94 雨の日 後
タナトスの家から出て兵の詰所を目指し、人の多いところに出る。服のあちこちが破れているが、今の時期はそう目立つものじゃないようで注目されることはなかった。予選で服が破れることもあるから、大会参加者と思われたようだ。
「こんにちは、少しお時間いただきたいのですが」
そう声をかけつつ詰所に足を踏み入れる。
すぐに兵の一人が対応してくれる。
「どんな用事だい?」
「怪しい三人を捕まえたんで、兵の方で引き取ってもらいたいんです」
「詳しい事情を聞かせてくれ」
タナトスの家に向かうところから、戦闘を終えたところまで話す。
「今その三人はタナトスの家に?」
「はい。ロープで縛って見張ってもらっています」
兵は少しばかり腰が引けた様子だが、三人を引き取るために同僚に声をかける。
その兵に話しかける。
「この話をグーネル家の人たちにも伝えてきますね」
「彼らに? なぜか聞いても大丈夫かな」
「確証はないんですけど、あの人たちが探している奴らに繋がるかもしれなくて」
「彼らが人探しをしているのは知っている。その件と繋がるかもしれないのか。連絡はこっちでするから、君はタナトスの家に同行してもらえないか?」
「わかりました」
こう返すと兵はほっとした様子を見せる。
すぐに向かうことになり、兵たち七人と一緒に詰所を出る。
タナトスの家に到着し、緊張した様子の兵にその場で待つように言って、扉をノックする。
出てきたシーミンの母親に兵を連れてきたことを伝える。
「家の中に入るのは難しそうだし、連れてきましょうね」
兵たちの様子を見たシーミンの母親はひっこんで、少ししてあの三人を担いだタナトスの人たちと一緒に玄関先まで出てくる。
「この三人です。どうぞ」
「たしかに引き受けました。トラブルへの対処ありがとうございます」
兵たち六人であの三人を運んでいき、一人残った兵はローガスさんに話を聞けるか尋ねる。
「いまだ眠ったままなので。一応声をかけて起きるかどうか試してみましょう」
再び屋内へとシーミンの母親は入っていく。そうして五分ほどで玄関まで戻ってきた。
「起きましたが、消耗が激しくあまり動かしたくない状況です。話を聞くなら中に入ってもらうことになりますが」
「……お邪魔します」
一瞬だけ迷った様子を見せた兵はお辞儀をして屋内に足を踏み入れる。
シーミンの母親の先導で、客室まで行き、部屋に入る。
中にはディフェリアとシーミンがいた。ディフェリアは心配そうに祖父の手を握り、起きているローガスさんはほっとした様子で手を握り返していた。
ローガスさんは体を起こそうとしたがシーミンの母親に止められる。
兵もそのままでいいと言って、話を始める。
ローガスさんの顔色の悪さを見て、長い会話は負担にしかならないと判断したようで、会話は手短にすまされた。
兵は帰っていき、それを見送るためシーミンの母親も部屋から出ていく。
「デッサ、君がディフェリアを助けてくれたと聞いた。ありがとう」
「お礼は体調が戻ってからでいいですよ。今はゆっくり休んでください」
「そうかい? ではそうさせてもらうよ」
ローガスさんは目を閉じて、再び寝息を立て始める。
睡眠の邪魔をしないように俺たちは部屋から出る。
「おじいちゃん、大丈夫かな」
心配そうに言うディフェリアにシーミンが大丈夫だと返す。
「病気じゃなくて怪我だから、ゆっくりと休んでしっかりと食事をとれば、元気になるわ。怪我自体は治っているしね」
安心させるように頭を撫でながら言い、それを受けてディフェリアも表情を和らげて頷く。
「デッサさんも助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
あの三人から得られる情報で、ディフェリアたちの問題が終わればいいんだけどね。
どうなることかと思いつつシーミンたちと目的だったダンジョンについての話をしたあと別れを告げて、宿へと帰る。
◇
予選が始まり七日目。前日の雨は上がり、青空が広がっている。
そろそろ予選が終わるということで本選出場者の中から有力な者を話す声があちこちから聞こえてくる。
いまだ本選出場を決めていない者は今日も気合を入れて会場に向かい、出場を決めた者は体調管理をしっかりと整えていく。
祭りに参加する者も集まりつつあり、ミストーレの観光をする姿や露店の設営をする姿があちこちで見られる。
祭り管理のトップであるギデスは、朝食後に執務室に向かう。
机に座ると部下が昨夜あったことを報告していく。
「こまごまとした争いがあったり、酔いつぶれた者が何人も出たりしたくらいで平穏と呼べるものでした」
「殺人も若者の暴走もなしか。喜ばしいことだ。それじゃあ一番気になる話題だ。怪しい者が捕まったと夕方頃に報告が入ったろう? あれはどうなった」
「兵たちの尋問では口を割ることはありませんでした」
「兵たちの、ということはほかになにかあったんだな」
「はい。グーネル家の方々が口を割らせることに成功しました」
「どのような手段を用いたんだ?」
兵たちも口頭尋問だけですませたわけではないだろう。それでも口を割らなかった者たちが、口を割るということは尋常ではない手段を用いたのだとギデスは判断した。
「わかりません」
「ふうん」
部下の返答にギデスは探るような視線を向ける。
それを部下は動揺することなく受け止めた。
本当にわからないのではなく、わからないことにしたと見抜く。危ない手段を用いて、ミストーレに累が及ばないようにしたのだろうと考えた。
(家族を取り戻すため手段を選ばなかったようだな)
手段については詳しく聞かないことにして、かわりにどういった情報を得られたのか聞く。
「隠れ家があり、そこに仲間がいるということです。この町の人間ではないようですが、どこの誰かまではわかりませんでした」
「なぜ?」
「話そうとした途端苦しみ血を吐いて死にました」
「死んだ? それは手段のせいか?」
「違います。呪いだと判断を下しました」
またそういったことにしたのかとギデスは思うが、部下は嘘をついていない。
イファルムたちが用いた手段は自白剤だ。それはたしかな効果があるかわりに、効果が強力すぎて心身に異常がでてしまうものだ。どこの国でも使用が制限されているもので表立っては使えない代物だった。
万が一に備えて持っていたそれを捕まえた三人のうちの一人に飲ませて自白させたところ、どこの誰か話すときになって死んでしまった。
それだけなら薬の副作用を疑うのだが、ほかの二人も連鎖するように死んでしまい、薬の副作用ではないと判断し、魔法によるものだろうと尋問していた者たちは考えたのだった。
部下は自白剤については触れずに、続くように死んだことを報告する。
「ほかの二人が死んだときの状況は? 自殺できる状況にあったのか、誰かが口止めに入り込んだりしていなかったのか」
「一人は尋問部屋に、残る二人は拘束したまま尋問部屋からそう離れていない同じ牢に入れて、見張りを立てていました。見張りたちの証言ではその二人に怪しい動きはなく、近づく者はいなかったと」
「そうか。身元が分かるような持ち物はあったか?」
期待せずに聞き、部下はなかったと首を振る。
「隠れ家の確認はしてあるか? 隠れ家は一つだけなのか? グーネル家の方々が向かったりしていないか?」
確認したいことを口に出していく。
「自白した隠れ家は一つだけですが、ほかにもあるかもしれません。確認はばれないように遠目にしています。なんの変哲もない民家でした。グーネル家の方々はすぐに動きたかったようですが、ギデス様の許可なしに動くのはやめてもらいました」
「その家にいる者を全員捕まえられるように兵を集めてから動くように」
「了解しました。もう一つ報告することがあります。それを報告したのちすぐに準備いたします」
ギデスは視線で先を促す。
「彼らは死に際に遺言のようなものを残しました。我らの人形姫に栄光を。というものです」
「人形姫ねぇ……思い当たることがなにもないな」
「同僚にも聞いた者はいないようです。イファルム様たちもです」
「あとでニルドーフ様に聞いてみるか。姫というのだから、王族か貴族に関係しているかもしれない」
部下は報告を終えると一礼し、執務室から出ていく。
結果を待つことにして、ギデスは通常業務を処理していく。
ニルドーフは挨拶のため屋敷を出ていたので、昼の間に話を聞くことはできなかった。
部下が結果を持ってきたのは訪問客への挨拶が終わった夕方前だ。
「どうなった?」
「逃げられました」
「こちらの動きがばれたか」
「どうやらそのようです」
兵の中にスパイが入り込んでいるのかとギデスは疑う。それは置いておくとして、詳細を尋ねる。
「兵たちが家を囲み踏み込んだところ、誰もいませんでした。屋内の調査を行って情報を得ようとしましたが、どこの誰かなのかを示す情報は持ち去られていました。そして地下室にさらに地下へと繋がる通路を発見しました。短時間でできるものではなく、数年かけて作るようなものでした。地下には誘拐されたと思われる若者たちが数名殺されていました」
「自分たちが逃げるだけで精一杯だったか。グーネル家の次男も殺されていたのか?」
「それがいなかったのです」
「別件だったということか。殺されずにほっとしただろうが、いまだ行方不明ということで不安は続くだろうな」
「関係していてほしいところです。別件だとすると複数の諜報員が町に入り込んで根付いていることになりますし。それと所属の違う諜報員が似た目的で誘拐しているのはどうも違和感があります」
諜報員の仕事は情報収集がメインだ。潜んでいるとばれないように、日常に溶け込む必要がある。誘拐なんてことをすれば、それだけ目立ちかねない。
同時期にそんな目立つことを所属の違う諜報員たちが行うのは、偶然が重なりすぎると部下たちは感じたのだ。
「ほかにも隠れ家があるならば、急に住民がいなくなった家があると思われます。そういった家を探す許可をもらいたいのですが」
「許可する。その隠れ家になんらかの情報が残っていればいいが。ほかに報告することは?」
「暴れた若者たちが目を覚ましたようです。衰弱しているので聞き取りはできませんが、回復次第話を聞こうと思います」
「目を覚ましたのか。潜伏していた奴らが消えたことで目を覚ました。諜報員が常に魔法を使っていたとかそういったことなんだろうか」
聞き取りが始まればなにがあったのかわかる。それを期待し、手厚い治療を進めるように指示を出す。
「これで若い冒険者関連の問題が収まってくれるといいんだが。殺人事件もそいつらの仕業であればまとめて騒動が終わってくれて助かるんだが」
「不謹慎ですが、同じ奴らの仕業であってほしいですね。そいつらを捕まえればそれで終わりになりますし」
ギデスは部下の言葉に頷く。
部下は下がり、ギデスは急ぎの書類を処理したあと、ニルドーフに会いに行く。
人形姫という単語に聞き覚えはあるかという質問に、しばし考え込んだニルドーフは首を横に振った。
「現状、この大陸でそう呼ばれる姫はいないはずだ。隣の大陸だとわからない」
「過去、そう呼ばれた者はいるのでしょうか」
「美しさや業績から二つ名を得る姫は何人もいた。その中にいたかもしれないね。城に帰ったら調べてみよう」
「人形という二つ名を得た人がいるとして、どういったことをすれば人形と呼ばれるのでしょうね」
「ぱっと思いつくのは美しさからくる褒め称えるもの、人間味のないところからきた蔑称。この二つだ」
「蔑称を使う相手の栄光を望むことはないと思うので、褒め称えるものとして使っていそうですな」
ギデスの感想にニルドーフは頷き同意を示す。そして美人とされる王族を脳内でピックアップしていった。
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