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青天の霹靂  作者: 水月
高校生編
1/8

青天の霹靂 1

2002年5月公開作品

 大沢あゆみが伊崎(いさき)(はるか)と友達になったのは、ほんの些細なことがきっかけだった。

 髪はみつ編み、制服も学校の規則通り、とどめは黒ぶち眼鏡といういでたちのあゆみは、絵に描いたような優等生だ。常に学年十位以内という成績も、優等生と呼ぶにふさわしいものだろう。

 一方の遥はというと、茶髪というより金髪に近い黄色に染めた髪、下着が見えるだろうというくらい短くしたスカート、だが靴下だけは清楚なハイソックスを好んで履くという女の子だった。

 そんな二人に接点は全く無かった。あの日、スーパーでばったり出会うまでは。

 あゆみの両親は共働きだ。父は大手商社のサラリーマンで、母は最近職場復帰した看護師。小学二年生の妹のことを考えて、夜勤は免除してもらっているのだが。

 妹の結花(ゆか)はこの春から鍵っ子になった。高校三年生のあゆみがどんなに急いで帰っても、結花が帰る時間には間に合わない。だからしょうがないのだ。

 と頭ではわかっているのだが。

 歳の離れた妹というのは可愛いもので、あゆみは妹が不憫でならなかった。だから授業が終わったら猛ダッシュで家に帰り、あれこれと世話を焼いた。

 おやつは母が用意しているのだが、一人で食べるのはつまらないらしい。結花は毎日、宿題をしながら姉の帰りを待っていた。一緒に遅めのおやつを食べながら、結花の宿題を見てやるのがあゆみの日課だった。

 おやつを食べてから遊びに飛び出す結花を送りだし、あゆみは近くのスーパーまで買い出しに出かける。七時過ぎに帰宅する母の代わりに夕食の支度をするのもまた、あゆみの仕事だった。

 だがあゆみにとってそんな生活は、別段苦になるものではなかった。クラブ活動に精を出していたわけではないし、学校帰りに連れ立ってショッピングに行くような友達もいない。優等生というレッテルを貼られていると近寄りがたいらしく、クラスメイトに話しかけられることすら、テストの前後ぐらいなのだから。

 反対に、この春から同じクラスになった伊崎遥は、クラスの中心人物だった。美人で明るく、男子生徒の友達も多い。服装や髪のことで教師に呼び出されるのはしょっちゅうだったが、それでも悪びれない彼女に、あゆみはほんのちょっぴり憧れていた。

 その日もあゆみはいつものスーパーで買いものをしていた。今夜のメニューは何にしよう、と考えながらのんびりと歩く。ふと目を上げたその場所に、遥がいた。彼女は珍しく一人で、菓子売り場の陳列棚の前で何やら熱心にお菓子の品定めをしていた。その姿がなんだか可愛く思えて、あゆみはしばらく彼女を眺めていた。

 彼女の背後から二人の茶髪の女性が近付いていくことに気付いたのは、それからしばらく経った時のことだ。二人は時々顔を見合わせては嫌な笑いを浮かべ、遥の様子をうかがっている。

 何か変だ、と思ったその時、一人が遥の鞄にガムのような細長いパッケージを滑りこませた。

 万引き、という言葉があゆみの頭の中に響く。

 まずいよ。このままじゃ、伊崎さんが犯人にされちゃう。

 そう思いながらも、足に根が生えたようにその場から動けない。あゆみが見ている前で、茶髪の二人はにやにや笑いながら遥から離れていった。

 とにかく今のうちに伊崎さんに教えなきゃ。

 勇気を奮い起こして足を動かそうとしたその時、遥に近付いてくる店員らしい男性の姿が見えた。その険しい表情に、あっと思う。

 あの人たち、わざわざ告げ口したんだ。確実に捕まるようにって。

 そう確信した途端、頭にかーっと血が上った。

 店員が遥の腕を乱暴にとって、どこかに連れていこうとしている。不満そうな声を上げて抵抗する遥。だが、店員が遥の鞄の中に手を突っ込んでガムのパッケージを取り出した途端、彼女はあ然として抵抗をやめた。

 その時にはあゆみはもう走り出していた。ぐんぐん近付いてくる二人の姿。心臓はばくばくしているし、顔にも血が上っている。それでもあゆみは走り続けた。

 ちっ、と遥が舌打ちした音が聞こえた。まるでゴミを見るかのような目つきの店員に腕を取られて、渋々歩き出す。

「あの!」

 二人の傍まで来ると、あゆみは震える声を張り上げた。

 その迫力に呑まれたのか、二人がびっくりしたように振り返った。あゆみはばくばく脈打つ心臓を片手でぎゅっと押さえながら、続けた。

「わ、私、見てました! その人が盗ったんじゃありません! 茶髪の……」

 そう言いながら見まわすと、当事者である二人とばっちり目が合った。おおかた遥が捕まるのを見て笑ってやろうとでも思っていたのだろう。

 あゆみははっきりと二人を指差した。

「あの二人が、この人の鞄にお菓子を入れたんです。間違いありません」

 店員はしばらくあゆみと遥、そしてチクりにきた二人の女子高生を見比べたあと、遥の手を離して茶髪の二人に向かって歩いていった。二人はさっと目と目を見交わしたあと、一目散に逃げ出した。その行為があゆみの証言を裏付けるということにすら頭が回らないようだ。店員が慌てて二人を追いかける。あゆみはそんな三人の姿を安心したように見送った。

 ふと視線を感じて振り向くと、遥がじっとあゆみを見つめていた。あゆみは真っ赤になってぺこりとお辞儀をすると、逃げ出すように反対方向に歩き出した。

「ねえ、ちょっと待ちなよ」

 言いながら遥があゆみの腕を掴む。あゆみは渋々振り返って遥の真面目な顔を見返した。

「あんた、大沢だよね、同じクラスの」

 私服姿のあゆみをじろじろと見ながら遥が言う。あゆみはこっくり頷いた。

「ありがとう。助かったよ。でもなんであたしを助けたの?」

 質問の意味がわからなくて、あゆみは首を傾げた。

「なんで、って?」

「知らんぷりしてりゃいいじゃないか。あんたに関係無いんだし」

「でも、そんなことしたら伊崎さん捕まっちゃうじゃない」

 困惑したように言うあゆみを、遥はじっと見つめる。あゆみはなんだか悪い事をしたような気がしてきた。

「あの……ごめんなさい……余計なことをしたの……かな」

「あ、ごめんごめん。そうじゃないんだ。ただ、友達でもないのになんで助けてくれたのかなあと思ってさ」

「えーと、なんでって言われると困るけど。でも、他人を陥れる人って、大嫌いだから」

 凛としたあゆみの言葉に、遥の眉がぴくりと動く。次の瞬間彼女は、大輪の花が開いたかのような笑みを顔いっぱいに浮かべた。

「あんたっていいヤツだね」

 思いがけない褒め言葉に、あゆみの頬が真っ赤に染まる。それを見て遥は声を上げて笑い出した。

「しかも純情だし。あんたって面白いんだ。知らなかった。勉強が大好きな堅物だと思ってたよ」

 あゆみはむーんと眉をひそめた。

「勉強は嫌いじゃないけど、好きでもないです……」

 遥が更に笑い出す。そんな彼女の背後に先ほどの店員の姿を見つけて、あゆみはむっとした顔になった。

「申し訳ありませんでした!」

 意外なことに店員が深々と頭を下げた。そのことに度肝を抜かれて、あゆみも遥もぽかんとしてしまった。

 顔を上げた店員は、間近で見ると思ったより若かった。名札に視線を移すと、アルバイトと書いてある。見上げるほどの長身と茶色っぽいくしゃくしゃの髪がなかなか魅力的だ。

「あいつら、自分たちがやったって白状しましたから。犯人扱いして、本当に申し訳ありませんでした」

 率直な物言いも好感が持てる。あゆみはほっとしたように微笑んだ。

「……いいよ、もう。わかってくれたんだから」

 遥がこそばゆそうに言うのを聞いて、あゆみはあれっと思った。男子生徒相手でもずけずけとものを言う彼女のこんな表情を、初めて見たのだ。

 ああ、そっか。好みのタイプなんだ。

 一人納得してうんうんと頷くと、あゆみは二人にぺこりとお辞儀をして踵を返した。のだが。

「あ!」

 二人仲良くハモるようにして背後で声を上げてくる。あゆみは不審そうに振り返った。

「お礼、するよ」と、遥。

「教えてくださってありがとうございました!」と店員。

 あゆみは困ったように微笑んで、

「なんでもないから」

 と言うとその場を逃げ出した。

 それが遥との馴れ初め。




 それから遥は何かにつけあゆみに構うようになった。昼休みも、以前は屋上でぽつんとお弁当を食べていたのが、遥と仲良くなってからは大勢でわいわい言いながら中庭で食べることが多くなった。

 もともとそんなに口数は多くないが、振られた話には必ず真面目に返事をするあゆみを、他の仲間も面白がった。なんとなくとっつきにくいと思われていたあゆみのイメージを、遥の仲間たちがどんどん壊していく。すると、遥グループ以外の女の子からも声をかけられるようになって、あゆみの周囲は徐々ににぎやかになっていった。

 スーパーにはあれからも毎日買い物に行った。時々あの男性店員に会うが、あゆみを見るとにこっと笑ってくれるので、あゆみも会釈を返すようになった。

 遥に誘われて家に遊びに行ったこともある。遥には大学生の兄がいて、彼もまた妹と同じくあゆみを古くからの友人のように扱ってくれた。兄がいないあゆみには、大学生の彼はひどく大人に思えてあまり親しく話をすることなどできなかったのだが。

 反対に、あゆみも遥を誘って妹に引き合わせた。遥は下の兄弟がいないので、結花をものすごく気に入ったようだ。可愛いを連発し、帰る時には、結花ちゃんをちょうだい、と真顔で言っていた。あゆみは笑いながら首を振り、結花は私のものよ、と調子を合わせてふざけた。

 そうして季節は移り、夏休みが訪れた。受験生のあゆみにとって、長い夏になりそうだった。

 夏休みぐらいは結花と過ごしてやろうと、あゆみは予備校には行かないことにした。両親は結花のことはなんとかするから行けばいいと言ってくれたのだが、はっきり言って今のままで志望校は合格圏内だ。無理に予備校になど行く必要はないと思われた。

 そんなある日、遥から電話があった。夕食も終わり、後片付けを母に任せてお風呂に入ったあと、テレビを見てくつろいでいた時だった。

「あゆみ、遥ちゃんからよ」

 電話に出た母に呼ばれて、あゆみは居間のソファから腰を上げた。

「もしもし」

「あっ、あゆみ? ごめん、勉強してた?」

「ううん。テレビ見てた」

 すると遥はけらけらと笑った。

「あんたらしいわ。勉強しなくても合格できる人はいいよね」

「そう言う遥だって、もう推薦入学にほぼ決まりじゃない」

 意外なことと言うなかれ。遥は勉強ができる。だから教師もあまりきつくは言えないのだ。

「ま、あたしの場合はあゆみよりかなりランクが下がるからね」

「それよりどうしたの。何か用事があったんでしょ」

「あんたねー。久しぶりにこうやってしゃべってるのにそれなの?」

「だって、用もないのに電話なんてかけないじゃない」

「あんたはね。あたしはただ声が聞きたいってだけでかけるわよ」

「そうなの? でも遥がそう言うの聞いたことない」

 すると遥はぐっと言葉につまり、次の瞬間また笑い出した。

「ま、それはそうだわね。あんたってホント面白い。実はね、明日、遊びに行こうと思って」

「うん」

「うんじゃなくて。あゆみと、って言ってんの」

「え? 私?」

「じゃなくてなんであんたのとこに電話するのよ」

「あ、そうか」

「あ、そうかって、あんたね……」

「ごめん。駄目だ」

「なんで」

「結花を一人にしとけないから。明日は平日でしょ、両親とも仕事なの」

「結花ちゃんも連れてくればいいじゃない」

「えっ……。あの、いつものメンバーで行くんじゃないの?」

「違う違う。誘ったのはあゆみだけだよ」

 遥の言葉に、あゆみの頬が緩む。結花と出かけるのは楽しいが、遥と一緒だともっと楽しい。だが、いくらなんでも子連れで行けば、遥はともかく、他のメンバーがしらけるだろうとずっと断っていたのだ。とはいえ、父か母が休みの日には遊びに行ったりしていたのだが。

「ほんとにいいの?」

「あたしが結花ちゃんのことすごく気に入ってるの知ってるでしょ。絶対に連れてくること!」

 あゆみはにこっと微笑んだ。

「うん、わかった。で、どこに行くの?」

「遊園地」

「えっ、この暑いのに」

「暑いからすいてるんだよ」

「あ、そうか。ありがとう。結花も喜ぶ」

「決まりね。じゃあ、明日九時過ぎに迎えに行くから」

「迎えにって? 電車で行くなら途中の駅で待ち合わせした方がいいじゃない。わざわざここまで来るなんて、回り道だし」

 すると遥にしては珍しく、言葉を濁すようにむにゃむにゃと何かつぶやいた。そのあと、思いなおしたようにきっぱりと言う。

「とにかく、迎えに行くから。ちゃんと用意して待ってること!」

「あ、ハイ……」

 遥の勢いに押されて返事したあと、あゆみは首を傾げながら受話器を置いた。




 遥の妙な態度の訳は、翌朝明らかになった。

 律儀に九時過ぎに迎えに来た遥がインターホンを鳴らしてすぐ、あゆみは結花を連れて家を出た。

「おはよう」

 挨拶だけしてすぐにドアに鍵をかける。そんなあゆみの背後から、遥が結花を抱きしめて「可愛い」を連発している声が聞こえていた。

 鍵を閉めて遥に向き直ったあゆみは、彼女の背後に立っている人物を見て目を見開いた。

 伊崎(かなめ)。遥のお兄さんだ。

「え? え? あれ?」

「やあ、あゆみちゃん。おはよう」

『可愛い症候群』がひとまず落ち着いたところで、遥が結花から離れた。

「ごめん、あゆみ達と遊園地に行くって言ったら、兄貴も行きたいって言い出してさ。一緒でもいいでしょ?」

 で、でも、お兄さんと一緒じゃ緊張するんだよ……。

 と思ったが、本人の前では言えなかった。

 要は遥の兄にふさわしく、ちょっとそこらでは見られないような整った顔立ちをしている。いわゆる甘いマスクと称されるような顔で、実は密かに写真集でも出しているんじゃないかとあゆみは常々疑っていた。

 一緒に歩いたことなどもちろんないので実際に見たことはないが、多分この人が街を歩けば、十人女性がいたら十人ともが振り返るに違いない。

 要は車で来ていた。そうと知った時初めて、あゆみは昨夜電話してきた遥の、煮え切らない返事の理由を思い知らされた。

「だましたわね」

 初対面の要と結花が自己紹介し合っている間に、あゆみは遥の耳元でつぶやいた。すると遥はいたずらっぽく、えへへと笑った。

「だって、ああでもしないと来てくれないと思って。結花ちゃんも楽しそうなんだから、いいじゃん」

「そういう問題じゃなくて……」

「じゃあどういう問題なの?」

「だって緊張するし……」

「大丈夫、うちの兄貴は女の子の扱いに慣れてるから」

「そ、そりゃあそうだろうけど、私は慣れてないんだってば」

 すると遥は呆れたようにあゆみを見た。

「なんでよ。クラスの男どもとは平気で話してるじゃん」

「同い年の男の子はいいのよ。年上の人って……何を話していいのかわかんない」

「まぁったそういう子供みたいなことを言う。つまり、兄貴の相手をするのが嫌だってこと?」

「だ、誰もそんなこと言ってない……!」

「じゃあいいでしょ。ハイ、決まりね」

 ポン、と肩を叩かれて、あゆみは首を傾げた。

 なんだか上手く丸め込まれたような……?

「おーい、何してんだ。行くぞ」

 既に結花を後部座席に座らせた要が、声をかけた。遥がはいはいと返事をして、渋るあゆみの手をつかんで車まで引っ張っていく。

 助手席に座るのかと思いきや、彼女はさっさと結花の隣に腰かけてしまった。それだけでもうあゆみはパニックに陥る。

「ななななな何やってるのよ、遥はお兄さんの隣でしょうが!」

「やだ」

「やだって」

「結花ちゃんの隣がいい」

「だって、はる……」

「あゆみはズルイ。こんな可愛い妹と四六時中一緒にいられて。うちなんてこんなムサい兄貴一人なんだよ。こんな時ぐらい結花ちゃん貸してくれてもいいじゃん!」

 ム、ムサくなんか、ムサくなんか……。

「ムサくて悪かったな。俺だってあゆみちゃんみたいな素直な妹が欲しかったよ」

 おおおにーさーん。煽らないでーっ。

 そんなあゆみの願いもむなしく、二人は、ふん! とか言いながら決定的に顔を背けあってしまった。あゆみは観念して助手席に座った。

「シートベルト、ちゃんとしてね。危ないから」

 要がやさしく微笑みながらそんなことを言う。あゆみはひきつった笑みを返しながら、シートベルトをきちんと締めた。

 私にするより、遥にそういうやさしい態度をとってくださいよ、お兄さん……。

 車が走り出してしばらくすると、遥の機嫌もすぐに直ってしまった。というより、初めからいがみ合ってなんていないんじゃないの? というくらいあっけらかんとしている。男兄弟のいないあゆみには、よくわからない世界だ。

「ねえねえ、あのスーパーに寄るの、忘れないでよ」

「忘れないけどさ。おまえ、本気で誘うつもり?」

「当ったり前よぅ。やっと勇気を奮い起こしたのに、混ぜっ返さないでよね」

 話が見えないあゆみは、おずおずと遥に問いかけた。

「ねえ、まだ誰か誘うの……?」

「ああ、あの時のスーパーのアルバイト青年! あれから時々あの店に行ってるんだけど、彼、私を見たらいつもにこって笑ってくれるんだ。だから今日は勇気をふり絞って誘ってみようと思って」

 あ、そうなんだ。

 でも、あの万引き事件が春。今は夏。遥ならもっと前に誘っているだろうと思ってたのに、意外。

「おまえだったらそんなものふり絞らなくたって、男を誘うことぐらい朝飯前だろ」

 隣で茶々を入れる要の言葉にも、ついつい頷いてしまう。それを見た遥がぷうっと膨れた。

「あゆみまで何よう。あたしだって純情なオンナノコなんだからねっ」

「……そうか。そうだよね」

 外見がどうあれ、遥はやさしくて思いやりがあるし、男の子と遊んでる風でもない。そうだよ、遥だって同じ高校三年生の女の子なんだもん。純情だよね。勝手な思い込みをして遥に悪いことしたなぁ。

 うんうんと一人納得して頷いているあゆみを、隣で運転している要が面白そうにちらちら見ていることに、彼女は気付かなかった。

 スーパーの駐車場に車を入れると、遥は窓を開けて社員用の通用口をじっと見つめた。

「今日は早朝勤務で、もうそろそろ出てくるはずなんだけど……」

 と言っているうちにドアが開き、Tシャツにジーンズといういでたちの彼が姿を現す。遥が軽く息を呑んだ音が聞こえた。

「あゆみ、ついて来て」

 遥が本当に緊張していることを悟ると、あゆみはすぐに頷いてシートベルトを外した。ちょっと待っててね、と結花に一言言い置いて、車から降りる。

 心なしか青ざめて見える遥にしっかりと腕を掴まれて、あゆみはアルバイト青年に向かってまっすぐ歩いていった。

 彼はバイク通勤らしい。大きなバイクの横で立ち止まり、手に持ったヘルメットをかぶろうとしている。が、二人の姿に気付いた瞬間、顔中に愛想のいい笑いを浮かべて動作を中断した。

「こんにちは。これから買い物ですか?」

 明らかに彼の方が年上だろうが、店外でもきちんと客扱いしてくれるその態度が爽やかだった。

「あ、あのう、もしこれから何もご予定が無かったら、一緒に遊園地に行ってくださいませんか?」

 思いきったように、遥が一気にまくしたてる。あゆみは息をこらして相手の反応を待った。

「え……」

 困ったような声を出しながら、彼はあゆみと遥を何度も見比べた。

 ああ、これは駄目だ。脈無し……。

 あゆみがそう思いかけたとき、彼が頷いた。思いがけないことだった。

「いいよ。でも俺、バイクなんだけど」

「あっ、あのっ、私達、車で行くんです。帰りにここまで送りますから、一緒に乗って行かれません?」

 遥が勢い込んで言うと、彼はすいっと駐車場を見まわした。それらしい車を見つけて、眉をひそめる。

「あの車? あの、シルバーボディの」

 彼が指差す方向を見て、遥が熱心に頷く。

「で、あの運転席にいる人は?」

「あれ、あたしの兄です。運転手するって言うから連れていくだけです」

 は、遥……その言い草はいくらなんでもお兄さんに失礼なんじゃ……?

 内心で冷や汗をかきながらそんなことを考えていると、ふと視線を感じた。思わず顔を上げる。そこには、あゆみをじっと見つめる二つの瞳があった。

 突然目が合ったことにうろたえて、あゆみは顔を強張らせた。すると彼はすぐに視線を外して遥を見た。

「ほんとに俺が行ってもいいの?」

「もちろん! 大歓迎です!」

 遥が感激の極みにいる……。あゆみは見慣れない友人のその姿を楽しげに観察した。

「きみは? きみもいいの?」

 急に話を振られてびっくりする。あゆみは生真面目な彼の顔をまっすぐに見返して、控えめに微笑んだ。

「もちろんです」

 ほんの数秒、彼は考え込むようにヘルメットを見つめていた。が、すぐににこっといつもの人懐こい笑顔を浮かべた。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 ヘルメットをロッカーに置いてくる、と言い置いて彼は通用口から戻っていった。

 彼の姿が見えなくなった途端、遥が文字通り飛びあがって喜ぶ。

「……ぃやったーっ!」

 遥の興奮ぶりが可笑しくて、あゆみはくすくす笑った。

「あんなに緊張した遥、初めて見た」

「だって、なかなか言い出せなかったんだもん! あー、良かったー。ほんとに嬉しー」

 にこにこと、これ以上の幸せはないという顔の遥を見ているうちに、あゆみも楽しい気分になってきた。幸せは周りの人間に伝染するのだろうか? こんな伝染病ならワクチン打たなくてもいいな、などというクダラナイ考えが浮かぶのも、気分が浮かれている証拠なのかもしれない。

『青天の霹靂』=せいてんの・へきれき

「青空に突然起こるかみなり」の意味で、突然に起こる大事件をいう語。

by清水国語辞典(山岸徳平・編/清水書院)

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