第9話 帰ろう
その時、カゲツの心は強い思いでいっぱいになった。これまでの少しでも存在した弱い心が全て消え去る。そして、ある場所に行くことを決意する。
「……ぷはぁ……」
ミラは唇を話すとそう言って呼吸をした。そして、カゲツの顔をボーッと見る。カゲツはそんなミラを見て少しだけ笑った。
「……俺はもう行くよ。行かなきゃならない場所が出来た」
「うん」
「ミラはどうする?全てが終わったら、俺に着いてくるか?」
「……まだ、考えたい」
「そうか。全部が終わったらまた来るよ。その時に聞く」
「んっ。……居なくなったりしないよね?」
「それは……アイツしだいだな」
「それはダメ」
「えぇ〜、でもなぁ〜、ま、出来るだけ頑張ってみるよ。ただ、一つだけ言えることは……俺は死ぬつもりは無いし、必ず迎えに来る。リィラと二人でな」
カゲツはそう言って笑った。自信に満ち溢れた顔で笑った。
そして、カゲツは振り返りある一点を見つめる。そして、そこに向かって歩き始めた。
━━……それから何分経過しただろうか。それはもう分からない。ただ、かなりの道のりを歩いてきたことだけは分かる。
カゲツは目の前にある建物を見上げた。あまりにも高いその建物は、登るだけでも一苦労しそうなものだった。カゲツはその建物の中になんの迷いも無く入っていく。
「……」
中に入ると直ぐに広間が見えた。そこは、かなり広く、床には謎の模様が描かれている。さらに、広間の壁には禍々しい雰囲気のオブジェクトが置かれており、まるで監視するかのようにカゲツを見ていた。
「やっぱりここは嫌だねぇ」
カゲツはそんなことを呟きながらある場所に向かう。そこは、棒が1本だけ立てられた謎の空間だ。他には何も無く、何か出来るような場所でもない。
カゲツはそこにある謎の棒の前に立った。そして、その棒を完全に床の中に押し込む。すると、床に謎の文様が描かれた。その文様は眩い光を放ち、歯車を動かすような音を立てる。
「……ここも変えてねぇのかよ。趣味悪ぃんだよなぁ」
カゲツはそう言って文様の中心に立ち足で3回ほど床を叩いた。すると、カゲツが立っていた地面が浮き上がり、上へと上がっていく。
「……」
カゲツはただ無言で立ち尽くしていた。まるで、こうなることを初めから知っていたかのような顔をして……いや、知っていたのだ。だからこそ余裕の表情を浮かべ、集中するようにただそこに立ちつくした。
そして、直ぐにその浮き上がった地面は最上階に着く。特に何か問題が起こることなく目的地に到着した。カゲツはその事に少しだけ安堵する。
「はぁ……、あのクソ野郎と会わなきゃならんって考えると、グーパンがロケットになって飛んでいきそうだなぁ」
とかいう冗談を言いながら大きな道を歩く。因みに、大きな道というのはそう言うしかないからそう言っているのだ。変な模様が書かれている以外にこれといってなにか特徴的なものは無い。ただ1つ、趣味が悪い模様の中に、そこだけ特別に守られているかのように描かれる、ちょっと違った絵があるくらいだ。
「……まだこれが……ま、なんかあるんだろうな」
カゲツはそう言って道の先にある扉に手をかけた。その扉はとてもでかく、簡単には開けられそうにない。
「重たっ……!馬鹿じゃねぇの」
カゲツはそう言って無理やり扉をこじ開ける。そして、その先を見つめた。
「……遅かったね」
中からそんな声をかけられる。
「……道に迷ったからね」
「本当か?俺からすれば、ただの一本道だ」
「物理的じゃないよ今回は。人生という大きな道に迷ってたんだ」
カゲツはそう言って悲しげな目でそこにいる男を見る。そして、その先にいた両手足を切断され、両目にタオルが巻かれた女の子を見る。
「そうか……。お前はいつも遅い。誰かを助けるのも、何かを決めるのも、いつも遅い。だからこうして守れるものも守れなくなる」
男はカゲツにそう言った。カゲツはゆっくりとその男がいる場所に近づきながら言葉を返す。
「そうかもしれない。だけと、俺は守るべきものは確実に守る男だ。知ってるだろ?なぁ、ブライ」
「……」
ブライと呼ばれた男はそう言われて言葉を失う。しかし、直ぐに気を取り直し言った。
「だったら……この世界もお前は守るべきだった」
「っ!?」
唐突にそんなことを言われたカゲツは驚き戸惑ってしまう。見ると、何故かさっきと雰囲気が違っていた。
「何でもいいさ。全ては終わったことだ。俺はこの世界を再構築ために月下星の人間を喰らった。この意味がわかるか?」
ブライはそう言う。その時のブライは既に元に戻っている。
「喰らう……まさか!?お前!リィラを……!」
「そうだ。俺はあの女を喰らった。両目も移植した。全てを作りかえるために。今の俺の中にはあの女が体験した記憶が存在する。お前と共に体験した記憶がな。あとは、あの女の脳と心臓を喰らうだけ。それで全て完成する」
「仮初の記憶で世界が変わると思ってるのか!?」
「あぁ、変わるさ。何事もそうだろ?間違えた記憶があるなら新しいので上書きすればいい。自分で体験しなくともな。人が体験したものを奪って、上書きしていく。そうすれば、俺は死体をまたぐだけで良い。わざわざ険しい道など通る必要も無い。既に誰かが開拓した、楽な道のりを進んでいくだけだ」
ブライはそういった。カゲツはその言葉を聞いて怒りを抑えられなくなる。
「そんなんで世界は変わらない!少なくとも、お前が王なのであれば、人の死体をまたぐようなことは絶対にしない!王は人を導くものだ!わざわざ険しい道を進み、開拓していくのが王だろ!」
カゲツはそう言った。
「……戯言だ。口で言うのは楽なことでも、出来ないことの方が多い。お前もわかるだろ?だから俺は世界を上書きすることに決めた」
「だが、世界全体を上書きなど出来るはずもない!」
「出来るさ。ネットワークを使えばね」
「っ!?」
カゲツはその言葉を聞いて目を見開き驚く。
「知ってるだろ?この世界にはいくつもネットワークが存在する。2つのものを融合する『融合ネットワーク』、同調させる『シンクロネットワーク』、重ね合わせる『オーバーレイネットワーク』、繋がる『リンクネットワーク』、これらがこの世界に存在する。知ってるだろ?」
ブライはそう言った。
「だけど、強力なものや強大なものはネットワークが耐えきれない。ましてや、世界を繋げるネットワークは存在しない」
「それは違うな。したことが無いだけだ。だが、今の俺は全ての準備を整えてある。俺の体には月下星の力が流れ込んでいる。あとは、お前を喰らうだけだ」
「俺を?何故だ?」
「お前は俺たち月人の中でも特別だった。だから、特別な力を奪い取って俺は強くなる」
「それも戯言だ。所詮は人。強大な力は持ってない」
「違うな。お前だからだ。俺が使えば違う」
カゲツはその言葉を聞いて黙り込んでしまう。そして、真っ直ぐブライを見つめた。
「もう話は良いだろ?今すぐ楽にしてやる」
ブライはそう言って背中の剣を抜いた。カゲツは無言でブライを睨み返すだけだ。
「俺を殺すつもりか?」
「あぁ」
「出来るのか?」
「あぁ、出来るさ。覚えてるだろ?」
「……」
その言葉を聞いた時カゲツはあることを思い出す。頭の中を凄まじい速さで思い出が駆け巡っていく。
「出来ないさ。だって俺は強いから」
カゲツはそう言って両手のひらをパンっと合わせた。それと同時にブライがカゲツに向かって突撃してくる。カゲツはそれを軽く躱した。
しかし、ブライはさらに連続攻撃を仕掛けてくる。右から左、左から右に連続で斬撃が襲いかかる。しかし、それも当たらない。
「お前じゃ俺は殺せない。何があってもな」
「それは分からない。俺はお前を殺す」
2人の思いは平行線だ。永遠に同じことを言って戦闘を続ける。そして、2人の戦いはさらに激しくなった。躱しているのが不思議なほどの量の斬撃がカゲツを襲う。しかし、それすら躱してしまう。
「……」
「……」
「……」
2人は無言になった。そして、真剣に戦う。言葉も交わせないほど真剣に戦う。だが、そんな中でもカゲツは一度も攻撃をしなかった。
「お前が……お前が生きてるから!世界は変わらないんだ!」
ブライはそんなことを言ってカゲツに攻撃をする。カゲツもそんなブライを見て哀れみの目を向けた。
「クソぉぉぉ!」
ブライは発狂しながら剣を振るう。あたりもしないのに剣を振る。空中を永遠に切り裂く剣をカゲツは見てさらに哀れむ。
「……もう終わらせよう」
カゲツは小さくそう呟いて立ち止まった。それも、部屋の中心で。ブライはここぞとばかりカゲツを狙う。絶対に当たるように狙いを定めて切りかかる。
しかし、その時唐突に天井から剣が降ってきた。それは、見たことがない剣だ。誰のものかも分からない。しかし、カゲツはそれをなんの躊躇もなく手に取り剣を抜く。そして、ブライよりも先にブライの心臓を突き刺した。
「っ!?」
「終わりだよ。全部……ね」
カゲツはそう言って剣を抜く。そして、剣に着いた血を払い落としてさやに収め言った。
「多分知らなかったと思う。今のお前は。俺の能力。何か、印象的な物事、刺激、感覚、そこら辺はなんでもいいけどそう言うのを体に覚えさせて、呪いをかける。それが俺の能力だよ」
カゲツはそう言った。そして、剣を捨てブライに近づく。
「穴はもうふさがった。そう言う呪いをかけた」
「っ!?」
「お前が俺に攻撃を当てられなかったのも同じこと。俺は死ねない。そう言う呪いだ」
カゲツはそう言ってブライの前まで来た。そして、右手に月の魔力を溜めて一気に放つ。すると、ブライが光に包まれた。そして、ブライは全身から黄色い光の球をいくつもだし、浄化されていく。
「……ま、こんなもんだろ」
カゲツがそう言うと、ブライの雰囲気が変わっていた。先程の暗いオーラは消え、明るいオーラがまとわりついている。
「……あれ……?戻ってきてる……」
ブライは目を擦りながらそんなことを言った。そして、ゆっくりと周りを見渡しカゲツの存在に気づく。
「あ……、そういう事ね。ありがとう」
ブライはそう言ってカゲツに手を差し出した。カゲツも全て分かっているかのように手を掴む。
「お前、そんな弱かったっけ?」
「え?いきなり辛辣だなぁ。ま、そう言われても仕方ないよね」
「いやまぁ……10年前だし。迷惑ではあったけど」
「そっか、じゃあ許してくれるんだね」
「そうとは言ってない」
カゲツはそう言って笑った。
「そう?まぁ、僕のファインプレーで気づけたんだろ?」
ブライはそう言って笑う。
一体何があったのかと言うと、簡潔に言えばブライは体を乗っ取られていたのだ。それに気がついたのは、ブライがカゲツに昔のことを話した時。カゲツはその時ブライが乗っ取られていることに気がついた。
そして、ブライ自身は少しだけだが意識はあった。しかし、乗っ取っているやつが常に主導権を得ているため何も出来なかった。そして、先程のカゲツの魔法で乗っ取りは解除され、今こうして元に戻っているのだ。
「ま、とりあえずリィラは返してもらうよ」
「あ、やっぱり殺したってのは信じてなかった?」
「信じてないって言うか、知ってるだろ?呪いがそれを許さない」
カゲツはそう言った。すると、ブライは納得したような顔をする。そして、立ち上がって言った。
「リィラちゃんは僕の部屋にいるよ。ちゃんと元気にしてる」
「ほんとか?」
カゲツは笑いながら聞いた。まるで高校生のノリのようだ。ブライは笑いながら言った。
「知らん。今の僕がやった訳じゃないからな」
2人はそんなことを話しながら部屋まで行き、中に入った。すると、そこには驚くべき光景が待っていた。なんと、リィラが裸で泣いてるのだ。
「……やったな」
「違う!僕はやってない!そんな記憶はないんだ!」
ブライはそう言って必死に否定する。カゲツは怒りに満ちた顔でブライを見た。その時、リィラが振り返る。
「カゲ……ツ……!?」
リィラはカゲツを見るなり大粒の涙を流す。そして、顔をぐちゃぐちゃにしてカゲツに寄ってきた。
「うわぁぁぁぁん!怖かったよぉぉぉ!」
リィラはそう言って泣き叫ぶ。カゲツはブライを軽蔑の目で見た。
「だからしてないって!」
「うわぁぁぁん!ここプリンがないよぉ!」
リィラはそう言って泣き叫んだ。カゲツはそんなリィラの言葉を聞いて頭をフリーズさせる。そして、呆れたような目でリィラを見た。
「全く……心配させる。帰るぞ」
「うわぁぁぁん!」
カゲツの言葉を聞いてもリィラは全く泣き止まない。カゲツはそんなリィラを見て少しだけ考える。そして、ゆっくりと優しくリィラに抱きついて言った。
「もう泣くな。プリンなんかいつでも食えるだろ?それに、もう離れたりしない」
カゲツはそう言った。その言葉を聞いたリィラは少し驚いたような顔をする。そして、今度はさらに大粒の涙を流しながらカゲツの胸に顔を埋めて泣いた。
「帰ろうか」
カゲツのその言葉が、その部屋に響く。その言葉はまるで魔法の言葉のようにリィラの心を暖かくした。
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