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第2話 ミリフレアの月祭り

 カゲツはゆっくりと後ろから近づいた。その先にはリィラが居る。しかし、リィラはカゲツが近づいていることに気が付かない。カゲツはゆっくりとゆっくりと、足音を立てずに近づいた。


「わ!」


「っ!?」


 カゲツがリィラを後ろからおどかした。すると、リィラは髪の毛を一瞬だけ逆立てて、近くにあった樽の影に隠れる。そして、ブルブルと震えながらチラチラとカゲツの姿を見た。


「そんな怯えなくても……」


「恐怖……」


「ごめんごめん」


「次……殺す」


 リィラはそう言ってカゲツを睨んだ。唐突な殺害予告にカゲツは言葉を失う。そして、一瞬の静寂の後に小さな声でカゲツが言った。


「ごめん」


 カゲツがそう言うと、リィラはゆっくりと物陰からでてきた。そして、ムッとした表情でカゲツのことをずっと見ている。カゲツもそんなリィラを見て笑う。


 2人の間には言葉では言い表せないような雰囲気が流れていた。そして、そんな2人を見ていたミシュリアは少しだけ嫉妬する。そして、モヤモヤする思いを心の奥底に押さえ込み、2人がいる場所に向かった。


「もぅ、何遊んでんの?今日はこの国……ミリフレアで最も重要な日なのよ。仕事しなよ」


 ミシュリアはカゲツの後ろから腕を組みながら声をかけた。カゲツはその言葉を聞いて振り返る。


「仕方ないだろ。仕事するのめんどくさいんだもん」


「そんなの誰でも同じよ」


 ミシュリアは呆れたように言った。そして、ビシッとカゲツを指さして言った。


「そんな調子だと、ダメ人間になるよ!」


 その言葉にカゲツは何も言えなくなる。そして、リィラはミシュリアに向かって拍手をしていた。


「同感」


 どうやら同じことを考えていたらしい。


「こういうのはキッパリと伝えなきゃダメなのよ」


 ミシュリアは誇ったようにそう言った。そして、カゲツの姿を見る。カゲツは少ししょんぼりとしながらもゆっくりと立ち上がり仕事を始めた。


 それから小一時間経過した。街にいた人達も祭りの準備を終えて屋台やら何やらを楽しんでいる。そして、カゲツも仕事を終えていた。カゲツが行っていた仕事は広場の真ん中に塔を立てることだった。ここのてっぺんに月に向かって捧げるものを置くらしい。


「全く……やれやれだよ」


 カゲツの言葉にリィラは頷いた。そして、2人はゆっくりと街中を歩き回る。


「あ!いたいた!探したよ〜」


 唐突にそんな声が聞こえた。声を聞いた感じかなり遠くにいるみたいだった。2人はゆっくりと振り返る。すると、少し離れた位置で手を振っている女性がいることに気がついた。


「ミシュリアか。何してんだ?」


「手」


「振り返すのか?」


 2人はそんな会話をして手を振り返した。すると、ミシュリアが2人に向かって走ってきているのが見える。2人はそんなミシュリアを見て立ち止まった。


「ちょっ!何で止まってくれないの!?」


 ミシュリアはカゲツ立ちに追いつくなりそんなことを言った。かなり息を切らしているみたいだ。


「いや、手を振ってたから振り返して欲しいのかなって思ったんだよ」


「止まって欲しいに決まってるじゃん!」


 ミシュリアがカゲツにツッコミを入れた。そして、息を整えて言う。


「2人ともどこに行こうとしてたの?」


「別にこれといって目的地はないよ。とりあえずブラブラしようかなって思っただけ」


「同意」


 2人はそう言った。ミシュリアはその言葉を聞いて頷き納得した。


「一緒ついて行って良い?」


「許可」


「いいよ」


 ミシュリアの提案を2人は何も文句を言うことなく了承する。


「ありがとう!」


 ミシュリアは嬉しそうにそういった。そして、3人で街をぶらぶらと歩き回り始めた。


 街の広場に行かずとも、この日はそこら中に屋台が出ている。しかも、街から出てもまだ屋台は続いているようだ。


 元々カゲツたちが住んでいる国が小さいためなのか、この国で行われる祭り……いわゆる『月祭り』はとにかく盛大に行われる。この国全土で同時期に行われるだけあってその規模は世界一だろう。だから、この日だけはこの国にやってくる客や冒険者が3倍以上に増えるらしい。


 カゲツはそんな大量の屋台を見回っていた。なにか美味しそうな食べ物でもあれば買うつもりなのだろうが、人が大量に並んでいるせいか並ぶ気が起きない。


「人多すぎ。俺こういうとこ苦手なんだわ」


 カゲツはそう言った。すると、リィラとミシュリアが軽蔑したような表情を見せてきて言った。


「虚偽?」


「嘘でしょ?」


「え?なんでそんな顔するの?」


「そう言えば去年も言ってた気がするけど、あなた祭りに向いてないわよ」


「同意。帰省。推奨」


 2人は流れるようにそんなことを言ってくる。


「なんで帰ることをおすすめされなきゃならんのだ。てか、人が多いとこが苦手なんだから仕方ないだろ?」


「仕方なく無いわよ。こういうのになれておきなさいよ」


 ミシュリアはカゲツに向かってそう言う。リィラもその言葉にウンウンと頷いた。


「仕方ねぇな。特別に慣れておいてやるよ」


「なんで上からなのよ」


「傲慢」


 二人そろってカゲツをいじめる。カゲツは少しだけ肩身を狭くさせながらも、平静を装った。


「あ……」


 唐突にリィラが止まった。そして、屋台を凝視している。その屋台とは射的だった。


「射的がしたいのか?」


「否定。欲望」


 リィラはそう言って指を指す。その指の先には星の形をした宝石が埋め込まれた指輪があった。


「なんで屋台で高価なものが景品になってんだよ」


 カゲツはそんなことを言いながらその屋台に近づく。


「いらっしゃい。やるのか?」


「やるよ。指輪欲しいしね」


「やっぱりあんたも指輪狙いか。さっきから何十人も指輪を狙いに来てるんだよ。誰にあげるかは聞かないで置いてやるよ」


 屋台を経営するおじさんは怪しげな顔で笑いながらそう言った。カゲツはニヤリと笑って銃を構える。


「フフフ……どうやら俺の中にある黒い魂が疼いているようだ……」


 カゲツはそんなことを言いながら撃った。そして、放たれた弾丸はまっすぐ指輪の少し右を通り抜けていく。


「……あんちゃん。下手だね」


「いや待て、これ曲がってるんじゃないのか?」


「手入れはしてるよ!」


 2人はそんな会話をする。そして、再びカゲツが構えた。そして、直ぐに撃つ。すると、今度は当たったが、少し動いただけだった。


「完全落下で景品ゲットだよ」


「重しとか置いてないよな?」


「してないよ!こんな神聖な日にそんなこと出来ないよ」


「だよなぁ。てかなんでこんなもん置いてんだよ」


「それは俺にもわからん。じっさまの時代から置いてあるらしいからな。話によると、客がこの指輪を選ぶんじゃなくて、指輪が客を選ぶとか言ってたな。俺にもよく分からん」


 屋台のおじさんはそんなことを言った。カゲツにもその真意は分からなかった。しかし、この指輪が客を選ぶということは、既にカゲツは選別の対象となっていることが分かる。


「……」


 カゲツは目を閉じて集中した。そして、まぶたの裏に写り込む暗闇に仮想空間を作り出す。そこでカゲツはコースを予測し、目を閉じたまま撃った。


 弾丸はまっすぐ指輪に向かって飛んでいく。どこかで起動が変わることは無い。真っ直ぐと飛んでいき、そして指輪に当たった。


 その時、先程まで始動打にしなかった指輪がついに動いた。そして、グラグラと揺れて下のマットの上に落ちる。


「っ!?まさか!100年も前から置いてるらしいが、初めて景品を取った人を見たよ」


「どうやら認められたらしいな」


「そうみたいだな。で、どっちにあげるんだ?」


 屋台のおじさんはそんなことを聞いてくる。


「……じっくり考えるよ。多分、今日は大切な日になるから」


 カゲツはそう言って屋台を離れると、待ってもらっていたリィラとミシュリアの元まで向かった。


「待たせたな。景品の事なんだけどさ……」


「あの!突然なんだけどさ、今日の夜冒険者ギルドの近くの時計塔の上まで来てくれない?」


 唐突にミシュリアがそんなことを言ってきた。


「1人で来て欲しい」


 ミシュリアは真っ直ぐな目でカゲツを見て言った。カゲツはそんなミシュリアを見てすぐに答える。リィラのことを一切見ることなく伝える。


「良いよ。何時くらいに行けばいい?」


「夜の20時に来て欲しい」


「分かった」


 カゲツはそう言って頷いた。すると、ミシュリアは少しだけ嬉しそうな顔をして振り返ると、どこかに向かって走り出した。


「……」


「嫉妬」


「悪いね。1人にさせるけど大丈夫?」


「問題」


「そこをなんとかさ、ちょっとの間だから我慢してくんろ」


 カゲツはそう言って上着の内ポケットに手を入れた。そこには先程手に入れた指輪がケースに入った状態である。


「覚悟が決まったんだな」


 カゲツはそう呟いて歩き出した。


「ま、時間まで遊ぼうぜ」


 カゲツはそう言ってリィラに手を差し出す。リィラはそれを見て迷うことなく手を握ると、楽しそうに歩き出した。


「印」


「俺にマーキングしておきたいのか?」


 カゲツがそう聞くとこくりと頷く。カゲツは呆れて何も言えなくなった。


「犬かよ」


「激怒」


 カゲツの言葉にリィラは怒る。両頬をふくらませてぷいっとそっぽを向いた。


「え?そんなに怒るの?ごめん」


 カゲツがそういうも、全く許してくれる様子は無い。めちゃくちゃ怒っている様子だ。カゲツはそんなリィラを見て少し考えると、たまたまポケットの中に入っていた飴玉を取りだした。


「これあげるよ」


「……許可」


 リィラはそう言って飴玉を奪い取り舐め始めた。そかて、満足そうな笑みを浮かべてガリガリと噛み砕いている。


「……歯が砕けないのか?」


「疑問」


「いや、なんでもない」


 カゲツは幸せそうに飴玉を噛み砕くリィラを見て何も言わなかった。そして、こんな会話を2人はずっと続けながら祭りを楽しんだ。そして、気がつけば時刻は19時となっている。


「んじゃ、そろそろ行くわ」


「許可」


「寂しくても泣くなよ」


 カゲツはニヤニヤと笑いながらそう言い残して時計塔に向かった。その道中カゲツは色々なことを考える。夜にもかかわらず煌々と当たりを照らす屋台の照明に照らされながら答えを考える。


「ま、初めから決まってんだけどな」


 カゲツはそう言って時計塔の前まで来ると、ゆっくりと登り始めた。


 ━━ちょうど20時になった頃だろうか。時計塔が時報を鳴らす。ゴーンという音が数回なった。


 ミシュリアはその時報がなった時、あることに気がついた。そして、振り返ることなく言った。


「来てくれたのね。ありがとう。別に、わざわざこの時間に合わせなくて良かったのよ」


「いやちょっとね。道に迷っまちゃってさ。30分くらい迷ってたんだよ」


「何それ?迷うって、一本道だったでしょ?」


 ミシュリアは少し可笑しそうに笑いながらそう言った。


「人生の道にだよ。覚悟を決める時が来たからさ」


 その言葉を聞いた時、ミシュリアは少しだけ胸がドキドキした。鼓動が早くなっているのが直接耳に聞こえるくらいドキドキした。そして、そのドキドキを抑え込むように胸に手を当てた。


「そう……それで、答えは決まったの?」


「うん。俺の答えは一つだけ」


 カゲツはそう言って少しだけ暗い声で言った。


「ごめんな」


 その刹那、ミシュリアの両目からボロボロと涙がこぼれ落ち始める。


「……」


 そして、ミシュリアは言葉が出なくなった。


「お前が俺のことを好いてくれてたのは知ってたよ。気づいたのは2年前だけどね」


「そう……なの。それで?私は好きじゃなかった?」


 ミシュリアは悲しげな声でそう言った。声が震えており、泣くのを我慢してるのがよく分かる。


「好きじゃないと言えば嘘になる。正直なところ、好きだよ。今もね。でも、それは大切な存在として好きなだけだ。俺の中で特別な存在では無い」


 カゲツはキッパリとそう言い切る。


「……どうしてなの!?私の何が足りないの!?何がいけないの!?私はずっと頑張ってきた!好かれようと努力してきた!不満があるなら直ぐに変える!嫌いなものは全部消す!だから私を選んでよ!」


 ミシュリアは心の底からそう叫んだ。その言葉を聞いたカゲツは表情を変えることなく言った。


「それを変えてしまえば、お前はお前じゃなくなる。それでもいいのか?」


「っ!?だって……!私……私……!」


「一つだけ……お前に足りないものがある」


 カゲツは少しだけ俯いて言った。


「お前はリィラじゃない。お前はミシュリアだ。だから、特別な存在にはなれない」


 カゲツがそう言った時の顔は見えなかった。髪の毛が目を覆い隠しているし、月明かりによって出来た影のせいで口元しか見えない。でも、少なくとも口元は笑っていなかった。それだけで真剣なのだとわかる。


「うぅ……!」


 ミシュリアは大粒の涙を流した。そして、両手で両目を覆い隠す。大量に出てくる涙が溢れないように。


 しかし、それでも涙はあふれでてくる。滝のように溢れる涙は止められない。


「……ひっぐ……最後に……なんで……リィラにこだわるの……?」


「昔から好きだったから。でも、あの事件が起きた時、アイツは変わった。強大な絶望に心が押しつぶされて、あんなふうになってしまった。だから、言っておけばよかったなって思ったんだ。あんなことが起こる前に、好きだと伝えておけば、未来は変わったんじゃないかって。そう、思えるんだ。だからこそ、俺はお前を特別視出来ない。お前が初めて俺らに声をかけてくれた時、俺は嬉しかった。きっとリィラも嬉しかったはず。でも、やっぱりリィラが好きなんだよ。それに、好きになるのに理由はいらないだろ?」


 カゲツはそう言った。その時、初めてカゲツの顔が見えた。カゲツはその時少しだけ、ほんの少しだけ微笑んでいた。優しい顔で、優しく包み込むように見てくれていた。それだけでミシュリアは満足する。


「もぅ……そんな顔されたら許すしかないじゃん」


 ミシュリアはそう言って笑った。大粒の涙を流しながら、楽しそうに笑った。カゲツはその時のミシュリアがすごく可愛く見えた。魅力的に見えた。そして、”大切な存在”として守りたいと思えた。


「あとさ、なんでそこまで敵討ちしようとするの?前にも聞いたけど、忘れてしまえばいいのに……」


呪い(ギアス)だから。それが……俺が俺自身に課した呪い(ギアス)だから。たったそれだけの理由だよ」


 カゲツはそう言って振り返った。すると、街の真ん中に人が集まっているのが分かる。そして、唐突に大きな音が鳴った。空には綺麗な炎の花が咲く。


「花火か。綺麗だな」


「ほんとだね。でも、こんな気持ちじゃなかったらもっと楽しかったのに」


 ミシュリアは皮肉めいたことを言ってくる。


「ごめんって。あ、ほら、あそこにリィラが座ってる」


「なんか泣いてるわよ。早く行ってあげなよ」


「そうするか。一緒行こうぜ」


 カゲツはそう言って手を差し出す。ミシュリアは少しだけ驚いたような表情を見せて断った。


「良いわ。2人で楽しみなさいよ」


「ダメだろ。それじゃ」


 カゲツはそう言ってミシュリアの手を掴むと時計塔の上から飛び降りた。そして、万遍の笑みを浮かべて空を滑空する。


 星が浮かぶ夜空に2人の人影が重なった。それは、月明かりに照らされて幻想的な空間を作り出す。更に、2人の背景で巨大な花火が花を咲かせていた。そして、光の海の中を滑空して降りてくる姿はまるで天使のようだった。


「よっと。お待たせ。リィラ」


 カゲツはそう言ってリィラに手を伸ばす。リィラは少しだけムッとしていたが、直ぐに笑顔になって手を握った。そして、3人は空に花が咲く夜に月明かりとともに祭りを楽しんだ。

読んでいただきありがとうございます。ハッピーエンドに近づいてます。

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