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2 令嬢エミリア、婚約破棄をやり直す。


 ――――。



 私はエミリアとしての生を受ける前、光に覆われた空間を漂っていた。

 見渡す限り何もない所だけど、包みこむような大きな存在を感じる。神様とかいうやつかもしれない。私の心の中に語りかけてきた。


『あなたは割と可哀想な魂です。これから新たに始まる高校生活に希望を膨らませるも、その初日、入学式に向かう途中で交通事故に遭いました。あなたは舞い散る桜と共に命を散らした気の毒な女子高生だったのです』


 何をうまいこと言ってるんだよ、不謹慎だな。

 けどそうだ、私、楽しみにしていた女子高生生活の初日に死んじゃったんだ……。


『ですので、次の生はあなたの望みを叶えてあげましょう。次は何に生まれたいですか? 鳥でも馬でも思うがままですよ。おすすめはドラゴンなどの魔獣です』


 どうして人外だ、人間に決まってるでしょ。ドラゴンなんているわけないし。


『いいえ、あなたが今から赴く世界にはいます。以前の世界の、中世西洋に似た雰囲気で、科学の代わりに魔法が発達しています』


 おお、ファンタジーだね。じゃあ、前は定食屋の娘だったから、今度はどっかの国のお姫様にしてもらおうかな。


『え、王族なんて自由が制限されていて何も自分でできませんよ。貴族くらいにしておきなさい。侯爵家の次女辺りがおすすめです』


 じゃ、じゃあ、それで……。

 あ、魔法とかあるんだったら、ついでに何かすごい能力もおまけしてよ。


『……あまり調子に乗ると虫に転生させますよ』


 ……ごめんなさい、あなたが軽い感じだったから調子に乗りました……。虫は許してください……。


『まあ、いいでしょう。では、時間を戻すことができる力を授けます。二十四時間までなら巻き戻し可能です』


 それってすごい能力では!


『はい、ですので発動には相当なエネルギーを要します。簡単には使えないでしょうが、今度こそ後悔のない人生を送りなさい』


 そう言われたのを最後に、神様っぽい何かとの会話は終了して私の意識は途絶えた。


 ――――。



 ……そうだった。なら、授かったあの時間を巻き戻す力が発動したってことか。

 確かに私、マリリスさんの本性を知って相当なエネルギーを発した気がする……。


 ……だけど、以前の私、本当にぼんやり生きていたよね……。

 経験や記憶が人格を形作るって聞いたことがあるけど、まさにその通りだと思う。今の私は、大切に育てられた令嬢に定食屋の娘が合わさった状態だ。

 今なら以前は見えなかったものがはっきりと見える。オリバー様が私と一緒にいる時でも他の女性をチラチラ見ていたこととか、マリリスさんが私にやたらとお世辞を言ってきていたこととか。

 まったく……、令嬢エミリア、ぼんやりしすぎでしょ……。


 セレーナだって何度も気をつけるように言ってくれていたのに。と視線を向けると、彼女はまた心配そうに私の顔を見つめていた。


「……エミリア、本当に大丈夫か? さっきから様子がかなり変だぞ」

「ごめんごめん、いつものぼんやりだから気にしないで」


 ……しまった、これまでと喋り方が違うから余計に不審に思われてる。

 でも、セレーナってすごくいい子だよね。いくら幼なじみといっても、手のかかる私の世話をここまで焼いてくれるなんて。


 はっ! もしや彼女が真の親友というやつなのでは! オリバー様とかマリリスさんとかろくでもない人もいるけど、私にはちゃんと真の親友がいた!

 目をうるませる私を見て、セレーナはさらに心配になったようだ。


「お、おい、エミリア! 今日のお前はいったいどうなっているんだ!」

「……何でもないよ、喋り方もちょっとイメチェンしただけなの。さあ、ランチにしよう。あ、セレーナ、私のご飯も食べていいよ。親友だし」


 これって私が憧れていた友達との女子高生ランチに近いかも。しかも、ただの友達じゃなく私のことを想ってくれる大親友。これまで何度も経験してるはずなのにめちゃくちゃ楽しい!

 とセレーナとお喋りしつつランチをしていておかしな事実に気付く。

 ……あれ、ご飯が全然足りない。今までこの量で充分だったのに、なんで? ていうか、よく今までこの量で充分だったな、私。

 必然的にセレーナが食べているサンドイッチに視線が向かった。


「……セレーナ、少しご飯分けてもらっても、いいかな?」

「……お前、もう本当に別人だぞ。食べていいよ。それより今日は夜会の日だったな。エミリアはやっぱりオリバーと一緒に行くんだろ?」


 そうだ、時間が戻ったから問題の夜会はこれからなんだよね。うーん、どうしようかな。結局、私にとっては前のあの形がベストだったし。

 だって、オリバー様と結婚したら私の人生は詰む。


「夜会だけど、セレーナ一緒に行かない?」

「え、オリバーはいいのか?」

「いいのいいの」


 こうして私は、本日の夜会では婚約者とは現地で落ち合う段取りをつけた。


 セレーナは普段なら夜会になんて出ないけど、私のために出席してくれることに。やっぱり間違いない、彼女は私の親友だ。

 ちなみに服装は、私はいつも通りドレス姿で、セレーナはなんと騎士団の正装でやって来た。令嬢方の視線はセレーナに釘付けに。はっきり言って、どの男性よりも格段にかっこいい。


 ちょっと皆さん、彼女は私の親友だからね。

 そう周囲を威嚇しつつケーキを頬張っていると、突然マリリスさんが倒れこんだ。

 このシーンを見るのが二度目で、彼女の本性も知っている私にはすごくわざとらしく見えた。

 とりあえず、一応驚いたふりはしておこう。


「まあ大変、マリリスさん大丈夫ですか。これはいけません、オリバー様、彼女を介抱してあげてくださいませんか?」

「え、ああ、分かった」


 かなり棒読みになってしまったけど、マリリスさんは私の婚約者の手を借りて部屋を出ていった。


 …………。これでよし。

 やり直しのチャンスを得た私が選んだ道は、前回と同じ、だった。オリバー様はマリリスさんに引き取ってもらうことにした。


 ケーキを食べつつ一息ついていると、セレーナが令嬢方に囲まれているのが見えた。

 こっちは全然よろしくない!

 私は令嬢方の包囲を突破してセレーナを引っ張り出す。壁際まで避難すると、幼なじみの彼女も安堵のため息を吐いた。


「夜会はやっぱり苦手だ……。エミリアに誘われてももう二度と出ないから」

「……ここまでモテるとは思わなかったよ。じゃあもう帰ろう。セレーナもうちに寄っていってよ」

「オリバーはいいのか? さっき、マリリスと二人でどっかに行っただろ」

「あれでいいんだよ、明日には私、ようやく解放されるんだから」


 私の言葉にセレーナは驚いた顔になったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。


「ついに気付いたか」

「今までずっとありがとうね。いやー、明日が待ち遠しいよ」


 ――――。



 二度目のその日を、私は前回とは違って晴れ晴れした気持ちで迎えた。

 やはりオリバー様は何かに酔ったように「時間は戻らない」と話しはじめ、私に婚約破棄を告げてきた。


「分かりました、では運命の人とお幸せに」


 私の返答があっさりしすぎていたのか、オリバー様はきょとんとした表情に。気にせず先に部屋を退出し、そのまま学園も後にした。

 馬車の前では、セレーナが今回は落ち着いた様子で待っていた。


「婚約破棄おめでとう、と言うべきかな」

「ありがとう、二人でお祝いのパーティーをしよう」


 セレーナと馬車に乗りこみ、今日は揃って学園を早退。お喋りしながら高鳴る気持ちで窓の外を流れる町の景色を眺める。

 すると自宅屋敷前に、そんな楽しい気持ちに水を差す人物が。マリリスさんがいかにも申し訳なさそうな顔を作って立っている。

 私は下車せずに窓だけを開けた。


「マリリスさん、お詫びなら結構ですよ。あと、市場で買った安物のハンカチも結構です。ああ、あれはお母さんの形見という設定でしたっけ」


 マリリスさんは誰かさんと同様にきょとんとした表情になった後に途端に青ざめる。彼女をおいて、馬車は屋敷の門をくぐっていった。


 ろくでもない婚約者と友人との縁がまとめて切れた私はその夜、パジャマパーティーで弾けに弾けた。周囲の人達も、私の性格が突然変わったのは婚約者に裏切られたショックから、といいように解釈してくれたようだ。しかも、どうやら同情からしばらく私の自由にさせてくれるみたい。


 実は、前世の記憶を得てからやってみたいことがあった。それは、この世界を旅して回ること。

 数日間計画を練った後に、当主である父に許可をもらいにいった。

 私を溺愛している父(この人のせいで前エミリアがぼんやりした令嬢に育ったと言っても過言ではない)は当然のように反対してきたが、セレーナが一緒に行くと言うと渋々折れてくれた。聞けばなんと彼女は騎士団でも、一、二を争う腕前で、魔獣の討伐隊にも何度も参加しているらしい。


 父の執務室を出ると、実力を隠していた幼なじみを横目に見る。


「そんなに強かったなんて……」

「別にわざわざ言うことでもないだろ。実は私も王国の外に興味があったんだ。エミリアの警護ってことなら私の家も許してくれるだろうし、ちょうどよかったよ」

「そっか、しっかり守ってね。だけど、魔獣ってそんなに危険なの?」

「知らずに旅に出るとか言ってたのか……。まあドラゴンでも出ない限りは大丈夫だよ、あれは一頭で一国を滅ぼすからな」


 えー、私、ドラゴンに転生すればよかったかな。もしかして千載一遇のチャンスを逃した? ドラゴンだったら面倒な人間関係も全て焼き払えたのに。


『だから、私はおすすめしました。あなたの適性は人外です』


 ……ん? 今、何かすごく失礼な声が聞こえたような?

 首を傾げていると廊下の先を歩いていたセレーナがくるりと振り返った。


「そういえば、噂じゃオリバーとマリリスはもう来月にも式を挙げるらしいぞ。ずいぶんせっかちだよな」


 ……それ、きっとマリリスさんが急かしたんだ。私とこの侯爵家が婚約者の座を奪い返しに来る前にさっさと結婚してしまおうと。


 そんなことしないし、学園の卒業まであと一年以上あるから、マリリスさんならオリバー様の女好きな性格を見抜いて逃げることもできたはずなのに。まあ、彼女が選んだ道だし、仕方ないか。


 マリリスさんはおそらく、相手が貴族だろうが何だろうが自分は上手く立ち回れる、と思っているに違いない。

 でも、貴族社会はそんなに甘いものじゃない。貴族としての経験が十六年ある私はその怖さをよく知っている。私ならもしかしたら侯爵家の力で助けてもらえたかもしれないけど、マリリスさんの実家は男爵家。厳しいだろうなー……。


 とりあえず、今の私にできるのは、マリリスさんが本当にオリバー様の運命の女性であることを祈るくらいだ。


 それから程なく、私は二人の結婚式を見ることなくセレーナと旅に出た。


 ――――。



 少し後日談を話しておこうかな。


 およそ一年後に帰ってきた時、オリバー様の公爵家は私が危惧した通りの状態に。次期当主であるオリバー様はその若さも手伝ってあちこちの女性に手を出し、外聞を気にする公爵家は取り繕うのに必死になっていた。

 そんな中で、正妻であるマリリスさんが最も気の毒と言えるだろう。離縁も許されず、外で余計なことを話さないように屋敷内の一室にほぼ軟禁状態。家同士の力の差が大きいとこういうこともまかり通るので本当に怖い。彼女は閉じこめられたまま一生を終える運命にあった。


 マリリスさんは心の底から思っていたかもしれない。

 時間を戻せるものなら戻したい、と。


 まあ、私の身代わりになった風でもあるので(彼女が自ら全力で飛びこんだわけだけど)、さすがに可哀想だったので救出することになった。

 もちろん、この時点においてもろくでもないオリバー様には少し痛い目を見てもらった上で。


 その辺の話はまた機会があれば。


人格が途中で変わっているだけに、1話と2話で違う小説のようになりました。

時間を戻す力より転生による人格統合の影響が大きいような……。

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