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97 お祭り開始 3

 祭りの最終日がきて、宿を出る。財布と剣のほかに護身用の劇物も持ち出す。最終日だから羽目を外す馬鹿がいるかもしれないと思ったのだ。

 歩いていると屋台から安くしておくよといった声が聞こえてくる。売り切ってしまいたいということなんだろう。

 それらの声を聞きながら本選を見るため町の外に向かう。

 大会は正午辺りで優勝者が決まるそうだ。今日の試合は一試合ずつ二十分の時間をかけて行われる。

 誰が優勝するのかといった周囲の会話を聞きながら町を出たところで声をかけられた、そこにはグルウさんとミナがいた。


「やあ、デッサ。おはよう」

「おはようございます」

「本選の見物かい?」

「そうですよ。そちらはファードさんたちの応援ですか?」


 歩きながら聞くと、二人から頷きが返ってくる。


「一緒に会場に行かないんですか」

「集中したいからと爺さんたちは先に行ったんだよ」

「そっか。勝ち残ったもう一人はどういった人なんでしょ」

「パルジームさんって言って、四十歳半ばくらいの人だよ。双剣の使い手で、技量が高く経験も豊富で頼りになる人だ。今年で前線から引いて、指導に集中しようかって話していた。大会出場も最後にするつもりなのかもしれない」


 四十歳を過ぎて引退なら冒険者として長続きした方なんだろう。


「パルジームさんが最初に戦うのは誰だかわかる?」

「カルシーンという冒険者だ。力はすごいが、無手との戦闘経験は爺さんで積んでいるし、勝てるんじゃないかな」

「ファードさんの相手は?」

「ツインブレードを使う女だ」


 ああ、予選で見かけたあの人か。勝ち残ったんだな。

 会場前まで来たから別れようと思っていると、一緒に見るかと誘われる。


「一緒って舞台近くのあそこ?」

「そうだ」

「いいの? 関係者しか入れないと思うんだけど」

「余裕があるから大丈夫だ。それに爺さんがあれを使うところを近くで見たくないか? 使えるお前にとっては参考になると思うが。あれを開発したという点では無関係ではないだろうし」

「大丈夫ならお邪魔させてもらおうかな」


 魔力循環も見たいけど、落ち着いて見物できるのが大きい。

 客席ではなく、舞台へと続く通路を歩きながら、二人の本選はどんな感じだったのか聞く。

 グルウさんは初戦で負けて、ミナは一回勝って次で負けたそうだ。

 グルウさんは相手が頂点会の参加者だったそうだ。手の内がばれていて、実力差と経験差で負けた。ミナは二回とも身内との対決ではなかったそうだ。負けた相手はツインブレードの使い手だったと悔しげに語る。初めて戦う武器ということで間合いやタイミングが掴みづらかったことに加えて、フェイントが上手く完敗といっていい結果になったらしい。


「そっちは祭りの間どうしていたんだ?」

「初日は買い物とかして、そのあと三日間はダンジョンでブラックマンティスと戦っていたよ」

「そこまできたか」

「初めて見た会ったときはアーマータイガーに殺されかけていたのに、もうその近くまで来ているのは素直に感心するわ」

「リベンジまでもうすぐだよ。ある意味楽しみだ」

「しっかりと力をつけて挑みなさいよ。魔力循環があるとはいえ、油断すれば今度は殺されるかもしれないんだから」

「魔力循環に頼り切りってのは怖いから、ちゃんと地力をつけて挑むよ」

 

 リベンジはしたいが、無謀な挑戦をしたいわけじゃない。これまでのようにちょっとした無理を続けながら鍛えていくつもりだ。

 通路から舞台のそばに出て、頂点会のメンバーが集まっているところへと向かう。

 俺を見た頂点会のメンバーが疑問顔になっている。そのメンバーにグルウさんが話すと、納得した表情に変化した。

 客席をなんとなく見ると、こちらを見ているニルと目が合った。さすがに無視はどうかと思ったので、軽く手を振って気づいたことを示すと、頷きが返ってきた。

 これで挨拶はしたってことでいいだろう。

 始まるまでグルウさんたちと雑談でもしてようかなと思っていると、頂点会のメンバーが話しかけてくる。魔力循環について質問があったようだ。当然ファードさんに話は聞いているけど、俺から見た魔力循環というものも知りたかったらしい。

 俺なりの言葉で話しているうちに開始を知らせる鐘が響く。

 ベスト8が舞台に集まる。

 一番大きな動きを見せているのはロッデスだ。声援に応えるように笑顔で両手を振っている。調子は良さそうで、いつも通りの動きができそうだ。逆に反応がまったくないのはカルシーンだ。声援など聞こえていないかの様子で突っ立っている。調子を整えるのを失敗したか、観衆に興味がないのか。ここまでくる人が調整ミスはしないだろうし、観衆に興味がないんだろうな。


『おまたせしました』


 耳に心地の良い女性司会者の声が響いて、歓声が小さくなる。


『本選開始時間となりました。対戦順に紹介していきたいと思います』


 一戦目にロッデス。二戦目にファードさんとツインブレードの女。四戦目にパルジームさんとカルシーンという順番だった。

 

『本日も殿下がお越しになられています。選手の方々には台覧試合に恥ずかしくない戦いを期待します』


 その紹介にニルとペクテア様が立ち上がり、観客たちへとにこやかに手を振る。その二人の隣には座ったままのナルスさんもいる。

 ……あれ? 殿下って王族に対する呼び方じゃなかった? ニルとペクテア様がそう呼ばれて反応したってことはもしかして……うん、深く考えないようにしておこう。これまで通りに深く触れずに流す。しっかりと考えていくとこれまでの対応がやばそうで怖い。

 二人が対応を終えて席に座り、司会の声が再び響く。


『ありがとうございました。間もなく第一試合開始です』


 ロッデスと対戦相手を残して、選手たちは舞台を降りていく。そのまま舞台そばに用意されている席に座った。

 審判が舞台に上がり、ロッデスたちに話しかける。

 持ち物の確認を終えて、開始してもいいか尋ねて頷きが返ってくると二人の邪魔にならない位置まで下がる。そして司会のいる方向へと合図を送る。


『準備が整いました。それでは本日一試合目、開始してください!』


 早速ロッデスが動いた。バスタードソードを両手で持って上段から振り下ろす。

 対戦相手は片手剣と盾の使い手で、斬撃を盾でそらすように構えた。ギャリッと衝突音が響き、重たそうに斬撃をそらす。反撃だと片手剣が閃く。

 ロッデスは片足を上げて、脛の防具で片手剣を受け止めた。よろめきもせずに一本足でしっかりと立っている。

 相手は剣を引き、すぐに振り下ろす。

 ロッデスも上げていた足を下ろして、剣を振り下ろす。

 剣と剣がぶつかり、少しの間拮抗する。

 押し切ったのは剣を両手で持ったロッデスだ。体勢を崩した相手へと果敢に攻めて反撃を許さない。

 相手は防御を固めて反撃の機会を窺っているようだ。

 そんな防御の上から叩き潰そうというのか、ロッデスは魔力活性を使ってさらに激しく攻めていく。

 ガンガンと盛大な音が響き、それに負けないような声援も客席から聞こえる。

 相手は苦しげな表情でしばらく耐えていたが、強烈な一撃に吹っ飛ばされる。剣を落とし、ごろごろと地面を転がった。

 その相手にロッデスは追撃だと、吠えて剣を振りかぶって突進する。

 立ち上がった相手は盾を全面に出して、こちらも勢いよく突進した。転がっている間に魔力活性を使ったみたいだ。

 剣と盾がぶつかると思われた瞬間、ニヤリと笑みを浮かべたロッデスの体が一瞬沈んだかと思うと軽く跳躍し相手を避けた。

 相手はロッデスの気迫から力をぶつけ合うと思っていたようで、タイミングを外されたことで無防備な背をさらすことになる。

 首に剣先が突きつけられ、相手は降参を認めるように盾から手を放してその場に座った。


『そこまで! 勝者ロッデス!』


 わあっと歓声が上がった。ロッデスの名を呼ぶ声も聞こえてくる。

 すごかったけど、迫力満点かというとそうでもない。なんでだろうな?

 ロッデスが剣を引き、相手は盾を拾って立ち上がった。

 相手の表情は悔しさもあるが、負けを受け入れてすっきりとしたものも含まれていた。


「さすがに強い」


 ミナが言う。その表情には賞賛もあるが、舌打ちしたそうな口元の歪みもあった。


「なんでそんな表情」

「爺さんが苦戦しそうだから悔しいんだよ」


 グルウさんが答えてくれた。


「苦戦しますか」

「さらに実力上げてきているからね。でも爺ちゃんも奥の手はあるから勝率はちゃんとある。問題は準決勝で燃え尽きてしまわないかってことだけど」

「ツインブレードを使う人には勝てるって確信してるんだな」

「当然よ。実際に戦った私からすると爺ちゃんの方が上だってわかる」


 自慢げに胸を張ってミナが言う。ファードさんのことを誇りに思ってんだなぁ。

 

「ミナが言うように、彼女には負けないだろう。奥の手がなければだけど」

「準決勝、決勝まで進むことを考えたら消耗するわけにはいかない。だから奥の手を使うかどうかわからないわ」

「爺さんにも言えることだな。そこらへんの判断は当事者がするだろう。ロッデスも余力を残す方向で戦っていたみたいだし」

「今の試合はお互いに全力には見えなかったけど、当たっていたのか」


 余力を残すことも考えているなら、死力を尽くした迫力のある試合にはならないよな。

 話しているうちに、歓声に答えていたロッデスが舞台から降りる。


『第二試合を開始します。ファード、フリクトは舞台に上がってください』


 名前を呼ばれてファードさんたちが舞台に上がる。ファードさんは手足に金属製の武具を身に着けている。服も戦闘用っぽく見える。フリクトと呼ばれた狐耳の女は予選と同じくツインブレードと青色に染められた革鎧だ。下半身は袴のように見える。

 頂点会の人たちはファードさんにいくらか声をかけたあと試合に集中するためか口を閉じ、舞台を注視する。


「もう応援しないの? ほかのメンバーのときにはやってましたよね」

「皆爺さんの戦い方を見て学びたいって思いが強いんだよ」


 俺の方を見ずにグルウさんが答えてくれる。

 それなら話しかけない方がいいよなと俺も試合を眺める。

 確認が終わり、審判が司会に合図を出す。

 

『試合開始!』


 試合は静かな始まりだった。

 ファードさんは左手を手刀の形で前に出し、右足をやや後方に下げて、相手を見る。

 フリクトもツインブレードを片手で持ち、刃先を下げたままファードさんを見ている。

 一分ほど観察する時間が流れ、フリクトが動いた。

 接近し真横に振られたツインブレードが跳ね上げられる。ファードさんが左手で軌道を変えたのだ。続けざまに反対の刃が襲いかかるが、同じように軌道を変えられる。

 左手の武具とツインブレードが接触しているはずだが、音がなかった。

 ツインブレードを見切って柔らかく対処しているんだろう。

 フリクトは目を丸くして、そのあとに笑みを浮かべた。会話するように口が動いているが、さすがに離れているんで聞き取るのは無理だ。

 立ち上がりの静けさはなんだったのかというふうに、フリクトが動く。

 舞うように軽やかだが、斬撃は鋭く途切れることがない。

 それをファードさんは手足の武具を使ってさばいていく。さすがに最初のように無音というわけにはいかないようで、金属音が響く。それでも少ない動作で対処し、かすり傷一つ負っていないことから技量の高さがうかがえた。

 フリクトはさらに楽しげな表情でギアを上げた。魔力活性を使ったようだ。ファードさんの周囲を止まることなく縦横無尽に動き回る。

 刃の嵐と言えるような光景が広がる。ツインブレードを使いこなせばここまで手数が増えるのだなと思わされる。その中でファードさんはやはり怪我を負うことなく細かく手足を動かしている。

 ちらりとグルウさんとミナを見ると食い入るように試合を見ていた。

 きっと彼らにとっては千金に値する攻防が行われているんだろう。

 俺もすごいことはわかるが、そこまでだ。力の入れ具合、体の動かし方、タイミング、視線。そういったものはさっぱりで、参考にはできない。

 おそらくもったいない見物の仕方をしているんだろう。

 せめてのちにしっかりと思い出せるように覚えておこうと視線を試合に戻す。

 このままフリクトが攻めて、ファードさんは防ぎ続けるのかと司会が発する。

 それを合図にしたわけではないだろうが、ファードさんが動いた。

 接近してきたフリクトに合わせてファードさんも前に出る。左手が伸ばされ、ツインブレードの柄をフリクトの手ごと握り、右の拳がフリクトの顔に突きつけられる。

 フリクトの口が短く動く。これは俺にも読み取れた。まいったと言ったんだろう。

 ファードさんは手を放し下がる。フリクトも構えを解いて下がった。

 それで審判も勝負の続行をするつもりがないと判断し、二人に近づき勝敗を確認する。

 審判から結果を伝えられた司会が勝者の名を呼ぶ。


『決着。勝者ファード!』


 歓声が上がる。ロッデスのときと同じようにファードさんの名前が客席から聞こえてきた。

感想と脱字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 番狂わせが起きること無く当初の予想通りの決勝になりそうですねー 魔力循環も決勝まで温存できましたし一発かましてもらいたいですねえ!
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