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第1話 始まりの日

「……あの日からもう10年が経過したのか」


 彼はカレンダーを見ながらそう呟いた。そして時計を見る。時計の針はもう7時を指していた。


「朝……か。日の光が眩しいな」


 彼はそう言って窓の外を眺める。カーテンは既に開けられている。そこから日の光が差し込んでいた。


 今の季節は春だ。少し前の季節ならおそらく日は差し込まなかっただろう。暗い夜のとばりがおろされたままなはずだ。彼は窓の外を見て季節の移り変わりを見て時の流れの恐ろしさをなんとなく感じる。


「……さて、そろそろ着替えるか」


 彼がそう言ってパジャマを脱ぎ始め、上半身が裸になったとき唐突に部屋の扉が開かれた。そして、女性が勢いよく入ってくる。


「準備できた⁉って、なんで服着てないの⁉」


 女性はそう言って扉を勢いよく閉める。


「ノックくらいしろといつも言ってるだろ」


 彼は冷静にそう言う。そして、ゆっくりと服を着替える。


「ね、ねぇ、もう着た?入っていい?」


 女性のその言葉に彼は何も答えない。そのせいなのか、女性は扉をドンドンと強く叩き始めてしまった。それでも彼は動じなかった。何も言わずにゆっくりと着替える。


 彼が着替え終わるころには扉をたたく音はやんでいた。代わりに扉に寄りかかっていたのだ。扉についている小さな窓からそれが見えた。彼はそんな女性を見てため息を一つつくと勢いよく扉を開いた。


「え⁉」


 驚いた声と同時に女性が倒れるように部屋に入ってくる。


「痛っ!」


 女性はそう言って地面にばたりと倒れこんだ。


「で、何しに来たの?」


「何って……、今日が何の日か忘れたの?」


 女性は不思議そうな顔で聞いてくる。


「……さぁね。覚えているかもしれないし、覚えてないかもしれない。人の記憶というのは時として奇怪なものとなるんだよ」


「何言ってんの?」


「要は覚えているときもあればない時もあるってこと。それに、忘れていい記憶と忘れてはいけない記憶は分けてある。俺には忘れちゃいけないことが四つだけあるってだけだ」


 彼はそう言った。その言葉を聞いた女性は暗い顔をする。


「それはさ、忘れてしまって気楽に生きるとかできないの?」


「出来ない。これはもう俺一人の問題じゃないんだ」


「じゃあ……旅も?」


「するよ。どうせこの季節になったら帰ってくる」


「……」


 その言葉を聞いた女性は顔を暗くした。彼はそんな女性の顔を見て少し考える。だが、決めたことを曲げはしなかった。


「もしかして、いつも世界を回ってるの?」


 女性は不安げに聞いてくる。


「うん。そうだよ」


 彼はそう言った。その言葉を聞いた女性は驚き声も出ない様子だ。


 この世界では月というものは尊き存在として見られている。そのため世界各地で年に一度だけ祭りが行われるのだ。それも、月の魔力が一番濃い時期に。


 しかし、その時期というのは世界で全て同じ時期という訳では無い。国や地域によって時期は違う。今彼が住んでいる国ではこの時期にやると言うだけだ。


 それに、彼が住んでいる国はかなり珍しい。この世界では1年は600日で15ヶ月という共通の認識がある。そして、この惑星……月下星げっかせいと言うのは自転する月の周りを公転している。さらに、その周りを太陽が公転している。と言った感じになっているのだ。


 このことと、場所がちょうどいいためなのか、彼が住んでいる国では四季が存在する。ある季節に咲く花が他の季節で咲くことはないし、それによってこの国では自然環境を管理してきた。


「とりあえず!この国でこの祭りに参加するなら準備を手伝ってね!」


 女性はそう言った。そして、手招きをしながら外に出ていこうとする。彼は頷くと女性の後を追って部屋を出ようとした。


「あ、まって、ちょっと寄っていくとこあるわ。先行ってて」


 彼はそう言って部屋から出るなり女性が向かう方向とは別方向に向けて歩き出した。


「え?あ、うん……わかった……」


 女性は口をポカーンと開けて彼を見送った。


 彼はある部屋に向かっていた。その部屋とは、彼にとってこの世で最も大切だと言っても過言ではない人物がいる部屋だ。彼はその部屋の扉の前に立って扉を軽くノックした。


「俺だ」


 彼はそう言って中にいる人の反応を聞く。


「ん……許可……」


 中から眠たげな声が聞こえてきた。彼はゆっくりと扉を開き、中を見る。


「……」


 彼は中を見るなり言葉を失った。中はまだ真っ暗だったのだ。かすかに雷の魔力を帯びた置物が光を放っているだけで、ほとんど部屋の中を見ることはできない。それに加えて、部屋の中はかなりぐちゃぐちゃだった。部屋の中で竜巻でも作り出したのかと思えるほどにぐちゃぐちゃだった。


「ほら、起きるよ」


 彼はそう言ってカーテンを開けた。すると、日の光が部屋の中に差し込んでくる。


「ん……眩暈……」


 そう言って中にいる人は目を両手で覆い隠す。そして、日の光に照らされ姿がはっきりと分かった。そこにいたのは女の子だった。身長は152センチ、体重はひみちゅ♡、見るからに無口そうな女の子だった。髪の毛は青をベースにところどころ黄色が混じっている。服は……。


「おはよう」


 女の子がそう言った。


「おはよ」


 彼もそういう。そして、てきぱきと服を用意して部屋を片付け始めた。


「疑問……何用?」


 眠たげな声で女の子は聞いた。


「なんだよ。用がなかったら来ちゃいかんのか?」


「うん」


 女の子は迷うことなくそういった。


「……」


 彼は無言になる。そして、少しだけ笑って女の子を見た。


 女の子の名前はリィラ・ユーリェ。例の大事件の被害者だ。かくいう彼も被害者の一人……いや、生き残りと言ったほうが良いのかもしれない。


 例の事件で彼が住んでいた村は壊滅した。そして、村人は皆殺しにされた。唯一、彼らを残して。あの日のことを彼は忘れていない。それに、他の人もリィラを除いて忘れていない。


 あの事件でリィラの両親は殺された。そして、彼らは共に孤独ひとりとなった。しかも、月の魔物が振りまいた魔力のせいでその村には魔物がよってきたのだ。しかも、上級の冒険者でもなければ倒せないような魔物が。


 その魔物たちは死体を食い尽くした。そして、生きているのに動けないものすらも食い尽くした。食って食って食いまくって、ついに彼らの元まで来たのだ。その時彼は剣を握りしめていた。血まみれの両手で、骨も折れているかもしれないというようなその手で剣を握りしめていた。


 そして、彼は戦ったのだった。助けが来るまで戦い抜いた。三日三晩休むことなく魔物を駆逐し尽くした時、初めて彼らの元に助けが来た。それが今彼らがいる街の冒険者だ。その時の冒険者は彼の姿を見てこう言ったという。


月鬼げっき』と。


 リィラを守る為だけに戦い抜いた彼は両目から血の涙を流し、剣を杖代わりに立っていたという。そして、両目に憎悪の炎を宿らせながらまっすぐ冒険者達を睨んでいたとか。


 それからというもの、彼はリィラのことをずっと守り続けているのだ。いわば、リィラ専属の守人もりびとだ。しかし、彼自身はそうは思っていない。義務や命令でリィラを守っている訳では無いのだ。


 彼はそのことをリィラには伝えず、バレないようにしていた。そして、リィラに過去の苦痛を思い出させないように過ごしてきた。


「……疑問。用事。何?」


「……用事?そうだね……」


「月?再来」


「っ!?」


 その言葉に彼はドキリとする。そして、驚いた表情を悟られないようにして言った。


「どういうこと?」


「祭日。準備」


 リィラはそう言った。彼はその言葉に少しほっとする。そして、にっこりと笑うと言った。


「はぁ、なんだよ。バレてたのかよ。ま、そういうことだ。毎年恒例の手伝いをやらされるわけだ」


 彼がそう言ってため息を着くと、リィラもため息を着く。そして、ゆっくりと立ち上がって、彼が用意した服にゆっくりと着替え始めた。


「……」


 リィラは無言で着替える。彼も無言でその部屋にいる。しかし、彼はリィラの姿を見ようとはしない。


「要求。見て」


「どした?って……」


 彼がそう言ってリィラを見た時、そこには裸のリィラが両手を広げてオープンスタイルで立っていた。


「何?」


「理解不能」


「なるほどね」


 彼はそう言って服をリィラに着せてあげる。彼は知っているのだ。リィラが着替えている時に要求することは2、3個しかないことを。


「そう言えばだけどさ、リィラはなんで朝ごはん食べないの?」


「愚問」


「そういえば前に言ってたな。俺が食べないから食べないんだったっけ?」


 彼がそう聞くとリィラはブンブンと首を縦に振る。


「……」


 彼が真顔で準備をしていると、リィラが着替え終えたのか、彼の服の裾を引っ張る。


「行く。早く」


 そう言って部屋から飛び出して行った。


「おいおい。ま、いっか。とりあえず楽しそうでよかったよ」


 彼はそう言って微笑むと、リィラを追いかけた。


「それで、満足した?」


 唐突に横から声をかけられた。そこに居たのはさっきの女性だ。


「満足って?」


「しらばっくれないで。もう分かってるんだよ」


「ほぅ、わかってるってか。で?それは脅しのつもりか?」


「……別に、そういうつもりじゃないよ……。このわからず屋!」


 彼はそう言って顔面をめり込むくらい殴られた。そして、そのまま地面に殴り倒される。


「??????」


 彼の頭の上には大量のはてなマークが浮遊していた。そして、めり込んだ顔を元に戻さずに言う。


「なんかごめん」


 すると、女性は言った。


「許さないよ!でも、私の名前を言えたら許しちゃうかも♡」


「名前って……俺を誰だと思っている?」


 彼は顔を一気に元に戻してそう聞いた。しかも、めちゃくちゃカッコつけている。


「……いや、ごめんってば」


 さすがに女性のその眼力に負けて謝る道を選んだ。


「それで、分からないの?」


「なわけ。ミシュリア・フェルクス。それがお前の名前だ。俺の数少ない話が通じる相手なんだ。忘れるわけないだろ」


「なーんだ。覚えてたんだ。頭いい」


「いや、これに関しては頭いいとかじゃないだろ。少なくとも、俺は興味が無いやつは名前も顔も覚えない。覚えているということは、少なからず俺はお前に興味があるということだ」


「何それ?キモ。もっとマシな言い方してよ」


「辛辣だなぁ。ま、いっか」


 彼はそう言って気楽そうな顔を見せた。


「とりあえずさ、行こうぜ。皆準備してんだろ?」


 彼はそう言って手をヒラヒラとさせてリィラの元まで向かっていき始める。そんな彼をミシュリアは見つめ続けた。そして、少しだけ悲しそうな顔をした。


 しかし、彼がそれに気がつくことは無かった。いや、もしかしたら気がついているのかもしれないが、それを表情や声に出すことは無いし、振り返って見ることもなかった。


「前だけ見てる……のよね」


 ミシュリアは小さく誰にも聞こえないように呟く。そして、ゆっくりと壁に寄りかかった。


「あーあ、なんで私じゃないんだろ?」


 そんなことを呟く。そして、悲しげな目で彼を見つめた。


「でも、チャンスは今日の夜。毎年この日を楽しみにしてたのよ。結果はどうであれ思い伝えるわ」


 そう呟いた。


(それに……私は新参者かもしれないけど、思いは負けてないと思う。何も思われてないかもだけど、ゼロから始まる恋だってあるんだから)


 ミシュリアはそんなことを考えた。


(それに……あの日……ちょうど3年前だったはず。私は彼の噂を聞いて胸がキュンとした。愛する人のために三日三晩戦い抜くなんてロマンチックだわ)


 ミシュリアはそんなことを思いながら両頬に手を当てて蕩けた顔をする。そして、頬を赤らめて頭の上にハートを浮かべた。


「……でも、凄いよなぁ。三日三晩戦い抜くなんて……。この街の冒険者でさえもそんなことは出来ないわ。凄いよ。本当に。確か、10年前にこの街に来た時皆は全く信じてなかったのよね。たまたま生き残っただとか、逃げてただけだとか、罵ってばっかで……でも、あの時1人で超級クエスト……いわゆるSランククエストをクリアした時、私はすっごく胸がドキドキしたの。認められたって気がして」


 ミシュリアは小さくそう呟く。そして、彼の背中を見つめて小さく更に呟く。


「基本は戦わない。でも、守る時はあらゆる魔物を駆逐する”地獄人じごくびと”……ね。凄いわ」


 ミシュリアはそう言った。


 地獄人……それは、彼に付けられた名前だ。一見するとただの好青年。強そうには見えない。しかし、怒らせれば誰であっても容赦はしない。


 そのことを考慮しつけられた名前が地獄人だったのだ。ただ、彼はそれを知らない。なんせ、他の皆は彼のことを月鬼と呼ぶから。彼はリィラを守ることとなれば命をも差し出す。全てを捨ててもリィラを守ることは忘れない。終焉を呼び込む地獄人……それが彼という……カゲツ・シュリェという名を男なのだ。

かなり長いですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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