る。そして、ドタドタとかなり大きい音を立てて人が2人ほど出てくる。それは両親だ。
「……」
「帰ってきてたのか……」
父親はそう言った。そして、ため息をひとつはいて部屋に戻る。
「……」
母親は無言でカゲツを睨みつけるだけ。そんな2人をカゲツは睨み返した。その少しだけ険悪な雰囲気にミラは戸惑う。
「あ、あれ?な、なんで……」
「ミラ、今すぐ私のものに来なさい。あっちで待ってるわ。あと、あの人を家に入れることは出来ないわ」
「え……?」
「ほら!早く来なさい!」
「はい!!!」
母親は部屋の奥へと入っていった。そして、ミラは怯えてかつ、泣きながら部屋の奥へと入っていく。カゲツはそんなミラを見て気の毒に思いながら家を後にした。
それからカゲツは少しだけ歩いてある場所に来る。それは、カゲツが月にいた頃によく行っていた場所。本来は草木が生い茂り、広大な草原が埋めつくしている。しかし、今は違う。灰や砂利が集まってまるで戦場跡のようだ。
「ここも変わったな。結構すきだったんだけどなぁ……」
カゲツはそんなことを呟く。そして、塀の上に上り横たわると、静かな目を瞑った。
━━それから何分経ったのか分からない。カゲツはふと目を覚ました。横を見ると、ミラがカゲツの右の上半身に小さな胸を押し付けながら寝転がっている。
「あ、起きた。おはよぉ」
「……まだ夕方だろ?」
「そだね。まだ夕方だよ」
「良かった。当てずっぽうで言ったけど当たった」
「え!?わかってなかったので!?」
2人はそんな会話をする。カゲツはミラの姿を見てゆっくりと体を起こすと、異変に気がついた。
「……何された?お尻が腫れてるぞ」
「っ!?な、何もされてないよ!」
「嘘だな。さっきより腫れている。触ったら分かるぞ」
カゲツはそう言ってミラのお尻に触れた。
「いぎぐぅ!いだいがらざわらないでぇ……!」
そう言ってミラはカゲツの服を力強く握った。その様子から痛みが相当なものだと分かる。
「……やりやがって……!」
カゲツはミラに聞こえないようにそう呟いた。
「お尻見せてみろ」
カゲツはそう言って手招きをする。すると、ミラは涙を流し、頬を赤く染めながらカゲツの前にお尻を突き出しズボンと下着を脱いだ。すると、見たこともないほど腫れたお尻が目に映る。
「っ!?……”治れ”」
カゲツは何も声をかけずに呪文を唱える。そして、少しでも痛みが引くように回復をした。しかし、その腫れがひくことは無い。赤と言うより赤黒くなって変形したお尻はを見たカゲツはただただ怒りしか湧いてこなかった。
「……家に行くぞ」
カゲツはミラの回復をある程度すると、そう言って立ち上がる。ミラはゆっくりと痛みを感じないように下着とズボンを履くと力強く頷いた。そして、直ぐに家の前まで到着する。
「ただいま……」
ミラは恐る恐る家の中に入った。その後ろを殺気に満ち溢れたカゲツが入ってくる。
「「「っ!?」」」
「あなたって子は……まだお仕置きされたいのね。良いわ。今日は肉が見えても叩くわ。来なさい!」
そう言って両膝をパンパンっと叩き、ここに来いと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。しかし、それを見たカゲツが言った。
「その前に、俺と話しをつけようじゃないか。2人とも」
そう言って父と母の両親を睨みつけた。
「……チッ!いいわよ」
「……」
母親は舌打ちをして嫌々ながら頷く。父親は返事すらしない。ただ、カゲツを一瞥するだけだ。
「ミラ、あなたはいつものところで正座してなさい。重しは5個よ。してなかったら……分かるわよね?」
「っ!?い、いやぁ……!あれは……いやぁ!」
「嫌じゃないの!やらないなら肉が見えるまで叩くよ!」
「ひぃっ!ご、ごめんなさい!今すぐお仕置を受けます!許してください!」
「ミラ、お前が耐えきれなかったら父と母2人からお仕置だからな」
その時、唐突に父親が喋り出す。その顔は、その目は、その声は、全てが狂気に満ちていた。
「黙れよクソジジイ」
カゲツはそう言って椅子に座る。
「1回ちゃんと話をしようじゃないか」
「なぜあなたと?」
「お前らに否定する権利は無い。それとも、戦うか?」
「「「……」」」
カゲツの言葉に2人は黙り込んだ。そして、母親はミラを見る。ミラはビクリと怖がりながらお仕置部屋と呼ばれる場所に入っていった。
「怯えてるじゃないか。お前ら、本当にクソ野郎だな」
「あなたに言われたくないわ。このバケモノめ」
「バケモノ?そりゃどっちのセリフだ?こんなクソみたいな世界で満足してるあんたらがバケモノなんだよ」
「クソみたいな世界?言ってくれるわね!この世界は希望に満ち溢れた世界よ!喧嘩も泥棒も人殺しもない!犯罪が一切ない世界なの!そんな世界がクソなわけないでしょ!」
母親はそう言ってカゲツにブチギレる。しかし、カゲツも負けじと言った。
「目、腐れてんじゃねぇのか?自然もクソもない。水は枯れ果て海はなくなった。草木はなく灰しか存在しないこの世界の、どこに希望がある!?どこに未来がある!?なぜそれが分からないんだ?永遠に過去の栄光に縋り、未来を見ようとしない。現実を見ている風に見せて、実際は過去よ映像を現実だと誤認している。そんな奴らがクソじゃないわけないだろ!現実を見ろ。今この目の前にあるのはただの灰だ。草木は育たない。人もいずれ死ぬ。こんな世界だったらな」
「長々とめんどくさいわね。でも、私達はこうして幸せに生きれてる。それだけでいいじゃない。それが分からないあなたの方が馬鹿よ」
「……そう言って、お前は……お前らは世界を壊したんだ。悪魔のような偽善で、悪魔のような思考で、悪魔のような行動で、世界は壊れた。お前らからしたらなんともないことかもしれないがな」
カゲツはそう言ってその場の雰囲気を暗くした。しかし、そんな時に母親は言った。
「あなたがそんなだから私たちの肩身が狭くなったのよ」
「だからと言って、ミラに手を出していいことにはならないだろ!」
「そんなことあなたに関係ないでしょ!私はあの子の母親なのよ!何をしたって私の勝手じゃない!」
「そう言うのが世界を壊す原因になったって言ってんだ!お前たち月人であり人ではなかった……!だからお前らには倫理観などなく、非人道的ことができる。そういう犠牲者たちが増えていくことが問題だって言ってんだ!結局てめぇらは人になれなかった。そして、何でもない、ただの生物に成り下がったんだ」
カゲツの言葉はその場に深く刻み込まれた。母親と父親はカゲツのその言葉を聞いて少し怒りを見せる。だが、何故か何も言い返すことが出来ない。
「……まぁいいよ。ぬるま湯に浸かりたいなら永遠に浸かっておけばいい。俺はもうこの世界にも、お前らにも期待はしない。用事が終われば直ぐに帰る」
カゲツはそう言って家から出た。そして、颯爽とどこかに向かう。
「待っ……」
その時、ミラがカゲツを止めようとした。しかし、カゲツはその言葉を聞くより前に出ていってしまう。ミラはその後を追って家を出た。
「待ちなさい!」
母親はそれを止める。しかし、ミラは止まらない。
そして、ミラは恐らくカゲツが居るであろう場所に向かった。
━━……数分後……
「お兄ちゃん♡ここ好きだね」
「……」
「気づいたらいつもここにいる」
「まぁな」
カゲツは答えた。今カゲツ達がいるのは、先程の場所だ。元々は草木が生い茂る景色が美しい場所だった。だが、今はただの荒地だ。
「なんでこんなとこ好きなの?」
「分からない。何故か俺はここに惹き付けられてしまうんだ。怖いくらいに。どんなに姿が変わろうとも、俺はここにまた戻ってくる。まるで、磁石で引き付けられるように」
「へぇ……」
「ミラはなんで来た?」
「ふぇ?なんでって……そりゃあ、お兄ちゃんがここに来たからかな?」
「ははっ!ブラコンだな」
「ブラコンじゃないもん!お兄ちゃんが好きなだけだもん!」
ミラはそう言って頬をふくらませて怒る。そして、カゲツのことをポカポカと殴る。
「あはははは!まぁ、俺のこと好きなのは分かったよ」
「むー!なんか負けた気分!」
「こんなことに勝ちも負けも無いよ」
カゲツはそう言ってミラの頭をポンポン叩く。
「……ねぇ、なんで皆はお兄ちゃんのことが嫌いなの?」
唐突にミラがそんなことを聞いてくる。
「……さぁ……」
「嘘、知ってるんでしょ?教えて」
その言葉を聞いたカゲツは目を閉じて何かを思い出すようにゆっくりと話し始める。
「……始まりはちっぽけなことからだった……。ちょっとした喧嘩から始まって、そして、皆止まらなくなった。そうすれば良い、ああすれば良い、そんなことを言って皆間違えた道を選ぶ。俺はただ、それを止めようとしただけだよ」
「っ!?それで……嫌われたの……?」
「まぁね。そうだよ」
カゲツの言葉にはどこかくらい何かを感じた。ミラはその言葉を聞いた時、カゲツとは見えない壁と距離があることに気がつく。その距離は、どれだけ歩いても近づくことはなく、永遠に遠のいていく。
「お兄ちゃん……」
ミラはそんなカゲツを見て何とか近づこうと思った。カゲツがおる閉ざされた空間を壊そうとした。しかし、その言葉が思いつかない。
「……」
今カゲツを救うことが出来るのは、この場にいるミラだけ。ミラはそう自分に言い聞かせて何とか言葉を紡ごうとする。しかし、ミラは言葉よりも先に体が動いた。
「っ!?」
ミラはカゲツに抱きついた。
「……お兄ちゃん……私好きだよ……!好き、好き好き、好きすぎる!月の皆はお兄ちゃんのこと悪く言うけど、私は信じられなかった!理由は分からない……でも、信じられなかったの!だからずっと会いたかった!会って、話をして、皆の誤解を解きたかった!でも、私には出来ない……お兄ちゃんの嫌な気持ちも晴らせない……!でも、それでも私はお兄ちゃんのために何かしたいの!お願い!私も手伝う!何でもする!だから、私の想いも受け取ってよ!」
ミラはそう言ってカゲツの唇に自分の唇を合わせた。そして、そのまま押し倒す。ドサッと言う音が鳴った。どうやら2人は元草原の上に落ちたらしい。しかし、それでもミラは止まらない。涙を流しながら唇を合わせる。
カゲツはそんなミラのことを優しく抱きしめると、ミラの思いを心に深く刻み込んだ。
読んで頂きありがとうございます。ハッピーエンドに近づいてます。