99 お祭り開始 5
物資を運んでいると通路でニルたちに会う。ペクテア様は腰が抜けたのか騎士に抱えられている。モンスターと相対したこともないんだろうし、無理もないわな。
「デッサ! 無事だったか」
「そちらも無事みたいでよかった。俺はこれを中に持って行くから、そっちは早く避難した方がいい」
「急いでいるところ悪いが少しだけいいか? あれは魔物で間違いないか?」
「あの強さと威圧感は間違いないだろうさ」
「君の持つ知識にあれについて情報はあるかい」
「ない。少なくとも俺はあれに関して聞いたことはない」
弱点とか期待していたとしたら申し訳ないがわからん。弱点があるとしたら見た目猫だし、マタタビとか効果あるのかもしれない。
魔物がマタタビを吸ってゴロゴロ言い出したらギャグでしかないが。
「そっちはカルシーンという魔物がいると聞いたことはある?」
「俺もない。生まれたばかりなのか、潜んでいたのか」
「あの魔物から聞けたらいいんだけどな。どうして大会に潜り込んでいたのか俺も気になるし」
「聞けたらいいんだが、聞く余裕すらないだろう」
「そうだな。そろそろ俺は行くよ」
「ああ、気を付けて」
ニルたちは外へと走り、俺は中へと走る。
舞台ではファードさん、フリクト、ロッデスが戦い続けていて、ほかは倒れるか救助されていた。
それを眺めて足を止めてしまっていたが、救護班に呼ばれてそちらへと急ぐ。
「持ってきました」
「ありがとう!」
救護班はすぐに荷車から必要なものをとっていく。
治療の手伝いなのか、ナルスさんの姿が見えた。そういやニルたちと一緒にいなかったと今になって気付く。
「重傷者を荷車で外に運んでほしい」
「わかりました。運ぶのは物資を置いていたテントでいいですか?」
「それでいいよ」
押し込めるように三人の重傷者を載せて、行ってくれと頼まれて荷車を引く。
俺のほかにも重傷者を背負って走る人がいる。自分で歩ける負傷者もゆっくりとだが外へと向かっている。
テントに到着し、重傷者だと簡単に説明し、そこにいる人たちに渡してまた荷車を引いて中に戻る。
何度か往復すると俺が運ばなければならない怪我人はいなくなった。
救護班も退避するようで、ポーションなどを残して去る。これで会場に残るのは戦える人だけになった。その人数もそう多くはない。
「お前さんも退避した方がよいぞ」
怪我をしながら戦う舞台上の三人を見ているとナルスさんが退避を促してくる。
「やれることがないのはわかっています。ですがあの戦いが気になって。あの三人は大丈夫でしょうか」
「正直まずい。多少はダメージを与えることができているが、あくまでも少しだけ。このままでは押し切られる。怪我以外に浸食によるダメージもあるからな」
断言できるほどに実力差が見て取れるのか。
「過剰活性とか使っているのを見ました?」
「魔力活性は使っておる。過剰活性は確実にダメージを与えられるだろうが、魔力が尽きる前に倒せるかわからず使っていないようだ。誰か一人倒れたとしたら形勢は一気に不利へと傾く」
「ということはファードさん奥の手を使ってないということか」
「奥の手? 以前も言っていたな。それを使えば倒せると?」
「倒せるかどうかわかりません。ですが過剰活性のような賭けをせずに、今よりも明確にダメージを与えられるかと。でも使っていないということはその隙がないということなのでしょうか」
「溜めを必要とする代物と判断するが」
「そうですね、その認識で合っています」
ファードさんなら俺よりはスムーズに魔力循環を使えるだろうけど、それでも瞬時に使うことは無理なのだろう。生じる隙につけいられることを警戒して、使えないでいると推測する。
「隙さえ作られれば倒せる希望が生まれると思ってよいのか?」
「そう思いたいですね」
全盛期のファルマジスより強いとは思わないから、可能性はあると思いたい。
「隙を作るための策があります?」
「わしが過剰活性で参戦くらいしか思いつかんよ。あの魔物に通じる可能性は低いが、命を賭ければ隙を作ることはできるじゃろ」
「命ですか。そのほかになにかないでしょうか」
さすがに命を捨てると聞いて、行ってくれとは言えずなにかないかと考える。
手持ちで俺にできることと体を探り、小瓶が手に触れる。
「疑問なんですが、魔物って味覚嗅覚ありますかね?」
「わからんな。痛覚はあるようだ。この流れでその質問は隙を作ることに繋がると思うが、どんな策がある?」
「猫や犬は嗅覚とか鋭いでしょう? カルシーンもそれらが鋭いなら、これをぶっかければかなり動きを制限できそうだって思ったんですよ」
劇物の入った小瓶を持ち上げ揺らす。
あらくれ対策に準備したこと、使った材料を説明し、蓋を開けて匂いをかがせてみる。顔を顰めたナルスさんはなるほどと納得して頷いた。
「やってみる価値はありそうだ。ただし投げつけても避けられそうだから、接近して投げるか顔面に叩きつける必要があるかもしれん」
「転ばせることができれば、上手くいく可能性は上がりそうです」
「そうだな」
ナルスさんは考え込む。
「転ばせるだけならわしが過剰活性を使えばどうにかなるじゃろう。叩きつける余裕があるかどうかわからぬから、それはほかの者に任せたい」
「戦ってない人で一番動ける人を探しましょう」
「そうするか」
ナルスさんと一緒に戦いを見守っている人たちに声をかける。
やりたいことを簡単に説明すると協力すると頷いて、一番動ける者を探す。
こうしている間にもファードさんたちは少しずつ傷を増やしているため、あまり時間をかけるわけにはいかない。
さっさと役割を決めて、一番強く身軽な冒険者に小瓶が渡された。
瓶を避けられたときのため、保険として俺も動けるように魔力増幅の道具を借りる。倒せないけど体当たりで押し倒し時間を稼ぐだけならなんとかできないかと思ったのだ。
自身に合う片手剣を怪我で戦えない冒険者から借りたナルスさんは瓶を持った冒険者に顔を向ける。
「すぐに過剰活性を使って突っ込むからお主もある程度距離を保って一緒にくるように」
「わかりました」
小瓶を持った冒険者が頷く。
舞台上の動きを見ながらナルスさんは深呼吸して、魔力活性を使う。そこでとまらずさらに魔力を高めていく。
さらにバンプアップしたかのように体全体の筋肉が少し膨らんだ。
「行くぞ」
そう言ってナルスさんは地面を蹴って舞台へとすさまじい速度で向かっていく。
そしてカルシーンの死角となる位置から足へと斬りかかる。
勢いののったその一撃はそこらのモンスターなら一撃で斬り捨てるだろう。しかしカルシーンの足を傷つけるだけで終わる。
「せっかくの奇襲だったがその程度たいしてきかねえ!」
嘲け笑いながらカルシーンは言うが、もとよりダメージ狙いではないナルスさんは気にせず剣を振っていく。
ファードさんたちも攻撃を続行していて、その邪魔をしないようにナルスさんは動いている。それができるのは多くの経験を積んでいるからなのだろう。
そしてカルシーンの重心移動を見切ったらしいナルスさんがタイミングを合わせて体当たりで、カルシーンを転ばせることに成功した。
「今じゃ!」
「おうっ」
瓶を持った冒険者が即応し、魔力活性を使って一直線に高速移動して瓶を持った右手ごとカルシーンの顔に叩きつける。割れた瓶の破片と中身がカルシーンの顔に付着する。
「毒なんぞ!?」
効かないとでも言おうとしたのだろうか。カルシーンは途中で言葉を止めて、顔を両手で押さえて悲鳴のような雄叫びを上げた。
「ファード! 今のうちに奥の手を使えっ」
今がチャンスだと動きかけたファードにそう言って、ナルスさんは瓶を持っていた冒険者と一緒に舞台の外へと去る。
「なにかあるならさっさと使え!」
「お願いします!」
ロッデスとフリクトが言いながらカルシーンへと攻撃をしかける。
頷いたファードさんが魔力循環を使い出す。
ロッデスたちは少しでもダメージを与えようと武器を振るう。それが当たると思われた瞬間足を止める。
正確には止めさせられた。
「貴様ら、ふざけた真似をっ!」
言葉とともに離れていてもわかるほどの怒気がカルシーンから放たれた。それによって強制的に止められた。歴戦の戦士を止めるほどなのだから、それは一般人ならば怒気だけで気絶してもおかしくはないものだ。舞台を見ていた冒険者のほとんどは腰が抜けたのか、座り込んでいる。
俺が立っていられるのはリューミアイオールを知っているからだろう。
左目を閉じ、右目も開きづらそうにしているカルシーンによって、足を止めていたロッデスとフリクトは殴り飛ばされる。
カルシーンはファードさんにも攻撃をしかけたが、魔力循環を終えていたファードさんは避ける。
一対一の攻防が始まる。その間にロッデスたちは冒険者たちによって回収されて治療を受けている。
「カルシーンとやりあえているのはすごいが、あれでは倒すことは無理じゃろうな」
疲れた表情で隣にやってきたナルスさんが言う。過剰活性の反動がきついのだろう。
「あの強化された状態はいつまで続く?」
「わかりませんがそう長くは無理でしょう。もう少し力を貯める時間があればよかったんですが」
「もう一度は、わしが命を賭けても難しいな」
「ほかに時間を稼げそうな人は……」
「あの怒気を受けて動けない者がほとんどだ。可能性があるとしたら治療中のロッデスたちくらいか。だが受けてしまった一撃はかなりのダメージを残しておる。たいして役に立たずに殴り飛ばされかねん」
「……俺がやるか」
積極的にあの激怒したカルシーンの前に立ちたいわけじゃないんだけど、時間稼ぎはどうしても必要。
「君では無理だろう」
「魔力活性を使って突っ込んだら一撃で沈むのはわかってます。実は俺もファードさんと同じものを使えるんですよ。それを使って防御に徹すればわずかでも時間稼ぎできるかもしれない」
「君が強化されても難しくはなかろうか。ファードや君たちが使えるものはどういったものなんだ?」
「長々と説明する暇はないでしょうから簡単に言うと魔力活性の先にあるものです」
魔力循環一往復ではなく、叶うなら三往復状態で突撃したいところだけど、借りた道具が耐えきれるかどうか。あとは俺自身が耐えきれるか。
「ふむ、過剰活性ではないな。それならそうと言うだろうし」
「ナルスさんは魔法道具の目利きってできます?」
「いきなりなんじゃ? 多少はそういったこともできるが」
「これってどれくらいの品質のものか教えてもらいたいんですが。これからやることに必要なんです」
借りたワンド型の魔力増幅道具を見せる。
「上質と言っていいものだろう」
「だったら道具の方は問題ないか」
「どうやるのかさっぱりだが、急いだ方がいい。ファードが押されだした」
ファードさんを見ると、攻撃はせず防いでばかりだ。俺から見ると落ち着いて防いでいるように見える。
しかしナルスさんの見立てでは、このままでは押し切られるということなのだろう。
そこから目を離して、魔力循環に集中する。
二往復すら初めてなのだから、集中しないと失敗するかもしれない。
深呼吸して、魔力活性を行う。その魔力をワンドに流し込み、体内に戻す。いつものように異物感が体内に生まれ、それを気にしないようにしてまたワンドに流し込む。
「ん」
体内に戻したことでさらに大きくなった異物感に声が漏れ出る。
動くことに支障はないけど、どうしてもそれに気を取られて集中力が削がれる。
さらにもう一度魔力をワンドに流し込み、体内に戻す。
「っ」
思わず吐きたくなって、食いしばって耐える。
三往復でも動けそうだけど、少しでも気を抜くと吐くな、これは。
ゆっくりと深呼吸して気分を落ち着かせる。
感想と誤字指摘ありがとうございます




