表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/18

7 令嬢エミリア、毒を食らう。


 私達の兎車は森に沿って走り続けた。二度の野営を経て迂回を終え、ようやく森の反対側に到達。これでも相当早い方で、普通の馬車ではもっと時間を要しただろう。

 別に急ぐ旅でもないんだけど、リーシェが飛ばしに飛ばしたんだよね。私も高速でガタガタ走る車にずいぶんと慣れ、ずっと車内で魔力をこねていた。

 魔力はそこそこ増えたように思うものの、私自身が強くなったかと問われれば、……よく分からない。


 ともかく、私達は難関の森を後にして目的の町、コルテシアに辿り着いた。

 今更ながら、私達が暮らしていた国はアルゼーテ王国といい、コルテシアはその中で東の端に位置している。ここより東には小さな村々があるだけで、この町が王国東方の要衝だった。


 兎車が町に入ると、少しばかり周囲から注目を浴びた。引いているのが魔獣だし、車も並の装甲じゃないから仕方ないかも……。

 私達を見物する群衆から一人の女性が進み出て来る。


「お待ちしておりました、エミリア様。私はアンジェリカ様から遣わされた者です」

「え、お姉様から?」


 私が車から降りると彼女は、「こちらをお渡しするように言われました」と大きな牛肉の塊を差し出してきた。これを見たリーシェの歓喜の声が私の頭の中に響く。


(それは私の大好物、サーロイン! いただいておきましょう!)


 ……即座に部位が分かるなんて、この兎、本当に肉が好きなんだな。

 契約獣に急かされて私は塊肉を受け取っていた。


 それにしても、出発してまだ三日目なのにもう差し入れなんてお姉様ってば。私達が行くルートは旅立つ数日前から決めてあったので、あらかじめ手配しておいたんだろう。

 このコルテシアには私の侯爵家が所有する空き家があるので、二人と一頭で牛肉を携えてそこに向かう。二日も野営したからまずはお風呂かな、と思っていたらリーシェが。


(まずは肉ですよ! 早く食べましょうよ!)


 どうやら大好物を我慢できないらしい。

 セレーナも呆れた様子で私の肩に手を乗せてきた。


「ここまで走りっぱなしだったし、ここはあいつを労わってやろう……。じゃ、肉を焼く準備をするぞ」


 それもそっか、私達は乗せてもらってた身だしね。しょうがない、バーベキューをするか。

 庭に火炎板(炎を発する魔法道具の板だよ)を設置する私を見て、リーシェは前脚で肉を指す。


(私は生のままで大丈夫ですので、先にこれを半分に切り分けてください)


 つまり半分はよこせと? まあ体の大きさからすれば妥当なのかな……。

 切り分けたサーロインをリーシェは鷲掴み。すぐに嬉々としてかぶりつきはじめた。それを横目に、私とセレーナも火炎板に鉄板を乗せて肉を焼く。

 焼けていく肉を見つめるセレーナの顔もちょっと嬉しそうだ。肉食兎ほどじゃないにしろ、彼女も結構好きなんだよね。


「体作りは騎士の基本だからな。お、もう食べられそうだぞ」

「まだ早いんじゃない? リーシェもセレーナも食いしんぼうだな。いつか食べ物で痛い目に遭っても知らないから」


 私の小言などどこ吹く風でセレーナは肉に塩をつけて口に運ぶ。


「もういけるよ、すごく美味しい。ほら、エミリアも」

「そう? じゃあ、いただこうかな」


 と私が肉を一口食べたその時だった。

 ドタン! と大きな音をたてて突然リーシェが地面に倒れこむ。


 え、いったいどうしたの……? ……ちょっと、……ちょっと待って、これ……。

 契約者である私はすぐに違和感に気付いた。リーシェからは何の思念も伝わってこないのだから。こんなことは契約を結んでから初めてだった。


 ……リーシェ、死んで、る……?


 慌てて隣のセレーナの方を振り向いた瞬間、彼女も急に意識が飛んだようにその場に崩れた。


「セ! セレーナまで!」


 ま、まさか、死んだの……?

 ……どうしてこんなことが……、原因はいったい……、いや、原因は明らかに肉だ! そ、そ、そして……、私もその肉を食べてしまった――――!

 じゃあすぐに私も……!


 この予感を裏付けるように、一帯の時間がピタッと停止した。


 し、死の間際のあれが発動した! もう間違いない! 私も確実にもうすぐ死ぬ!

 そもそもどうしてこんな事態に! 私もセレーナも命を狙われる筋合いは全くないのに……。……あ、差し入れられたのはリーシェの大好物のサーロインだ。だったら狙われたのは裏社会のマッドラビットだよ! だから食べ物で痛い目に遭うって言ったでしょ!

 なんて考えてる場合じゃなかった!


 ……おそらくあの肉にはすごい猛毒が仕込まれていたはず。体の大きなリーシェが苦しみもせずに死んだから。

 私はいつ死ぬの……? 時間が百倍に伸びているから少しは予兆がある……? も、もし、全然予兆がなかったら……?


 怖い怖い怖い怖いっ!

 狼の時と違ってタイムリミットが分からないから余計に怖いっ!

 はははははは早く時間戻って!

 …………。

 もももももも戻らない!

 どうして! エネルギーか! エネルギーが足りないのか! 私今かつてないほどに精神エネルギー放ってるって!


 ……ああ、……も、もう、助からないかも……。


 ……いや、諦めてたまるか! 私だけじゃなくセレーナとリーシェの命も懸かってるんだから!

 根性だ――――――――!


 キィィ――――――――……ン。


……本当に結構頑張らないと、普通に死にます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ