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青天の霹靂  作者: 水月
高校生編
3/8

青天の霹靂 3

 びくっと体を震わせてから、あゆみは振り返った。

「あ、びっくりした……」

 あゆみの驚きように、岩本も驚いたらしい。がしがしと頭を掻いて謝った。

「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだけど。……で、付き合ってんの?」

「え、付き合ってるって?」

「いや、だから、彼氏と彼女なんですかってこと」

「え、えええっ、ちっ、ちがっ」

 心底驚いて目を見開いているあゆみを、岩本はなんだか探るように見つめていた。あゆみは顔を真っ赤にして、心臓をばくばくさせて興奮状態だ。

「なっ、なんでそんなこと」

「いや、あいつの態度を見てると、そうなのかなーと思って」

 そう言いながら、ちら、と要を見る。険しいその目つきが気になって、あゆみも要の方に視線を泳がせた。

 要はじっと二人を見つめていた。そのことにどきんとする。

「……付き合ってはいないけど、好きなんだ」

 岩本が断言するようにつぶやいた。そのことに更にうろたえて、あゆみは唇を噛んだ。何か反論しようと思うのだが、頭が真っ白になってしまって何も思い浮かばない。そもそも、男性とこうして一対一で話すことすら日常生活には無いことなのだ。

「あのさぁ、俺、きみに一目惚れしたんだよね」

 あまりにも何気ない口調でそんなことを言うものだから、一瞬意味がわからなかった。数秒間、岩本の台詞の意味を考えてから、ぎょっとしたような視線を投げる。彼は拗ねたように顔を背けていた。

「いつか声をかけようと思ってたんだけど、きみ、ガードが固くてさ。今日はチャンスだと思ってたんだけどなぁ」

「そっ、そんなっ、ほ、惚れられるような覚えなんてないですっ」

 すると岩本は可笑しそうな笑い声を上げた。

「きみ、ほんと面白いよな」

 あゆみはむっとした顔を岩本に向けた。

「今朝、伊崎さんにもそう言われました」

「そういうところに惚れたんですが」

「面白いところに?」

 そんなことを言われても嬉しくもなんともないということを言外に匂わせると、岩本は困ったように微笑んだ。

「勇気があるところとか、まっすぐなところとか」

「ほんのちょっとしか話したことがないのに、そんなことわかるわけないでしょう」

「わかるよ。あの万引き事件の時のきみの態度だけで充分だ」

 その時に、遥も彼に一目惚れしたのだ。そう思うと納得できるような気もするが……。

 さて、困った。これではまるで友達の彼を横取りしたみたいではないか? ま、遥の彼という訳ではないのだが。

「あゆみちゃん」

 要に呼ばれて、ぱっと顔を上げる。彼は早く来いというように軽く手招きしていた。あゆみはあからさまにほっとした表情でそちらに走り出した。

 が、がしっと岩本に腕を掴まれて立ち止まる。見ると、彼は思い詰めたような顔をあゆみに向けていた。

「俺、本気だから。考えてくれないか」

 あゆみは車の傍に立ち尽くしている伊崎兄妹と岩本の顔を交互に見比べた。目を細めた要、じっと見下ろしてくる岩本、そして……なんだか悲しそうな遥。

「遥はあなたのことが好きなんです」

 唐突に、あゆみは宣言した。だから困る、というニュアンスを含ませて。

「第一、惚れたとかなんとか、そんなの可笑しいです。私なんておしゃれでもないし、いつもみつ編みに眼鏡だし、どこにも惚れられる要素なんてないんですから」

「外見に惑わされる奴ばかりじゃないさ。男がみんなそんな馬鹿だと思うなよ」

「でも、私って生真面目で面白みがないでしょ」

 すると岩本は呆れたように笑った。

「ついさっき、面白いって言ったばかりじゃないか」

「あ、そうか」

 急に岩本が腕を離した。彼の視線を追って顔を向けると、要が厳しい表情でこちらに向かってきている。あゆみは睨み合う二人の顔を見比べた。

「俺、ちょっと頭冷やしてから帰るわ。あの怒れるお兄様にそう言っといて」

 と言うが早いか、岩本はもう踵を返していた。ちょっと、とうろたえて呼びかけるあゆみに軽く手を振って、

「恋敵の車に乗るのは、プライドが許さねーからな」

 などと言う。彼の姿はあっという間に人ごみに紛れて見えなくなった。

「大丈夫か、あゆみちゃん」

 傍に来た要が忌々しげにつぶやく。

「あの、岩本さん、一人で帰りますって……」

 多少言葉を端折ったことは認めるが、別に誰からも咎められることはないだろう。だって……。

 あゆみは要の険しい表情を見上げながら、岩本の台詞を思い返した。

 恋敵。恋敵って彼は言ったけど。

 恋とか愛とか、よくわからない。クラスメイト達は彼氏の台詞や行動に一喜一憂してるけど、私には関わりのない世界だ。あゆみは軽くかぶりを振って歩き出した。

 横を歩いている要の顔をちらっと見上げて、忍び笑いを洩らす。

 二人の男が私を取り合う? そんな馬鹿な。今まで男性から告白なんてされたこともなければ、そういう噂を立てられたことすらないのに。

 私は自分というものをよく知っている。しゃれっ気のない服装、整っているとは到底言えない目鼻立ち、スタイルも、悪くはないけど特別良いわけでもない。とどめが度のきつい眼鏡だ。眼鏡がないと一寸先も見えない視力のせいで、小学生の頃からのお友達なのだ。今はおしゃれな眼鏡がいっぱいあるけど、なんとなく黒ぶちの眼鏡が気に入ってる。コンタクトは体質的に合わない上に不経済だから、無理してまで買おうとは思わない。身長は標準だけど、それだけ。チャームポイントと言えるところは皆無だ。皆無。それが私。

 それでも別に不満を感じたことなんてない。私は私だし、こういう風に生んでくれた両親に感謝もしてる。私がおしゃれに興味がないのは持って生まれた性格というものだろう。買おうと思えば服なんてよりどりみどりだ。ただ、興味がないだけ。動きやすくて着心地のいい服が好き。じゃらじゃらしたアクセサリーも邪魔なだけだからつけない。時々は小さなイヤリングとか指輪もするけれど。それで充分。

 そう考えると、何かが吹っ切れたような気がした。岩本の告白は思いがけないことだったが、こんな地味な自分でも誰かが認めてくれていると知ることは、やはり嬉しかった。

 車に乗るまでに手間取った割には、渋滞に巻き込まれずに済んだ。おかげで思ったより早い時間に家に帰ることができた。

 家の前に着くと、あゆみは運転席の要に向き直った。今日一日付き合ってくれたお礼を言おうと思ったのだ。

 だが、要は既にシートベルトを外して車から降りるところだった。あゆみが、なんで? と思っている間に後部ドアを開け、あっという間に結花を抱きかかえる。あゆみは慌てて車から降り立った。

「あの、もうここで」

「中まで運ぶよ」

「いえ、そんな」

「お母さん、もう帰ってるの?」

 そう問われて、思わず腕時計を見る。母が帰ってくるまでにはまだ時間があった。

 まだです、と言いかけて、要が元の場所にいないことに慌てる。彼はあゆみが腕時計をのぞきこんでいる間にさっさと玄関まで足を運んでいた。

「す、すみません」

 結花を抱き取ろうとするあゆみの腕を避けるようにして、要はドアを顎で指し示した。

「鍵。開けて」

「あっ、は、はい」

 言われた通り、鞄から鍵を取り出してガチャガチャと開ける。ドアを大きく開いてから、あゆみはほっとしたように両手を差し出した。

「ありがとうございました。重かったでしょ」

 だが、要は一向に結花を渡そうとしない。戸惑っているあゆみの顔をちらっと見下ろしたあと、玄関に入っていった。

「結花ちゃんの部屋、どこ?」

「え? あ、二階の……」

「お邪魔します」

 そう言いながら、要が靴を脱いでどんどん二階に上がっていく。あゆみは彼についていくしかなかった。

 あゆみに教えられて結花の部屋に入ると、彼はベッドの上に結花を下ろした。あゆみはそっと結花の上に布団をかけて、静かに部屋を出た。

 階下に下りると、先に下りていた要はもう既に靴を履いていた。あゆみも慌ててサンダルを突っかけて、玄関を出る要を追いかける。

「あの、ありがとうございました」

 要の背中に向かって言う。すると彼はゆっくりと振り向いた。

 要の顔が夕日で紅く染まっている。それがなんだかとても似合っていて、あゆみは我知らず見とれてしまった。

「あいつ……岩本に何を言われた?」

 その要から唐突に問いかけられて、あゆみは戸惑った。

「何って」

「告白されただろう」

 それを聞いたあゆみの顔が、一瞬にして真っ赤になる。耳たぶまで赤くしているあゆみを、要は忌々しげに眺めた。

「ど、どうして……」

「そりゃあわかるさ。あいつときみの態度を見ていれば」

「そ、そうですか」

 顔を上げていられなくなって、あゆみはうつむきながらつぶやいた。

「それで?」

「……それでって?」

「あいつと付き合うのか?」

 なんだかどこかで誰かと交わしたような会話だ。そう、岩本もこんな風なことを聞いてたっけ……。

「付き合うとか付き合わないとか、よくわからないから」

 拗ねた子供のように、つま先で地面をこすりながら答える。すると頭上で大きなため息をつく音が聞こえた。

「逃げるなよ」

 要の静かな声に、思わず顔を上げる。

「そんな逃げ口上でごまかすな。言う方は必死なんだ」

 必死……。

 あゆみは困ったように眉根を寄せた。いつになく乱暴な要の口調も気になる。

「俺も……好きだから」

 ぽつりと、要が言う。あゆみは一瞬考えこんでから、はあ、と間の抜けた返事をした。要はひゅっと音を立てて息を吐きながら空を仰ぐと、すぐにまたあゆみの顔を見下ろした。

「意味、わかってる?」

「はあ……。誰か、好きな人がいるんでしょ? で、その人にはこんなどっちつかずな返事をして欲しくない。だから怒ってるんですよね」

 すると要は呆れたように、あぁ? と声を上げた。

「マジかよ……。俺が好きなのが誰か、わからないのか?」

 まっすぐに自分の目を見詰めてくる要の視線に、ぎくりとする。混乱したあゆみの頭の中に、岩本の台詞が甦ってきた。

『恋敵の車に乗るのは、プライドが許さねーからな』

 あゆみはごくりと唾を飲み込んだ。

「えーと……あの……もしかして、私って……言いたいの、かな」

 まさかね、という含みを持たせながら答える。すると要は真面目な表情のまま頷いた。

 うわお。

 あゆみは心の中でそうつぶやいてうつむいた。

 今日は何て日だ。今まで色恋沙汰とは無縁だったのに、なんで急に二人の男から告白されたりするかなっ。

「信じてないな。本気だよ」

 いや、だから、そんな念押しされると余計に困るんですが……。

『付き合ってはいないけど、好きなんだ』

 突然、岩本の言葉がリプレイされる。あゆみはそのことにうろたえて顔を上げた。

 好き? 好きなのかな? 今日はこの人のことを見直したりはしたけど。確かに勝手に作り上げてたイメージとは全然違っていい人だなとは思ったけど。好きっていうのとは、ちょっと違うと思う。

「脈、ナシ……か」

 ぽつりと、要がつぶやく。彼はふいっとあゆみから視線を逸らした。

「俺なんて好みじゃない? 岩本の方がいい?」

「え……。ていうか、それは私の質問だと思うんですが。私みたいなタイプが好みなんですか?」

 逆に訊き返されたことに、要も驚いたようだ。またまっすぐ見つめられて、あゆみは顔を背けたい気持ちを必死で抑えなければならなかった。

「タイプなんて言葉で一括りにはできないな」

 困ったような要の台詞を聞いて、あゆみも困ってしまう。

「だって、じゃあどうして私のことを好きだなんて言えるんですか? 会ってお話したのだって、私がお宅にお邪魔した時一度きりだし。しかもあの時の私はお世辞にも愛想がいいとは言えなかったし」

 初めて会った時の様子を思い出したのか、要の頬が緩んだ。

「うん、そうだったね。すごく緊張してただろう」

「そりゃあもう。年上の男性に免疫がなかったから」

「それが新鮮だったということもある」

「……そうなんですか」

 それってただ物珍しいだけって言うんじゃ?

 眉根を寄せて考え込んでいるあゆみをからかうように、要は喉の奥で低い笑い声をたてた。

「冗談だよ。きみのことは、遥からいろいろ聞いてたんだ。最初の万引き事件のこと、きみの家庭環境、それこそ何でも。毎日遥からきみの話を聞いてるうちに、どうしても実物を見たくなった」

 実物を見たいって。見世物じゃないんだから。

「それで家に連れてこさせたんだ。現実に会ったきみは、俺の想像以上に生真面目な娘だった。受け答えは丁寧だし、人の話も熱心に聞く。かといってユーモアも忘れない。きみみたいな()は初めてだったよ」

 ユ、ユーモアですか……。あの時は緊張していて何を言ったか全然覚えてないんですが。

「でも、それっきり、きみはぷっつりと家に来なくなった。遥をせっついてみたけど、きみは来たくないの一点張りで」

「は、それは、ビジュアル系のお兄様に気後れしていたので」

 思わずぽつりと本音を洩らしてしまった。

 一瞬の沈黙のあと、要がくっくっと体をゆすって笑い出す。そんな彼の様子を、あゆみはむっつりと眺めていた。

「ごめんごめん。きみといると退屈しないよ。でも、そうだったの? だからあれ以来一度もうちに来なかったの?」

 今やすっかりいつも通りの穏やかな口調に戻った要に問われて、あゆみはこっくりと頷いた。

「でも、俺は会いたかったよ」

 にっこりと微笑みながらそんなことを言う要は、憎らしくなるほどキレイだった。

「だから、遥に協力してもらったんだ」

「は?」

「今日の遊園地行き。俺のことをわざと内緒にしてもらったんだよ。正直に言うと、遊園地行きを提案したのも、実は俺」

「……はあ?」

「だって、そうでもしないと俺とは会ってくれなかっただろ。岩本くんのことは、遥を釣るための餌だった」

 餌……餌って、おにーさま……。

「だけど計算外だったのは、岩本くんもきみのことを好きだったということだ。遥から万引き事件のことは聞いてたけど、まさか俺以外にもきみの良さがわかる男がいるとは思ってなかったから」

 ……なんか、何気に失礼なことを言ってないか、この男?

 そう思っていることが表情に出たのだろう、要が、しまった、というように顔をしかめた。

「ごめん。そんなつもりじゃ……」

「いいえ。もちろんそんなつもりだったんでしょうとも。でも、ちょっといいですか? 結局、遥から聞いた話の中の私を好きになったということですか?」

「うーん……。きっかけは、そうかな」

 あゆみは鋭いため息をついた。

「じゃあ、その恋は錯覚です。遥はいい人だから私のことをすごく良く言ってくれてるんでしょうけど、私はそんな人間じゃありませんから。我が侭だし、機嫌の悪い時は他人に八つ当たりするし、ごくごく普通の人間ですよ」

「でも、ものすごく自分に正直だ」

「んー……? それはそうかな?」

 すると失礼なことに、要は腹を抱えて笑い出した。

「あ、ごめん。きみってホントにわかりやすいよね。国宝ものだろ。好きだよ、その裏表のない性格」

「訂正。人間国宝になるためには、国民の皆様に認められるような高度な技術を持っていないとですね……」

 至極真面目な顔で反論するあゆみに対抗する術を、要は持っていなかった。腹が捩れるほど笑い、ああ、やっぱりこの娘、好きだなあなどと能天気なことを考える。馬鹿にされたと思って怒っているらしいあゆみをなだめなければ、あとでひどい目に遭うとわかってはいたのだが。

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