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目覚めたら名家の長女になっていた

 目覚めると、私は病院のベッドの上だった。一瞬、状況がわからなかったけど、脳裏にトラックのヘッドライトが浮かんだことでなんとなく察しがついた。


 ――ん? ちょっと待って


 少しずつ記憶が蘇り、事故に遭って病院に運ばれたと思ったのもつかの間、異変に気づいたのは半身を起こした時だった。


 ――茶髪?


 はらりと肩越しに落ちた茶色の髪を見て、一瞬で息が止まってしまう。私はいつもショートカットの黒髪なのに、なぜか今手にしている髪はロン毛の茶髪だった。しかも、色白と言われていた肌もほどよく焼けた小麦色をしていて、まるで自分が自分ではない感覚に心臓がはね上がって乱れ打ち始めた。


「美姫! ちょっとあなた、美姫が起きてますよ!」


 不意にドアが開き、顔を覗かせた品のいい中年女性が、私を見るなりかけ寄ってくる。そのまま私を強く抱きしめると、重厚な雰囲気をまといながらも破顔したスーツ姿の男性を手招きした。


「美姫、大丈夫なのか?」


 何が起きてるのかわからず黙っている私の手を、目尻に涙を浮かばせた男が力強く握ってきた。雰囲気からして、この二人は両親だろう。けど、はっきりと見覚えがあるとはいえ、間違いなく私の両親ではなかった。


「すみません、ちょっと診察しますので一旦部屋の外にお願いできますか?」


 やや遅れて現れた白衣の若い医師が、落ち着いた表情で両親とおぼしき二人を退出させていく。その際、なぜか私を見るなり意味深な笑みを向けてきた。


「色々と混乱しているみたいだね。さて、どこから話をしようかな」


 近くにあったパイプ椅子に座った医師は、理解が追いつかず固まっている私を診察することなく、なぜか頭をしきりにかき続けてうなるだけだった。


「君は、事故に遭ったことを覚えているかな?」


「いえ、事故に遭ったかどうかはわかりませんけど、その、トラックの光に包まれたまでは覚えています」


「そっか、詳しいことはわからなくて当然か。だったら手短に説明しようかな。まず、君は確かにトラックにはねられるという事故に遭っている。本来であれば、君は事故に遭う予定はなかった。さらに言えば、あそこで死ぬ予定もなかった。本当は別の対象者がいたんだけど、ちょっとイレギュラーが起きてしまったんだ」


 表情を引き締め直した医師が、一つ咳払いして私に起きたことの説明を始めた。けど、最初から理解できる内容ではなかったせいで、意味不明な話に付き合わされる感覚に陥ってしまった。


「なので、イレギュラーを回避する為に君の魂を過去に戻すことにしたんだ。ただ、ちょっと僕も焦ってたというか、動揺していたというか、まあ平たく言えば戻す体を間違えたってことになるかな」


 ぎこちない笑みを浮かべたまま、しきりに頭をかく医師。事情はわからないけど、とりあえず何かをやらかしたということだけはなんとなく伝わってきた。


「すみません、言われてる意味がよくわからないです。それに、あなた、本当に医者なんですか?」


 医師の態度に一気に胡散臭さを感じた私は、なにかを取り繕おうとしていると判断してすぐに問い詰めてみた。


「もちろん、僕は医者ではないよ。今は、この人の体を借りて話をしてるだけなんだ」


「体を借りてる?」


「まあ詳しく話してもいいけど、たぶん理解できないだろうから割愛させてもらうよ。僕は、そうだね、神さまに近い存在だと思ってもらえたらいいかな」


「あの、ちょっと何を言われてるかよくわからないんですけど」


「まあ、確かにそうなるよね。そうだな、じゃあこれならどう?」


 顎に手をあててウンウン唸ってた医師が、何かを思いついたように手をたたくと、ポケットから手鏡を出して私に渡してきた。


「鏡を見て。そこに答えと現実があるから」


 急にトーンダウンした医師の声にかすかな不気味さを感じつつ、手にした鏡に目を向ける。この時、さっきの両親らしき二人を思い出し、なんとなくだけど私ではない顔が映るのはわかっていた。


――やっぱり、そうなるよね……


 鏡に映る顔を見て、まさかとは思いつつも目にした現実に息が止まってしまった。こういう不思議なことが起きる時は、たいてい見知らぬ人になっているのがセオリーだけど、鏡に映る顔は見知らぬどころか、この町に住む人なら誰でも知っている人物だった。


「川下、美姫さん?」


 いくら予想できたとはいえ、鏡に映る顔が信じられなくてつい名前が口からもれた。少し若い感じからして、まだ高校生ぐらいだろうか。とはいえ、鏡に映る顔は間違いなく川下家の長女であり、同級生でもある川下美姫だった。


「これでわかったと思うけど、君は今、川下美姫の体に魂が宿ってる」


「ちょっと待って、どういうこと?」


「詳しい理論は説明しても理解できないと思うから、なにが君に起きたかだけ話しをするよ。まず、最初に言った通り、イレギュラーが起きた君の魂を過去に戻した。けど、その際、ちょうど君と同じく入院している子がいたせいで、手違いが起きてこの子の体に宿すことになってしまったんだ」


 医師は相変わらず何事もないかのように語った。ただ、もうここまで来るともう不思議とかどうでもよくて、ただ起きていることに力なく笑うしかなかった。


 ――入院してたってことは、今はニ年生の二学期かな。確か、川下さんも同じ時期に風邪を拗らせて入院してたはず


 とりあえず今の状況を確認するため、無理矢理記憶を遡ってみる。私が風邪を拗らせて入院したのは、ちょうど生徒会長の選挙が始まる時期だったはず。川下さんも立候補してたけど、急に入院したから選挙戦で不利になるといった話をみんなでしていたことを思い出した。


「まあ、間違えたといっても問題はないから。この子の魂は一時的に僕が大切に預かっているしね。ただ、修正と未来に帰るためにしばらく時間がかかるから、それまでこの子の体で我慢してほしい」


 間違えたという部分をさらりと言いつつ、問題ないという部分をことさら強調してくる医師。この状況全てが問題だらけと言ってやりたかったけど、問題が大きすぎてもはや言い返すことも馬鹿らしくなっていた。


「まあ、この子はいい所のお嬢様みたいだから、しばらくは優雅な生活ができると思って勘弁してほしい」


 私が何も言わないことをいいことに、医師は勝手に話を終わらせようとしてきた。確かに、川下美姫はこの町では知らない者はいない超絶権力を持ったお嬢様だ。学校ではかなり破天荒な性格で有名だったし、その暮らしが派手だったことは、当時遠くで見ていてもよくわかるくらいだった。


 ――川下家の長女?


 優雅な暮らしは、川上に嫁いでから味わっているから興味はない。けど、川下家の長女という立場を改めて考えた瞬間、私の中に閃光に似た衝撃が走った。


「あの、この体にはどのくらいいられるんですか?」


 閃いたアイデアに高ぶる胸を押さえながら医師に確認すると、はっきりとはわからないながらも多少の時間の猶予はあるとのことだった。


 ――川下家の長女相手なら、当然龍矢も無茶はできないはず


 手にしたら力の大きさに思わず笑みがこぼれながら脳裏に浮かんだアイデア。それは、川下家の長女という立場を利用して、龍矢に復讐するというものだった。


 ――全ての元凶は、龍矢が生徒会長になることから始まってる。だから、もしそれを阻止することができたら


 龍矢が生徒会長になったことで、私は龍矢と出会ってしまった。だから、もし龍矢が生徒会長にならないように阻止できれば、このあと退院する私が龍矢と仲良くなることもないだろう。


 それに、龍矢は生徒会長になることで、自分に利のある人間の選別をしていた。その選別が将来に渡ってみんなを苦しめているから、みんなをここで救うこともできるかもしれなかった。


 そして、なによりも無惨に破滅へと導かれることになった私と幼なじみの涼介の恨みがある。ここで龍矢の野望を壊すことができれば、ひょっとしたら未来の私と涼介を変えることもできるかもしれなかった。


「魂が入れ替わっていることがバレるような派手なことはしないでね。もしバレてしまったら、大きく未来を変えることになってまた神さまからグチグチ言われるから」


「わかりました。派手なことはもちろんしません。ただ、ちょっと一人だけ川下家の権力を使って懲らしめたい人がいるだけですから」


 そう口にした私に医師は怪訝な目を向けてきたけど、私は「無茶はしませんから」と言葉を濁しつつも久しぶりに機嫌よく笑って返してやった。

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