嫉妬と羨望
聖が庁舎の静かな書庫で時間を潰している間、清十郎は書類仕事に追われていた。聖は古い貴重な書物や絵巻、絵画を眺めながら、その世界に没頭していた。ふと、高い本棚の上にある剣術の書物に手をかけようと腕を伸ばしたが、どうしても届かない。困った彼女の背後から、いきなり手が伸びてきた。
「ちょ、俺だよ。赤木進次郎!」
驚いた聖は、瞬時に背後に回り込み刀を抜こうと構えた。そこにいるのは進次郎だと知り、一瞬の緊張が解けた。「あ、すみません。失礼しました。」聖は硬い表情を崩して、無礼を詫びる。進次郎は笑顔を浮かべながら、取った本をポンと聖に渡した。「ありがとうございます。」
彼女は静かに礼を言い、書庫内の椅子に腰を下ろして読み始めた。進次郎はその様子を見守りながら、自分の探していた書物に目を移した。しばらくして、進次郎がお目当ての書物を読み終えると、目を机に向けると、聖が静かに眠っていた。
彼女の銀髪は、陽の光を受けてキラキラと輝き、その光の粒がまるで掴めそうだった。思わず目を奪われた進次郎は、その神々しい姿に見惚れていた。だが、そのとき、清十郎が部屋に入ってきた。彼の態度はまるで柔らかい風のようだった。「お疲れ様です。」と、進次郎はいつもより静かな声で清十郎に敬礼する。
清十郎が聖に目をやり、納得したように頷いた。「赤木、聖は耳が聞こえない。気を使う必要はない。」そう言って、彼が彼女に近づき、優しく肩を揺らして起こした。普段の清十郎は厳格で、その姿勢には強さがあったが、今の彼はまるで慈愛に満ちた父のように聖に接している。
目を擦りながら目覚めた聖は、まだ眠そうにしていた。清十郎はため息をつきながら、彼女をそっと抱きかかえ、部屋を後にした。進次郎は、その光景を見つめながら、自分の感情を整理できずにいた。嫉妬と羨望、そして少しの羨ましさ。清十郎ほど聖の心を掴むことができないのだろう──そんな思いが胸をよぎった。