第1話 格の違い
俺は冒険者だ。他の同業者たちに比べても長い時間やってるし、そこそこ名も通るようになってきた。
十代のころ、スリルや夢を追い求めてこの職についてからというもの、努力に努力を重ね、やっとこれだけのキャリアを積み上げることができた。
嫁さんはいないが、そこそこ楽しくやってたし、これからも自分を高めながらどこかの洞窟なりでひっそりと死ぬもんだと思ってた。
日常はいきなりひっくり返るもんで、ある日現れた変な服を着たガキどもの手によって、俺の生きていた世界はめちゃくちゃにされた。
あの時、手合わせなんて申し込まなきゃよかった。あの時、『この業界の厳しさを叩き込んでやる』なんて思わなきゃよかった。
「え、え~っと......ファイア!」
そんな間の抜けた詠唱もどき、子供の魔法ごっこみたいなもんだと思うじゃないか。誰が予想できる?その後ドラゴンの炎みてぇなドデカい火の玉が飛んでくるなんて。
まるで、神じゃないか。まともな詠唱なし、その上、下級攻撃魔法のファイアであれほどの威力を叩き出せるなんて。
インチキ、不正なんてもんじゃない。正真正銘、俺が今まで見てきた中で最強の魔力の出力だった。
何とか防御こそ試みたものの、防ぎきれるわけないよな。状況を理解した次の秒にはもう俺は完全に真っ黒焦げで、何で生きてるかもわからないくらいだった。
(あぁ、ここで死ぬんだな)
素直にそう思ったさ。でも、運命の女神さまはそこで俺を見放しちゃくれなかったようだ。
「ひ、ヒール!」
女のガキがそう叫んだ途端、黒焦げだったはずの俺の体は見慣れた肌色に戻っていて、じくじくと蝕んでいた痛みもきれいさっぱりなくなっていた。
訳が分からなかった。回復魔法だって万能じゃないし、まずそこいらの人間が使えていいモンじゃあない。けど、とりあえず傷は治った。
治った分、体には何の問題もなかったんだが、それとはまた別に一つ問題があった。俺は――――素っ裸だったのだ。
そこから先は分かるよな?まずは見物人共から悲鳴が上がった。そんで、あろうことか一人目の......ファイアのガキに、着ていたジャケットを掛けられた。調子に乗って挑んで、負けて、治療を受けて、あろうことか施しまで受けちまった。
そんで、そのガキがなんて言ったと思う?
「えっと......ごめんなさい......僕何かやっちゃいましたか?」
生物として、完全に生きる世界が違う。素直にそう思った。
それからは簡単。俺がこれまで積み上げてきた名声はすべて汚名に変わっていった。当然と言えば当然、大勢の前でみじめに敗北して素っ裸晒しちまったんだからな。今思い出しただけで身震いしちまう。
そんなことがあって広まっちまった以上、その街にはいられねぇ。できるだけ遠くへ、できるだけツラを変え、名を変え、冒険者としても再登録した。
もしかしたら、情けねぇオッサンだと思われるかもしれねぇ。だが、冒険者にとっちゃ、評判以上に大事なもんはない。マイナスからまたやり直すぐらいなら、別の場所でゼロからやり直すほうがマシ。
追い詰められて弱った頭じゃ、そんな判断を下すのもまぁ仕方ないことだろ?
んで、別の街で暮らし始めて少し経った頃。ふと思ったんだ。
なんで、堅実に努力を重ねて生きてきた俺がこんな仕打ちを受けなきゃならねぇんだ?おかしいよなぁ。あんなぽっと出の、素性もわからねぇようなガキにすべてを奪われたなんてよぉ。
恨めしい。妬ましい。忌々しい。そういった負の感情ばっかが俺の中に積もっていく中、あることを小耳に挟んだ。
『黒髪の、強大な力を持つ青年が勇者に抜擢された』
あのガキが勇者だとよ。そう聞いた途端、一つ思うことがあった。
『俺がは多くのものを奪われた。なのにあいつが順調に成り上がっているのはフェアじゃないんじゃないか?』
なら、どうする。決まってんだろ。復讐だよ。
みじめで、情けなくて、薄汚くて、泥臭い。そんなオッサンは復讐を決意した。時間は掃いて捨てるほどあるんだ。目的が変わっただけなんだ、ゆっくりやっていこうじゃないか。今までどうり、これからも。
『黒髪の勇者様』から全てを奪ってやる、その時まで。