白い悪夢
「大丈夫ですか?俺たちが本気でやれば、彼女が怪我するかもしれませんよ。」と、一人の隊員が不安を口にした。
「よし、それなら安全のために木刀にしよう。」と言って、隊員が木刀を取りに行かせると、清十郎はその木刀を受け取り、聖に手渡した。周囲の隊員たちは、隊長の行動の意図がさっぱり理解できず、戸惑いの表情を浮かべていた。
「では、そうだな。腕に自信のある者、四人、前に出てこい。」清十郎の言葉に、ますます隊員たちは混乱した。彼の意図は何なのか、そしてこの状況がどこに向かっているのか、誰もが分からないまま、静かな緊張感が場を包み込んでいた。
四人は、言われた通りに前へ出た。木刀を手にした聖を囲むように、四人の成人、青年男性の妖討伐隊員が立ち並んでいた。普通なら絶体絶命の状態に見えたが、聖の表情には全く緊張の色がなかった。彼女は焦りを微塵も見せず、むしろ、静寂の中で微笑んでいるかのようだった。
「では、手合わせ開始!」清十郎の声が響き渡り、辰巳隊員が切り込んできた。彼の攻撃はやや舐めたように見えたが、聖はその瞬間、しなやかな身を翻し、彼の真剣を軽やかにかわした。その動きは足音すら掻き消すような美しさで、まるで舞踏の一幕を思わせた。
次々と攻撃が聖に向けられる。しかし、彼女はまるで赤子と遊ぶように、全ての攻撃を見事に交わし、無駄のない動きでそれを繰り返していく。その姿は、剣の舞を舞っているかのようだった。周囲の隊員たちは、異様な光景に目を奪われ、攻撃の手が止まる。
突如として、進次郎が横から斬り掛かる。その瞬間、聖の目が冷たく光る。彼女の動きは瞬時に変わり、無防備な進次郎に向かって一撃を加えた。木刀が彼の脇腹に響くと、進次郎は思わず呻く。彼女の狙いは明確だった。進次郎の隙を突いて、彼女が放った一手が何とも言えない衝撃を与えたのだ。
それを合図に、辰巳隊員と他の二名も襲いかかる。しかし、聖は彼らの動きすら全て見透かし、次々と攻撃を避けながら、ついには四人全員を力強く薙ぎ倒していく。彼女の動きは流れるように滑らかで、まるで狂おしく美しい舞踏を演じているようでもあった。
「よし!終わりだ。」清十郎が声を上げ、試合はあっけなく終息した。彼は、そのまま聖に近づき、肩を軽く叩いた。その瞬間、珍しく彼の顔には微笑みが浮かんでいた。すべてが終わった静寂の中、聖はその優雅さを保ちながら、ゆっくりと深呼吸をしていた。彼女が描く戦いの舞が、ただの勝負を超えた何か特別なものであることを、周囲の者たちは感じずにはいられなかった。
進次郎は痛む脇腹をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。その瞬間、目の前に白い手が差し出されているのに気づいた。顔を上げると、そこには妖精のように美しい聖が立っていた。
彼女の手を取って立ち上がった進次郎は、その手の感触に驚きを隠せなかった。柔らかさとは裏腹に、手はカチカチに固まっており、まるで上級の剣客が持つような力強さを秘めていた。着物の裾からちらりと見えた腕は、生傷やあざ、出血痕が幾つもあり、彼女の日々の厳しい修業の様子が伺えた。
聖は小さな声で謝罪した。「……ごめんなさい。」
進次郎は優しく微笑み、「別に大丈夫だよ。それより君は強いね。参ったよ。あははは。」と照れくさそうに笑った。彼女の意外な手の感触と、見た目とのギャップに驚かされながらも、可愛らしい聖との接触に、心が高鳴るのを感じた。彼の心には、彼女との出会いの特別な瞬間が刻まれた。
隊長が新たに連れてきた妖精。それは「白い悪夢」という名で呼ばれるようになった。妖精が現れた初日から、隊員たちは彼女の存在に恐れを抱くようになっていた。彼女の姿は、まさに白い悪夢そのものだった。
手合わせの初日、妖精はその圧倒的な強さを見せつけた。彼女の動きは非常に俊敏で、まるで空気そのものが彼女の命令に従っているかのようだった。身を切るような冷たさを宿した彼女の目。そして、笑顔の裏に隠された冷徹な意志。それは、隊員たちの心に深い恐怖を植え付けた。
その後の訓練では、彼女の厳しさは想像を絶するものだった。模範演習では、隊員たちはまるで命懸けで取り組むかのようにしごかれた。白い悪夢が織りなす剣術の中で、彼らは試練と向き合わなければならなかった。胸元には常に除隊届を隠し抱え、いつでも逃げ出せる準備をしている自分に、彼らは苦悩した。
それでも、隊員たちは憧れと恐怖の狭間で揺れ動いた。白い悪夢が示す真の力を理解し、彼女の教えを受け入れようとする者もいれば、その強さに屈服しようとする者もいた。どちらにせよ、彼女の存在は隊員たちにとって忘れがたい悪夢として記憶されることとなった。彼らは、白い悪夢の教えの中で生き残るため、日々戦い続けるのだった。