7 令嬢エミリア、毒を食らう。
私達の兎車は森に沿って走り続けた。二度の野営を経て迂回を終え、ようやく森の反対側に到達。これでも相当早い方で、普通の馬車ではもっと時間を要しただろう。
別に急ぐ旅でもないんだけど、リーシェが飛ばしに飛ばしたんだよね。私も高速でガタガタ走る車にずいぶんと慣れ、ずっと車内で魔力をこねていた。
魔力はそこそこ増えたように思うものの、私自身が強くなったかと問われれば、……よく分からない。
ともかく、私達は難関の森を後にして目的の町、コルテシアに辿り着いた。
今更ながら、私達が暮らしていた国はアルゼーテ王国といい、コルテシアはその中で東の端に位置している。ここより東には小さな村々があるだけで、この町が王国東方の要衝だった。
兎車が町に入ると、少しばかり周囲から注目を浴びた。引いているのが魔獣だし、車も並の装甲じゃないから仕方ないかも……。
私達を見物する群衆から一人の女性が進み出て来る。
「お待ちしておりました、エミリア様。私はアンジェリカ様から遣わされた者です」
「え、お姉様から?」
私が車から降りると彼女は、「こちらをお渡しするように言われました」と大きな牛肉の塊を差し出してきた。これを見たリーシェの歓喜の声が私の頭の中に響く。
(それは私の大好物、サーロイン! いただいておきましょう!)
……即座に部位が分かるなんて、この兎、本当に肉が好きなんだな。
契約獣に急かされて私は塊肉を受け取っていた。
それにしても、出発してまだ三日目なのにもう差し入れなんてお姉様ってば。私達が行くルートは旅立つ数日前から決めてあったので、あらかじめ手配しておいたんだろう。
このコルテシアには私の侯爵家が所有する空き家があるので、二人と一頭で牛肉を携えてそこに向かう。二日も野営したからまずはお風呂かな、と思っていたらリーシェが。
(まずは肉ですよ! 早く食べましょうよ!)
どうやら大好物を我慢できないらしい。
セレーナも呆れた様子で私の肩に手を乗せてきた。
「ここまで走りっぱなしだったし、ここはあいつを労わってやろう……。じゃ、肉を焼く準備をするぞ」
それもそっか、私達は乗せてもらってた身だしね。しょうがない、バーベキューをするか。
庭に火炎板(炎を発する魔法道具の板だよ)を設置する私を見て、リーシェは前脚で肉を指す。
(私は生のままで大丈夫ですので、先にこれを半分に切り分けてください)
つまり半分はよこせと? まあ体の大きさからすれば妥当なのかな……。
切り分けたサーロインをリーシェは鷲掴み。すぐに嬉々としてかぶりつきはじめた。それを横目に、私とセレーナも火炎板に鉄板を乗せて肉を焼く。
焼けていく肉を見つめるセレーナの顔もちょっと嬉しそうだ。肉食兎ほどじゃないにしろ、彼女も結構好きなんだよね。
「体作りは騎士の基本だからな。お、もう食べられそうだぞ」
「まだ早いんじゃない? リーシェもセレーナも食いしんぼうだな。いつか食べ物で痛い目に遭っても知らないから」
私の小言などどこ吹く風でセレーナは肉に塩をつけて口に運ぶ。
「もういけるよ、すごく美味しい。ほら、エミリアも」
「そう? じゃあ、いただこうかな」
と私が肉を一口食べたその時だった。
ドタン! と大きな音をたてて突然リーシェが地面に倒れこむ。
え、いったいどうしたの……? ……ちょっと、……ちょっと待って、これ……。
契約者である私はすぐに違和感に気付いた。リーシェからは何の思念も伝わってこないのだから。こんなことは契約を結んでから初めてだった。
……リーシェ、死んで、る……?
慌てて隣のセレーナの方を振り向いた瞬間、彼女も急に意識が飛んだようにその場に崩れた。
「セ! セレーナまで!」
ま、まさか、死んだの……?
……どうしてこんなことが……、原因はいったい……、いや、原因は明らかに肉だ! そ、そ、そして……、私もその肉を食べてしまった――――!
じゃあすぐに私も……!
この予感を裏付けるように、一帯の時間がピタッと停止した。
し、死の間際のあれが発動した! もう間違いない! 私も確実にもうすぐ死ぬ!
そもそもどうしてこんな事態に! 私もセレーナも命を狙われる筋合いは全くないのに……。……あ、差し入れられたのはリーシェの大好物のサーロインだ。だったら狙われたのは裏社会のマッドラビットだよ! だから食べ物で痛い目に遭うって言ったでしょ!
なんて考えてる場合じゃなかった!
……おそらくあの肉にはすごい猛毒が仕込まれていたはず。体の大きなリーシェが苦しみもせずに死んだから。
私はいつ死ぬの……? 時間が百倍に伸びているから少しは予兆がある……? も、もし、全然予兆がなかったら……?
怖い怖い怖い怖いっ!
狼の時と違ってタイムリミットが分からないから余計に怖いっ!
はははははは早く時間戻って!
…………。
もももももも戻らない!
どうして! エネルギーか! エネルギーが足りないのか! 私今かつてないほどに精神エネルギー放ってるって!
……ああ、……も、もう、助からないかも……。
……いや、諦めてたまるか! 私だけじゃなくセレーナとリーシェの命も懸かってるんだから!
根性だ――――――――!
キィィ――――――――……ン。
……本当に結構頑張らないと、普通に死にます。