宣戦布告
放課後、生徒会長選挙のミーティングの為に生徒会室に涼介と向かった私は、緊張する涼介を横目に、ようやく十年前の龍矢と向かい合うことになった。
「美姫さん、退院できてよかったね」
さっそく、何も知らない龍矢がいい人オーラ全開で話しかけてきた。正直唾を吐いて怒鳴り返してやりたかったけど、ぐっと堪えて作り笑いで礼だけ返した。
そんなやりとりもつかの間、候補者全員と役員が揃ったことで会議は私と涼介以外は穏やかなムードで始まった。
「では、投票の方式について確認します。投票の方式は、龍矢君が提案した通りに無記名方式から記名方式に変更でいいですか?」
みんなを見渡しながら、現生徒会長が議題の内容を口にしていく。今日のミーティングは、週明けから始まる選挙に関するルールの確認が主な目的となっていた。
「ちょっといいですか?」
龍矢の提案だからこそ誰も異論はなしという空気の中、私は涼介よりも先にすかさず手を上げた。
「投票は、やっぱり無記名方式がいいと思います」
私の挙手にわずかな緊張が広がる中、十年前に涼介が提案するはずだった内容を代わりに口にした。
そう、全ての始まりはまさにここからだった。この場で涼介は龍矢の意見に反する内容を提案したことで逆恨みされ、かつ、私は人生を破滅させられる結果となった。
だから私の最初の目的は、涼介の身代わりになることだった。川下美姫という超絶権力があれば、龍矢といえ無理に思惑を通すことはできないし、周りのみんなもうかつに龍矢に賛同することはできないはず。それに、美姫が相手なら龍矢が逆恨みしたとしても些末な問題でしかなかった。
「川下さん、反対する理由はなんですか?」
「理由? そんなの簡単です。この根暗の馬鹿にいいようにさせたくないからです」
恐る恐るといった感じに尋ねてきた生徒会長の問いに、胸にわきあがる怒りもあってつい暴言が口から出てしまった。当然、場の空気は一瞬にして凍りつき、指をさされた龍矢も表情を強張らせていた。
「あの、川下さん?」
「あ、会長、失礼しました。つい本音が先に出ちゃいましたけど、理由はちゃんとあります。記名方式だと、誰が投票して投票しなかったのかがこの馬鹿にわかってしまいますよね? そうなると、みんなはこの馬鹿を恐れて正しく投票しなくなります。せっかく優秀な立候補者がいるんですから、公平に投票の安全を保つためにも、無記名方式の方がいいと思います」
一応は破天荒だった美姫の性格を考慮しつつ、ぶっきらぼうに反対理由をみんなに伝えた。みんなは口を開けたまま固まっていたけど、なんとなく私の話に賛同しそうな雰囲気をだしていた。
「美姫さん、言葉を返すようだけど、記名方式だと僕だけじゃなく君にも有利なんじゃないかな?」
「まあね、確かに川下家ということを考えたら私も記名方式が有利かもね。でも、そんなことはもうどうでもいいの。私、立候補を取り下げるつもりなんだから」
ここぞとばかりに復讐プランの一つを披露したとたん、場の空気は一気にざわめきに変わっていった。
「というと?」
「私、今日をもって生徒会長への立候補を取り下げます。代わりに、今後は涼介くんと一緒に監査委員会で監査役を務めたいと思います。会長、もちろんオッケーですよね?」
唖然とする会長に、私は復讐プランのキーとなる監査役の立場を手にすることを要求した。会長はというと、いきなりの展開に動揺を隠せないようで、すぐには返事ができないでいた。
「今回の選挙では、この馬鹿が陰でこそこそと悪巧みしないように見張る人が必要だと思います。となれば、その役目は川上家に唯一対抗できる私が適任だと思いますが、みなさんどうですか?」
固まる会長をよそに、今度はみんなに一人ずつ視線を向けていく。もちろん、その眼差しには逆らったら川下家としてきっちり対応するよという意味合いをたっぷり含ませておいた。
「会長、みなさんから異論はありません。私が監査委員会に入っても問題ないですよね?」
ノーと言わせない勢いで会長に迫ると、能面顔になった龍矢をチラ見した後、会長は顔面蒼白のまま首を縦にふった。
――よし、これで第一関門突破ね
予定通り監査委員会に入れた私は、内心の笑いが出ないように口もとを引き締める。龍矢はというと、なんとか涼しい顔を保っているものの、明らかに怒りに満ちたオーラは隠しきれていなかった。
――龍矢、覚悟しておいてね。あんたのゲスな野望は私が全てぶち壊してやるから
怒りを必死に隠そうとする龍矢の横顔に、笑いを堪えながら宣戦布告をする。もちろん、狡猾な龍矢が相手だから簡単にはいかないのはわかっているけど、美姫の超絶権力を手にした今、はっきりと龍矢を戦えることだけは確信できた。
私の意外な言動に空気は混乱しながらも、なんとか無事にミーティングは終了した。終始唖然としていた涼介だったけど、ひとまず涼介の危機を回避できてよかった。
「美姫さん、ちょっといいかな?」
ミーティングの後、困惑した表情の龍矢が声をかけてきた。これをチャンスだと思った私は、涼介に先に行くように伝えて龍矢と二人で話すことにした。
「僕、なにか美姫さんに恨まれることでもしたかな?」
誰もいない廊下に二人で向かい合うと、相変わらず人の良さそうなオーラを崩すことなく龍矢が切り出してきた。
「そうね、今はまだ恨まれることはしてないかな。それに、美姫さんが恨んでるわけでもないとだけ言っておこうかな」
「どういうこと? ちょっと意味がわからないんだけど」
「まあ、そうなるよね。でも、話したら長くなるし、簡単に言えば、あんたの馬鹿げた野望をぶち壊しにきた人がいるってこと」
さすがに美姫には横暴な態度をとれないのか、かしこまったままの龍矢が滑稽に思え、私は我慢できずに笑いながら事の一部を説明した。
「ねえ龍矢」
私の言動を理解できずさらに困惑する龍矢に、私は表情を引き締め直して真っ直ぐに視線を向けた。
「あんたさ、セミの羽なんかむしって楽しい?」
「な、なにを言って――」
私と龍矢しか知らない龍矢の核心を突くと、龍矢は初めて明らかな動揺を見せた。その狼狽ぶりに内心ガッツポーズをとりつつ、ゆっくりと龍矢との距離を詰めていった。
「どういうつもりか知らないが、いくら美姫さんとはいえやりすぎは見過ごせないよ」
必死に冷静さを保とうとしながらも、引きつり強張る龍矢の表情からは、困惑と怒りが同時にあふれ出ていた。
「なに? 私とガチでやり合うつもり? そんな度胸、あんたにあったっけ?」
「なんのつもりかはわからないけど、これ以上はさすがに許せないぞ」
「許してもらわなくて結構。その代わり、あんたのその羽、私がむしり取ってやるから!」
ようやく毒牙をむいて本性を現した龍矢に、積年の恨みを込めて言い放った。この戦いは、私だけではなく龍矢に羽をむしり取られたみんなの恨みを晴らす戦いでもあった。
「どういうつもりか知らないが、やれるものならやってみろ!」
私の一喝に怯むことなく、龍矢も本性をむき出しにして睨みをきかせて声を荒げだした。
こうして、ひょんなきっかけで始まった私の復讐劇は、互いに宣戦布告を交わし合ったことで静かに戦いの幕を開けることになっていった。
〜第一章 完〜
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
この後からは、生徒会長選挙を舞台とした復讐劇が始まりますが、単なる復讐劇ではなくさまざまなドラマを加えたいと考えています。今後も、引き続き応援とお付き合いいただけたら嬉しく思います。
尚、次章からはストーリーの整合性を確認次第投稿していきますのでよろしくお願いします。