96 お祭り開始 2
人のほぼいないところまできて、持っていた棒に魔力を込める。込める力は少量でいいらしく、すぐに伸びきって止まる。
棒は真ん中から両方が伸びていくのではなく、片方が伸びていく。それを指で押しとどめようとしても止まらなかった。手のひらでしっかりと押さえても止まることはなかったが、伸びる速度は落ちた。
「かなりの力で押さえたり、重い物を持ち上げようとしたら止まると思った方がいいな」
振り回すのはどうだろう。
伸ばした棒をいつも使う剣のように振る。
持たせてもらったときにわかったけど、重さは苦にならない。ただし汗なんかで滑って飛んでいく可能性がある。
そこをクリアできれば予備として使うには十分かな。戻らず、このまま持っていこう。
グリップなんかつけられたらいいな。あとは腰の後ろに配置できるホルダーも購入したい。
あとで店に行って、その二つをどうにかできないか聞こう。
棒をバッグの中に入れて、本選会場へと足を向ける。
会場は人が多かった。まあわかってはいた。無料区画に行ってみて、落ち着いて見られなさそうならすぐに出るかな。
見物客にぶつかりながら移動し、立ち見できるところから会場を見下ろす。
舞台となる場所では四つの試合が同時進行で行われていた。四つの試合は同じ時間進行のようで、二つほど勝負がついていたが、新たな試合が始まることなくほか二試合の決着を待っていた。
その試合から目を離して会場全体を見る。
屋根付きのしっかりとした作りの見物席にニルと思われる男の姿があった。そのニルの隣には少女がいて、その反対には老人がいる。ペクテア様とナルスさんっぽいな。
そこから目を離して舞台周辺に視線を戻す。出場者の関係者たちが端の方で地面に布を敷いたり、椅子に座って戦いを見物している。
ファードさんたちやイファルムさんたちの姿もあった。頂点会の誰かが戦っているのか、ファードさんたちは声援を送っている。
そうやってあちこち見ていると、そろそろ時間切れだという声が会場全体に響く。魔法を使って司会の声を大きくしているようだった。
いまだ戦っている参加者の動きが激しくなる。周囲の会話から決着がつかなければ二人とも脱落だとわかる。双方とも決着をつけずに失格は嫌らしく、勝ち残ろうと全力で戦っているように見えた。
そうして終了を知らせる鐘が鳴らされる前に決着がついた。
戦っていた者たちが舞台から下がり、次の参加者の名前が呼ばれて、舞台へと上がっていく。
今戦っていた頂点会からの参加者は負けたようで、ファードさんたちに励まされながら会場から出ていった。
八人が舞台に上がり、開始の鐘が鳴る。
その中ですぐに決着のついた試合がある。双方とも二十代の男だ。片方は平均的な身長で、もう片方は細見で小柄。
勝ったのは小柄の方だ。
相手の剣を体で受け止め、そのまま腹へと拳を叩き込んだ。相手は金属鎧を身に着けていたにもかかわらず、かなりの威力が体に通ったようで拳を受けた側はその場に崩れ落ちてそのまま地面に倒れ込む。もしかすると鎧に拳型の跡がのこっているかもしれない。それくらい強烈な一撃だった。
倒れた男を蹴り飛ばして戦闘の範囲内から出したことで、小柄な男の勝ちが決まった。
あっさりとした決着に、客席からは一瞬どよめきが起こりすぐに歓声が上がる。
『はやーい! 本選が開始されて最速の終了時間ではないでしょうか! 見ためにそぐわぬパワータイプ! これは今大会ダークホース出現か!?』
司会の驚きの声や歓声に反応することなく小柄な男は去っていった。
(たしか名前はカルシーンだったか。相手も本選に出てこられたんだから、実力者のはず。それなのにあんなことをやれるってことはかなりの実力者なんだろうな)
準決勝までは順調に行くかもなと思いつつ、ほかの試合に目を移す。
舞台上の者たちは早期決着に動揺していたものの、すぐに持ち直して戦いを続けていた。
その後も正午を少し過ぎるまで試合を眺めて、町に戻る。
一番印象に残った試合はやはりあの超短時間で終わった試合だった。ほかの見物客も同じような感想だったようで、すごかったなと感想が聞こえてきた。
町に戻って、昼食を出店ですまそうと興味のむくまま料理を買っていく。
当たりもあればはずれもあって、なかなか楽しい。はずれても祭りのうわついた雰囲気のおかげで、そんなこともあると流せる。二日目からは買うことはないけど。
少しずつ食べて、いろいろな味を楽しんでいるとはしまきの店を見つけた。
ケイスドが作ると言っていたやつだ。一度試作品を食べてそれなりのものができているのは知っていた。
チヂミで作ると言っていたけど、出来上がったのはお好み焼きに近いものだった。
マヨネーズはあるけど、お好み焼きソースはないから味は別物になっていたけど、不味くはなっておらず作り手の腕の良さがでていたのかもしれない。
あれから味が変わったのか気になったので、その店に近づく。
店の近くでははしまきを食べている人の姿もあり、顔をしかめるといった反応はない。
少なくとも悪化はしてなさそうだと思いつつ一つ受け取る。
かじりついていると、声をかけられた。
「デッサ、きていたのか」
「ふも?」
食べながら誰と答えたら、言葉にならなかった。
声の主はケイスドだ。飲み込んで、繁盛しているか聞く。もうかりまっかと聞いてみたかったが、通じないだろうなー。
「初めて見るものだからか売上は悪くない」
「味も悪くないし、明日以降も売れるかもね」
「そうだといいな。だが棒が不安なんだよな。串焼き用に細いものは量産されているが、これに使っているものは太めのものだ。在庫があるかどうか」
「回収してないのか?」
「してはいるぞ。だけども捨てる客も多いんだ」
地面を見ると、串焼きの棒なんかが落ちていたりする。掃除が大変だ。
「棒を返したら小銅貨一枚渡すとかする必要があるのかもなー」
「それをすると地面に落ちて折れたやつとかも拾ってきそうでな。折れてないなら洗えばいいが、さすがに折れたり汚れがひどかったりすると再利用できん」
「じゃあ誰か一人に箱を持たせて、食べ終わったらこれに入れてくれと声をかけさせるってのはどう」
ケイスドは少し考えてそうするかと頷く。
「俺は午前中ここの管理をしていたが、そっちはなにをしていたんだ?」
「フリーマーケットを回って買い物をしたあと、大会本選を見物していたよ」
「なにか掘り出し物でも探していたのか? なかなか見つからないと思うが」
「掘り出し物と思われるものが一つ、そのほかいくらか欲しく思う物があったから買ったよ」
これが掘り出し物だと棒を見せる。
「短い棒? なんに使うんだ」
「伸びるんだよこれ。こんなふうに。伸ばして武器として振り回す」
剣以外に携帯性の良い予備武器が欲しかったと説明するとケイスドは納得した表情になった。
「ほかは安売りされていたガラスのコップを買ったり、古着を買ったりしていたな」
「ほかに買いたいものがあるならこっちで探してもいいぞ? さっきの話の礼だ」
「それは別にいいかな。今回は自分の足で探すのが楽しいだろうし。それよりもお勧めの屋台とかあったら教えてほしい」
掘り出し物は見つからなくてもいいけど、美味いものを食う機会は逃したくはない。
「今すぐには無理だな。明日くらいに情報を渡せるようにしておくが、それがいいか?」
「大丈夫。いつどこで受け取ればいいかな」
「ここで受け取れるようにしておく。時間は朝から夕方まで、夜は無理だ」
「じゃあ夕方に受け取りにくる」
「わかった。だが夕方なのはなにか理由でもあるのか?」
「ダンジョンに行った帰りに寄るつもりだから」
「祭りの間でもダンジョンに行くのか」
若干呆れたような視線を向けられる。
「五日間の祭りを楽しむ余裕はないからねぇ。それでも初日と最終日は楽しむつもりだから、俺としては多めに休みを取っている方だよ」
「冒険者ってのも余裕がないものなんだなって思いかけたが、ほかの冒険者の様子を見聞きするかぎりではお前さんがおかしいだけだな」
またその評価か。いやまあいいんだけどさ。
ケイスドに別れを告げて、その場から離れる。そろそろ腹八分といった頃合いだから、もう一つ食ったら武具の店に行こうと思う。
小さなピザを食べて、いつも行っている店に入る。
客はおらず、店員が暇そうにしていた。
「いらっしゃいませ」
「相談したいことがあるけど、大丈夫かな」
「内容によりますね。とりあえず聞かせてください」
「ありがとう。この武器を買ったんだ」
棒を持って、伸ばして縮ませる。
「これを使うときに滑ってすっぽ抜けないようにしたいんだけど、ここでそういうことやってくれるのか聞きたい」
「使い方としてはどういったものを想定しています?」
「駆け出しが使うようなただ振り回せる棒」
「なるほど。でしたら持つところに布を巻きつけましょうかね。それだけでもこのままよりはましになると思います」
「巻きつけるだけだとすぐに外れそうだけど」
「適した接着剤を使用しますよ。ずっと外れないということはないですが、一回二回でほどけるようなこともないです」
「それでお願いします。あとはこの棒を入れられるホルダーなんかもあれば購入したい」
「承知しました。今日預かって明日渡せるので、ホルダーの方も明日渡せるようにしますが、それでよろしいでしょうか」
頷いて値段を聞く。小銀貨六枚ということですぐにお金と棒を渡す。
用件をすませて店から出て、あとは町をぶらついて大道芸なんかを見て過ごす。
翌日からダンジョンに挑む。戦う階は四十四階で、ブラックマンティスが相手だ。すでに何度も戦っていて慎重にやる必要はあるものの倒せる。現状一対一が精一杯で四十五階に行くには早いと思うので、ここに滞在中だ。
四十五階にはマッドヌーバというモンスターがいて、四十六階にはアカガネアリクイというのがいるとシーミンたちが言っていた。
マッドヌーバは泥でできた猪だ。ゴーレムの親戚のようなものだ。弱点は体内のどこかにある核。斬りつけてもすぐに傷が塞がる。泥の体に武器を突き刺すと、うっかり持っていかれることがあるそうで注意が必要だそうだ。
水の魔法を使うと泥がいくらか流されて体が小さくなる。そこをいっきに叩いて倒すというのが主流と聞いた。
アカガネアリクイはオオアリクイの強化版で、銅色の体毛を持つ。行動パターンはオオアリクイと大差ないようなので、マッドヌーバよりも戦いやすい。戦いやすいといっても四十六階にふさわしい強さはもっているので、油断していると死ぬこともありえると聞いた。
その二つに挑むのはもう少し先なので今はブラックマンティスに集中だ。
祭の三日間をブラックマンティス相手に過ごす。一対一はだいぶ慣れて余裕も出てきた、でも複数相手は厳しいので先に進むのはまだ時間が必要そうだ。
祭りの方は変わらずの盛況っぷりだ。毎日人が多く出歩いていて、楽しそうな雰囲気を振りまいていた。
だが楽しいだけではなかった。殺人事件がまた起きていた。今度は一晩に二人が殺された。犯人が捕まったという話はでていない。
もう一つの話題になっていた若い冒険者の騒ぎの方は、ぴたりと止まっている。ディフェリアを誘拐しようとした三人からなんらかの情報を得られて、兵たちが犯人を捕まえることに成功したのかもしれない。
大会本選の方はベスト8まで出そろっているらしい。イファルムさんとデーレンさんはベスト32までで敗退したとギルドで聞こえてきた会話で知った。どこか精彩を欠いていたように見えたそうだから、フェムがまだ見つかっていなくて、そちらに気を取られていたのかもしれない。
頂点会はファードさんともう一人以外敗退したようだ。
去年優勝者のロッデスと初戦で強さを見せつけたカルシーンは残っているということだった。
ファードさんとロッデスが勝ち進むと準決勝で当たるらしく、そこが事実上の決勝ではないかと噂されている。同時にファードさんが不利ではないかという評価も聞こえてきた。ロッデスはますます力強くなっていて、対してファードさんは去年と変わらないように見えているためその評価だった。
衰えを見せず、維持しているだけでもファードさんはすごいと評しながら、もう引退してもいいのではないかとも話す声が聞こえてくる。
その評価がどう変わるのか想像すると面白くもある。
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