89 予選開始 6
声に反応しハスファが立ち上がり、聖堂入口に向かう。俺もなんとなくついていく。
そこには俺より少し年上に見える青年がいた。その背後に荷台があり、木箱が三つほど載っている。
「ご注文の品をお届けにきました。レッストン工房の者です」
「レッストン工房ですか。なにを持ってきたんでしょうか」
「ガラスコップです。来賓に配るものだそうで」
「ああ、聞いています。すぐに対応できる人を呼んできます」
少し場を離れると俺に言って、ハスファは小走りで建物の奥へと向かっていった。
ガラスコップか、配るものだから質のいいものなんだろう。バカラとか江戸切子くらいしか知らないけど、そういったものは綺麗だったな。
そういえばこっちの世界だとガラスコップより陶器や木製のコップを多く見ている気がする。
「ちょっといいかな」
「なんだ」
「その中身を見ることはできる?」
「なんで見たがるんだ。割れていたり、ひびが入ったりしていないか気になるのか」
「そうじゃなくて、贈り物のコップがどんなものなのか気になったんだ」
「興味を持ってくれるのは嬉しいが、納品するものを勝手に開けるのは無理だな」
「ああそっか、無理を言ってごめん」
仕事で来ているんだし、我儘だったな。
「気になるなら店に来るか、祭りの市でも出店するからそれを見るといい。ただし祭りに出す方は失敗作ばかりだけどな」
「失敗作を売るのか」
「まともに使えないものはさすがに破棄するんだが、少し形が歪だったり、曇っているものは売りに出す。庶民の中にはそれでも買いたいって人はいるんだ」
「売りに出せるものとその失敗作の値段っていくらになる?」
「店で売っているものは最低小銀貨三枚からになる。失敗作は大銅貨五枚あたりだな」
「店売りは宿一泊分か。今の俺だと高すぎるとか思わないけど、そこを基準に食器をそろえようとすると一般人にはきついな」
「まあ贅沢品の類だな。こっちからも聞いてみたいことがある。なんとなく雰囲気で判断するんだが、お前は冒険者なのか」
「そうだよ」
「冒険者にガラス製品を売ろうとしたら、どうすればいいと思う?」
客層を広げたいのかな?
「うーん……ぱっと思いついたのは頑丈さが求められるんじゃないかってこと。モンスターと戦ったりして荒っぽい動きが多いから、脆いものはすぐに壊れる」
リュックの中で割れしまうと掃除が大変だし、リュックを内側から傷つけることにもなる。
「分厚いガラス製品を作ればいいということか」
「重いものは敬遠されると思うよ。荷物を少しでも軽くしたいって考える人が多いし」
「軽くて丈夫なガラス製品か。聞いたことないな」
俺は強化ガラスって聞いたことあるんだけど、こっちだとまだないんだな。熱いところから急に冷やすと作れるんだっけ? 特に興味ある分野じゃなかったら覚えてないや。
強化ガラスについて思い出していると、魔法でどうにかできるかという呟きが聞こえてくる。
こっちには魔法があったかー。俺が知っているものとは別の強化ガラスができるかもしれない。
「できるできないは別として軽くて丈夫なガラス製品があれば、使いたいと思う冒険者も出てくるんじゃないか。綺麗なもの珍しいものを好む人はいるだろうし」
「完成するビジョンがまったく浮かんでこないけどな」
「ただの思い付きだけど、頑丈になる護符を作れる人に、護符と同じものをガラスに刻み込んでもらったり、塗料で描いてもらって焼き付けたりすれば頑丈にならないか? まあ、コップを頑丈にするためだけに魔力を使うのはもったいないとは思うけど」
ただ護符と同じものを描いていくと無骨だから、見栄えよくする必要があるだろうな。職人のセンスが問われる仕事だろう。
「刻み込むのはまだわかるが、焼き付け?」
「そういう技術があるらしいって聞いたことがある。熱に強いガラスに塗料を塗って、それに熱を与えて絵や文字をくっつけるとかそんなだったはず」
「そんな技術があったんだな。陶器由来の技術なんだろうか」
「そこらへんはわからないな。俺はただ噂として聞いただけだし」
足音が聞こえ、ハスファがシスターたちと戻ってきた。
「お待たせしました。奥へ運びたいので手伝っていただけますか」
「わかりました」
シスターたちと男は木箱を持って、聖堂の奥へと歩いていった。
「あの人となにか話していたんですか?」
「冒険者に売れるガラス製品はあるかって聞かれていた」
「冒険者はガラス製品を必要としますかね」
「品物によるとしか言えないね。俺個人としては綺麗なガラスコップとかなら思わず買っちゃいそうだ」
ガラスの剣とか漫画で見たことあるけど、実際に作るのは難しそうだしな。
「そういったインテリアに興味あるんですね」
「買い揃えたいってわけじゃないけど、一つくらいは持っていてもいいかな」
いつも買う物といったら戦いに関したものか食べ物や生活必需品だ。たまには興味があるものを買って買い物を楽しむのもいいだろうさ。
買ったとしたらダンジョンとかに持って行けないし、インテリアになるだろうな。
「そういやレッストン工房って有名なところ?」
「私も詳しくはわからないですね。贈答品を頼んだので、無名ではないと思いますけど」
「質の悪いものを贈ることになったら、教会の顔に泥を塗ることになるし、ある程度は名の知れたところに頼むわな」
「そう思います」
元気なのも確認できたし、そろそろ帰ることにしてハスファと別れる。
宿に戻り、文字の勉強をしたりして寝るまで過ごし、ベッドに入る。
翌朝、朝食をとり、ダンジョンに向かう準備をして宿を出る。
大通りを歩いていると、周辺から気になる話が聞こえてきた。
それは酒に酔った若い冒険者が高級宿で暴れたという話だ。警備にすぐに取り押さえられて、玄関が荒れただけで宿泊客に被害はでなかったそうだ。
話している人たちは予選で負けた鬱憤を酒で晴らそうとして、そのまま暴れてしまったんだろうと予想していた。
酔っていたならそのまま酒場とか宿や自宅で暴れそうなものなのに、わざわざ移動して暴れるのはなんというか引っかかるものがあるんだけど。
金持ちの護衛が予選に参加して、それに負けたとかそういった事情があったのかな。
そんなことを考えながら転送屋へと入る。
◇
ギデスが執務室で仕事を進めていると、部下が入ってくる。
「昨夜の事件でわかったことを報告に来ました」
「若い冒険者が貴族などの泊まる宿で暴れた件だな?」
手を止めたギデスの確認に部下は頷いた。
話してくれと促され、部下は報告を始める。
「確保された三人の若者たちはいまだ昏睡状態です。持ち物から身元がわかるかと思いましたが、そういったものは皆無でした」
持っていたのは少量の金と武器くらいだ。
「どこの誰かは判明せず、か」
「似顔絵を持たせて、酒場やギルドに人をやりました。昼過ぎには判明するかもしれません」
「そうか。それだけを報告にはこないだろう? ほかになにがわかったんだ」
「医者の意見なのですが、酒に酔っていなかった可能性があります」
「うん? 取り押さえた宿の警備たちは酒の匂いがひどかったと言っていたそうだが」
「はい、私もそう聞いています。ですが医者は衣服や皮膚に酒が付着しているだけなのではと言っています」
「たしかにそれでも酒の匂いはするだろう。だとすると素面で宿に行って暴れたということになるな。それと昏睡しているのは酒のせいではないということにもなる。なぜ昏睡しているのかわかっているのか?」
「不明と言っています。薬ではなさそうだと予想できたくらいでしょうか」
医者は悪酔いした症状を冒険者たちから見出すことはなかった。また睡眠薬を飲んだ症状とも違うと判断した。
これまで見たことのある病気や投薬状態とは違うと思えたのだ。可能性があるのは魔法ではないかと考え、町長に雇われた魔法使いに診察してもらっている最中だ。
「魔法か。少し前に子供たちが催眠を受けていたが、またなのだろうか」
魔法使いの報告を待つことにして、被害を受けた宿に送る書類を作る。
少し時間が流れて昼食後、仕事の続きをしているギデスのもとにまた部下がやってくる。
午前中に来た部下と同一人物で、報告の続きだとわかる。
「若者の身元と魔法使い殿の診断結果がでました」
「聞こう」
「まずは若者たちについてから。あの三人は知人というわけではないようです。一人の身元がゴーアヘッドで判明したときに、ほかの二人についても聞いてみたようですがここで見たことはなく、共に行動していた様子はないと証言を得ました」
「ほかの二人は別のギルドを利用していたのか?」
「そのようです。頂点会とカンパニアにも行きましたが、そこに所属しておらず、どうやら中小ギルドに所属か利用していたのでしょう」
「身元がわかった若者に関して教えてくれ」
「名前はドードン。冒険者になって一ヶ月未満の駆け出しです。仲間を募集している最中で、現状は浅い階に一人で行ったり、ちょっとした依頼をこなしているということです」
「募集に集まった仲間とともに行動していたということか?」
「その可能性もあるかもしれませんが、もっと気になることを聞けました」
「ほう」
「ここギルドに数日姿を見せなかったということです」
「そのくらいなら珍しいことではないような気がするのだが。なにかしら拘束される仕事を受けていたとか」
「そのような依頼は受けておらず、休暇以外は毎日ギルドに顔を出していたそうです。ギルドに行ったあとドードンの使っている宿にも行きましたが、そこでも帰ってきていないという話を聞けました」
「宿を変えたわけではないだろうな。荷物は置きっぱなしなのだろうし、一言くらい宿にそのことを伝えるだろう」
部下は頷く。宿賃はいくらか先払いされていて、しばらくは宿を変えるつもりはなかったのだと推測できる。
「その宿に泊まっていたのはドードンだけで、ほか二人は知らないということでした。宿で知り合ったわけではなさそうです。その後かけだしの使う宿や店に行き、ロハニとヴァルンという名前だと判明しました」
ロハニはこの町で生まれ育った冒険者で、家族もいた。その家族の話だとドードンと同じく冒険者になったばかりで仲間もいない。そしてここ数日家に帰ってきていなかったという話だった。
ヴァルンはどこの宿を使っているかわからなかったが、武器の店の店員が顔を覚えていた。一人で店にやってきて、駆け出しが使うものを購入していたそうだ。
「三人とも駆け出しで、仲間はいなかったと。そのうち二人は数日行方不明。グーネル家の次男のように誘拐されていた。そして催眠をかけられ暴れさせられた」
ギデスは推測にすぎないと首を振り、自身の考えを否定した。現状では若者を暴れさせる理由がわからないのだ。
「三人の身元についてはそれくらいか?」
「あとは三人が貴族に対して不満などを抱いているか聞いてみました。ですがそのようなことはないということでした」
「あの三人自身に貴族を狙う理由はないのか」
「そのようです。次に魔法使い殿の診察結果です」
ギデスは頷いて先を促した。
「なにかしらの魔法が使われていると判明したようです」
「詳細は不明か」
「はい。魔法使い殿が見聞きしたことのない魔法なのだそうです。魔術の類なのかもしれないと言っていました」
その報告を聞いてギデスの脳裏にはデッサの顔が浮かぶ。
デッサを犯人と思ったわけではない。所属している魔法使いが知らないことを知っていたデッサならば、なにかわかるかもと思ったのだ。
「デッサという冒険者を連れてくるように。この件についてなにかしらのヒントを持っているかもしれない」
「デッサというと子供誘拐のときに働いたあの冒険者でしょうか」
「それであっている。あのときもうちの魔法使いが知らなかった知識を知っていた。だから今回もなにかわかればと思ったんだ」
「承知いたしました」
すぐに動きますと言って、部下は執務室から出ていく。




