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92 予選開始 9

 隠れていたあの男は強いようで、重そうな金棒をハタキでも扱うように軽々と振り回している。

 センドルさんは集中した様子で男の動きを見て、防戦一方だ。今は避けられているけど、そのうちに当たるかもしれない。急がないと大怪我ではすまないことになりかねない。

 

「よしっ」


 魔力循環を使い、男の横から突っ込んでいく。

 この感覚だと一分も持続時間はないから、さっさと転がして拘束してしまいたい。


「邪魔するな!」


 迫る俺にも金棒を振ってくる。

 体勢を低くして金棒をかわし、頭上で金棒が空を切る音を聞きながら男の足へとタックルをしかける。


「なんの!」


 男が踏ん張ったことで転がすことはできなかった。でも踏ん張ることで精一杯で体勢を大きく崩して、反撃はできない状態だ。


「デッサ、そのまましがみついててくれ!」

「わかりました! でも長続きしません!」

「すぐに終わる!」

 

 そう言うとセンドルさんは駆け寄り、剣を振った。


「ぐあ!?」


 男から短い悲鳴が上がる。そのあとに金棒が地面に落ちる音が聞こえた。

 俺の位置からは見えないけど、金棒を持つ手を斬りつけたようだ。


「今だっ皆で押さえ込め!」

『おう!』


 センドルさんの掛け声で、その場にいた皆が男へと走ってぶつかった。

 俺に足を掴まれ、片手を怪我した状態で耐えきれるほど強くはなかったようで、男は押し倒された。

 そのままうつ伏せで背中に乗られ、手足を押さえられても男は諦めずもがく。俺たちも逃がさないように必死に力を込めて押さえつける。

 そうしているといくつもの足音が聞こえてきた。


「加勢に来たぞ!」


 兵が到着したようで、男はその声を聞くと観念したらしく、抵抗を止めた。

 兵たちによってロープで縛られ、腕の怪我を治療されてその場で尋問が始まった。

 俺たちは土汚れを叩いて落としながら、その様子を眺める。


「昨夜、殺人事件が起きた場所にいた冒険者で間違いないな?」


 兵は似顔絵らしきものを見ながら、男に確認する。


「……間違いない。だが俺はやっちゃいない! バケモンがやった!」

「バケモン? それはあとで聞くとして、やっていないのならなぜ逃げた。やましいことがなければその場に留まって兵に目撃したことを伝えればいいだろう」

「兵にはろくな思い出がない。疑わしいってだけで牢屋にいれられたこともある。気が動転していたせいもあって、捕まれば死刑になるかもと思って逃げた」

「今回の事件に関しては人間がやったのか疑わしいものがあった。だからまずは話を聞いていただろう。冤罪で死刑なんてありえない」

「あいつらは信じなかった。俺は何度もやっていないと言っても、兵たちは聞いてくれなかった」


 これまで出会ってきた兵にろくな奴がいなかったんだな。そのせいで不信感が出てしまったと。

 この町にそんな兵がいるのか、よその兵のことなのか。


「君が犯罪行為をしていないのなら牢屋に入れるなんてしない。四神に誓う。だからこちらが聞いたことには素直に答えてほしい」

「……」


 男は無言で兵を見る。そして溜息を吐いた。


「どうせ、こうして捕まっているんだ。わめいたところで無駄だろうさ。聞けよ」


 自暴自棄といった感じで兵に言う。

 本当に信用がないのだとわかり、兵は溜息を吐いたあと表情を引き締める。


「あの日の君の行動を教えてもらいたい」

「朝起きて、予選の会場に向かった。そして勝って、あと一勝で本選出場になった。そのまま続けて戦わずに、後日挑戦することにした。ライバルになるかもしれないから戦っている奴らを見て回って、夕方になったから町に戻った。夕食と酒のために酒場に入って、客が多いからほかの客と同席で飲み食いして、その同席した奴と気が合って、しばらく酒を飲んでいた。深酔いするまえに酒盛りをやめて、一緒に酒場を出た。帰る方向が似ているってことで、一緒に歩いて大通りから路地裏に入ってしばらくしたところで、あいつが現れた」

「それが化け物」

「ああ。どこかの屋根から飛び降りたようで頭上から現れたそれは、ぱっと見小柄だった。小柄といっても子供じゃない。おそらくは女か、細見の男。暗かったから詳しくは見ていない。だが気配は人間ではありえないほど、恐ろしかった。獣的な雰囲気が強かった気がする。あれは驚く俺たちを光る目で見つめて、あっという間に距離を詰めてきて隣にいたあいつの胸へと手を突っ込んだ。服も肉も骨も貫いて、肉を引きちぎる嫌な音が聞こえてきた。そしてその手に血にまみれた心臓があるのを見て、俺は意識せずに悲鳴を上げた」


 いきなりそんなものを見せられたら誰だって悲鳴を上げるだろうな。


「悲鳴は殺された者の上げたのはなく、お前が出したものだったのか」

「そのあとは人が集まる気配がして、あれは逃げていった。そして俺も逃げた」


 話を聞いた兵たちは考えをまとめるように少し静かに黙り込む。


「化け物は獣人だったということはないか?」


 兵の問いかけに男は「ない」と即座に否定する。


「さっきも言ったが、人間ではありえないくらいの恐ろしい気配だった」

「人型のモンスターということか?」

「人間よりはモンスターの方が近い。だがこれまでダンジョンであんな気配を出すモンスターと遭遇したことはない」

「人間ではなく、モンスターでもない人型。残るのは魔物くらいしかないが」

「魔物なんてそんな簡単に遭遇するものじゃないだろ!」


 男が信じられないと言う。人でもモンスターでもないと自分で言ったのに、その可能性は否定するんだな。


「少し前に魔物が町にいた。だからいないとは言い切れない」

「そんなの初めて聞いた。あれが魔物?」

「暗くてよく見えなかったらしいが、顔もわからないのか?」

「わからない。わかるのは小柄、獣人ではない、ぼろいマントを身に着けていたことくらいだ」

「ノーヒントで探すよりはましだが、まだ範囲が広いな。なにか言っていたりはしなかったか?」


 なにも言っていなかったようで男は首を横に振った。

 男の発言でわかったのは、影に潜むようなモンスターじゃなくて、人型のなにかがいるということか。

 気配が異常なままなら目立つだろうけど、その気配をどうにかしていたら見つけるのはほぼ無理っぽいな。

 

「ひとまずこの場で聞くことは終わりだ。詰所までついてきてくれ」


 詰所でもう少し詳しく話したいと付け加えつつ兵は縄を解く。

 解いてしまっていいのかと視線が集まる。

 男も疑問を抱いたようで兵に解いていいのかと問う。


「暴れることを防止するために拘束したんだ。その様子なら暴れないだろう?」


 男は立ち上がる。まだ兵を疑った感じがするけど、逃げ出すような気配はない。

 ほかの兵が行こうと誘うと素直に歩き出す。

 話していた兵がこちらへと話しかけてくる。


「協力ありがとう。君たちの主にも、兵たちが礼を言っていたと伝えてほしい」


 こっち全員をクリーエの部下と思ったんだろうか。

 まあ、指摘しないでいいか。センドルさんも流すようだし。

 兵が去っていき、道の向こうへと消えたのを見て、センドルさんが口を開く。


「俺も報告のために帰るよ。デッサ、またな」


 クリーエの部下たちにも別れの言葉を告げて、センドルさんは去っていく。

 俺はルガーダさんに一言挨拶して帰ることにして、クリーエの部下たちと一緒に家に戻る。

 ルガーダさんとクリーエがテラスで待っていて、無事終わったことを伝える。

 部下たちは労いの言葉を聞いてから屋内へと入っていく。

 その場に残った俺は椅子を勧められ、そこに座る。


「殺人事件の犯人は捕まったんだね。よかった」


 ほっとしたようにクリーエが言う。


「犯人ではないみたいだったよ」

「どういうこと?」


 あの場で聞いたことを話していく。どういった殺され方をしたのかまでは言わない。クリーエにグロい話を聞かせるのはやめておいたのだ。十歳にはまだ早い。


「魔物がやったかもしれないということか」

「ええ、そうみたいです。彼の証言が正しいのならですが」

「嘘に聞こえたのかね?」

「嘘には聞こえなかったんですよね。ほかの人も嘘だと糾弾することはなかったです」

「またあのモンスターたちの大騒ぎが起こるの?」


 不安そうにクリーエが言う。


「ダンジョンを見張っている人たちがなにも言わないからそれはないと思う。ただし別のなにかが起きるかも。いや起きているかもしれない」


 すでに人が何人か死んでいるし、俺たちにはわからないなにかが起きていてもおかしくはない。


「ルガーダさん、町でいつもの祭りとは違ったなにかが起きているといった話は聞いています?」

「異質ななにかが起きているという話は入ってきていない。殺人も誘拐も過去の祭りで起きたことはあるんだ」


 ルガーダさんたちが裏を落ち着かせるまでは、それらは頻繁にというほどではないけど珍しくもなかったそうだ。


「お爺様、今も誘拐とか殺人とか起きているの?」

「起きている。昔より減ったとはいえ、それらはなくしようがない。人がいるかぎり、諍いは起きる。その流れで手が出て、殺してしまうことはある」

「なくせないの?」

「なくならないだろうなぁ」


 難しいだろうね。


「兵とかが脅すなりして押さえ込んだらかぎりなく減るかもしれないけど、そうすると住民たちにストレスが溜まって、いつか爆発してひどいことになる」

「デッサの言う通りだな。兵やわしらで無理矢理押さえ込んでも、悪いことにしかならんよ。皆が平穏を望めば減るだろうが」

「皆、そういったことを望んでないの?」

「望んでないということはない。多くの住民は平和を好む。そういった生活をしていても喧嘩は起きてしまうものだ。クリーエも友達とちょっとした口喧嘩したことはあるだろう?」

「うん」

「喧嘩は悪いことじゃない。互いに主張をぶつけ合うことでわかる本音もある。もちろんやりすぎは駄目だがな。ほどほどに喧嘩もする生活が健やかな日々というものかもしれんな」

「パパとママも喧嘩してた?」

「たまにな」


 そっかーとクリーエは納得した様子だ。

 話を人と人との喧嘩から、町の異変に戻す。

 なにかいつもと違ったことが起きてないか、できる範囲で注意してみるということなる。

 魔物がなにかしているなら、ルガーダさんたちの手には負えないので、積極的には動くことはないようだ。

 俺もそれでいいと思う。

 日が傾いてきたので、そろそろ帰ることにして二人に別れを告げる。

 どこか食堂に入っていこうかと思いつつ歩き、気になった匂いの食堂に入って夕食をとった。


 翌日は大きな事件はなかったようで、人々の口から殺人事件や若い冒険者が暴れたといった話題は上がってこなかった。

 ダンジョンでも特に問題はなく、行って帰ってくることができた。

 カイ・ロキスに挑戦したけど一対一ならなんの問題もなかった。強化されたバフマンよりも柔らかく、攻撃手段も熱線のみだから戦いやすい。

 安全のため同時に戦うのは二体までにして、怪我なく今日の鍛練を終えることができた。

 実際に戦ってみてわかった注意点としては、遠くから狙撃されるかもしれないってことだろう。カイ・ロキスから距離が離れても熱線の威力が落ちにくいみたいなので、遠くからの攻撃に適しているようだった。離れているからと油断していると痛い目を見ることになりそうだ。

 注意さえすれば問題ない相手だから、次に行ってもいいだろう。

 ということで四十四階のモンスターについて帰りに聞いた。

 ブラックマンティスという以前戦ったラジマンティスの強化版だ。強く硬く大きくなっている。

 大きさは人間と同じくらい、百六十センチあるかないかとゲームの設定資料に書かれていたはず。

 動きそのものはラジマンティスと変わらないそうなので、ラジマンティスとの戦いを思い出して戦う必要がある。

 明日は休みだからシーミンに注意点を聞きに行こうと予定を決めてからベッドに入った。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 事件の一つが片付いたかと思ったらそう簡単にはいきませんかー 実験の産物の一つなのか本当に魔物なのか どちらであっても住民にとって脅威なのは変わりませんねえ
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