95 お祭り開始 1
ディフェリアたちが襲われてから三日経過し、予選がついに終わった。今日から本選であり、祭りが始まる。
町は朝から人々であふれかえっており、どこに行っても見応えのありそうなものばかりだ。
この三日は若い冒険者が暴れることもなく、殺人事件が起こることもなかった。
表面上は小さな騒ぎくらいで平穏だが、兵たちが忙しそうに走り回っていたところを見ると住民にはわからない騒動は起きていたのかもしれない。
ディフェリアたちはあのままタナトスの家に滞在している。
誘拐されかけたことで怖くなったディフェリアがシーミンから離れたがらなかったということもあるし、ローガスさんをしっかり休ませるためでもあった。
ダンジョンの帰りに様子を見にいって、そのことを知った。
ローガスさんは順調に回復していて、ディフェリアも祖父の回復に比例するように不安を減らしていった。
二人が借りていた家には兵たちがたまに見回りのため寄っているそうだ。誘拐犯の仲間がやってこないか探るためだったが、誰かがやってくる様子なく平穏だった。
ほかにはニルの使いという兵が来て、手紙を渡してきた。返事をもらいたいということだったんで、中身を確認すると『人形姫について知っているか』と書かれていた。
親指姫の親戚かな? すくなくともゲームにはそういった単語は出てこなかった。
手紙と一緒についてきた返信用紙に誰からも教わっていないということ、これまで生きてきて聞いたことがないということを書いて兵に渡しておいた。
直接聞きに来ていないので、そこまで重要な情報ではなかったんだろうな。
朝食を終えて、剣と財布とバッグを持って宿を出る。初日と最終日は祭りを楽しむことにしたのだ。
行こうと予定を決めてある場所は教会とフリーマーケットの二ヶ所だ。それ以外はぶらぶらと目的を決めずに見て回る。
最初は教会だ。ゴルトークを厚く信仰しているわけじゃないけど、ちょっとした祈りくらいはしておこうかと軽く考えて教会に向かう。
教会前には長い列ができていて、その最後尾へとシスターや修道士が誘導している。その指示に従って、最後尾に並ぶ。少しずつだが前に進んでいるので、そう長く待つことはないだろう。
周囲の会話を聞きながら順番を待つ。周囲の人たちも軽い挨拶気分で並んでいるようで、挨拶したあとの見物が楽しみだと話していた。
聖堂前にテーブルがあり、そこでドライフラワーが売られている。一本小銅貨三枚と安い。利益を出すつもりはないのだろう。
それを一本買って、聖堂に入る。
聖堂の中は椅子が片付けられていて、神像の前にテーブルが置かれている。そこにドライフラワーを置いて、少しだけ祈るという流れだ。
置かれたドライフラワーが多くなると、修道士たちがまとめて抱えて聖堂の外へと持っていっている。
感謝の思いを持って捧げられたものだとわかっているためか、粗雑な扱いではなくできるだけ丁寧に運ぼうとしているのが見て取れた。
ハスファはいるかなと思って見回したけど、いなかった。ドライフラワー売り場にもいなかったから裏方として動いているのかもしれない。
俺の順番がきて、ドライフラワーを置き、俺や知人の平穏を祈ってその場を離れる。強くなれますようにと祈ったところで、頑張らないといけないのは俺だから、それを祈る意味はないと思ったのだ。
教会から出て、興味の赴くまま歩きつつフリーマーケット会場を目指す。
会場は四ヶ所あるようで、その四ヶ所で特に決まった傾向とかはないらしい。住民や町の外からやってきた人が好きに売り物を出している。
教会から近いフリーマーケット会場に足を踏み入れる。
「そっちの姉さん、このアクセサリーはどうよ?」「その服気になるけどもう少し安くならない?」「手作り木彫りの小物はどうかな」「他国の陶器はいらんかね」
会場に足を踏み入れると様々な声が飛び込んできた。
売り手は布を地面に敷いて、そこに品を置き、客に見せている。中にはテーブルと椅子を持参してそこに品を置いている人もいる。
並ぶ品は古着や食器、家具、おもちゃ、アクセサリー、武具といったものだ。引退した職人が出しているのか使い道のわからない道具なんかもあった。
「サイズの合う服があれば買おうかな。あとはギターが見つかれば買ってもいいな」
そんなことを呟いて品を見ながら歩く。いろいろと品が並ぶので珍品名品もあるかもしれない。そういった物を目当てにした目利き商人もいるんだろう。
男物の服を見せてもらって購入し、気になるものを探して歩いているとガラス製品が置いてあるスペースを見つけた。もしかしてと思って店主を見てみると、レッストン工房だと名乗った青年がいた。
「どもー、少し見せてもらうよ」
「いらっしゃいませ。あ、教会で会った」
「覚えていたんだ」
「そう時間はたってませんからね」
客ということで口調は丁寧だ。
改めてガラス製品を見ていく。以前聞いていたように形が歪だったり、曇りがあったりするものばかりだ。くわえてどれでも透明で色付きのものはない。
「そっちの工房だと色付きは作ってないの?」
「色がついてないと駄目ですか?」
「駄目とは言わないよ。透明でも綺麗なガラス製品があるのは知っているし。でも商品の幅が合った方がこうして見ていると楽しめる」
むうっと少し不満そうな様子を見せる。
「ちなみにほかに不満点はありますか」
「不満ってわけじゃないんだけど。まあいいか。コップとか花瓶ばかりだなとは思う」
「皿はさすがに使い物にならないから持ってきてませんよ」
「皿はまあそうだろうね。でも飾っておく小物とかもないのは気になる。鳥とか動物を象った商品も見たかった」
「うちはそういうの作っていませんね。主に食器です。小物を作れば売れますかね?」
「売れないことはないと思うよ。躍動感のある動物を表現できれば、欲しがる人はいるだろうし。さっき色付きがどうとか言ったけど、燃えるようなたてがみの馬とかかっこいいと思うんだよな。素人の意見だけどね」
炎色のたてがみの馬を想像してみたのだろう、青年はたしかにと頷いた。
「この前から売り上げとか気にしているけど、工房が不調なのか?」
「安定していますよ。でもそれは親方の腕に頼ったもので、親方が引退して誰かが店を継いだら売り上げが下がりそうだなと話すこともあるんです」
「工房についたファンじゃなくて、親方個人についたファンがほとんどってこと?」
「ええ、だから俺たちもファンを獲得したいんですよね」
「難しい問題だね」
そう簡単に獲得できるようなものじゃないだろうし、地道にやっていくしかないか。
新商品を開発できてもそれが売れると決まっているわけじゃないしな。
「頑張ってくれとしか言えないな。そこのコップをくれ」
気に入ったものがあったから指差す。くもりがあり、ぐにゃっとしてもいるけど、それが見ようによっては水や泡を表現しているようにも見えた。
コップとしては使いにくそうだから、一輪挿しとして使おうと思う。
「ありがとうございます」
割れにくいように紙に包むといったこともせず、そのまま渡されたから、買った服で包んで割れないように対処する。
そこらへんの気遣いは店でもしてないのかな? さすがにそれはないか。安物だから扱いも雑だったんだろう。
「それじゃほかのものを見たいから行くよ」
青年に見送られてスペースから離れる。
一周してみて気になったものはなかったから、違う場所にあるフリーマーケット会場に向かうことにする。
途中でタナトスの子供たちを見かけた。楽しそうに小走りでどこかへと向かっていった。
それを周囲の人たちも見ているはずだが、驚いたような様子はなく騒ぎにもならない。
祭りの陽気な気配に彼らの気配が紛れるというのは本当だったのだなと思いつつ、俺も祭りを楽しむことにする。
次のフリーマーケット会場では引退した冒険者たちが集まっていたようで、彼らが売りに出した武具や道具を求めて冒険者たちが集まっていた。
俺も変わった道具がないか眺めていく。
中ダンジョンに行ったときに使ったアラーム、温度を保つ布、魔属道具といった見慣れたもののほかに、ジャンプ力を強化する中敷き、刀身が光るナイフ、虫避けのランタン、水を綺麗にする水筒といった初めて目にするものもあった。
ダンジョン外で活動するのに役立つものがほとんどで、今の俺にはあまり必要のないものばかりだ。
見ているだけで楽しいけど、今の俺にも役立つものがあればいいなと思いつつ歩いていく。
(明確に目的を決めて探すかなぁ。決めてないと目移りしてばかりだ。今の俺に必要なものは……魔法に対する防御手段。あとは剣以外での攻撃手段。この二つかな)
魔法防御は護符に頼りっぱなしだけど、それ以外の対抗手段はなにかあったかな。
ゲームだと鎧や盾なんかが持っている魔法抵抗力、魔力活性による防御だったはず。あとはアクセサリーによる特定属性への防御。
探すとしたらアクセサリーだけど、見て回った感じ並んでいるのは武器と防具くらいで、あとは装飾品としてのアクセサリーなんだよな。
ちゃんとした店でもたまに見かける程度だから、溢れかえっているわけじゃないんだろう。
こういう場で見つかったらラッキーと思った方がよさそうだ。
じゃあメインで探すのは新たな攻撃手段にした方がいい。といっても本格的にそれを使うわけもないだろうし、手軽に使えて持ち運びに邪魔にならないやつっていう希望になるわけで。
(そんなものあるか?)
自分で希望を出しとして首を捻ることになった。
ナイフとか該当するんだけど、同じ刃物だから剣でいいじゃんってことになる。
シンプルに金属の棒とか探してみるか。棒なら最初に使っていたし、難しいことを考えずに振り回すだけでいいし。
扱いやすそうな棒はあるかなと思ってきょろきょろしながら歩いていると、武器を広げたスペースがあった。
そこを眺めているとリレーに使うバトンサイズの棒を見つけた。護身用かな。
「兄ちゃん、それが気になるかい」
このスペースの主が声をかけてきた。五十歳手前くらいだろうか、白髪交じりの短髪の男だ。
「護身用の棒かなにかですか?」
「そんなところだな」
これはなと言いながら男は棒を手に取る。すぐに棒が伸びていく。五十センチを少し超えるくらいで止まった。
「伸び縮みする棒だ。鉄並の硬さもある」
魔法仕掛けの特殊警棒みたいだな。
「へー、最大でどれくらい伸びるんですか?」
「今これが最大だな。魔法をメインに使う奴が接近されたときに使う武器じゃないかと思う」
「おじさんはこれを使っていたんですか? 使っていたとしたら使い心地を教えてもらいたいんですけど」
「俺は現役時代に手に入れただけで使わないまま終わったよ」
「興味あるんでもう少し話を聞きたいんですが」
「なにを聞きたい」
「値段、重さ、伸びるときはどれくらいの力なのかとかですね」
「値段は金貨三枚と言いたいが、二枚でいい。以前もフリーマーケットで出したが、前衛にも後衛にも売れなかったしな。重さは実際に持って確かめてくれ」
バトンの長さに戻された棒を持つと五キロを超す重さを感じた。強くなっているから苦にしない。
おじさんに返し、続きを聞く。
「伸びるときの強さはよくわからんな。気にしたことがない」
「たとえば岩とかに足をはさまれた人がいるとして、棒を地面と岩の間に置いて伸ばすことで、岩を動かすことはできますかね」
ようはジャッキみたいな使い方だな。
「そういった使い方があるのか。試してみないことにはわからんな」
「そうですか」
試したかったら買ってからやってみるしかないんだな。
「ほかに聞きたいことはあるか?」
「ずばりどうして売れなかったのか気になりますね。金貨三枚は高いと思うけど、手を出せない額でもない。なにか理由があるんですかね」
「使い勝手が悪いからだな。棒をメイン使う奴にとっては長さが足りない。もっと長くなるなら買うって意見が何度か出た。魔法を使う奴が持つ武器には、魔法使用を補助する効果がある。金貨三枚も出せば、そこらへんがしっかりとついたものが売られている。そしてこれにはその機能はない」
「中途半端とかそんな感じなんですね」
「そうだな。それでお前さんはどうする?」
「軽く振り回してみたいんですけどできます? 使い勝手を試してみて決めたい」
「ここで振り回すのは難しいな。金を渡しておいて、振り回せるところで試してみて駄目そうなら返却でどうだ?」
「それでお願いします」
クーリングオフが可能なのは助かる。
「金貨二枚でいいんですよね」
「ああ、買うことを決めたならそのまま戻ってこずに持っていっていいぞ」
「わかりました。じゃあ金貨二枚どうぞ」
金貨を渡して、棒を受け取る。
町中は人が多いし、振り回すならダンジョンか町の外だな。ここから近いのは町の外だし、そっちに行こう。
外に行くならついでに本選を眺めるのもいいかな。
屋台で売られていたカットフルーツを食べながら町から出る。
感想ありがとうございます




