「婚約して七年、愛せなかったから婚約破棄したい」「お互い様ですね」
この人に愛された人は幸せになれると思った。
女性ウケするタイプではなかったけれど、見る目がある人は、この人を選ぶだろうとも思った。
レイラレイ・アルヴァンテスは十歳でコッコルト・コランと婚約して、十七歳で婚約破棄されようとしていた。
その理由は「この七年間、レイラレイを愛せなかった」と言うものだった。
政略結婚なのに、それでいいのか?と疑問に思ったが、私も愛せなかったので「お互い様でしたね」と答えると、私の婚約者は憤慨して、私を突き飛ばし、運悪く、そこに噴水があって、その中に私は頭から落ちた。
婚約者は私のその姿を見て、笑った後、不味いと気がついたのか、走って逃げていった。
水に濡れて重くなったドレスを、絞りながら私は噴水から出て、我が家の紋章入りの馬車を探して、御者に声を掛けた。
御者は私の姿にびっくりして、馬車に乗せたが、座面が濡れると困るので、床に直に座って欲しいと、申し訳なさそうに言った。
私が自邸に帰ってきた姿を見た執事は、両親を呼び、メイド達にタオルを持ってこさせ、お風呂の手配をした。
両親に何があったのか聞かれ、びしょ濡れのまま、婚約者との間に交わされた言葉と、突き飛ばされ、笑われ、走って逃げたことを伝えた。
馬車寄せに婚約者の紋章入りの馬車がなかったことも伝えた。
両親は怒り狂って、兄のランバルントに至っては薄らと笑い、弟のガルデンタストと妹のラルーシャハスケは「だからあの男は駄目だと言ったでしょう?」と両親を責め立てていた。
兄はいつの間にか居なくなっていて、それに気がついた弟妹も姿を消し、父は馬車の用意をさせ、その馬車に乗って何処かへ行ってしまった。
私は母とメイドに自室に連れられて、お風呂で体を温めて、ベッドへと入れられた。
その日の夜から高熱が出始め、五日間高熱が続いて、起き上がれるようになったのは婚約破棄を言い渡された日から八日の日が経っていた。
私が寝ている間に、父は婚約者の両親にいかに酷い婚約者だったか伝え、私を噴水に突き飛ばした証人を集め、私は高熱で生死の境をさまよっていることになっていた。
その頃の私は熱のために氷菓を食べたい。とわがまま放題に、家族を翻弄していた。
婚約者の両親は父の怒りに震え上がり、言われるがまま、婚約解消にサインし、領地が接している部分の大半を我が家へ差し出し、慰謝料として金貨二百枚を支払い、私への謝罪文を婚約者とその両親の連名で書かされていた。
「お父様、やることが早いですわね」
「当然だっ!!女性を冬の噴水に突き飛ばすなどあってはならんっ!!」
「元はとったのですか?」
父は不敵に笑って「当然だろう。誰に物を言っている」と言われた。
慰謝料の金貨二百枚は私のものだと言って、好きに使いなさいと渡された。
取り敢えず使う当てがなかったので、私の名義で銀行に預けて、ホッとした。
持ったことのない大金は身を滅ぼすからね。
十日目にやっと学園に向かうと、教室の隅で元婚約者は小さくなって、一人で席についていた。
私の顔を見ると、友人達が私を笑顔で出迎えてくれ、元婚約者の非道を声高に「許せない!!」と怒りまくっていた。
私は少し笑って「一つだけいいことがあったの。見て」と言って、制服のスカートのウエスト部分を見せると、四㎝は痩せているのを見せた。
友人達は笑って居たが、元婚約者を睨みつける目は前よりも厳しいものになった。
私は、暫く体重は増やさずにおこうと心に誓った。
「でも、どうして私の婚約破棄の話を知っているの?」
「レイラのお兄様とガルくんとラルーちゃんがいい笑顔で、彼方此方で話していたわよ。お兄さまは私達のとこにも来て、元婚約者がしたことを、過不足なく話してくれたわ」
お兄様、いい笑顔していたものね・・・。
「レイラの家は貴族としては考えられないほど仲がいいわよね」
「そうね、私も家族が大好きだわ」
「コラン家との話し合いはどうなったの?」
「婚約解消という形にして、私が被った慰謝料も支払ってもらったわ」
「そう、最低限のことはしたのね」
「まぁ、そうね」
「コラン伯爵令息が仲良かったお友達とも話していないみたいだけど、何かあったの?」
「レイラにやった事が酷くて、誰にも相手にされなくなっちゃったみたいよ」
「そう・・・」
「レイラが気にするようなことじゃないわ。自業自得なんだから」
「そう、ね。私が関わらないことがどちらにとっても一番いいことよね」
「そういう事」
遅れた授業を取り戻すのに、少々苦労して、補習を受けられるように先生たちにお願いしていると、兄が一人のとても大柄で、怖そうに見えるのに目が優しい人を連れてきて「こいつ入学から学年一位を譲ったことがないんだ。こいつに教えてもらえ」と連れてきてくれた。
私は「お兄様が教えてくれるのでもいいのですけれど」笑うと「そんな昔の事を憶えているように見えるか?」と笑い「アーバスティン・ラルカルシュルトだ。二人っきりになるのも不味いだろう?友人達も誘って教えてもらえ」
「ラルカルシュルト様、よろしいのでしょうか?」
ぎこちない笑顔だったけれど「かまわないよ」と言ってから笑ってくれたのは、自然な笑顔だった。
私と友人数人が、教室でラルカルシュルト様に勉強を教えてもらっていたら、日に日に人が増えていって、クラスの半分以上が、ラルカルシュルト様の説明に聞き入っていた。
遅れていた分と理解できていなかったところも教えてもらって、ラルカルシュルト様の講義は今日で最後になった。
「ラルカルシュルト様、今日までどうもありがとうございました。なにかお礼をさせてください」
「少し、欲を出してもいいだろうか?」
「欲ですか?」
ラルカルシュルトは頷いて、私の耳元で「デートを一度してください」と言った。
私は耳元で喋られたことと、その内容に真っ赤になって、縦に首を何度も振った。
ラルカルシュルト様は破顔して「次の休みの日、空いているかな?」と聞いてくれ、「予定はありません」と答えると、また耳元で「朝十時に迎えに行く」と言って、その場を去っていった。
友人達に冷やかされるような目で見られて、私は慌てて「帰るわね」と言って教室から逃げ出した。
ラルカルシュルト様と初めてのデートの日、私は前日からパニック状態だった。
元婚約者と会うときに考えたこともなかった、明日何を着ればいいのか?から始まって、アクセサリーから髪型まで決められなくて、兄と弟妹が私の部屋に来てくれて、衣装から髪型までを決めてくれた。
「ありがとう。私、もうどうしていいか解らなくて・・・」
ラルーが「お姉様が楽しそうで何よりですわ」と言って、メイドに「お姉様を頭から爪の先までピカピカにして差し上げてね」と言って私の部屋から出ていった。
朝、十時より少し早い時間に門の前に馬車が止まり、十時二分前になると、ノッカーが叩かれた。
ラルカルシュルト様が、我が家の扉をくぐり、ホールで立っているのを見ただけで、私は心がときめいてしまっていた。
兄が先にラルカルシュルト様と何かを話していて、笑いあっている。
私はゆっくりと階段を降りていくと、それに気がついたラルカルシュルト様が、階段を上がってきて、私に手を差し出し、エスコートをしてくれた。
「ありがとうございます」
ラルカルシュルトの視線が彷徨い「ああ」と言って、私からそれてしまって、衣装や髪型が駄目だったかしらと少し落ち込んだ。
兄と弟妹に笑われて、送り出され、二人になった途端に「今日は一段と綺麗で、どこを見たらいいのか分からない」と言ってくれた。
私はドキドキして「褒めていただけて嬉しいです」と素直に言った。
「今日は少し時間がかかるけど、海沿いのレストランを予約したんだ」
聞かされたレストランは行くだけで一時間ほどかかる。
「その間、二人で話したいことがいっぱいあるんだ」
私は笑顔で了承して、レストランまでの一時間が短いと感じるほど、話が弾んだ。
レストランでは海の幸をふんだんに使った料理が提供され、どれも、とても美味しかった。
「少し、歩きにくいけれど、砂浜に降りてみないか?」
私は了承したものの、どうやって歩けばいいのか悩んだ。
馬車で砂浜まで行き、ラルカルシュルトは靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を三つほど折り曲げて、砂の上に降り立ち、私の靴を手ずから脱がせてくれて、私を抱き上げてくれた。
「お、重いですよ!!」
「軽いよ」
砂浜のきれいな部分に私を下ろして、手を繋いで砂の上を素足で歩いた。
「砂の上を歩くのは初めてです」
「気持ち悪くないかい?」
「はい。不思議な感じがして、面白いです」
寄せては返す波が届かない距離を少し歩いて「今度は暖かくなったら来よう」と約束して、風邪をひく前に砂浜から引き返した。
また馬車まで抱き上げられ、馬車にそっと降ろされ「すまない」と言って私の足についた砂をタオルで拭き取ってくれ、靴を履かせてくれた。
ラルカルシュルトも同じように足の砂を払い落とし靴を履いた。
「寒くはないか?」
私は、浮かれていたのもあって、寒さは感じていなかったけれど「頬が赤くなっている」と言って、薄い赤と白のショールを私にかけてくれた。
「ありがとうございます」
「レイラレイ嬢が嫌でなければ、私と婚約を見据えて付き合ってもらえないだろうか?」
「私で良いのでしょうか?」
「ランバルントの妹と知る前からレイラレイ嬢の事が気になっていた。婚約者がいると聞いて、諦めていたんだが、私にとって都合のいい方向へと話が進んで行った。まるで、夢を見ているようだよ」
「婚約破棄されたような私でいいんでしょうか?」
「レイラレイ嬢だから申し込んでいる」
「私は、お父様の許可なくお答えできる立場ではありません」
「解っているよ。でも、レイラレイ嬢の気持ちを無視して話を進めたくないんだ。君が受け入れてくれるなら、両親を交えて話を進めたいと思っている」
この人に愛されたら私は幸せになれると思った。
万人ウケするタイプではなかったけれど、見る目がある人は、この人を選ぶだろうと思った。
そして、私はこの人を選ぶと。
「両親が許してくれるのなら、私はラルカルシュルト様とのお話を受け入れたいと望みます」
ラルカルシュルトはそれは嬉しそうに笑って、私の手を取って指先に口づけ「ありがとう」と言った。
両親達の話はあっさりと決まり、ラルカルシュルトと私の婚約は翌週の休日には纏まっていた。
こんなに早く話がまとまっていいのかと驚くほどで、その翌日、学園に行くと、私の婚約の話は出回っていた。
友人達に聞くと、兄と弟妹がまた、話を広げていたようで、元婚約者は時折なんとも言えない目で私を見ていた。
ラルカルシュルトに「婚約したのだから名前で呼んで」と甘えられ私は照れながら「アーバスティン様」と呼ぶと「アースと呼んで」と頬に口づけられた。
朝は通り道だからといって、迎えに来てくれて、昼食は、私の友人達に交じって一緒に食事を取り、授業が終わると、教室に迎えに来てくれて、家まで送り届けてくれた。
兄は自分の手柄を褒めろというように、私に「アースはいい男だろう?」と言った。
私が恥ずかしげもなく「はい」と答えると「レイラは侯爵家に嫁入りすることになる」と少し厳しい顔で私に言った。
私もそのことは理解していたので「アース様が卒業されたら、ラルカルシュルト家へ通うことに決まりました」と伝えた。
兄は少しおどけて「アルヴァンテスを庇護しておくれよ」と言った。
アースとお兄様が卒業して、学園に二人がいないことを寂しく思っていると、元婚約者が私の元へと寄ってきた。
「少し話があるんだけど・・・」
友人に囲まれたこの場所でなら話を聞くことは出来ると答えると「ならいい」と言って自席へと帰っていった。
「コラン伯爵令息は、かなり幅広く婚約者を探しているようだけど、噴水に突き飛ばして、逃げ帰ったことがネックになっていて、婚約の話を聞いてくれる家すらないそうよ」
友人が教えてくれた。
「今頃私に何の話があるんだろうね?」
「婚約者もいるんだから縒りを戻すわけにも行かないだろうし、本当に何なのかしらね。なるべく一人にならないようにしたほうがいいよ」
「そうする」
アースとお兄様、弟妹に今日の話をしたら、皆一様に眉間に皺を寄せていた。
私には出来ないけど、皆には情報を集めることが出来るだろうと、おまかせすることにした。
兄が婚約者と結婚をして、ワールバルカお義姉様が我が家にやって来た。
お義姉様とは子供の頃からの知り合いなので、今更遠慮し合う仲でもなかったし、仲良くしていた。
婚約はしないと言い張っていたラルーがある日突然婚約したい人ができたと言って、両親に紹介したのは、兄よりも二つ年上の垢抜けない野暮ったい人だった。
研究職一本で今まできて、ラルーが勉強に詰まったときに図書館で偶然であった人らしい。
家格は同じ伯爵で、相手の両親は「こんな息子と結婚してくれるという人は現れないと思っていた」と言って、ラルーの手を取って「ガスタルトをお願いします」と泣いて頼んでいた。
ラルーが卒業と同時に結婚することまで、初顔合わせでラルーが決めてしまい、私達兄弟以外は目を白黒させていた。
私は学園で元婚約者、コランに絡まれ続けていた。
絡まれたと言っても「話がしたい」「どうぞここでお話しください」「ならいい」という会話だけなのだが、そろそろ話を聞いてあげたほうがいいのかも知れないと思い始めてしまうくらいには、私の心には余裕があった。
ただ、友人達の反対が強いので、相手にはしていないけれど、そのうち一人の時を狙ってやってくるだろうとは思っていた。
兄達は「くだらない話だから聞くに値しないよ」と言っていたので、なるべく一人にならないようにしていた。
音楽の授業へ行くのに、忘れ物をして取りに戻ると、コランが私を追いかけてきた。
「話がしたいんだけど」
「どうぞ」
「いい加減私の悪口を言うのをやめてもらえないか?」
「私はあなたの悪口を言った覚えはありません」
「お前が言ったんじゃないなら誰が言っているっていうんだよ?」
「なにか言われているのですか?」
「未だに噴水の話が消えなくて、婚約打診しても、噴水の話を持ち出されて断られるんだ!!」
「それは、あなたがしたことが、あなたに戻ってきているだけだと思います。私は婚約者もいて、幸せです。過去のことにこだわっている暇はありません」
一歩一歩近寄ってくるコランが気味悪くて、近づかれる度に後退していった。
教室の背後から「コッコルト!無様な真似はやめておけ!」と大きな声がして、コランと私は飛び上がった。
振り返ると、同じクラスのウィルソンだった。
前はコランと仲が良かった友人の一人で「アルヴァンテス嬢、音楽室へ行ってもらえますか?」と言われ、私は忘れ物を手にとって教室から優雅に見えるように出ていった。
コランと止めてくれたウィルソンはその日の授業には現れなかった。
翌日、二人は何事もなかったように学園にやってきて、二人は今までもそうだったように素知らぬ顔をしていた。
昼食時に、友人達と食事をしていると「交ぜてもらってもいいかな?」とウィルソンがやって来て、友人達が笑顔で「どうぞ」と答えていた。
コランの考えていることは昨日言っていたことのみで、コランは自分のしたことの意味を理解していないのだと言った。
「正直、婚約破棄しただけなら、コッコルトとはまだ友人だっただろうけど、女性を突き飛ばしただけではなく、噴水に落として逃げ帰るようなヤツと友人ではいられないだろう?今まで友人だった奴らも流石に付き合いきれないと言って一線を引いている内に、距離がどんどん離れていったんだ」
「そう、ですか・・・」
「まぁ、いまさら聞かされてもって言う話ではあるだろうけど、ヤツは未だに自分が悪いとは思っていないみたいなんだ。アルヴァンテス嬢だってヤツの事を好きじゃなかったのになんで!!って感じらしい」
この場にいる全員でため息を吐き「アルヴァンテス嬢は卒業まで一人にならないように気をつけて。クラスでも気をつける。卒業して何十年か経った時、笑い話になればいいと思うよ。そのためには皆で、気をつけよう」
「ありがとう」
言うことだけ言うと、ウィルソンはあっさりと立ち去っていった。
それから卒業まで、本当にクラスの皆が気にかけてくれていた。
勿論私も気をつけていた。
卒業ダンスパーティーでアース様にエスコートされてとても楽しい夜を過ごしていた。
この場所で婚約者がいないのはコラン一人だった。
コランの周りにはポッカリと空白ができていて、それは少し可哀想だと思った。
閉会の挨拶があり、バラバラと出口へと向かっていると、小さな悲鳴が離れた場所から上がった。
条件反射で悲鳴が上がった方を見ると、コランが何かを手に持って私の方へと駆けてきているところだった。
私はその意味も分からずぼーっとコランを見つめ、瞬きする度にコランが近寄ってくるのが見えていた。後二mという距離になってから、コランが手に持っているのは小型ナイフだと気がついて、私も周りも叫び声を上げた。
アースは私を隠すように立ち位置を変え、腰に下げた剣を鞘ごと振り上げて、コランの手に振り下ろした。
カチャンと音が鳴ってナイフが転がるのが見え、誰かがそのナイフを踏み、コランに近かった男の人達が、コランを取り押さえた。
アースは私の手を取り、何事もなかったように背を向け歩き出し、私もそれに釣られて歩き始めた。
背後で揉み合うような音がした気がしたが、アースが、目を細めて「今日は本当に綺麗だ」と言ったことで、私は後ろのことが気にならなくなった。
自宅まで送り届けられ、アースと両親、兄の四人で三十分程話し合ってアースは「次は結婚式場で会うことになるね」と言って、帰っていった。
三日後、アースと私の結婚式が行われることになり、皆笑顔でとても温かい心に残る結婚式になった。
数年が経った頃、本当か嘘か解らない噂が耳に入った。
コラン家に養子のなり手がないという話だった。
アースに「コラン家ってどうなっているの?」と聞くと「知らん」と返答があり、子供の泣き声に気が削がれて私はその事を忘れた。
更に十数年が経って同期会が行われた。参加できる者だけが参加すればいいというゆるいものだった。
アースが友人達と会えるのなら行ってくればいいよと言ってくれたので、一応参加という曖昧な返答をした。
当時仲良かった半数が参加するとのことだったので、私も、参加を決定した。
担任の先生の頭が薄くなっていて、クラスメイトにも額が広くなっている男の子がいて驚きながらも、女性達は皆、未だ綺麗なままだった。
当時の楽しかった話や、誰かの失恋話に花が咲き、コランから私を守ってくれたウィルソンに挨拶をしていると「コランのことは笑い話にならなかったな」としみじみと言った。
卒業パーティーで刃物を持って走ってきたコランはその場で憲兵に引き渡され、厳しい処罰が与えられたのだと教えられた。
「厳しいって・・・」
「労役六年」
「えっ?!罰金刑とかじゃなかったの?!」
「あれだけの沢山の人の中で刃物を振り回してそんな軽い刑では済まないよ」
「私、知らなくて・・・」
「労役から帰ってきたコッコルトは人が変わったようになっていて、パッと見たくらいではコッコルトだと気がつけないほどの変わりようだったよ」
「会ったの?」
「偶然な」
「コッコルトの両親も労役から帰ってきたコッコルトを受け入れることはできず、小さな使用人部屋に匿ったそうなんだが、コッコルトは隙を見てはラルカルシュルト様に襲いかかっては牢に入ってを繰り返していたんだ」
「私、聞いていない・・・」
「心配かけたくなかったんじゃないか?去年、またラルカルシュルト様に襲いかかって、その時はたまたま騎士が側にいて、ラルカルシュルト様が対応する前に騎士が切りつけてしまって、あっさり死んだよ」
「うそ・・・」
「コラン家は養子のなり手がなく、おじさん達が亡くなると、廃爵されることになった。コッコルトのことも後日笑い話になって欲しいと思っていたけど、最悪の結末を迎えたよ」
私以外の友人達が「そうね・・・」と大したことのない話のように話して次の話題へと移っていった。
家に帰ると、アースが帰りを待っていてくれて「コランに命を狙われていたなんて聞いていないわ!!」と怒りを顕にした。
「わるい。心配掛けたくなかったんだ」
「酷いわ!私だけが何も知らなかったなんてっ!!」
「ごめんな」
「コラン、本当に亡くなったの?」
「ああ。俺の目の前で死んだ。身元の確認にご両親が来られていた。安心したような様子だった」
「そう・・・」
「私はレイラと子供達が幸せならそれ以上は必要ないんだ」
「知ってる。私もアースと子供達が幸せならそれでいいと思うもの。だから、命を狙われていたことを知らなかったのはショックだわ」
「ごめんな。愛しているから許してくれ」
「コランは何を間違ったのかしら?」
「それはコラン以外には分からないことだろう」
「そう、そうね」
「同期会は楽しかったか?」
「先生と何人かのクラスメイトが頭が薄くなっていてびっくりしたの!!」
こうやって話をそらされ、私が知らなくてもいいことを隠して来ているのだと実感した。
私はそれを受け入れようと思った。それを皆が望むから。
それっきり、コランのことが話に上がることはなかったが、二年後、コラン夫妻が続けて亡くなり、コラン家は貴族社会からひっそりと消えていった。
レイラレイの頭の中には元婚約者のことはないままでした。
話をそらされただけで忘れてしまうようなことです。