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プロローグ 妹が急に「私は異世界からの転生者です」とサバの味噌煮定食を作ってきた。


 私は侯爵家の長女、アンジェリカ。次期当主として背負うものは色々とあるけれど、はっきり言ってそんなものはどうでもいい。それより遥かに大切なものが私にはあった。まさに神が授けてくださった天使、妹のエミリアよ。五つ歳が離れていることもあって、私は昔からあの子を目に入れても痛くないほどに可愛がってきた。


 ところが、そんな大切なエミリアに大変な不幸が。あの子の婚約者である公爵家長男のオリバーが、他の女の色目にひっかかり、急に婚約破棄をつきつけてきた。しかも、色目を使った女というのがよりにもよってエミリアの友人であるマリリスだった。


 婚約者からも友人からも裏切られて可哀想なエミリア……。これは私が慰めてあげないと、と思っていた矢先に異変が起きる。

 それまで物静かでおっとりした性格だったエミリアが豹変した。別人のように積極的な性格に変わり、活発に動き回るようになってしまった。


 ……裏切りがよほどショックだったのかしら?

 こちらのエミリアも元気で可愛いのだけれど、私は心配でたまらなかった。

 さらにあろうことか、エミリアは世界を旅して回りたいと言い出す。それに向けての準備をサクサクと進めていった。


 な、なんて行動力……、以前は私や家の者がいなければ自分では何も決められなかったのに……、本当にもう別人だわ。

 ……いけない、このままでは私の天使が飛んでいってしまう。


 こうなったら、……エミリアを部屋に閉じこめて監禁するしかない。


 安心して、旅を諦めるならすぐに出してあげるし、それ以外のことなら何でも自由にさせてあげるから。家は私がしっかりと維持して商売の方でも頑張ってお金を稼ぐわ。一生何不自由ない暮らしをさせてあげるから一生私の隣にいて!


 よし、そうと決まれば早速エミリアを捕まえにいきましょ。

 自分の執務室にいた私は決意と共に席から立ち上がった。ちょうどその時、扉をノックする音が室内に響く。


「お姉様、少しお時間よろしいですか?」


 エミリアの声! 飛んで火に入る何とやらだわ!


「入って、私もちょうどあなたに話があったのよ」


 椅子からは立ったままで、いつでも飛びかかれる準備をして妹を招き入れた。

 しかし、入ってきたエミリアを見て意表を突かれる。彼女は手に見慣れない食べ物を持っていた。それを私の執務机の上に。


「……エミリア、これは何?」

「サバの味噌煮定食です、お姉様」


 どうやらサバを煮込んだ料理のようだけど……、定食?

 私が謎の料理を前に固まっていると、執務机の前にやって来たエミリアが語りはじめた。


「私の前世はこの世界の人間ではありません」

「え……、どういうことなの?」


 エミリアが言うには、以前は別の世界で生きていて、そこで事故に遭って亡くなりこの世界に転生したらしい。婚約を破棄されたショックでその記憶が甦ってきたのだとか。前の世界では定食屋というレストランの娘で、彼女も提供していたメニューを作れるそうだわ。

 なるほど、このサバの何とやらは数あるメニューの一つなのね。


「アンジェリカお姉様にぜひ召し上がってほしいんです」

「…………、いただきましょう。エミリアが初めて私のために作ってくれたお料理を食べないなんて選択肢はないわ、たとえそれが異世界のものでも」


 ナイフを入れたサバはとても柔らかく、フォークで口に運ぶと濃厚な旨みが広がった。

 美味しい……! そしてライスにとてもよく合うわ!

 気付けば私は定食を完食していた。口元を直すとエミリアに視線を送る。


「とても美味しかったわ、エミリアが作ったかと思うとなおさらに。それで、私にこれを食べさせて前世の話をしたのはどうして?」

「私の旅を認めてほしいんです。お姉様なら私を監禁してでも阻止しにくると思ったので」

「そ、そ、そんなことするわけないでしょ……!」

「前世の私はやりたいこともできずに命を失いました。今回は後悔のない人生を送りたい、この世界を巡って色んなものを見てみたいんです」


 ……本当に、以前のエミリアと比べると別人のようにしっかりしたわ。記憶が戻るだけでこんなに人が変わるなんて……、あら?


「ちょっと待ってエミリア、もしかして以前のあなたは消えてしまったの?」

「いいえ、前世の私とこの世界で十六年生きた私が合わさって今の私になっています。……ただその、この世界の私は結構空っぽだったので、前世の私が色濃く出てるというか」


 結構、空っぽ……?


 その言葉は私にとって衝撃だった。

 間違いなく原因はエミリアを溺愛していた私にある。何でもしてあげるのが彼女の幸せでもあると思っていたのだけれど、……そうじゃなかったのかもしれない。

 私は、エミリアをただのお人形にしてしまっていた……。


 妹が執務室を去った後も、私は自分の行いを大いに反省した。

 さらに一日しっかりと反省した末に、彼女の旅を応援しようという答に至る。



 ――――。


 執務室で仕事をしていると、夫のケヴィンが豪華な箱を持って入ってきた。


「また送られてきたよ、公爵家からお詫びの品が」


 箱を受け取った私は早速開封して中身を確認。一段目にはお菓子が綺麗に並んでおり、内蓋を取ると下には……。


「今回も札束が綺麗に並んでいるわ、いただいておきましょう」


 取り出したお金を持って棚の一つを開ける。中にはこれまで送られてきたお詫びの札束がしまってあった。そこに今回の一千万ルタを上乗せ。


「これで五千万になったわね。エミリアが稼いだお金だから旅に持たせたいのだけれど、今のあの子なら断りそうね……。知り合いに頼んでうまく渡してもらおうかしら」


 私がそう呟きながら執務机に戻ると、ケヴィンは何か言いたげな表情をしている。


「はっきり言いなさいよ」

「……君は、エミリアのことになると本当に怖い」

「今更じゃない、分かっていて私と結婚したのでしょ」


 婿に入ってくれたケヴィンは伯爵家の次男で、私の幼なじみでもあった。昔から私のことをよく知っているので、エミリアが私にとってどういう存在かも理解している。


 彼が怖いと言ったのはおそらく、エミリアがオリバーから婚約破棄されるように私が仕組んだことだろう。


 大切な妹の婚約者であるオリバーを、当然ながら私は常に監視していた。子供の頃から女好きのマセたガキだと思っていたけど、成長に伴ってそれは顕著になっていった。あんな男と結婚したらエミリアは確実に不幸になる。何としても婚約は破談させなければ。

 しかし、オリバーの家は当家より格上の公爵家。商売の上でも結びつきが強いので、角が立つのは避ける必要があった。


 そこで、エミリアの友人マリリスに頑張ってもらうことにした。エミリア周辺の人間なのでもちろんあの子も監視対象。マリリスは平民から男爵家の養女になっただけあってとても野心的な子よ。エミリアに引っついて何かに利用してやろうと企んでいたわ。妹の目は騙せても私の調査は欺けない。

 オリバーが当家に来る時は、必ずマリリスも招待するようにした。お膳立てに精を出した甲斐あって彼女はついにオリバーを奪取。


 念願の婚約破棄が成就し、現在は、勝手に家同士の約束事を違えたオリバーの後始末に追われる公爵家からお詫びを受け取る日々よ。

 全ては私の計画通りに進んだ、はずだった。


「それがまさか、エミリアに前世の記憶が生えて旅立つことになるなんて……」


 窓辺に移動した私は外の景色を眺めながら思わずそうこぼしていた。

 いえ、エミリアの旅を応援するんだったわ……。


「裏社会であの子を守ってくれそうな用心棒でも捜してこようかしらね」


 そう呟くといつの間にか隣にやって来ていたケヴィンが遠くを見ながらぽつりと。


「……各業界に精通しすぎだ。アンジェリカ、君が当主になったら、侯爵家が公爵家を食うと思う」


次話から本編です。

よろしければ引き続きどうぞ。

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