第4話 奉月祭の月火
━━……あの時の彼は……彼の目は、確実に獲物を狩る目だった。しかもそれは、ただ殺すってことでは無い。生きているうちに一度きりしか感じないような、想像を絶する苦痛を与え殺す。そんな目をしていた。
一匹狼と言えばかっこよくなるのかもしない。殺人鬼や、死神。そう言えば恐ろしくなるのかもしれない。だが、彼にそのような名前をつけることは出来なかった。なんせ、その名前すらも彼にとってはちっぽけなものだったから。
その目に浮かぶものは復讐の炎だ。その目に映るものはも復習の炎だ。彼自身の全てが復讐の炎に包まれていた。だからこそ、フィロウはそんな彼を助けたいと思った。でも、彼には……
━━……カゲツ達は月火送りを行うための道具を調達しに来ていた。
「ないんですか……?」
フィロウは悲しそうな目で店のおばあちゃんに尋ねた。
「無いのぉ。もうあの伝統も廃れてしもうたからのぉ」
おばあちゃんは申し訳なさそうにそう言った。
「ばっちゃんがそう言っちゃ終わりだろ。ま、過去の伝統に囚われ続けるのもどうかとは思うがな」
「でも!やっぱり伝統を残していきたいです……」
フィロウはそう言って悲しそうな顔をする。そして、両目に少し涙を浮かべて俯いた。
その時カゲツには2つの選択肢があった。そして、その選択肢は決して間違えることは出来ない。カゲツはなんとなくそう感じた。
カゲツはフィロウが悲しむ理由を何となく理解していた。間違いの可能性もありうるが、今のところ1番可能性が高い。だから、カゲツが行動を起こさなければ話は進まないだろう。
「……ばっちゃん、自分で作れんの?」
「作れるよ。材料さえあればね。ただ、伝統を残していくなら材料はかなり希少だよ」
おばあちゃんはそう言った。カゲツはそれを聞いて少し考える。しかし、フィロウや楽しみにしていたリィラの顔を見ると、断る選択肢は無かった。
「いいよ。で、材料は?」
カゲツがそう聞くと、おばあちゃんは材料を話し始めた。特定の条件でしか咲かない花や、特別な場所にしかない草、他国にある花など全て探し出すのが困難なものだった。
しかし、ここにいる男は10年間も世界を旅してきた男。さすがにその素材は持っていた。
「ほぉ、これ程希少な素材を持っておるとは……お主、何者じゃ?」
「旅人だよ。それ以上でも以下でもない」
「じゃが、ただの旅人ではあるまい?」
「ただの旅人だよ。別に、なにか特別な力を持ってるわけじゃないさ」
「そうかい……。もしやお主……」
カゲツはそう言って素材を渡した。おばあちゃんは少し考えてなにか言おうとしたが、言うのを止めた。そして、にっこりと笑って静かに店の奥に入っていく。
「……」
カゲツはおばあちゃんの背中を見つめながら、少しだけ後ろめたい気持ちになった。そして、振り返り2人の姿を見る。2人はとても楽しそうに会話をしていた。と言っても、リィラは頷くか2文字で喋るだけだが……。
カゲツはそんな2人を見て少しだけ心を和ませる。そして、ほんの少しだけ胸を苦しくさせた。
「やっぱり……いつかは……」
誰にも聞こえないようにカゲツは呟くと、優しく微笑んで2人から目を逸らした。そして、店の奥を見つめた。
━━……それから数時間が経過した。かなりの時間が経過したせいか、日は傾き始めている。
「そろそろ送る時間になってきたな」
カゲツは1人でそう呟いた。そして、周りを見渡す。すると、リィラとフィロウが眠っているのが分かった。カゲツはゆっくりと立ち上がり店の奥に向かって声をかける。
「ばっちゃん!まだかよ!?」
カゲツはそう叫んだ。すると、中からものが落ちる音が聞こえてくる。そして、慌てた様子のおばあちゃんが出てきて言った。
「スマンのぉ。寝ておったわい」
「なんでやねーん!あんたは寝ちゃいかんだろ」
「すまんすまん。じゃが、言われたものは作っておるぞ」
おばあちゃんはそう言って月火送りに使うものを取り出した。
「それならまぁいいけどさ。ありがと、ばっちゃん」
カゲツはそう言って作ってもらったものを受け取る。そしてリィラとフィロウの前に立った。
「スヤスヤと眠っておるわい」
おばあちゃんがそう言ってくる。
「全くだよ。ほんと……」
「お主はいつまで隠し通せる気でおる?いつかはバレる日が来るじゃろ?現にわしはお主の秘密に気づいたからの」
「なんで気づいたの?」
「雰囲気が違う。これでもわしは気功師じゃ。人の気質を見ることには長けているつもりじゃ」
「へぇ。気をつけねぇとだな」
カゲツはそう言って少しだけ俯いた。
「正直なところ、もう隠せなくなってきてるんだよ。段々と押さえ込んでたものが抑え込めなくなって来ている。分かるんだよ。体の奥にあるものが溢れ出てきてるのが」
「力が増してきてるのじゃな」
「そんなところだと思うよ。それに、呪いも達成しなきゃならんからな。そのせいもあって、力が増してきてしまっている」
カゲツはそう言って自分の手を見た。それは人間の手だ。リィラやフィロウと何ら変わりない手。だが、カゲツにはそれが人間の手には見えなかった。
「いつかは話すつもりだよ。いつかは」
「……打ち明けるなら早い方がいい。それに、お主の溢れ出る力を抑え込めるのはせいぜい今年がいっぱいじゃ」
「チャンスがあと1回しかないってことだろ?何となく知ってるよ」
「なら良いが……」
2人はそんな会話をした。おばあちゃんは少しだけ悩ましげな表情を見せるがカゲツの言葉に納得したらしい。それ以上何も言わなかった。
カゲツはおばあちゃんの姿を見たあとにリィラとフィロウを見た。2人は眠っていてこの話を聞いていない。カゲツはそんな2人の頬に触れた。モチモチとした感触が手のひらに伝わってくる。
「……」
そして、カゲツは心の中で覚悟を決めた。いずれ、関わってきた人達に真実を伝えるために。
「ん……」
「ん……むにゃむにゃ……」
その時、2人は起きた。眠たげな目でカゲツを見ている。そして、大きな欠伸をして目を擦ると、寝ぼけたような声で言った。
「しゅいみん……」
「ありぇ、もう終わりましたか……?」
2人はそう言って大きな欠伸をもう一度する。
「終わったよ。行こっか」
カゲツがそういうと、2人は立ち上がり伸びをした。そして、急にシャキッと背筋を伸ばしておばあちゃんの方をむく。
「感謝」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
2人はその言葉を聞いて店を出ていく。
「じゃ、ばっちゃんありがとな」
「いいんじゃよ」
カゲツはおばあちゃんに挨拶をして店を後にした。外に出ると、2人が待っている。
「行きましょ」
フィロウがそういうと、2人は楽しそうに歩き出した。
「……なんで写真撮らなかったんだろ……」
カゲツは小さくそう呟いて二人のあとを追った。
━━……そして、遂に月火送りの時がやってくる。空は半分以上日が落ち夜と昼の狭間の幻想的な空間を作り出している。そんな空間でカゲツ達は作ってもらったものを取りだした。
「あ、色んな場所で月火が上がってますね。早速上げましょう」
フィロウはそう言って両手で持って前に突き出した。すると、唐突に作ってもらった物が光を放ち始める。
「これは月の光を受けると発火する素材が使われてるんですよ。そして、こうして火がついたものを、『月火』と呼ぶのです。ほら、皆さんもやってみましょうよ」
フィロウはそう言って月火を空に浮かばせた。月火は何もしてないのに自然と空に上がっていく。カゲツ達もフィロウのように両手に持って前に突き出した。すると、やはり光を放ち始める。そして、火がついた。
「……」
そして、2人も月火を上げた。すると、二人の月火はフィロウの月火を追うようにして空へと上がっていく。
3人はその様子を見上げていた。すると、周りから月火が集まってきているのがわかった。
「月火を月に送ると1箇所に集まって月へ登るための階段のようになるんですよね。これを見てると、私も月に行けそうな気がするんですよね」
フィロウは幻想的なその様子を見ながら夢みたいなことを言った。しかし、カゲツもリィラもそのことを否定しなかった。2人もいつかは月に行ける。そう信じているため、フィロウの言うことを抵抗もなく受け入れることが出来たのだ。
「……行けるといいな。月に」
カゲツは優しく微笑んでそう言った。そして、登っていく月火を見ながら少しだけ癒される気持ちになった。
「……」
その時、カゲツとリィラはふとフィロウのことが気になった。2人は同時にフィロウのことを見る。すると、フィロウはめからポロポロと涙を零していた。
「涕泣……」
「大丈夫か?」
「え?」
2人に言われたことにフィロウは疑問に思う。そして、思わず自分の目尻を指で触った。すると、指に水が着く。その時初めてフィロウは、自分が泣いていることに気がついた。
「あれ……なんで……?止まんない……」
フィロウは必死で涙を抑えようとする。しかし、一向に収まる気配を見せない。それでもフィロウは必死に涙を止めようとした。
「あはは……ご、ごめんなさい。雰囲気台無しですよね。私ちょっと外します」
フィロウはそう言って泣きながら暗闇の中へと走って行った。それを見ていた2人は声をかけようとするが、2人とも声が出ない。
「ごー」
「良いのか?」
カゲツの言葉にリィラはこくりと頷く。カゲツはそれを見て急いでフィロウを追いかけた。
「……」
カゲツは頭の中で様々なことを考えながらフィロウを追いかける。ブレーンストーミングなんてかっこいい言葉を使えばそれっぽくなるのだろうが、要はただ頭の中がぐちゃぐちゃになっているだけだ。
「……ま、その時のことは、その時の俺に任せるしかないよな」
カゲツはそう呟いて少しだけスピードを上げた。
━━……それから何分か走ったところで、急に開けた場所に出ることがわかった。カゲツはその場所の少し前で止まり、息を整える。
「さて……」
カゲツはそう呟いて開けた空間に入った。
━━……ザッという足音が聞こえる。その音でフィロウは誰か来たことに気がついた。しかし、簡単に振り返ることは無い。たとえ誰が来ても、それが自分にとって嬉しい存在とは限らないから。
「……」
もしかすると、後ろにいる人は変質者なのかもしれない。急にフィロウを拉致して犯すかもしれない。そうでなければ、ただ同じ場所に来ただけなのかもしれない。
なんにせよフィロウは振り向こうとしなかった。
「……」
「……」
「……なんで……来たんですか?」
フィロウはついに口を開いた。
「……」
しかし、その返答はかえってこない。
「別に私が居なくなっても楽しいですよね?私なんかが一緒にいるのはおこがましいですよ」
フィロウはそう言って涙を流す。
「もう帰ってください!私は……私は……あなたとは釣り合わない……」
フィロウはそう言った。そして、泣き叫びたい気持ちを物理的に胸を押さえつけることで抑えて涙さえも堪える。
「……そうだな。俺じゃお前の魅力には釣り合わない。お前はお前自身が思っているよりかなり魅力的だ」
「逆ですよ……それに、そういうことじゃないんです!私は!……なんで……なんで、私と関わったんですか……!?あなたが私に関わらなければ、こんな辛い思いはしなくてよかったんです……!」
「……辛さを知り人は強くなる。その辛さもいつかは大事なものと……」
カゲツはいつもの口調でそう言った。
「ふざけないでください!私は……本気で話してるんですよ……?」
「……本気……か。お前はさ、前に俺に聞いたよな?魔法が使えるかって。その時俺はこういったよな?使わないだけって。でも、本当は違う。実は、ただ俺が怖くて使えなかっただけだ。そうならないとわかっていても、ふとした時に思い出してしまう」
「どういう……っ!?」
フィロウが何かを言おうとした時、カゲツが何かを持っていることに気がついた。
「なん……ですか?それは……」
「ちょっと特殊な月火だよ。普通のやつと違って月の魔力が濃くないと火はつかない」
「何でそんなもの……?」
「俺は、お前が思っているほど良い奴じゃない。ただ、ずっと、ずっと、ずっと誰かと一緒にいたかった。ただそれだけなんだ。一緒にいたかった相手がリィラだっただけで、もしかしたらお前だった可能性だってある」
カゲツは真面目なトーンでそう言った。
「俺はさ、自分のことが傲慢だと思ってるんだよ。誰かと一緒にいたいからペルソナという仮面を被る。そして、仮面を被って自分を見せて、人と話してるんだ。お前が話している俺も仮面を被った俺だ。本当の俺じゃない。そんな奴がお前を泣かせてしまっている。おこがましいと思うだろ?」
カゲツの言葉を聞いたフィロウは何も言えなくなった。まるで、世界の全てを悟ったようなその顔つきに言い返す言葉が全て奪われる。しかし、それでもフィロウは言った。
「……でも……私は……そんなあなたも《・》好きなんです!たとえ仮面を被っていようとも、仮面を外した姿がどんなに醜くても、私はあなたが好きなんです!」
「……ありがとう……。でも、俺はやっぱりリィラが好きなんだ。だから、お前のことは特別に思ってやること後出来ない」
「それでも!私は……」
「1つ、言っておくことがある。俺はお前のことを好きだと思っている。大切だと思っている。でも、特別な存在では無いんだ」
「っ!?……それなら、0から始まる恋があってもいいじゃないですか……!私はあなたの事を0から好きになった!だから、カゲツさんも……っ!?」
フィロウがそう言い出した時あることに気がついた。なんと、カゲツが持っていた月火が光を放っていたのだ。
「それって……」
「……あ、もうそんな時間か……。さっき、俺は仮面を被っているって言っただろ?」
カゲツはそう聞いた。その言葉にフィロウはこくりと頷く。
「お前は俺に真実を伝えてくれた。それにもかかわらず俺はまだ嘘をついている。そんなのはおかしいしおこがましいからな……。まだリィラにも見せたことがない。俺の本当の姿を見せるよ」
カゲツはそう言って光を手のひらに集めだした。すると、その光は手のひらの上に仮面を作り出す。その仮面は、顔全体を覆う訳ではなく、目を覆い隠すような形をしていた。
(皮肉なものだよな。仮面を脱いで、本当の仮面を被る……)
カゲツはそんなことを考えながら仮面を被った。すると、全身から眩い光が溢れ出す。その光は月の光に似ており、目を開けるのも困難な程だ。
そして、その光が溢れ出すと同時にカゲツが持っていた月火に火がついた。その火は普通とは違っており、黄色く光り輝いている。
「カゲ……ツ……さん!?」
「これが本当の俺だよ。月の力……月の魔力を持っている」
カゲツはそう言って月火を空にあげた。月火は眩い光を放ちながら月へと向かって登っていく。
「お前はこんな俺でも好いてくれるのか?人では無い俺を好きになってくれるのか?」
「……!」
カゲツの言葉にフィロウは口ごもる。そして、泣きそうな目をしながら言った。
「……当たり前ですよ……!私はあなたのことが好きなんです!」
そう言われた瞬間、カゲツの胸がドクンとなった。そして、少しだけ、ほんの少しだけ微笑んで言った。
「リィラに会う前にお前に出会ってたら、多分俺はお前のことを特別だと思ってだろうな」
カゲツはそう言ってフィロウに近づく。仮面を外してゆっくりとフィロウを抱きしめた。そして、小さく、とても小さく『ごめんな』と呟き唇を合わせた。
フィロウはそんなカゲツを全て受け止めるかのように目を瞑る。そして、大粒の涙を流しながら悲しい現実を受け入れる覚悟を決めた。そして、2人は離れると、カゲツは優しく微笑み、フィロウは満足そうな顔をして笑った。
「そう言えばなんですけど、なんでそこまでして仇を討とうとするのですか?本当のことを知ったら尚更そう思いました」
「……まぁ、それは……。呪いだから。俺が俺に課した呪いだから。ただ、それだけだよ」
カゲツはそう言って悲しい目で笑った。
読んでいただきありがとうございます。ちょっとハッピーエンドに傾いてます。